パンドラの箱の底…


 
 
 パンドラボックス(Pandora’s Box)

 ギリシア神話に登場するパンドラあるいはエピメテウスの所有していた箱あるいは壺。パンドラの箱の英語名。

 プロメテウスが展開から火を盗んで人類に与えた事に怒ったゼウスは、人類に災いをもたらすために「女性」と云う者を作るように神々に命令したという。

 ヘパイストスは泥から彼女の形をつくり、パンドラは神々から様々な贈り物(=パンドーラー)を与えられた、アフロディーテからは美を、アポロンからは音楽の才能と治療の才能を、といった具合にである。そして神々は最期に彼女に対して開けてはいけないと云い含めて箱(壺とも云われる)を持たせ、さらに好奇心を与えてエピメテウスの元へ送り込んだ。

 美しいパンドラを見たエピメテウスは、兄であるプロメテウスの「ゼウスからの贈り物を受け取るな」と云う忠告にもかかわらず、彼女と結婚した。そして、ある日パンドラ(エピメテウスという説もある)はついに好奇心に負けて箱を開いてしまう。すると、そこから様ザンな災い(エリスやニュクスの子供たち、疫病、悲嘆、欠乏、犯罪などなど)が飛び出し、パンドラは慌ててその箱を閉めるが、既に一つを除いて全て飛び去った後であった。

 最後に残ったものは希望とも、絶望とも、未来を全て解ってしまう災い(予兆)ともいわれる。それによって人類は希望だけは失わずにすんだといわれる。パンドラはその後、エピメテウスと、娘ビュラーと、ビュラーと結婚したデウカリオンと共に大洪水を生き残り、デウカリオンとビュラーはギリシア人の祖と言われるヘレンを産んだ。
(Wikipediaより引用 ※一部日本語として読みにくい名前を読み易く書き換えてあります)
 
 
 



 ルルーシュ皇帝を…人々はパンドラの箱の最初に飛び出した災いと見ているのか…それとも最後に残った希望とみているのか…
ただ…彼がこの世界から消えた事により、確実に世界は変革を始める事となる。パンドラの箱の底…
それがいい方向へ行っているのか、悪い方向へ行っているのか…評価としては個々人によってさまざまだ。
確かにルルーシュ皇帝と敵対した『超合衆国』やシュナイゼル軍に所属していた者たちは彼を『悪逆皇帝』と呼んだ。
きっと、彼らは表向きには彼をパンドラの箱から飛び出した災いであり、自分たちが最後に残った『希望』であると表向きには言わなければならないだろう。
そうでなければ、彼ら自身が、ルルーシュ皇帝に対して反逆した事の根拠がただの『私怨』になってしまう可能性だってあるのだ。
実際、第三者としての目を持つ者たちがどう評価するにしても、現在の世界の流れはルルーシュ皇帝がパンドラの箱から飛び出した災いと云う空気になっている。
恐らく、ルルーシュ皇帝がその世界の様子を見て勝ち誇って笑っている事にも気付かずに…
全ては、あの、18歳という若さで神聖ブリタニア帝国の皇帝の地位を簒奪した彼の掌の中で踊らされていた事…
今、それに気づいてしまったら今度は、それを眺めているルルーシュ皇帝が置く場をかみしめて悔しがる事だろう…
『こんな筈ではなかった…』
と…
人とは、解りやすいものに飛びつく。
そして、目の前に示された解りやすい答えを正解と考える。
ルルーシュ皇帝はその人間の心理を利用して…自らパンドラの箱の災いの仮面を被ったと考える者たちも皆無ではない。
しかし…それを表に出す事は今の世界は許さない…
そして、ルルーシュ皇帝を理解する者たちは…それをする事は、ルルーシュ皇帝自身も望まないと…心の底で理解している。
解っていて…何も話す事の出来ない人々…
後になって気付いた者たちは特に…悔しさをにじませる。
たくさんの悔しさが自分の中で様々な形で渦巻いている。
ルルーシュ皇帝自身、彼らが悔しさに苦しむ事を望んだわけではないだろうが…
それでも…彼の事だ…
きっと、その様子を嬉しそうに笑いながら眺めている事だろう…
彼にはそれくらいの性格の悪さはあったのだから…
カオスと化した世界の変革を望んだ。
他者の理解を求める事もせず…ただ…自ら望む世界の為に一心不乱に突っ走って行った。
誰の許しを求める事もせず、誰の理解も求めず、全ての罪を全て背負う潔さを持って…自らの目的の為に…
それは…確かに彼の個人的な望みと云ってしまえばそれまでの話なのだが…
しかし…その結果を望んだのは…恐らく、世界の多くの者たちの方だ。
何か、誰かを『悪』と呼び、自らが動かぬ事の責めから逃れる為に…自ら抱える矛盾をも無視し続けた。
第三者の目から見れば…何ともひどい話なのだが…
しかし…その状態を望み、彼自身が世界から消えた時…世界が独り立ちして今度こそ本当に望む世界へ歩き出す事を望んでいた幼い皇帝陛下は…

