太陽がまた輝くとき…


 一人の少女が空を見上げて、すぐに下を向いて大きくため息をつく。
『ゼロ・レクイエム』が成功すれば…全ての人々が幸せに笑える世界が来るなどと云う、世迷言をほざいた『契約者』がこの世界から名前を消した。
「確かに…あのバカが消えたばかりの頃は、歓喜に沸いていたな…阿呆どもだけが…」
そう呟いて、再び空を見上げる。
あれから…確かにわずかな間だけ、世界は武力ではなく、話し合いと云う手段で問題を解決しようと努力をしてはいたようだが…
数百年という単位で人間の世界を見続けてきた彼女には…たった18年しか生きていない少年の世迷言など、鼻先で笑ってしまうような理想論だった。
いつの世も、人々の争いは耐える事がなかったし、その争いが激しければ激しい程、人々は平穏を望む。
しかし、その平穏が一瞬は訪れたとしても、すぐにまた、何かにつけて人間とは不満を抱き、最初は我慢するが…やがて、我慢できなくなると、他人と争う事になる。
個人的な争いであれば、ただの喧嘩で済むが、国同士でそう云った状態になれば、戦争となる。
元々、自分の利益のために人々は対立する。
個人であれ、国であれ…
あの、『ゼロ・レクイエム』の時に我欲を捨て去って、己の信念すら捻じ曲げ、他の者たちの為に…と、考え、実際に行動に移したのは、ルルーシュとシュナイゼルくらいだろう。
他は…己の従うべき相手の言われるまま…その行動が何を意味するのかさえ理解出来ていたか怪しい…
『黒の騎士団』に至っては…手前勝手な逆恨みとさえ言えるかも知れない。
『ゼロ』がブリタニアの皇子だったから…その情報と、『ギアス』と云う名の、胡散臭い情報に踊らされ、一方的に『ゼロ』を裏切り者として、殺そうとしたのだ。
「自分のコマくらい…ちゃんと選別しろ…。まったく…」
何かを思い出すたびに彼女は一言ずつ、空に向かって声をかけている。
あの時、彼女は彼女ではなかった。
だから、彼に対して何の力にもなれなかったどころか、ただの足手まといだった。
それを思うと、悔やまれる事は多くあるが…
そして…今目の前に広がる現実…
あまりに酷い…
世界は…『悪逆皇帝』と云う、たった一つの悪の象徴があったが故に纏まっていた。
『ゼロ』と云う名の英雄も、『黒の騎士団』に関わる者であれば、今更彼を英雄視する事は出来ない。
かと言って、『黒の騎士団』と云う存在から離れれば離れるほど、『ゼロ』と云う存在ははっきり言って、希薄な存在となっていく。
一体何の為の『ゼロ・レクイエム』…だったのだろうか…
彼女はそんな風に思ってしまい、再び大きなため息を吐いた。

 彼女が今、歩いているのは…かつて、エリア11と呼ばれ、現在では日本と云う名前を取り戻した、東アジアの小さな島国…
元々、『黒の騎士団』はここから出発している。
かつて、彼女が転がり込んだアッシュフォード学園のクラブハウスも…なくなってしまっていた。
第二次トウキョウ決戦でフレイヤが放たれた時、アッシュフォード学園も被害に遭い、結局、再建を余儀なくされたのだ。
彼女の共犯者は…その辺一帯を綺麗に開発しなおした。
恐らく、自分の痕跡を全て…消し去る為に…
アッシュフォード学園に身を寄せていた彼女の共犯者は自分の近しい物が巻き込まれる事を極度に嫌った。
だから、彼が愛している者たちを全て、自分の周囲から遠ざけた。
彼が『唯一の友』と認めた、たった一人以外は…
彼女としては、あれほどまでに優しい心根を持つ少年なら…あの行動はあまり驚きはしなかった。
彼の両親の事をよく知る彼女は…彼の心根を…
―――父親譲りか…。不器用で、誰からも理解されないが…誰よりも優しい…
そんな風に評価していた。
あんな不器用な奴を自分の契約者にしてしまった事…今にして思えば人選ミスだったと言えるだろう。
誰よりも傷ついているくせに…その事を誰にも言わない…言う事を潔しとせず、全てを自分の中に抱え込む…
彼女が生きてきた中で彼の様な人間は、どんな時代に生まれても損するタイプだと思った。
結局、自分の守りたいと思った者…大切な存在も全て…彼の手から零れ落ちて行った。
彼に残された道は…自らを『悪』に仕立て上げ、収集のつけようのなくなった混沌とした世界を一つにする事…
そして…そんな過酷な役目も彼は、『自分は罪人だから…このくらいは当たり前だ…』そう云って、すんなり受け入れて、この世界から抹殺される事を選んだ。
それだけの事をしたにも関わらず、人々はあまりに愚かで…彼の成した事の意味をまるで理解せず、ただ…自己主張だけして、争いの火種を広げて行っている。
『ゼロ・レクイエム』から…まだ2年も経っていないと云うのに…
流石にあれから2年足らずではナイトメアでの戦いなど出来ないが…それでも各国、どこに隠していたか知らないが、戦闘機やら、空母やら…戦争道具はきっちり持ち合わせていた。
そして…彼らは自分たちの持つ武器で…自分の利益に邪魔な相手を叩き潰しに行く。

