海へ行こう…


「さぁ…海へ行くわよ!」
 唐突なアッシュフォード学園生徒会長、ミレイ=アッシュフォードの一言だ。
確かに唐突に…何か思いついて、口にして…生徒会のメンバーたちに無理難題を吹っ掛けるのはミレイの趣味として、生徒会のメンバーたちには据えられている。
いつもの事…と…自分以外の誰かが口を開く事を皆が待ち望む…
最初に口を開いた者が…基本的にミレイの無茶振りの生贄になる確率が高い。
最初に口を開かなくても、アッシュフォード学園生徒会、副会長ルルーシュ?ランペルージが生贄になると云う可能性も否定できない訳ではないが…
『触らぬ神』ならぬ…『触らぬミレイ』に祟りなしである。
この学園の生徒会で日本人は枢木スザクだけだし、やたらと日本について詳しいカレン=シュタットフェルトがいるのだが…
この二人のお陰でやたらと日本の妙な言葉を覚える事となった。
特に、『触らぬ神に祟りなし』と云ってしまうと、色んな意味で罰あたりと云うレッテルが張られてしまうが、『触らぬミレイに祟りなし』なら、基本的に許される範囲だろう。
しかし、アッシュフォード学園においてミレイは『神』以上の存在だ。
彼女の傍若無人は…たとえ、天の神様であっても止める事は叶うまい…
素直にそう思えてしまう程のミレイのパワーは凄まじいものだ。
まして、こんな形で思いつきの企画を口にするときは…きっと…この地球上の誰にも止められない…。
ここに、神聖ブリタニア帝国皇帝がいたとしても、アッシュフォード学園では無敵のミレイにはきっと逆らえない…
思わずそんな風に思えてしまうのだ。
そして、現在、そのミレイの思いつきの企画が提案されたのだ。
『海へ行く…』
確かに、この時期、海水浴に快適な季節だし、きっと、楽しくなるだろう…
この、ミレイ会長の毒牙にかからなければ…
ただ…海水浴…と言えば、水着が必須だ。
水着であれば、普段着ている服をひんむく事になる。
ミレイが基本的に服をひんむく相手はたった一人だ…
男のくせに無駄に色香を撒き散らす…そして、老若男女問わずそのフェロモンの餌食にする、このアッシュフォード学園生徒会副会長…ルルーシュ?ランペルージがいるだけで、ある意味、この生徒会のメンバーたちの身の安全は保証される。
しかし…今回のミレイは、いつものミレイとは一味違っていた。
そもそも、ルルーシュの服をひんむくだけなら別に、海でなくとも、この学園で十分だ。
その辺りを計算しなかった…(特に男ども)は、これからミレイの『お祭り』の餌食にされると云う未来を予想出来る訳がない。
今回の生贄は…ルルーシュは勿論、スザク、リヴァル、ジノが含まれている。
予想外の展開に慌てふためく姿を見るのが大好きなミレイは…そんなウキウキ♪ワクワク♪な気持ちを抑えきれず、今回の提案に踏み切った。

 さて…それまでの準備は…と云うと…
ルルーシュ自身、気が抜ける程あっさりしたものだ。
普通の海水浴の準備のみ…
特に大がかりな準備も必要なく…また、予算のやりくりに頭を悩ませる事もなく…
全校生徒で参加…と云う無茶振りもしなかった。
あくまでも、生徒会だけの…とりあえず、学園内では非公開のイベントとなった。
生徒会のメンバーだけが怪しげなことをやっていると云う噂は学園中の公然の秘密となっていたので、生徒の中でその部分にツッコミを入れる者もいない。
と云うか、下手にツッコミを入れて藪蛇にもなりかねないからだ。
ミレイが生徒会の身のイベントをやる時、基本的に普通の人間では考えられないような無茶振りをするのは有名な話だ。
その為に、そう云ったイベントの後の、麗しの副会長は…別人のように顔を青ざめている事が多い。
一体何をされているのか…今でも学園内では様々な想像が流れている。
女王様と化したミレイがルルーシュをひんむいて縛り付けて、18禁なあれこれをするとか、ルルーシュにスザクと同じ事をさせようと(壁走りとか、無人島で全裸のカレンを押し倒してみるとか)したとか、生徒会で飼っている黒猫のアーサーの猫じゃらしで一晩中全身をくすぐられ続けたとか…そんなうわさが飛び交っているが…その真相を知る者はいない。
と云うか、ミレイが意図的にミステリアスに作り上げて、楽しんでいる節もある。
実際にはミレイの無茶振りな企画をどうやって満たすか頭を悩ませている…と云った、あまりに普通な理由なのだが…
今回の海水浴…そんな事は全くなくて…
水着は各自持参…
必要経費は一応、出ているが…基本的にはごくごく普通の海水浴と変わらない。
おやつは自由に持ってきてよし…
その短い企画書の文章の最後に…
『後の企画は、云ってからのお楽しみ♪道具とかはとりあえず必要ないので安心せよ!』
と書いてあった。
―――こんなの…安心できるかぁぁぁ!
それがルルーシュの素直な感想だ。
準備があまりに簡単すぎる…
簡単すぎるゆえに、何をしでかすかが怖い…
実際に大掛かりな最新の機器を使ったイベントよりも、超レトロな、原始的な企画を立てられてしまう方が、相当大変なのだ。
結局、人間、サプライズを起こそうと思うと…原点に戻ると云う事だ。
いくら、科学の力でサプライズを起こしても…人間の本能を突いた原始的な方法が一番効果があると云う事だ。
だからこそ…他のメンバーたちは…
『なんだ…普通の海水浴じゃん…』
的な空気の中にいるが…ルルーシュはこのミレイの下で副会長をやってきただけあって、彼女の性格をよく知る。
だからこそ…そんな空気の中…ルルーシュだけが顔を引き攣らせていた。