 ブリタニアはルルーシュ皇帝が消えてから、かつて彼と敵対した妹姫、ナナリー=ヴィ=ブリタニアが代表となり、その傍らで二人の異母兄であり、シャルル皇帝時代には神聖ブリタニア帝国の宰相を務めていたシュナイゼル=エル=ブリタニアが異母妹を支える形となっている。
最初の3年は『ゼロ』もブリタニアの代表の傍らに立っている事が多かったが…
ルルーシュ皇帝の『死』は何もゴールであった訳ではない。
世界の全てが『軍事力』を恐れていたが、それをすべて放棄する事を望んでいた訳ではない。
人とはその身で働き、その対価を得て生活をしている。
神聖ブリタニア帝国が世界の1/3を支配していた頃…どこの国も軍備増強は必須であったし、ブリタニアでも最新のナイトメアフレームが数多く開発され続けてきた。
その軍事産業に従事していた者たちの数はそれこそ半端な数ではない。
ブリタニア帝国が植民エリアを広げ続ける事が出来たのも…背景には強大な『軍事力』があったからこそだ。
あの時、ルルーシュ皇帝に対して『悪逆皇帝』と叫んでいた者たちのどれだけがその事を理解していただろうか…
確かに『大きすぎる力』は脅威でしかなくなる。
しかし、戦略目的に使う『軍事力』は、国を守る為に必要不可欠な『道具』である。
実際にエリア11となった日本は、『軍事力』の差によって1ヶ月と持たずにブリタニアに白旗を上げた。
確かに日本の中核を担う者たちの狡い計算の元の『降伏』であったかもしれないが…
その結果、日本人たちはそれまでの平和な生活を全て奪われる事となったのだ。
それは…日本がブリタニアから自国を守るだけの力がなかった結果だ。
別に…勝つ必要はなかった。
守るだけの力があればよかった。
『勝つ為の力』と『守る為の力』と『負けない為の力』それぞれ…違う力である。
あの時の日本にはそれがなかったからブリタニアの植民エリアとなったのだ。
至極簡単な図式である。
当時、世界はブリタニアに限らず、大国と呼ばれる国々は近隣の小国を侵略して大きくなり続けた。
ルルーシュ皇帝を『悪逆皇帝』と呼んだ中華連邦だって、近隣の国々を軍事力によって侵略支配をしていたのだから…
日本だって、経済的に苦しい国々に『援助』と称しての経済支配をしていた。
『軍事力』と違って、表向きには死人が出る訳でもない、多くの血が流れる訳でもない分、見逃される事が多いが…その国の経済を握るという事は間接的にその国の支配権を握り、操る事が出来るという事だ。
貨幣経済の世の中、経済を盤石とし、しっかりと握るという事は戦略的に有効に利用する事が出来るのだ。
そう考えると…ルルーシュ皇帝は…本当にパンドラの箱の最初に出てきた『災い』とは呼べないと思うのは…乱暴な話なのだろうか…