 今彼女が歩いている場所も、そんな風に争いの爪痕の残る場所だ。
周囲を見渡す度に…かつて、自分が守り続けてきた契約者の願いを思うとらしくもなく怒りさえ湧いてくる。
「C.C.?」
後ろから声をかけられる。
聞き覚えのある…と云うよりもかつてはこの声の主と色々話したものだ。
「……」
彼女は黙ってその声の主の方を見る。
彼を裏切った…彼を守る為の親衛隊隊長…
あれから学校を卒業して普通に働いていると思ってはいたが…今の彼女の恰好を見るととてもそんな風には見えない。
「どうしてこんなところに?」
声の主は紅月カレン…かつて、C.C.の共犯者を守る為の存在だった…
しかし、周囲の言葉に惑わされて…その共犯者を裏切った…C.C.にとっては裏切り者…
「お前には関係ないだろう?私は、『ルルーシュ側』にいたんだからな…」
カレンの言葉に冷たい言葉で言い放つ。
C.C.自身、何となく解っていた。
これは…彼女自身の…個人的な…八つ当たりである…と…。
C.C.にとって、『ルルーシュ』と云う存在は特別だった…。
彼女が『コード』を手にして、多くの契約者と共にいたが…『ルルーシュ』だけは…特別だった。
C.C.の本当に欲しかった言葉をくれた…ただ一人の契約者だったからだ。
「もう、『ルルーシュ』はいない。だから…私とC.C.は敵じゃ…」
カレンがそこまで云った時、C.C.は彼女の言葉を遮った。
「『悪逆皇帝』と云う存在が消えれば、あとはみんな優しい人ばかり…とでも云う気か?それとも、昔のよしみで私もお前たちと共に闘えと?」
C.C.の言葉にカレンは押し黙ってしまった。
カレンの表情にC.C.は醜い何かを見るような目でじっと見つめている。
その視線に耐えられず、カレンはC.C.から顔を背けた。
「お前たちは…あいつを『悪逆皇帝』として…否、『黒の騎士団』にとっての裏切り者として、あんな手段しか残さなかった!あいつは、好きで『悪逆皇帝』の名前を背負った訳じゃない!お前達が背負わせたんだ!」
普段はまるで感情を見せる事のないC.C.が力いっぱい自分の感情をぶつけている。
自分の中で
―――こんな子供に…私らしくもない…
そんな自嘲する様な思いが過って来る。
C.C.のそんな姿に…カレンは驚きと共に、自分の背負うべき『罪』さえも背負わせて貰えなかった事に…ただ…悲しくなり、言葉が出なくなる。
確かに…カレンはあの時…『ゼロ』を…裏切ったのだ…
『黒の騎士団』の幹部に銃口を向けられ、『ルルーシュ』のウソを見抜く事も出来ず、一人で『悲劇のヒロイン』気取りで…最も大切な存在を…裏切ったのだ。

