絶望の果てに見た夢


 『黒の騎士団』がルルーシュを…否、『ゼロ』を裏切った。
敵の将であるシュナイゼルの口車に乗せられて…まんまと、騙されて…
確かにシュナイゼルはウソは言っていないだろう。
ただ…本当の事も云っていない。
自分の敬愛した異母兄だからこそ…彼の事はよく解る。
ルルーシュなしの『黒の騎士団』に、シュナイゼルが乗り込んできて、彼らをシュナイゼルの思うがままに操るのは、恐らく、シュナイゼルにとっては赤子の手をひねるよりも簡単な事だっただろう。
枢木神社でルルーシュを捕らえる事に失敗して、『黒の騎士団』がそのまま戦争へと流れ込んでいく事も、目の前でフレイヤを撃たせる事になる事も、そして、『黒の騎士団』の幹部たちの脆弱さもすべて見越しての策だったのだろうと思う。
今のルルーシュに残されているのは…ロロが命がけでルルーシュに託した蜃気楼…ただ一騎のみ…
ルルーシュにとっては、既に、『黒の騎士団』も『ブリタニア軍』も、どうでもいい存在だった。
元々、『黒の騎士団』はナナリーが幸せに暮らせる世界を作る為のコマに過ぎなかったし、そのナナリーがいなくなったとなれば、敵対していた『ブリタニア軍』もどうでもよかった。
ただ…今、ルルーシュの心の中にあるのは…ルルーシュの大切な者たちの命を弄んだ…運命を弄んだ…自分の父であるブリタニア皇帝が許せなかった。
ルルーシュの中にあるのは…ただそれだけだった。
だからこそ…守るべき者もなければ、執着すべき者もいないこの世界など…どうでもよかった。
ルルーシュが自ら作ったロロの墓に誓うのは…自分を含め、『ギアス』の存在を…この世界から消す事…
ギアス嚮団を殲滅し、ロロが死んだ今、『ギアス』能力を持つのは…『ギアスキャンセラー』を持つジェレミア、『絶対遵守』の『ギアス』を持つルルーシュ。そして、『記憶の書き換える事の出来るギアス』を持つ、父、シャルル=ジ=ブリタニアの3人だけだ。
『ギアスキャンセラー』は『ギアス』能力者がこの世界から消えてしまえば、使いようがない。
むしろ、これまで、『ギアス』をかけられてきた人間に対しての処置が施せる。
となると…この世界で問題なのは…
ルルーシュとシャルル皇帝の持つ二つの『ギアス』だけだ。
ルルーシュは様々な策を頭の中にめぐらせ…その中のベストをチョイスする。
もう、この世界はルルーシュを必要としていないし、ルルーシュもこの世界を必要としていない。
だからこそ…出来る…捨て身の策だ。
人は守るべきものがあれば強くなれるというが…何もかもなくして、『目的』だけが残った時は、その強さに『潔さ』も加味されてくるものだと…そんな風に考えていた。

 一方、『黒の騎士団』の旗艦である『斑鳩』からアヴァロンに戻ったシュナイゼルは…あきれと怒りと嘲りを含んだ表情をしていた。
「なぁ…カノン…ルルーシュは…私よりも遥かに優秀な指揮官だったようだね…」
シュナイゼルは自嘲しながら傍に控えているカノンに告げた。
カノンも何となくシュナイゼルの云いたい事が解ったらしいが、敢えて、主が全てを吐き出したいと願っているのだと察知して、首をかしげて見せる。
「そう…でしょうか…?」
カノンの反応に、シュナイゼルは更に自嘲気味な表情を浮かべる。
「解っているくせに…君はそうやって私に全てを喋らせるのかい?」
「殿下がお話になりたいのかと思いまして…。確かに…あそこまで『バカども』の巣窟の中、『ゼロ』はよくあれだけの組織を作り上げ、さらにはブリタニアに対抗するための『超合衆国』を作り上げたものです…」
カノンはあまりささくれを捲る様な真似をしたくないと一応、正直に自分の感想を話した。
ここまで話してしまえば、シュナイゼルは全てを吐き出すだろう事も予想できるからだ。
そして、シュナイゼルは…本当に『怒っている』事も察知できたから…
「あそこに、皇の姫君や中華連邦の黎星刻がいたら…少しは変わっていたかな?」
シュナイゼル自身、もう少し、手ごたえのある交渉が望めるかと思ったのだが…『黒の騎士団』の『副指令』ともあろう者が、ブリタニア軍の将校と通じており、何の疑いもなくその将校の言葉を信じていたとは…と、笑う気さえ起きなかった。
あの場に、皇神楽耶や黎星刻がいたのなら、あの場で『裏切り者』のレッテルを貼られていたのは彼の方だったと云うのに…
それに、あの女将校だって、あれでは、『黒の騎士団』にも『ブリタニア軍』にも居場所はなくなるだろうに…
たとえ、シュナイゼルが日本返還の条約にサインをしたとしても、少なくともあの二人は『裏切り者』の誹りを免れない。
「あの二人は…それを解っていて、『仲間を売るんだから、それくらいして貰う!』などと言ったのか…疑問は残るがね…」
つまらないゲームに時間を割いてしまったと…シュナイゼルは大きくため息をついた。
それに…彼らはシュナイゼルの言葉をきちんと聞いていない時点で…彼らの負けは明白である事はシュナイゼルは重々承知している。
「私は…『ルルーシュを引き渡して欲しい』とは云ったが、『ルルーシュを殺せ』とは云っていなかったんだけどね…。私の日本語は…そんなに下手だったかな?」
「何を今更…。元々、ルルーシュ殿下を取り戻せればベスト、殺されれば、それを口実に『超合衆国』すべてに『フレイヤ』を落とすつもりだったのでしょう?」