 ブリタニアの宮殿の中庭に…ナナリーが車いすに腰掛けた状態で空を見上げている。
夏の強い日差しの中…木々の葉は青々としている。
そして、瞼を開き、視力を取り戻した後…見る事が出来るようになった多くの物たちは…様々な事を教えてくれる。
目が見えなかった頃には目に見えないものが良く解った。
今は…目から入ってくる様々な情報に…自分自身が振り回されている気がする。
目が見えなかった頃にはそんな事はなかった…
「目が見える…これは…幸せな事ですけれど…でも…見たくないものを…見続けるという…悲しい一面を見る事にもなるのですね…お兄様…」
今は傍にいない…誰よりもナナリーの目が見えるようになる事を望んだ彼女の最愛の兄に…語りかけるように呟く。
「パンドラの箱…お兄様は…パンドラの箱の中身になられていたのですね…。そして…その箱を皆に開かせて…自らの手で…『明日』を切り開くようにと…」
現在の世界は…確かに…あの時世界が望んだ…『独裁を是としない世界』となり、『民主主義』となった世界だが…
それはそれで、『負』の部分を持ち合わせている事を知る。
決して、『優しい世界』であるとは言えない。
誰かが笑っている裏で、必ず泣いている者がいる…
これは…恐らく…どんな世界であっても同じことなのかもしれない。
『ヒト』として生まれたからには…それぞれの価値観が違い、考え方が違う…
ナナリー自身は良かれと思っていても…それが、相手に伝わらない事も…逆に、相手にとっては迷惑でしかない事も…たくさん出てきている。
国の代表としての立場では、更に個人的な感情で動いてはならないと…自らの立場を知り、更に苦しさを覚える。
パンドラの箱の…奥底に残された『希望』になりたいと…そう願っていた筈なのに…
ルルーシュが…自分の心を押し殺してまで、パンドラの箱の『災い』の役割を果たしてくれたというのに…
それでも、やはり、あれはただの夢物語でしかなかったと云うのか…
『優しい世界』の…難しさを、今は感じている。
それは元々、ナナリーが、ルルーシュに告げた一言が始まりだったと…ナナリー自身感じている。
『優しい世界でありますように…』
あの時、ナナリーの傍にいた日本人である篠崎咲世子から教えて貰った。
折り紙で千羽の鶴を折ると…願い事が叶うと…
それは恐らく…当時のエリア11…現在の日本で古くから伝わる文化だった…
だから…ナナリー自身は兄であるルルーシュに対してその一言を告げた。
そして…ルルーシュはこう答えた…
『お前の目が見えるようになる頃には…』
ナナリーの目が見えるようになった。
でも…ナナリーの傍にルルーシュはいないし、世界もまだ、混沌の中を彷徨っている。
『独裁』を否定した者たちが…今では自分の利益の為により優位に、より有利にと…結局は力で力をねじ伏せている世界だ。
ただ…以前と違うのは…ルルーシュがサクラダイトをあの戦いによって殆ど消費したお陰で、ナイトメアなどの最新の軍事兵器は殆ど使い物にならなくなり、現在の世界の国家にはほぼ同等の軍事力を持つだけとなった。
敢えて言うのなら…兵士の数の差がある程度だ…

 空を見上げて…ナナリーは常に問いかける事がある。
勿論、ナナリーにその『願い』を託してくれたルルーシュに対してだ…
ナナリー自身、ルルーシュと敵対して、ルルーシュに対して刃を向けた。
殆ど、騙し討ちのような形でナナリーはルルーシュの前に姿を現わしていた。
後に、ナナリーがあの、『フレイヤ』に巻き込まれて死んだと思っていたルルーシュは自失状態となって…ただ…『黒の騎士団』のメンバーの命を守っているようにしか見えない形で…『黒の騎士団』から『裏切り者』の名を着せられ、去ったという。
その事実を知ったのは…ナナリー自身、ただ…涙が出てきて…止まらなかった…
あの時、ナナリーを失ったと思わされていた状態の中…ルルーシュはたった一人で…
その涙の中に…ナナリーは自分の中で許されないと考えていた感情が芽生えていた。
ルルーシュが命をかけて、シュナイゼルの手から『黒の騎士団』を守った事実を知り…そこまで裏切っても、ルルーシュにして貰った事を全て忘れ去られていても…ルルーシュは…『黒の騎士団』を守ったという…
その事実を知っている者たちは…ルルーシュがブリタニアの皇帝に即位した途端に『悪逆皇帝』と呼び、知らない内にルルーシュの手ゴマとなっていた。
ナナリー自身、あの時はルルーシュの掌の上で踊らされていた。
否、世界中が…ルルーシュが『世界』を作り出そうという『覇道』の下…ルルーシュの掌の上で踊らされていた。
ルルーシュが植民エリアを開放し、ブリタニア国内での皇族、貴族制度を廃止し、財閥を解体して、庶民の為に動いた時には、世界は絶賛した。
ただ…『黒の騎士団』のトップたちがその動きを訝しく思っていたから、結局ルルーシュの手ゴマになるという形となった…
これは…皮肉と云うべきなのか…
目に見える『災い』と『疑い』にのみ反応し続けた者たちが…今は…世界のトップとなった…
ナナリーを含めて…
時折、日本から訪れる首相と…そして、陰から日本を支える姫君と会う事はあるのだが…
どうしても…ナナリー自身…感情を押し込み切れずにいる。
ルルーシュは…その優しい心を全て『世界の憎しみ』を自らに向けるという…そこにのみ、使っていたのに…
「私には…お兄様の様な事は…出来ませんね…。私は…お兄様ほど…優しくは慣れないから…」
今、自分の隣にいない兄を思うと…涙が出て来る。
ルルーシュは…自らパンドラの箱の中に入り、そして…その中身の全てを自らに背負わせた。
『災い』としては…全世界から憎しみを向けられ…
最後に残されていた『希望』としては…誰にも気づいて貰えず…
「お兄様…」

