ここは…枢木神社…
ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアと枢木スザクの所縁の場所…
紅月カレンは…今、枢木神社に続く長い階段の前に立っていた。
あの…ルルーシュとスザクの…命がけの三文芝居から…あとひと月で1年になる。
ルルーシュとスザクの真意を知ったのは…本当に…本当にぎりぎりに段階だった…
良く考えてみれば…ルルーシュが勝利宣言した時に彼らを見せしめとして公開処刑すればその時に残っていたわずかな抵抗勢力に対して牽制にもなった筈だ。
ブリタニアはそれまで敗戦国に対して…その国の主要人物に対する対処は異常なほど速かったのだから…あの時だってさっさと捕まえたシュナイゼル軍と『黒の騎士団』の連合軍の捕虜はさっさと殺したところで誰もおかしいとは思わなかった筈だ。
そもそも、ルルーシュ自身、あんな形で人々を恐怖と憎しみだけで支配しても先がない事くらいは承知していた筈だ。
彼は、ブリタニアの皇子であったとはいえ、ずっと…被支配国である日本に…みを隠して暮らしていたのだから…
大体、ナナリーが総督となった時点で、カレンは解っていた筈だ…
『ゼロ』がブリタニアの皇子である事を…
否、あの時は、皇子として存在していた訳ではないだろうし、『ゼロ』とならざるを得なかった事を考えると…『排斥された皇子』と考えるのが普通だ。
『Black Rebellion』の時…『ゼロ』が何故、アッシュフォード学園を抑えたのかも合点のいく事だし…確かにシュナイゼルがあの時、あの場を支配していた事は解っていたけれど…それでも…カレンだけは…ルルーシュの事を知っていた…
なのに…裏切った…
その結果が…あれだった…
こうして、戦いの世界から解放され、落ち着いて考えてみると…あの時の事は後悔でいっぱいだった。
自らその手を振り払った自分…
そして…目の前で倒れて行ったルルーシュ…
色々…他の者たちよりも知っていた筈なのに…
それなのに…彼を信じる事が出来なかった自分に…腹が立つ。
彼は…『ゼロ』として…カレンに対して全幅の信頼を寄せていてくれた…
だから…蓬莱島へ渡った時…
『いつか…一緒にアッシュフォード学園に帰らないか…?』
そう言ってくれたのだと思うのに…
あの時、そう云って貰えた事が嬉しかったのに…
ルルーシュは…肝心なところで必ず嘘をつくのに…
そんな事は解っていたのに…
そう思うと…涙がこぼれて止まらない…
自分に…ルルーシュを思って泣く資格など…ありはしない…
心の中でもう一人の自分が涙を流している自分を責めるが…
でも…今、こうして思い返して…そして、ルルーシュとスザクの所縁の場所の前に立って…自分の愛した人物を思うと…涙が止まらない…
「私には…ルルーシュの為にも、スザクの為にも、涙を流す資格なんて…ありはしないのに…」
カレンがそう口の中で呟くが…
それでも、頭に浮かんでくる彼らの姿は…今のそんなカレンの理性など…何の役にも立たなかった…
ルルーシュが今、どこで眠っているのかをカレンは知らない…
だから…戦いの後…神楽耶から聞いた…この枢木神社に足を運んだのだ…
ルルーシュは…幼い頃から…この日本にいた…
ナナリーと一緒に…
ブリタニアから捨てられ…殺されることを前提に…日本に送られてきた…捨てられた皇子…
ルルーシュの…『ゼロ』の…ブリタニアに対する怒りは本物だったし、最後の最後まで…ルルーシュは彼を捨てたブリタニアを憎んでいた。
自分の為ではない…
否、大きな意味ではルルーシュの為なのかもしれないが…ルルーシュが本当に願っていたのは…本当に小さな望みだった…
それは…アッシュフォード学園にいた時にも、『黒の騎士団』で『ゼロ』として存在していた時にも…多分変わらなかった…
否、今にして思えば…『ルルーシュ皇帝』として存在していた時にも一途にそれを望んで頂けなのかもしれない。
