ルルーシュ?ランペルージと枢木スザク…
この二人は学校内でもかなり有名人だ。
二人に関する噂は学校内に蔓延するのに恐らく、半日もいらない。
と云うのも、ルルーシュの場合、その美貌と普段、どんな勉強の仕方をしているのかは知らないが、絶対に学年トップ…そして、全国模試でも5位以内を確実にキープしていると云う人間離れした頭脳の持ち主…
そして、スザクの場合、何をすればそんな運動能力が身につくのやら…と云わしめるような運動能力を持って、高校2年の段階で色んなプロスポーツや各競技団体からひっきりなしにお声のかかると云う、これまたルルーシュとは違った意味での超天才…
二人が幼馴染で中学の頃から想いと通じ合わせていたと云う事も有名な話だった。
普通なら、男同士で…と云う事で白い目で見る者が多そうな気もするのだが…逆に彼らが特に肯定も否定もせず…ただ、いつも二人一緒にいて、彼らを取り巻く空気の雰囲気から…誰も何も言わなくなった。
そして…つい最近…彼らが別れたと云う噂が流れた。
この時は真相を聞いた者はいないし、聞ける勇気のある者もいなかった。
ただ…それまで彼らを取り巻いていた空気が…確実に変わった…それだけは誰の目からもはっきりと感じていた。
一緒にいる時間が極端に減った。
目を合わせるところを見なくなった。
二人は生徒会のメンバーだからまったく口を利かないと云う訳にはいかない。
でも、二人で会話しているところは殆ど見なくなったし、見かけたとしても…それは…本当に機械的で…人と人との会話をしている様には見えなかった。
何が原因であるのかは誰も知らない。
恐らくは当人同士だけが知っているし、彼らが一緒にいた時にはあの二人に不必要に近づける事もなくて、二人の事を知る者も少ない。
一々詮索する必要はないのだが…
と云うより、詮索できるような雰囲気ではない。
これまで見た事のない二人の不自然な距離感…
見ている方は様々な思いを抱いているのだが…
しかし…現在の状況を『チャンス』と捉えている生徒も少なからずいた。
その中に一人…ジノ=ヴァインベルグが…その気持ちを外に出さないように努力しながら…機会を窺っている。
入学した時から、ずっと目で追っていた相手…ルルーシュ=ランペルージに近づく機会を…
そして…それは、ジノが考えているよりも簡単に目の前に訪れた。
―――もし、『運命の神様』とやらがいるとしたら…本当に感謝だな…
ガラにもない事を考えながら…雨が降り始めた昇降口で、傘を忘れたらしく、立ちつくしていたルルーシュに声をかける。
「傘…忘れたの?同じ方向だし…一緒に入って行かない?」
ルルーシュはその声の主の方を見てやや驚いた表情を見せた。
以前はスザクと一緒にいる時にはよく、喜怒哀楽を見せていたが…それはスザクに対してであって、ジノに対してではない。
と云うか、スザク以外の人間に対して表情を変えたところをあまり見た事がない。
時々、生徒会長のミレイに遊ばれて顔を引き攣らせているとか、顔面蒼白にしているところは見かけていたが…
「君は…確か…」
「ルルーシュ副会長の隣のクラスのジノ=ヴァインベルグ…。こうして話すのは初めてだよなぁ…そう言えば…。ずっとスザクがガードしていて近づけなかったし…」
ジノのその一言にルルーシュの顔にやや怒りの色が浮かぶ。
スザクの名前を聞いたからなのか…妙な揶揄表現への怒りなのか…それはよく解らないが…
「別に…お前と一緒に帰る義理はない…。放っておいてくれ…」
そう言ってルルーシュが雨の中を走りだした。
肌寒くて、強い雨…
でも、ジノはそれ以上深追いする事はなかった。
変にしつこくしてストーカー扱いはジノの望むところじゃない。
そんな後ろ姿を見ながら…ジノは『やれやれ』と云ったように息を吐いた。
すると、ジノの後ろから人の気配がした。
「あれ?枢木スザク…。ルルーシュの元ナイト様…」
