歴史上…勝者とされる者たちの中で、完全なる聖人君主はいない。
そんな事は…普通に学校の歴史の授業で居眠りしていた者たちでさえ、そんな事は知っている。
それは…解っている。
ヒーローアニメの様な勧善懲悪など…この世に存在はしない。
味方には味方の…敵には敵の…正義が存在している。
それが妥協できない場合…争いとなり、最悪、戦争へと繋がっていく…
現在、ブリタニア帝国から完全に独立した日本は…『黒の騎士団』の副指令であった扇要が首相の任についている。
時間が経つと…自分が創られた…お膳立ての元に準備された日本国首相であると、実感させられる。
『黒の騎士団』の軌跡は…全て…『ゼロ』にお膳立てして貰って、しかも、それを悟らせず、団員が『自分の力で乗り切った』と思わせてくれた。
それ故に…勘違いした。
『ゼロ』を排斥した後、ブリタニア軍と戦闘状態になった時も…あれは、シュナイゼルの指揮下にあったから、戦う事が出来た。
その時にはそんなことにも気付かず…扇が日本国首相に就任したその瞬間には、全て、『自分』が導いたから、日本はこうして解放されたのだ…そんな思い上がりが少なからずあった。
日本人にとって、『黒の騎士団』は英雄であり、日本を解放してくれた恩人である…。
それは、確かにその通りだったが…
だからと云って、『黒の騎士団』だった者たちの傍若無人を全て許せる程の功績ではなかった。
扇が日本のトップに立ってから…暫定政権が生まれたが…
扇自身、『黒の騎士団』の団員たちのパーソナルポテンシャルを把握していたとは云えなかった。
本当に…自分勝手な…自分の好きな人間だけを集めた政権を作り上げた。
まるで、熟しきり、腐り始めた政権トップの様に…
出来あがった傍から、そんな馴れ合いの政権を作ってしまえば…しかも、扇の懇意とする者たちは元『黒の騎士団』のメンバーたちばかりだった。
それ故に…咎める者がいない。
そして、勘違いしたままでも、指摘できるものがいない。
その思い上がりが…徐々に顔を出し始めた。
日本国民は、『黒の騎士団』のメンバーだった…それだけで、今では彼らを見ると委縮する。
小賢しい小悪党などは、何かにつけて『黒の騎士団』の名前を出して悪事を働くようになった。
そんな事が起きる理由…それは…トップが腐っているからだ…
それに気づいているのか、いないのか、それとも、気づかぬふりをしているのか…扇はその事に関して、何も手をつけなかった。
否…手を付けられなかった…
その理由は…扇の疑心暗鬼な…小心者的な精神構造から…日本の税収以外に日本の国庫に振り込まれている、謎の金を…自分の懐に入れていた。
ルルーシュ皇帝が、『ゼロ』に貫かれた後…日本の国庫に振り込まれている、金があった。
戦後、日本経済はボロボロになった。
正確には、戦後処理の失敗が原因で…日本経済はボロボロになった。
戦後の暫定政府と言うのは、国の復興の為の重要な礎となる…それこそ、その国の政治力を試される時期でもある。
その時…扇は失敗しているのだ。
しかし、扇はそれをした事に関して、失敗の原因だと思っていない。
ルルーシュ皇帝が日本を直轄領にして、皇帝の直轄領らしく、日本全体のインフラ整備をしていた。
たった2ヶ月で、ブリタニアの技術をフルに活用して…
あのパレードで不満をこぼしていたのは…多分、日本国内に暮らしていた人間よりも、蓬莱島で扇たちに『ゼロ』は裏切っていた…と洗脳された、『ゼロ』に救われた100万人の日本人だった。
真実を知る者は…皮肉な日本人と見るか、滑稽な日本人と見るしかないが…
こんな形で、日本国内では意見が二つに分かれているのだ。
エリア11とされていた時にも、この日本の本土に残って、耐え忍んできた日本人たちにとっては、ルルーシュ皇帝の直轄領だった2ヶ月間は決して悪い時期ではなかった。
インフラ整備の為に、日本人たちには仕事ができた。
しかも、ブリタニアの最新の技術によって整備するために、その仕事を通して様々な技術も手にする事が出来た。
蓬莱島で暫定的な日本に渡った日本人たちはそんな事を知らず、ただ、『黒の騎士団』の幹部たちに洗脳されて、ルルーシュ皇帝を否定する事しかしなかった。