その為になら…
―――本当に何でもしたわね…。それこそ…自分の存在を消す事さえ…厭わなくて…
枢木神社の長い階段を…一歩ずつ、ゆっくりと上がっていく…
この階段を…ルルーシュも、スザクも上っていたのか…そう思うと…少しだけ…同じ空間を共有しているような気がした。
本当は…そんな事を考える事すら、おこがましいと思えてしまう筈なのに…
カレンに『アッシュフォード学園に帰ろう』そう云って貰えた時には…少しだけ、カレンと同じ気持ちをルルーシュも持っているのかと思って…気持ちが弾んだ事を覚えているが…
しかし…結局…ルルーシュの心を支配していたのは…
この場所に共通の思い出を持つ者たちだけだった…
悔しいのか、悲しいのか、寂しいのか…良く解らない…
でも…ルルーシュの心を支配している存在の中には入れなかった自分は…泣きたい気分だった。
尤も、カレンが彼に必要とされていたのは…『黒の騎士団』で『ゼロ』の『親衛隊隊長』である『紅月カレン』としてであって…ただの『カレン』に対しては…そんな気持ちは一切持ち合わせてはいなかった事くらいは解る。
「ホント…無自覚の天然って困るわよね…。なんだか…シャーリーの気持ち…今更だけど…解るわよ…。ホント…」
ブリタニアとの戦いの中で…その『死』の真相も解らないまま亡くなった級友の名前が出てきた時…やはり…涙が出て来る。
そう…沢山の者が…その戦いの中でその命を散らしている。
今、カレンがこんな形で生きている事が不思議なくらい…
ランペルージ兄妹には…本当に命を救われてばかりだ…
『ゼロ』には…それこそ幾度も命を救われていたし、ナナリーには捕虜になった時、助けられた…
総督と云う立場で捕虜を個人的感情であんな形で牢から出す事は…何かあった時には全責任は彼女が負うという事なのに…
あのフレイヤの騒ぎでお咎めなしになったというか、追求するだけの余裕がブリタニア側にもなかったようだし、シュナイゼルにとってもカレンがあのロイド=アスプルンドとセシル=クルーミーが改造した『紅蓮聖天八極式』が奪取したとしても、あのフレイヤがあったのだから…大した影響がないと踏んでいたようだが…
実際に…あのフレイヤを目の前にして…出来る事など何一つなかったが…
階段を上りきった時…見覚えのある後ろ姿が目に飛び込んできた…
「神楽耶さま…?」
あの戦いの後…一度も会っていない…日本の古の血筋の姫君…
今となってはその血筋を引く者は…彼女一人…
『ゼロ』の事は解ってはいるが、それでも彼を数に入れる事は出来ない。
そう…既に彼は…『ゼロ』と云う記号でしかないのだから…
「あら…お久しぶりですわ…カレンさん…」
あの頃と変わらない穏やかな雰囲気を持つ…
しかし…あの頃よりも大人びたその姫君がにこやかにカレンに声をかけた。
「あの…神楽耶さま…こんなところで一体…」
カレンが驚きを隠せないまま神楽耶に素直に尋ねる。
確かに…『超合衆国』の代表として…ルルーシュ達と敵対した彼女が…ここに来るのは…本人が訪れたいと望んでも…周囲が許す筈もない…
特に、『ルルーシュ』と云う名前に過剰反応を示す現在の日本政府の中枢にいる人物たちが日本の古の血筋を持つ神楽耶がここに来る事を望む筈がない。
「ええ…やっと…隙を見て監視役たちを捲いてきましたの…」
神楽耶の言葉に…ただ…カレンは驚く事しか出来なかった…
確かに…カレンに枢木神社が彼らの所縁の場所であると教えてくれたのは神楽耶だったが…
それでも、神楽耶は自分の立場を弁えている。
あの日本政府の頑なな『反ルルーシュ』体勢を布いている連中の言葉がなくたって…あれからまだ1年もたっていないこの時期に…ここに訪れると云う事は…
「えっと…確か今は…神楽耶さまの護衛には…藤堂さんと千葉さんが…」
「ええ…あの二人にはちょっと一服盛らせて頂きましたの…。どうしても…ここに来たかったから…」
