ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアがこの世界から消えた。
『ゼロ』の刃の元に…
『ゼロ』の正体を知る者たちの心の中は様々だ。
『黒の騎士団』として戦っていた時には、単純に裏切り者として扱っていれば良かった。
そして、自分たちを裏切ってブリタニア皇帝を名乗り、『黒の騎士団』にあだ名した存在と声高に叫んでいれば良かった。
しかし、あの時、『ゼロ』の刃に倒れた時…『ゼロ』が作り上げた超合衆国は…精神的支柱を失った。
超合衆国に集った国の殆どは、自力で国の形を成していく事が不可能だった国ばかりだった。
だから、国の集合体として、その国の統治者が自治できる形の超合衆国となったのだ。
ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアがブリタニア皇帝として、『超合衆国』の代表となり、『黒の騎士団』のCEOとなった。
『超合衆国』を構成している国々は、ブリタニア帝国の参加を訝しげに見ていた。
世界が戦乱の世の中となっていて、『超合衆国』に集ったのは、様々な戦いや内省的混乱で疲弊していた国も多い。
実際、『超合衆国』の代表となった皇神楽耶の日本とて、『超合衆国』成立時には独立を保っておらず、中華連邦の蓬莱島を貸し与えられていた…暫定国家であった事は、誰も否めない。
100万人もの賛同者を連れて、しかも予め中華連邦と協議して100万人もの人間を収容できるだけの島を提供させた『ゼロ』の政治的手腕は見事であるとの一言に尽きる。
それが、たとえ、扇たちの云う『ギアス』と言う、人ならざる能力があったとしても、『ゼロ』一人で全てを整えた事に関しては、賞賛に値する。
しかも、『ゼロ』の正体はまだ18の子供だったという。
確かに人ならざる力を出されてしまえば、様々な疑心暗鬼は生まれてくるのは仕方ない。
しかし、扇たちはその情報を当時、敵対していたブリタニア軍の宰相であるシュナイゼルから貰い受けていたという。
星刻は、その場に立ち会っていないからどのような会談が行われていたかは解らないが…
そんな、SF映画のネタになりそうな情報をそのまま鵜呑みにした扇要を信頼できる人間だとは思えなかった。
そして、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアが『ゼロ』の刃に倒れた後、『超合衆国』を構成していた国の代表が集まり、一旦は、『超合衆国』憲章が白紙に戻った。
つまり、『超合衆国』を構成していた国々は、個々の一つの国家に戻ったのだ。
そして、その国々の代表たちは…戦後の復興活動や、『黒の騎士団』だった自国の軍人たちを、改めて自国の軍隊として構成し直した。
自国の軍隊を持たないという、『超合衆国』検証を遵守しなくてもよくなったし、それ故に、自国の事は自国で責任を持たねばならなくなったからだ。
戦後とは…どこの国も混乱するのだ。
実際、中華連邦もそれまでバラバラになっていたが…結局自治区で独立できるだけの能力が備わっている区は皆無だった。
結局、寄り集まって『超合衆国』設立前の広大な国土と多くの人口を抱える大国になった。
ただ、経済的にも疲弊していたし、有能な政治家もなかなか現れず…結局、天子を中心として、星刻たち…元『黒の騎士団』のメンバーだった者たちが執政の任についている。
広大な国土が戻ってきたという事は…星刻たちが居住していた土地であれば、蓬莱島に隣接している事もなかった。
あれは、確かに中華連邦が貸与えていたのだが、星刻たちが関与せねばならぬ州のとはかかわりがなかった。
星刻は出来る事ならそこは…せめて、自分たちの治めるべき地の内情が整うまでは絶対に関与しなくていいところにいて欲しかったが…
『ゼロ』がいてくれたら、蓬莱島の『ゼロ』が連れ出した100万人の日本人たちが中華連邦に流れてくる難民になると云う不安はなかっただろう。
しかし、蓬莱島が天子を中心とする中華連邦政府の管轄に入ってしまえば、彼らが難民として中華連邦の国土へ流れ込んでくる心配をせねばならない。
ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアがこの世から消えて、日本は、日本となったのだ。
しかし、日本の本土には…エリア11と呼ばれていても、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの直轄領になっても、決して離れる事なく、暮らし続けていた日本人たちもいる。