茶化すようにジノがスザクにそう声をかける。
スザク自身、その言葉にルルーシュ同様、怒りを表情に出した。
どうやらルルーシュほど取り繕うと云う事が出来ないらしい。
「ルルーシュならさっき、傘も持たずに走って帰ったぜ…。この天気の中、あいつの家の場所を考えると…確実に明日は風邪ひいて欠席だな…」
ジノがあからさまに嫌みをスザクにぶつけるが…
「僕にはもう関係ないだろ…。君は何が云いたいんだい?」
こっちはこっちで、更にご機嫌斜めの様子だ。
どうも、お互いに憎しみ合って…と云う感じに見えないのは何故だろうか…
しかし、どうやら、二人が別れたと云う噂は本当のようだった。
ジノは内心にやりと笑いながらこのチャンスを逃す気はない…と云う思いに駆られている。
「べっつにぃ〜…。噂の真相を確かめたかっただけだ…。これで、俺にもチャンスがあるって事で…」
ジノの一言にスザクはピクリと眉を動かすが…それでもそれ以上何も云わない。
ただ…
「あ、そう…。まぁ、頑張ってよ…」
とだけジノに伝えてスザクは自分の傘を開いてすたすたと雨の中帰って行った。
―――ウソが下手な奴だな…。まぁ、遠慮する気は毛頭ないけどな…
そう考えながらジノも冷たい雨の降る中、自分の傘を開いて雨の中を帰って行く。
強い降りで…しかも、空気もひどく冷たく感じる。
夏場の雨としては…酷く冷たい…。
―――これじゃあ…本当にあいつ…風邪引いちゃうな…
ぼんやりとそんな事を考える。
入学した時からずっと…目で追い続けてきた。
ずっと…手に入らないと思っていた…
でも…チャンスを貰ったのだ…そう考える。
今はまだ…別れたばかりで…お互いがお互いをどこかで意識しているのは仕方ない事だろう。
傍目に見ても仲のいい二人だったのだから…
でも、終わったと云う事は確実にけじめをつける時が来るのだ…
だから…
翌日…案の定、ルルーシュは欠席した。
「あの雨の中…走って帰るかなぁ…普通…」
ジノはぼんやりとそんな事を呟いた。
「一体何の話?」
同じクラスで、気の合った女友達であるカレンが声をかけてきた。
ジノ自身は、カレンに対して好感を持っているが…彼女の立ち居振る舞いなどから女として見る事もなくて…ただ、一緒にいて心地いい相手ではある。
そのカレンの後ろからは…
「何?ひょっとして…今日、ルルーシュのお見舞いに行こうなんて考えてんの?」
と声をかけてきたのはリヴァルだった。
「まぁ、スザクと別れたって云う噂だし…やっとチャンス到来ってところ?一応応援しててあげるわ…。ただ…あんまり変な事するとスザクも黙っちゃいないと思うわよ?」
カレンから出てきた…ある意味、不可思議な言葉だ。
どうして別れたかは知らないが…
しかし、別れた後で、別れた相手の事でそんな風に云われていると云うのはどう言う事なのだろうか…
不思議そうな顔をしていると…
「あれ?ジノ知らないの?ほら、ルルーシュって元々すっげぇもてるじゃん?この噂でルルーシュに告白したり、ラブレター送ったりするやつらが増殖しているらしいんだけど…スザクに見つかるとすっごい目で睨んで来るって言ってたぜ…。スザクも何を考えているんだか…」
リヴァルがそれこそ不思議そうにそんな話をする。
「ルルーシュとスザクって…なんで別れたんだろうな…」
「ちょっと噂で聞いたけど…振ったのって…スザクらしいわよ…。ま、噂だけどね…」
まぁ、真相は二人にしか解らない事柄は人々の妄想を掻き立てて、面白おかしい話にして行くものだ。
そんな事を云われたってジノとしてはそんな事はどうでもいいのだ。
「じゃあ、俺、今日の帰りちょっとルルーシュん家に行ってみる…そしたら…真相が解るかもしれないし…。それに、このチャンスを逃す手はないでしょ…。俺、別にルルーシュ泣かせたい訳じゃなかったからさ…これまでは黙ってたけど…もう遠慮する必要がないなら…好きなようにやらせて貰う…」