 常に、『ゼロ』の傍にいた筈なのに…どうしてカレンではなく、スザクを選んだのか…
かつては、カレンも『ゼロ』の仮面を被る覚悟を決めようとした事だってあったのに… そして、カレンは知っていた。
『ルルーシュ』の強さも、優しさも、その優しさ故の脆さも…
知っていたのに…あの時、彼の表面の部分しか見る事が出来なかった。
「……」
C.C.は本当に彼を愛していたのだろうと…カレンは思う。
そして、C.C.にはっきり言葉にされて…自分が選んで貰えなかった理由が、解る気がした。
彼は…自分の大切な者をいつも遠ざけている。
ナリタの後のシャーリーに対しても、総督に就任した後のナナリーに対しても、そして、『悪逆皇帝』になる決心をしてからは…アッシュフォード学園に対しても敵意を植え付けて、彼から引き離した。
「あいつが…命を懸けて残してくれたと云うのに…お前たちは…また…血で血を洗う争いをしている…。あいつが今のお前を知ったらどう思うのかな…」
今ここで彼を引き合いに出せば、カレンは何も言えなくなるだろう。
『ルルーシュ』がその命を懸けて、残した『明日のある世界』だった筈なのに…
その『明日』は、今、血で血を洗う戦いが繰り広げられている。 そして…恐らく、彼の想いを一番よく知っているであろう、カレンが…またも銃を持っているのだから…
カレンは顔をあげていられなくなり、下を向いてしまう。
唇をぎゅっと噛み締めて…涙をこらえている。
その、本当なら女性らしく成長しているであろう両肩をふるふると震わせて…
ここまで云っておいて、矛盾していると思うが…C.C.としては、カレンに悲しむ資格ないと思ってしまう。
裏切ったのは…彼を追い詰めたのは…カレンたちなのだから…
恐らく、彼は、カレンの事を大切に思っていただろう。
だから、自分の身から引き離した。
『裏切り者』の名を…彼はすべて受け入れた。
カレンがあの時、あれ以上の傷を背負わないようにと…
そんな彼の態度はC.C.にとっては、ただ、苛立ちを生んでいた。
こんな…一番近くで彼を見ていたのに…彼の本質の何も理解しようとせず、自分だけが彼に依存して、ちょっとショックな事を言われたからと『裏切り者』と罵っていたのだ。
言葉でいくら罵っても足りない程の怒りが…C.C.の中にはあった。
その静かな言葉の一つ一つにそれが感じられる。
「いい加減にしなよ…C.C.…」

 後ろから声をかけて来たのは…
「ゼロ!?」
カレンは驚愕の表情でその姿を見た。
誰がその仮面を引き継いだのかは…言われなくても解っている。
それでも…その名前を呼んではいけない…心の中でカレンにそう告げている。
「なんだ…後始末は終わったのか?」
C.C.はあの時と変わらず目の前の『ゼロ』に対して不遜な態度をとっている。
「一応…ね…。っていうか、一般市民をいじめてどうするのさ…」
仮面の下から変声機を通しての…『ゼロ』の声…
その喋り方は…可憐にはばれている事を承知で隠す気もないらしい。
そして…カレンのその姿を見て、『一般市民』と呼んだ。
今のカレンの格好なら…銃を持っているし、どう見てもテロリストの一員だ。
「まったく…また、怒られちゃうよ?そしたら、ピザはお預けだからね…」
まるで子供のいたずらを説教している親のようだ。
「別に…私にだって意思とか感情と云うものがある。たまには旧交を深めてもいいじゃないか…」
C.C.のそんな態度に『ゼロ』はやれやれ…と呟く。
そして、カレンの方に向き直った。
「この戦闘は終わりました…。政府に投降して頂けますか?」
さっきまでのC.C.との会話の様な口調ではなく、『ゼロ』としての発言…
カレンの中に様々な疑問が浮かんでいる…
『ゼロ』とC.C.は今でも繋がっているのか…とか、C.C.を怒るって…誰が…?とか…
しかし、この『ゼロ』は…カレンの知る『ゼロ』ではない…
そう思った時、カレンは目の前の『ゼロ』に対して銃を向けた。
「あんたは…『ゼロ』じゃない!」
腹の底から絞り出すような声…
恐らく、目の前の『ゼロ』は絶対に銃なんて恐れたりはしない。
解ってはいた…
でも…自分の中で目の前の『ゼロ』を認める事が出来なくて…
震える手で『ゼロ』に銃口を向けている。
「また…私を殺すのか…?」
『ゼロ』が放った言葉…
紛れもない…カレンの知る『ゼロ』…
「ゼ…ゼロ…」
カレンの中であの、斑鳩での『ゼロ』への裏切りの舞台がよみがえる。
「い…嫌…私は…私が…『ゼロ』を…」
半狂乱の様な状態でカレンはその場に座り込んだ。
その様子を二人は黙って見ている。
二人とも、銃を恐れる必要のない存在だ。
『ゼロ』が静かに座りこんでいるカレンに近づいて、カレンと目線を合わせてしゃがみ込んだ。
そして、何かを執りだしたかと思うと、カレンの首筋に何かを刺した。
「い…た…」
その一言を残してカレンはそのまま気を失って倒れ込んだ。
『ゼロ』はそんなカレンを抱き上げて歩き出した。
「おい…どうするんだ?その女…」
「とりあえず、政府の施設に連れて行く…。ただの麻酔薬だ。すぐに目が覚めるし、怪我もしていないようだから…」
そう云って、『ゼロ』はC.C.をその場に置き去りにして歩いて行った。
C.C.はそんな後ろ姿をじっと見つめていた。
―――甘ちゃんなのは…どっちもどっち…か…

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