 で、本当にただの海水浴の準備だけで、特に何も特別な事をせずに…その日はやってきた。
他のメンツは、とっても楽しそうだが…ルルーシュの中にくすぶるいやな予感はいまだに消えない。
そして、その予感は…見事的中する…
ビーチパラソルなど、一通りの海水浴の準備を済ませて、ほっと息をついていると…
「さぁ…アッシュフォード学園名物の面白企画を始めるわよぉぉ〜♪」
ミレイの一声が生徒会メンバーの耳に届いてきた。
ルルーシュは思いっきり嫌そうな顔を見せ、他のメンツは少し、不思議そうな顔を見せる。 ミレイ自身、『海水浴』としか云っていないのだから…
ルルーシュ自身、具体的な物は解らないが…それでも、ミレイの頭の中には色んな悪事が蠢いているようだ。
そして、ミレイの瞳が怪しく光った。
「さぁ…男子ども!今日は『オール・ハイル・女の子♪』の日に決定!今日は生物学的に男である生徒会メンバーは女子に絶対服従よ!ちなみに、この、ミレイさんの命令に逆らったら…フフフフフ…♪」
いつでも唐突に無茶振りな提案をかますミレイ=アッシュフォード…
確かに驚きゃしないが…
なんでまた…
「『オール・ハイル・女の子♪』の日???」
スザクが素直に疑問形でリピートする。
そのスザクの一言にミレイがにやりと笑みを浮かべる。
「そうよ♪海辺での女の子たちには危険がいっぱい…だから、男子どもが女の子の手足となって私たち女の子を楽しませ、危険から守るのよ!」
その場で…生徒会のメンバー男子組がふっと、一斉に固まった。
『オール・ハイル・女の子♪』の日…と云うのは…確かにミレイらしいネーミングだ。
それこそ…その名の通りの…無茶振りな事を考えている事くらい…容易に想像がつくが…
しかし…『危険から守る』と云う表現ですっかりと固まった訳だ。
このメンバーに危険を及ぼした奴の方の身を案じてしまうのは…
間違っているのだろうか…?
そんな事を考えている内に…
「さぁ、スザクはあの遥か彼方のレストハウスでかき氷を買ってらっしゃい!勿論、解けない内にね?」
「え?あそこの海の家じゃだめなんですか?」
すぐ傍にはちゃんと海の家があり、『かき氷』の幟もある。
「あそこの抹茶金時が食べたいの!」
人選は多分間違ってはいないが…
しかし…パラソルを立てる場所を明らかに間違っている。
いくらスザクでもあそこからかき氷を解かさずに持ち帰るのは…
「解りました…でも僕、お金持っていませんよ?」
「はい、これ…。ちゃんと領収書は取っとかないとルルーシュに怒られちゃうから…」
「はい…行ってきます…」