ジノが拳を握って力いっぱい決意表明すると…
「ま、スザクの殺されない程度に頑張りなさいよ…」
「あいつ…去年、1年のくせに格闘技関連の大会殆ど全国優勝しているからな…。普段、運動らしい運動していないただ図体でかいだけのお前じゃ敵う相手じゃないぞ…」
「あ、リヴァルの云い方ひどくない?俺だって多少は運動できるし…。それに、スザクは素人相手に本気になる奴じゃないし…」
「ま、ちゃんと理性が保たれている時は…でしょ…。命は大事するのよ…」
カレンもリヴァルも微妙な声援をジノに与えて自分のカバンを持ってさっさと教室を出て行った。
ジノもとりあえず、そんな微妙な声援をポジティブに考え、昨日とは打って変わってからりと晴れた空の下、ルルーシュの家へと向かって歩いて行く。
スザクは今日は綺麗に晴れたおかげで運動部の助っ人として飛び回っている生活なので、今日は野外競技のクラブに手伝いに行っている様だった。
グラウンドの方からは…スザクに対する応援をしている女子の声も聞こえてくる。
―――スザクもあれで…もてるんだよなぁ…。別れたって事で応援団の数が増えてないか?
やがて、ルルーシュの自宅に到着する。
なんでルルーシュの家の場所を知ったかと言えば…方向が同じで…たまたまルルーシュがその家に入って行くところを見かけたからだ。
金持ちそうな…大きな家に住んでいた。
ただ…人の気配があまりないようにも見えたが…
ちゃんと人が住んでいる家らしく、都心にある家としてはかなり広い庭も大きな家も綺麗に整えられている事は解った。
ゲージの外にあるチャイムを鳴らす。
すると…中からお手伝いさんと思われる女性の声が聞こえてきた。
『どちらさまでしょうか?』
「あ、俺…ランペルージ君と同じ学校の生徒で…ジノ=ヴァインベルグって云います…」
『あの…そう云われてくる方が多くなったので…取り次がないように申しつけられているんですけれど…』
ルルーシュがスザクと別れた事でルルーシュの家に押し掛けるルルーシュ狙いの生徒たちが次々に来ているらしい。
しかし、ここはジノも引く訳には行かなくて…
「えっと…俺、先生に頼まれて…このプリントを渡すように云われているんですけど…」
『なら、私が受け取りますので…少々お待ちを…』
随分ガードが堅い…
相当数の生徒が押しかけている様だった。
玄関の扉が開き、メイド服を着た一人の女性がジノの元まで歩いてくる。
「では…先ほどのプリントを…」
「あ…これ…」
ルルーシュが欠席と云う事で生徒会長のミレイから無理矢理ルルーシュに渡すプリントを強奪してきたのだが…
作戦は失敗…と思っていた時に…
ゲージが開かれた。
「ルルーシュ様がもし、本当にプリントがあったなら上げてお茶でも入れてやれ…とのことでしたので…。先ほどの御無礼…どうかお許し下さい…」
そのお手伝いさんが深々と頭を下げた。
ただ、現在の学校の状況を考えれば…ある意味仕方ない事なのかもしれないと…自分の中で分析して、にこりと笑った。
「いえ、確かにランペルージ君は人気がありますから…。お近づきになりたい生徒はいっぱいいるんですよ…」
そう言って、そのお手伝いさんの後について家の中に入って行った。
そして、ルルーシュの部屋と思われる部屋に案内された。
綺麗に整えられて、無駄な者が何一つ置かれていない…
広さとしてはそれなりに広い。
もっと、色んな物が置けるだろうに…と思えるほどの広さだ。
その片隅に置かれた、一人で眠るにはちょっと披露目の(恐らくクイーンサイズの)ベッドに上半身だけを起こしてルルーシュがジノを見ていた。
「あ…あの…大丈夫か…?」
ジノはルルーシュの姿を目に入れた途端に、心拍数が上がった事に気づく。
まだ、少し熱があるのか…顔が赤いのが解る。
「ああ…大丈夫だ…。昨日はお前の忠告も聞かずに…。それに今日は見舞いにまで来て貰って…すまない…」