 ナナリーがそう呼び掛ける。
当然のことだが、ルルーシュからの返事はない。
以前であれば…その優しい声音は…自分だけのものだった筈なのに…
「それなのに…お兄様はその『優しさ』を世界の人々すべてに…分け与えてしまったのですね…。本当はこんな風に思ってはいけないのかもしれませんけれど…私はずっと…お兄様の『優しさ』を一人占めしたかった…」
そう呟いた時…背後に人の気配を感じた。
『ナナリー代表…』
その声は…ルルーシュを貫いた…『ゼロ』…
その仮面を被る人物が誰だかも知っている。
あの一件で、殺してしまいたいと思えてしまう程…彼を憎んだ…
世界最大の帝国の代表として決して、そんな感情を抱いてはならないと…解ってはいたものの…自分を抑えきれず…ブリタニアの宮殿に彼が現れた時には…憎しみの光を相手に放っていた…
「何でしょうか…『ゼロ』…」
ナナリーがその声に静かに答える。
ルルーシュが残した…パンドラの箱の底の『希望』の一部…
だからこそ…ナナリーは彼に対して最早、感情をぶつける事はない。
ただ…冷静に…淡々と…必要だから…接している…それだけになってしまった…
『会議のお時間です…。シュナイゼル閣下もお探しでしたよ…』
ナナリーとしては…もっと兄との思い出に浸っていたい…そんな気分ではあったが…
それでも…ルルーシュに残された…ナナリーへの役目…
決して途中でやめる訳にはいかないのだ…
「解りました…『ゼロ』…。会議の会場に…連れて行って下さいますか?」
『かしこまりました…』
『ゼロ』はブリタニアの代表となったナナリーに対して、『イエス、ユア・マジェスティ』とも『イエス、ユア・ハイネス』とも決して答えない。
それは…『ゼロ』がブリタニア人ではないからという事もそうだが…彼自身…彼女を見ていないのだろう…
ナナリーとしてはそれはそれでいいと思っている。
ナナリー自身、彼に対して複雑な感情を拭い去りきれていないのだ。
あの時の光景を思い出すたびに…彼への『恨み』『憎しみ』そして…『妬み』を感じるから…
かつては、ナナリーの愛した相手であった筈なのに…
結局、彼は、ナナリーにとって『ルルーシュ』以上の存在にはなれなかったという事だ…
ナナリーもそろそろブリタニアの代表として、誰かとの婚姻を結ぶ事を要求されているが…
政治的には必要だし、形だけであるなら…そう思った事もあったが…
それでも…様々な思いが引っ掛かり、未だに独身を貫いている。
ナナリーの車いすを押す『ゼロ』に対して…ナナリーは声をかける。
「『ゼロ』…私…ブリタニアの為に…結婚しようと思います…。以前からお話のあった…あの方と…」
『ゼロ』はナナリーの言葉に少々驚いた様子だが…それでも、平静を装う。
『そうですか…きっと、皆も安堵されるでしょう…』
事務的な…機械的な…『ゼロ』の答え…
これが…自らの『罪』に対する『罰』であるのなら…
甘んじて受けよう…
そして…ナナリーは思う…
―――お兄様が『罪』を背負ったのなら…私も自分の『罪』を背負います…。これから先…『彼』と動揺…『ナナリー』ではなく、『ナナリー=ヴィ=ブリタニア』としての存在しか…認めない事にします…。お兄様が望まれた…『世界の明日』の為に…

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