 カノンの一言にシュナイゼルは相変わらず本心の読めない笑顔を見せる。
「まぁ、どちらにしても消えて貰うつもりだったけれどね…『黒の騎士団』も『超合衆国』も…。ルルーシュが帰ってきてくれれば、『ブリタニア軍』を与えれば、あんな烏合の衆…それこそ跡形もなく消し去ってくれるだろう?」
「愛しい異母弟君にそれをやらせるので?」
カノンはやや呆れた表情でシュナイゼルに問い返す。
「愛しているから…自分が作り、育て上げたものを彼の手で壊させてあげるんだよ…。ルルーシュだって、きっと、あれだけの組織にするまでには我々の予想をはるかに超える苦労をしている筈だからね…」
シュナイゼルは中華連邦で『ゼロ』とチェスの対戦をした時に使われていたチェスの駒を手にする。
白のキングと…黒のキング…
「確かに思い入れはそれなりにあったでしょうね…。あんなに使えないコマであっても…」
「だから…他の者の手によって葬られるよりも、ルルーシュの手で…と思うのだよ…。それに、彼らだって、生みの親、育ての親に葬られる方が幸せだろう?」
シュナイゼルは黒のキングを愛おしそうに握りしめる。
「しかし…こうなってしまっては、ルルーシュ殿下の手で…と言う訳にはいかないのでは?」
「確かにね…だから…私がルルーシュの代わりにしてあげようと思うのだけれど…どうかな?カノン…」
シュナイゼルの表情を見て、『あらあら…最初からやる気満々だったじゃないですか…』と、内心では思いつつも、シュナイゼルの望みそうな言葉を探す。
そして、シュナイゼルのやる気を煽る効果を持つ言葉…
「そうですね…。シュナイゼル殿下の最愛の異母弟君の仇…ですから…。思う存分楽しまれては?彼らの頭では何故にシュナイゼル殿下が彼らから『ゼロ』を切り離さなければならなかったか…思い知らせればよろしいのでは?彼らはどうも、自分自身を買い被り過ぎの様ですし…」
その言葉の後にカノンは頭の中でこうも続けた。
―――ルルーシュ殿下に滅ぼされていた方が…幸せだったかも知れませんね…。彼らにとっては…。まぁ、彼らの身の程を知らせると同時に、世界に知らしめるいい機会かもしれませんね…。『ゼロ』と言う奇跡は…1000年に一度の奇跡であったという事を…
シュナイゼルもカノンも、『ゼロ』の奇跡は全て…『ゼロ』が作り上げた奇跡である事を知っていた。
世界は…『ゼロ』の奇跡を本当に存在するかどうかも解らない『神の所業』としていたようだが…
その考えの愚かさを…彼らが思い知る事の出来る様に、シュナイゼルはきっと、それは、それは、懇切丁寧に世界に知らしめるだろう…