カレンから目を背けて…神楽耶が神社の周囲を見渡した。
「え?あの…そんな事をしたら…」
「今頃大騒ぎでしょうね…。でも、私は…来たかったから…。ここに来て…謝りたかったんですの…。あの二人に…」
少し切なげに目を伏せる神楽耶に…カレンは少し、表情が変わった。
「そう云うカレンさんは?ここがどういうところなのか…私はお教えしたと思いますけれど…」
「あ…えっと…」
自分に話を振られて…カレンとしてはどう答えていいか解らない。
本当なら素直に二人に謝りに来たと…云ってしまえば話は簡単なのだが…
なんとなく、先を越された感があって言葉が出て来ない。
「私と…同じ…なのですね…。二人に…謝りに来たと…」
「あ…ハイ…。でも、私は凄く個人的な事ですけど…」
カレンは観念したように…そして、この年下の姫君には一生敵わないような気分になりながらそう答えた。
「私も個人的な事ですわ…。自分の夫になる筈だった相手と自分の夫と呼んだ相手を…ちゃんと理解出来ず、最後まで信じる事が出来なかった事を…謝罪しに来ましたの…。そして…彼らが命がけで作ったスタートラインを…未だにスタートできないどころか、後退している今の世界を…」
神楽耶の言葉に…カレンは…何も返せなかった。
彼らが望んだのは…
『軍事力による問題の解決をしない世界』
だった筈だ…
その為に、自分たちが『悪』の名を背負って…この世界から消えて行った…
「申し訳ありません…神楽耶さま…私が…私が…」
神楽耶の言葉に…カレンの涙はまたも止まらなくなった。
もしも…もしもあの時…
そう思った時…カレンの意思とは無関係に…彼女の瞳から涙が止まらなくなった。
そのカレンを見た時…神楽耶は…
「しっかりなさい!紅月カレン!」
その声は…一人の少女ではなく…『キョウト六家』の皇神楽耶でもなく…『超合衆国』代表である皇神楽耶だった…
世界を見据え…これからの世界を考えている…
「あなたは…『ゼロ』様に選ばれた…『ゼロ』様の親衛隊隊長だったのです…。全てを知っていたのなら…彼が今望む事は…泣く事ではなく…これから先の世界を見据える事です!」
神楽耶の叱責に…カレンの涙も止まる。
そう…さっき、自分でも考えていた事ではないか…
―――あれは…ただのスタートライン…
そこから先は…この世界の遺された者たちが左右して行く事となるのだ。
「神楽耶さま…」
神楽耶の顔を見ると…涙が出そうになっているのを必死でこらえている。
自分のあの時の行動に後悔し…現在、この世界が動いている中…彼らの望んだ世界から遠ざかっている状態に自分の無力さ加減を思い知り…
「今の『黒の騎士団』の幹部だった彼らは…初心を完全に忘れています…。彼らが望んだ事は…日本の解放でしたけれど…その先にあるのは…日本がどの国にも侵されない事、日本の国土が再び焼かれず、日本の人々が侵略に怯えない事…。彼らは今…それを見失っているように思います…私は…」
神楽耶の云っている事は…確かに日本の現状だ。
『民主主義』を望んだ先にある…その先の未来図は…きっと彼らにはなかった。
『ゼロ』を裏切り者としていたが…結局『黒の騎士団』さえもシュナイゼルに牛耳られている状態で…自分の出来る事、出来ない事さえ…見えなくなっていた…
「確かに…今の扇さんたちは…」
あの時の恐怖を語り、国民の恐怖を不必要に煽っているように見える。
その結果…『ルルーシュ皇帝=悪逆皇帝』としない者は…発言が出来なくなった。
一つの考えに一点集中し、他の考えを受け入れられなくなるという事は…
「はい…今の私の言葉は…何の意味も持ちません。『キョウト六家』があった頃には…『キョウト六家』が後ろ盾になり、国を動かすだけの力もあったのですが…」
神楽耶が…苦しそうにそう告げる…