ブリタニアとの和解が出来て、確かに、市民レベルではわだかまりは残るものの、トップたちが率先して、日本人だとか、ブリタニア人だとか…民族名を振りかざしての差別はなくなっていた。
それは、エリア11の総督にナナリー=ヴィ=ブリタニアの頃から少しずつそうなり始めていた。
エリア11と呼ばれていた頃であっても、エリア解放の後でも、ナナリー=ヴィ=ブリタニアもルルーシュ=ヴィ=ブリタニアもそこに住まう日本人たちに対して必要以上に苛烈な生活を強いてはいなかったのだ。
ナナリー=ヴィ=ブリタニアの前の総督達があまりに苛烈な日本人の扱いをしていたからか、彼女への支持は、イレヴンと呼ばれていた日本人たちの方が高くなっていった。
ナナリーも、ルルーシュも、必要以上の苛烈な支配をしてはいなかったのだ。
そして、そういった苛烈な支配をせずとも、生産力を上げていれば、ブリタニア本国からの処罰は…受けてはいなかったのだ。
星刻はここのところ、毎日のように日本から通信が入る。
大体、送り主は、二人だ。
扇要と皇神楽耶…
この二人とは、『黒の騎士団』の時からの付き合いだし、扇要は無能とは云え、現日本国首相だ。
海を隔てているが、現在の通信システムのお陰で海の向こうの情勢が毎日、手に取るように分かる。
そして…あの時、『ゼロ』に反旗を翻してしまった自分自身を呪いたくなった。
頼み事ばかりして来て、聞いてやると、その後、恩をあだで返してくる隣人にはほとほと困っている。
多分、扇としても、恩をあだで返そうなどと考えている訳でもなさそうだとは思いたい。
あの人の良さそうな外見からの印象を尊重するのなら…
ただ…彼は、『ゼロ』を排斥するときに一番真っ先にシュナイゼルからのその提案を受け入れた副指令だ。
しかも、ブリタニアの女軍人を囲っていたという。
その女とは、斑鳩内で何度か顔を合わせた事があった。
確かに、扇はあの手の女を好みそうだと失笑した。
そして、『黒の騎士団』が行う作戦に対して、人外の冷徹さと冷静さで臨んでいた『ゼロ』を裏切り者だと罵った。
星刻は人の上に立つ立場だ。
『ゼロ』のあの態度は、戦争の中においては当然だし、仲間が死んでいく事も当たり前だ。
戦争とは、命がけの我の張り合いだ。
そんな事は、一度でも戦争を経験していれば解っている筈だ。
扇要はブリタニアの日本占領戦を体験している筈だ。
だから、日本国内でレジスタンスをやっていたと云っていた。
そして、彼自身も、ブリタニア軍人をその手で殺めてきているのだ。
それさえも『ゼロ』の責任として、自分の罪を問わないあの姿勢に…自らが仕える天子の一番の友人である皇神楽耶の身を案じる事がある。
恐らく、扇要は『黒の騎士団』に対して、何かの責任追及をされた時には、自分の責任にならないように画策する…そう云う男だ。
『ゼロ』の排斥劇でも、監視カメラのデータを見た時には…愕然とするほど、自らの保身を考えた発言しかしていない事に愕然とした。
そんな奴に…未だに残されている蓬莱島の100万人の日本人たちを…日本本土に連れ帰る事など不可能だと思った。
しかし、蓬莱島は本来、中華連邦の国土だ。
貸し与えているだけで、譲渡した訳ではないのだ。
おまけに、きちんと蓬莱島を統制する者が今はいないのだ。
そこにいる100万人が難民となって、中華連邦本土に流れ込んでくるのはある意味時間の問題だ。
今の中華連邦に100万人の難民を抱え込めるだけの余裕はない。
もし難民として流れ込んできたら…拘束、強制送還しかなくなる。
しかし、今の日本に彼らを強制送還なんてしたら…恐らく、確かに自らの意思で蓬莱島に来たのであろうが、それでも、それだけの過酷な責任を被るのは…あまりに酷な話だ。
扇たち、『黒の騎士団』幹部だった者たちはさっさと日本の本土へと帰って行った。
その中で、たった一人だけ藤堂鏡志郎が蓬莱島に残ってはいたが…それでも彼は、武人であって政治家ではない。
『ゼロ』がいたなら…こんな事や許さなかっただろうに…そんな風に思う。
それに、天子も蓬莱島の状況を見て悲しんでいた。
蓬莱島の予算は…殆どが皇コンツェルンからの支援で賄っているが…100万人の人間を養えるほど皇コンツェルンも支援出来る訳じゃない。
慢性的に金銭的にも物資的にも不足の状態に陥っていた。
そして…日本本土から流れてくるニュースは扇の所信表明演説の無様さと…その影響から、ずっと日本の本土で暮らしていた日本人たちからの不興を買っている日本政府の姿だった。