 神根島に向かう一機のナイトメア…
夜の闇に溶け込む様に、肉眼ではその会場に存在しているのかを判別する事が難しい。
「ユフィ、シャーリー、ロロ…お前たちの命を弄んだ『ギアス』はこの世から消えてなくなる…俺ごと…全ての『ギアス』を…」
守るべき者も、大切に思う者も、自ら作り上げた組織さえ、自分の手から離れて行った。>
となれば、もはや自分自身に執着を持つ必要もない。
結局、たった一つを守る為にその命を散らせてしまったと云うのに、その命が全て、無駄になってしまった事に対してルルーシュが思うのは…
自分の無力さへの怒り…
神根島に近づいた時…
「あれは…あの男の…ロイヤルガード…」
皇帝専用の浮遊母艦が艦隊を作って並んでいた。
そして、神根島の周囲にもロイヤルガードのナイトメア達が犇めいていた。
「ならば…使わせて貰うか…。どうせ、あの男も、シュナイゼルが『黒の騎士団』を率いてやって来る事を計算に入れてこれだけの陣を敷いているのだろうからな…」
そう一言口の中で呟いて、闇に紛れて、神根島にある、護衛部隊の本部を制圧した。
『ギアス』に関してはブリタニア本国でもトップシークレットの中でも最重要事項の一つだろう。
確かに、その能力を公表して、各国に恐怖を植え付けてしまえば、戦闘行為などせずとも世界を制圧する事は可能だ。
しかし、ブリタニア皇帝はそれをしなかった。
故に、ブリタニア皇帝の気持ちの中に『世界制圧』という文字はなかったのだろう。
これまで、植民エリアを広げて来たのは…自国の領土を広げる事よりも他に目的があったという事だ。
となると…神根島にこれだけの陣を敷いているという事は、ブリタニア皇帝の目的は『ギアス』能力の何か…
それか、『ギアス』能力の何かを使って、他の目的を達成する事…
そこにあると考えられる。
それに…ここにいるロイヤルガードたちは何の為に皇帝がここに来ているのか…恐らく知らないのだろう。
ブリタニア皇帝は恐らく…あの遺跡で何かを達成する事…その為にわざわざブリタニア本国から出向いてきたと考えられる。
ならば…あの男のいる場所は…

 蜃気楼を降りて、神根島の対空部隊を制圧し、浮遊母艦に道案内させて、浮遊母艦を護衛している艦をいくつか、手中に収めてルルーシュの行く手を妨げさせないようにする。
彼らに罪はないが、この際、これまでの自分の罪重ねてきた罪の一つの中に組み込まれて貰う…そんな思いを抱きながら…『ギアス』をかけたロイヤルガードたちに道を開けさせた。
ここで同士討ちをしていれば、シュナイゼルも『黒の騎士団』を先行させて、アヴァロンで向かってくるだろう。
その前に…ルルーシュ自身はあちらの世界に入ってしまうだろうが…
これで…全てを終わらせる…そんな思いだった。
ルルーシュが同士討ちの生み出す劫火の中に一本の道を創らせて、そこを歩いていく。
何の迷いもない、何の邪念もない、ただ…『ギアス』と云う能力を封じるためだけの行為…
神根島の劫火をアヴァロンのモニタに映し出され、シュナイゼルは、やはり…と思った。 あの中にルルーシュがいる…
そう、シュナイゼルの中の何かが確信めいて告げている。
「カノン…『黒の騎士団』たちよりも早く…ルルーシュを探し出してくれ…。あの様子だと、本当にルルーシュはあのバカどもに殺されてしまう…。生きているのであれば…私の手に取り戻す…」
シュナイゼルは腹心に向かって、腹心にしか解らない表情の変化を表わして命じた。
「イエス、ユア・ハイネス」
カノンはその場をすぐに離れ、少数精鋭で命令を下しに行く。
今の状況で、ラウンズを使う事は出来ない。
これは…皇帝に対しても刃を向ける事になりかねないのだから…
「ルルーシュ…」
シュナイゼルはそう…口の中で愛する者の名を呼ぶ…
―――結局…君は…ナナリーの事しか考えてくれなかった…。だからこそ…私はナナリーを利用する…。そうやって君を怒らせるような事をすれば…私は君の心の中に少しでも…存在できるのかな…
あまりにも歪んだ愛情表現に思わず笑ってしまうが…
それでも、ルルーシュの心には、シュナイゼルの事は小さな存在でしかないと思うと悔しくてたまらない。
ルルーシュの愛情を独り占めしている異母妹に対しても、枢木神社のあの経緯で『裏切られた』事を涙を流して悲しんで貰える裏切りのナイトオブセブンに対しても…
「嫉妬…か…」
そんな自嘲の表情を思わず表わしてしまう。
人の上に立つ者が、早々本心を表に出してはならない筈なのに…
―――ルルーシュ…これで君を私の前に連れてきたら…君は…どんな表情をしてくれるのかな…。ナナリーが死んだと思った時には呆然自失になり、枢木卿が裏切ったと思った時には涙を流した…。私の時には…どんな顔をしてくれるのかな…

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