 スザクがさらっとそう答えて、遥か彼方のレストハウスへと走り出した。
きっとスザクの事だから…かき氷がそれほど解ける事ない内に帰って来る自信があるのだろう。
「はい、次はジノ!カレンがさっき、イカ焼きを食べたいって言ってたから、あっちのレストハウスのイカ焼きを冷めないうちに買って持ってらっしゃい…。勿論、領収書付きで…」
と、指差したのは、スザクが走り出したレストハウスとは反対方向の…そして、多分距離は大体同じくらいのところのレストハウスを指差している。
なる程…ミレイのパラソルを立てる位置は多分…間違ってはいなかった。
そして、人選も…
「リヴァル…あなたはこのボートを膨らませて頂戴…。ちなみに(意図的に)空気ポンプを忘れちゃったから…あんたの肺活量で頑張りなさい!」
流石に…3人乗りのゴムボートを一人で膨らませろと仰るミレイに対して…涙目になるリヴァルだが…
しかし、他でもないミレイの命令に…この、女王様の奴隷志願者のリヴァルが逆らえる訳がない。
「イエス、マイ・ロード…」
リヴァルが力なく返事をして、顔を真っ赤にしながらボートを膨らませ始める。
多分、体力バカのスザクなら容易い仕事だとは思うが…
しかし、スザクの代わりに遥か彼方のレストハウスからかき氷を買って来る…なんて事は、凡人のリヴァルにはとても無理で…
ジノの代わりに遥か彼方のレストハウスから冷めない状態でイカ焼きを買って来る事も凡人のリヴァルでは無理で…
結構微妙なところで力加減をしているように見える。
そして…その場に残った男子は…ルルーシュ=ランペルージ…
「さぁ…ルルちゃん…あなたには私たち全員の背中にサンオイルを塗って貰うわよ…」
ミレイの一言に、ルルーシュだけでなく、他の女子の面々が驚愕の表情を見せる。(一人除いて)
「か…会長…」
真っ赤になって慌てているのはシャーリー…
「ミレイちゃん…私は…」
流石に人見知りの激しいニーナは遠慮したいと云う表情だ。
「変なところ触ったら…本編でスザクにした以上にフルボッコにするわよ…」
ミレイの性格を結構正確に把握しているカレンがどすの利いた声でルルーシュに威嚇して、ルルーシュに辞退させようとしている。
「ルルーシュなら…別にかまわない…。スザクやジノなら…コロスけど…」
アーニャはさりげなく物騒な一言をぶちかます。
「これは会長命令!逆らったら女の子でも無茶振り罰ゲームをして貰いまぁぁぁす♪」
ミレイ=アッシュフォード…とても楽しそうだ。
ルルーシュはこの真夏の空の下…顔面蒼白になって言葉も出て来ない。
―――自分で考えるだけで『ギアス』がかかるなら…今は…自分にぶっ倒れろ…と命じたい…
ルルーシュのこの上ない本音だ。
そんな風に現実逃避をする余裕もなく、サンオイルのボトルを目の前に突きつけられる。
「さぁ、ルルーシュ、私たちの背中にサンオイルを塗るのと、私たち全員に襲いかかられて凌辱されるのとどっちがいい?」
ミレイの一言に本当にめまいがして…ルルーシュは…倒れた…

 その様子を見て…
「あらぁ…ルルちゃんにはちょっと刺激が強すぎたかしら…?」
わざとらしいミレイの一言…
元々こうなる事も計算ずくの話だろう。
「そりゃ…ナナリーがエリア11の総督になってショックで自棄になった時…私に『慰めろ!』とか云って、その言葉の意味を解っていたのか解らないような状態だったしね…」
カレンがさらっと、本編ネタを暴露する。
「え?ルルって…カレンにそんな事云ったの?」
「ルルーシュなら…カレンに…美味しく頂かれる方…。慰めるのはカレンじゃなくて…ルルーシュ…」
「と云うか、ルルーシュ…どこでそんな言葉を覚えてきたのかしら…?ミレイちゃんのこの程度の冗談で倒れちゃうなんて…」
どうやら、ルルーシュよりも、彼女たちの方がミレイとルルーシュの性格を把握していたようだ。
ナナリーの為に『良い兄』でいる為に…色んな意味で、男の子として持つべき何かをどこかに置いてきたらしい…
そこへ…スザクが帰ってきた…
「会長…かき氷…って…ルルーシュ?」
「ああ…スザク…ちょっとからかったらルルーシュってば…倒れちゃって…」
スザクはミレイにかき氷を押し付けて…ルルーシュに駆け寄る。(ここでかき氷を放り出さないところが自分の命を大切にしていると云える)
「はぁ…さすがスザク…ちゃんと食べられる状態で持ってきたわね…」
ミレイの感嘆の言葉もスザクには届いていないようだ。
スザクがルルーシュを横抱きで抱き上げて、最寄りの海の家へと突っ走って行った。
「あ、スザクに拉致られちゃった…」
「ここで倒れたままにしておいたら、熱中症になっちゃうし…。でも、凄いタイミングだね…スザク君…」
「スザク…本編でも『ゼロ』に対して異様な執着を見せていたものね…」
「スザク…ルルーシュに関しては犬の1000倍鼻が効く…」
「しかし…ルルーシュ…情けない!この程度で倒れるなんて…。ミレイさんはそんなやわな子に育てた覚えはありません!」
最後のミレイの言葉にはルルーシュはこう答えるだろう…
『育てられた覚えはありません…』
と…。
そもそも、こう言ったルルーシュの反応を見たくてこんな企画を立てた張本人が云うセリフではない。
やがて、ジノもイカ焼きを持って帰ってきた。
「たっだいまぁぁぁ…って…ルルーシュ先輩とスザクは…?」
スザクの脚力を知っているジノがそんな風に尋ねる。
「ああ、あの海の家でルルーシュと愛の逃避行中…」
「また、純なルルーシュ先輩をからかったんですか?」
「ちょっと遊んだだけなんだけど…」
ジノは軍人としての観察眼でこの女子メンバーの性格をはっきりと把握していたようである。
リヴァルは…遠目で哀れな親友を顧みる事も出来ずに、必死にゴムボートを膨らませ続けている。
アッシュフォード学園生徒会…海に来てもとっても平和(?)だった…



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