彼らは自分たちが『黒の騎士団』のメンバーだったからと言う理由だけで日本人全員が自分たちを認めてくれると勘違いしているのだろうと…見ていて思う。
こんな隣人がいて、しかも、隣人が残していった大きな問題…もはや、難民となったと云っても語弊がないような状況の蓬莱島…
軍の指揮も、外交や内政の政治活動も『ゼロ』がいなければ何もできなかった連中…
最初のうちは『黒の騎士団』の名前を出せば、それだけで認めて貰えるだろう。
しかし、彼らの正義の味方の顔は単なる張りぼてだし、実力そのものもまるで足りない。
大体、『黒の騎士団』から『ゼロ』を排斥した後、『黒の騎士団』の再編成をするにあたって、団員や蓬莱島に暮らす人々、『超合衆国』の代表たちに『ゼロ』は裏切り者だったと吹聴せねばどうにもならなかった彼らの手腕など…当てにできる訳もないし、天子が神楽耶を慕っていなければ、さっさと見切りをつけたいところだ。
それに…そんな個人的感情の為に日本との国交を結んだままの状態でいられる時間は…多分、それほど長くはない。
どうやって、日本との国交断絶をするか…星刻の中で色々と画策している最中だった。
自分の仕えている主に対しては申し訳ないと思う面も無きにしも非ずだが…個人的感情で政治を執り行っていたら、かつての大宦官と変わらない。
そうなってしまったら、国民の怒りの矛先は恐らく、星刻にではなく、天子に集まる事になりかねないのだ。
戦闘中にも血を吐いていた星刻…だが…
人の精神力と言うのは大したものだと…今更ながら思う。
今でも医者の見立てではいつ死んでもおかしくないほど弱っている…と、検査結果だけ見ると判断される。
確かに、手渡される検査結果は…なるほどと思ってしまう。
―――時間が…ない…
星刻がいなくなったら…天子は扇たちにいい様に利用されてしまう可能性もある。
自分の臣下たちを信じてはいるが…扇たちの様な無能な勘違い野郎たちには、恐らく話が通じないし、きっと、星刻がいるから今も強引な事が出来ずにいるのだ。
そんな状態で天子を残して死ぬ事は…自分の中では許されない…
そう思うと…他に誰かの協力が必要だと思った。
―――『ゼロ』がいれば…
自分もルルーシュに対して刃を向けたくせに…調子のいい話だと自嘲してしまう。
ただ…今の世界情勢で、中華連邦を救えるのは多分、彼しかいない。
それに、星刻は彼がいなくなってから…彼に借りがある事を思い出した。
ブリタニアに売られそうになった天子を…星刻に帰してくれた事…
これで、中華連邦の行く末を…日本などに左右されては堪らない。
生きている内に…なんとかせねば…
そう思った時に…星刻のプライベート通信にある人物から連絡が入る。
それは…天子の…誰よりも大切にしている…天子の友人だった。
「神楽耶さま…一体どうされたのです…」
その少女の顔を見て、星刻は驚いた表情を隠せない。
そんな星刻の表情を見て神楽耶が高貴な微笑を浮かべた。
『ご無沙汰しております…星刻様…。この度は…私たちにご協力をお願いしたいんですの…』
神楽耶の言葉に星刻は表情をこわばらせる。
「今の日本への協力など…死んでもできる訳がないだろう…。厚顔無恥とやよく言ったものだ…。悪ふざけなら…」
そこまで星刻が云うと、神楽耶はくすくす笑いながら続けた。
『私が…今の日本の為に協力を願うなど…あり得ませんわ…。今は…あの、無能たちを追い払いたいのです…。日本人の為でもなく、中華連邦の為でもなく…私の為に…』
その一言を紡いだ時の神楽耶の表情に、星刻はぞっと背筋が寒くなった。
逆らえないとさえ…思った…
「私怨のための協力など…もっとできる訳がない…」
『ギブアンドテイク…ですわ…。心強い協力者もいましてよ?そう…ルルーシュ陛下を最も愛する弟だと仰った…シュナイゼル殿下…も協力してくださいますわ…』
「あなたもシュナイゼルに籠絡されたか…」
『大丈夫です…利害が一致しているだけです…。あなたも…今の日本政府は…邪魔でしょう?蓬莱島の日本人たちも…』
神楽耶がそう述べると…星刻は表情を変えて、神楽耶を見た。
その表情に満足したのか…神楽耶が高貴で、美しい…でも闇の潜む笑顔を見せた。
『お話を…聞いて頂けますね…?星刻様…』
星刻は…その言葉に逆らえず…黙って頷いた。
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