普段の学校の制服とは違う、パジャマ姿のルルーシュに…更にジノの心臓の動きが速くなるのを…ジノは無視する事が出来なかった…
そんなジノの状況に対してルルーシュは完全に無視した状態で話を続けた。
「これ…この間俺が会長に提出した資料…。ああ…そうか…あの噂の所為で会長たちが変な気遣いをしたんだな…」
先ほどのお手伝いさんに渡されたであろう資料をルルーシュは目にしながらそんな事を呟いた。
「済まなかったな…。お前の忠告を受けて、濡れない方法を模索するべきだった…」
「あ、イヤ…俺は全然、何とも思ってないし、これくらい平気だし…どうせ、帰り道だし…」
こんな風に二人で話す事なんてこれまで一度もなかった。
これまでジノだって女に苦労する事なんて一度もなかった訳だが…
相手が女じゃないからなのか、ルルーシュだからなのか…いつもと勝手が違う。
「ありがとう…。迷惑でなければ咲世子さんがお茶を入れてくれるそうだから…飲んで行ってくれ…。あ、でも風邪を感染しちゃまずいか…」
「そんな事ない…。そんな風に気を使って貰えたなら…遠慮なく頂くよ…それに…俺バカだから風邪引かないし…」
ジノは自分の心臓が爆発しそうなほどバクバク言っている事を隠すかのように色々無意味な事をべらべら喋っている気がした。
ルルーシュはまだ、熱があるっぽいのに…なんで会ってくれたんだろうか…
そんな風に考えてもいたが…
それでも、今、こうして、ルルーシュに見舞出来た事を素直に喜んだ。
これまで…どれ程望んでもこんな事が出来なかったのだから…
「おまえも…俺がスザクと別れた事を探りに来たのか?」
不意に…ルルーシュの口からそんなセリフが出てきた。
ジノ自身、そんな事はどうでもよかったのだが…
現在、こうして、スザクの完全ガードがなくなってルルーシュに近づける事の方が重要なのだ。
過去にこだわり始めたらそれこそきりがないし、ジノ自身、中学の頃から女をとっかえひっかえしているから、過去をほじくり返されたらきっと、何も言えなくなる。
「べっつにぃ〜…。でも、ルルーシュがスザクと別れた事に関しては素直にうれしいと思ってる…。これで、俺にもチャンスが出来た訳だしな…」
ジノの言葉に…ルルーシュは目を丸くする。
これまで、スザクと別れて以来、ルルーシュに近づいてきた者たちの口から出てきたのは…『どうしてスザクと別れたのか…』と云う事ばかりだったからだ。
そして、素直に今の気持ちを話している。
「俺が…どうしてスザクと…」
そこまでルルーシュが云いかけた時、ジノが慌てて口を開いた。
「スト〜〜〜〜〜〜ップ…。こんな状態で話さなくてもいいって…」
更にルルーシュは目を丸くする。
そんなルルーシュを見てジノがクスッと笑う。
「あのさぁ…そんな熱に浮かされた状態で俺にそんなこと話して…後で後悔する事になるだろ?なら…ルルーシュがちゃんとしている時に話してくれればいいって…。それに、俺、下心一杯できているからさ…今はやめといて…」
ジノの言葉は…ルルーシュを驚かせる事ばかりで…
ただ…目を丸くして、どうしていいか解らないと云った状態ではあるが…
「本当に下心がある奴はそんな事は云わないだろ…。まぁいい…聞きたくないなら云わない…」
「聞きたくないんじゃないんだよ…。ルルーシュが…本当に普通の時に、俺に話してもいい…そう思ってくれた時に話してよ…。俺…ずっとルルーシュの事見てたんだから…ちょっとくらい待てるからさ…」
ジノの言葉に少しだけルルーシュが微笑んだ気がした…
―――ルルーシュが…笑ってくれた…。俺…少し望み…あるかも…
ジノの心の中にそんな気持ちが芽生え…舞い上がりそうな自分を抑えるのに必死になっていた…
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