「私は…結局…全て『皇』の名のみで存在していたという事…。でも…このままではいけないと…解ってはいるのです。何もできない自分がこれほど歯がゆいとは…今になって思い知りました…」
神楽耶が自嘲気味にそう口にした時…もう一人の人物がここに訪れた…
「珍しい客人だな…」
その声に、二人がその声に振り向いた。
ジェレミア=ゴットバルト…
最初は…『ゼロ』の敵として現れ…スザクを救い出す時の『ゼロ』の狂言により『ゼロ』に対して誰よりも強い負の執着を抱き…そして…恐らくどこかで『ゼロ』の正体を知って…『黒の騎士団』と合流した…
ルルーシュが『黒の騎士団』から離れた後…彼は…ルルーシュの下で共に『悪』の名の一端を担った…。
彼のルルーシュに対する忠誠は本物だ。
そして…今もルルーシュに対しての忠誠は変わらず…表舞台には決して出て来ないが…この世界の為に、『ゼロ』に尽力しているという噂を聞いた。
ルルーシュと、今の『ゼロ』の事を知る者だからこそ、彼の行動の整合性が解る。
「ジェレミア…ゴットバルト…」
「あなたは…ルルーシュ様の為に…いらしたのでしょうね…ここに…」
神楽耶が真っ直ぐジェレミアを見ながら…既に答えの解っている事を尋ねる。
ジェレミアは『そんな解りきった事を…』と云う表情を見せる事もなく頷く。
「それに…ルルーシュ様から命じられている…。この、枢木神社は…ナナリーさまにとっても大切な場所だから…時々様子を見てきて欲しいと…」
ジェレミアの言葉に…カレンがジェレミアの服をつかみながら詰め寄った。
「ルルーシュは…ルルーシュは生きているの!?」
目の前で…『ゼロ』に貫かれたのに…ジェレミアのその一言で反応してしまう自分を気づいているのだろうか…
ジェレミアはそんなカレンをバカにする事も、呆れる事もなく…口を開いた。
「ルルーシュ様が私にそれを命じたのは…枢木が君に倒された直後だ…。元々私はあの計画の中のコマだった故に…全てを知る…。それに…ルルーシュ様は生きているではないか…」
ジェレミアの言葉に更にカレンが反応する。
「ど…どこにいるの?ルルーシュは…どこに…」
今にも泣きそうになって詰め寄っている少女に対して…少し痛々しさを感じるが…ジェレミアはその気持ちを特に表に出す事もなく、ただ…ふわりと笑った。
「君の心の中で生きているではないか…。君は…私が羨ましいと思うくらい…ルルーシュ様の傍にいたではないか…。ならば…ルルーシュ様が今、何を望むか…良く解るのではないか?」
ジェレミアの言葉は…温かいようでいて…鋭く気持ちに突き刺さった。
結局…もう…会えないのだ…と…
「ジェレミア=ゴットバルト…あなたは…あの時のルルーシュ様の計画をご存じの上で…何ゆえ…止めなかったのです?」
神楽耶がカレンの後ろからそう、声をかける。
今更な質問…
そして…自分自身、そんな事をこの男に詰め寄る資格などないと解っていながらの愚問…
「私は…ルルーシュ様に忠義を誓った者…。結果がどうなるか解っていても…あの時点でルルーシュ様が望まれた事だ…。それに…ルルーシュ様にそう決断させた一端を担っているのは…貴殿らではないのか?」
またも…胸にぐさりと刺さるジェレミアの言葉…
「まぁいい…貴殿らのその花は…ルルーシュ様と枢木に…か?」
「ええ…」
ジェレミアの言葉に肯定の返事をすると…
「ならばついてこい…」
そう云って、枢木神社のある山の森の中へと歩いて行く…
二人が付いて行くと…そこには…小さな墓が二つ…並んでいた…
「ここに…」
ジェレミアがそう伝えて…二人の傍から離れて行った…
確かに…公には創る事の出来ない…二人の墓…
それを見ても信じる事が出来ない…二人の…『死』…
それでも…彼女たちは今、自分たちのしていい事を考えて…
その墓の前に自分たちの持っている花を添えて…手を合わせた…
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