まぁ、蓬莱島で、扇たちがきちんと、彼らに対してしっかりとした食料の配給が出来ていなかった事や、外にばかり目を向けていて、100万人の日本人に対する配慮が出来ていなかった。
『ゼロ』がいた頃には、食料の配給がなされていたし、暫定政府の幹部たちの統制も取れていた。
それが、『ゼロ』がいなくなって、扇がトップになったとたんにそれら全てが崩れ去っていた。
彼らの不満はルルーシュ皇帝にも向けられていた事は事実だが、実は、扇たちにも向けられていたのだ。
それに気づかない愚かさが…戦後の日本の荒廃を生み出している。
あまりに無残だった。
国庫に多額の送金がなされていると云うのに…それも、日本国民に隠して、扇が個人口座に貯めこんでいるのだ。
それを嗅ぎつけた者がいた…
恐らく、扇にとって、一番知られたらまずい相手だったであろう…相手に…
さて、ルルーシュ皇帝が『ゼロ』に討たれた後、ルルーシュ皇帝に拘束されていた者たちは全員、解放された。
そして、彼らは一旦、蓬莱島にいた、コーネリア達の元へと身を寄せて…すぐに日本の暫定政府を立ち上げたと発表した。
その時の演説がまずかったのかも知れない。
日本の本土に残った日本人たちにとって、扇たちの方がのこのこ帰ってきて、いきなり暫定政府を立ち上げた連中だった。
つまり、ナナリーが総督となって、それまでのエリア11の総督の時ほど苛烈な差別もなくなって、また、相応の見返りも来るようになり、日本本土に暮らす日本人たちも、それほど生活に不自由していなかったし、中には、『黒の騎士団』が掲げている日本解放など、どうでもいいと考える者もいた。
それはそうだ。
ナナリー=ヴィ=ブリタニアが、植民エリアに暮らす人たちを差別して虐げる事を好まず、側近たちの差別的政策をナナリー自身が変更させてきたのだ。
まだ少女と言うべき年齢の総督の姿に、心あるブリタニア人やイレヴンと呼ばれた日本人たちは感銘を受けていた。
それ故に、ナナリーが総督に就任してから暫くして、矯正教育エリアという、苛烈な状況に陥ってしまう状態から解放されている。
差別がなくなったわけではないし、ブリタニア軍の監視だってなくなった訳じゃない。
それでも、働いたら、その分の対価はきちんと返ってくるし、力を発揮すれば、認めて貰えた。
確かに一部のブリタニア人からの不満はあったから、不条理な難癖をつけられる事もあったが、実力さえ示してしまえば、日本人だからと云って、卑屈になる事がなくなっていた。
それに、ブリタニア人全員が差別をする人間ではなかった。
どこの国にも差別と言うものはある。
民族的差別から始まって、男女の差別、身体的差別、能力的差別…
そんなものはどこにでも存在するものであり、決して珍しいものではない。
そして…それを完全に撲滅する事も…不可能な話なのだ。
人間が人間である限り、自分よりも下にいる者を探したがる。
自分の優越を確保するために…自分と違う者、自分よりも立場の弱いものを虐げる事を是とする者がいるし、どんな者であっても、自分が一番下にいると自覚したくはないものである。
差別の根っことは…こんなものなのかも知れない。
確かに、ブリタニアから日本が解放されて、ブリタニア人からの差別を受ける事はなくなった。
しかし、日本の本土に残った元イレヴンたちと、『ゼロ』の手によって蓬莱島に逃れていた日本人たち…その両者には確執が生まれてくる。
否、確執が出来てこない方がおかしいと言えるだろう。
それまで、日本の本土を離れていた連中がいきなり帰ってきて『俺達が日本を解放したやったんだから、俺達に指揮権をよこせ!』と言われて、『はい…解りました』と言える方がどうかしている。
本土に残った日本人たちにだって云い分はある。
あの時、日本から離れられなかった者たちもいるし、日本の中で頑張って、ナナリー総督の下、実力を発揮して認められたものだっている。
日本本土に残っていた日本人は…彼らは彼らで頑張っていた。
当然、日本人としての矜持を捨てた訳じゃなかったし、自分が日本人だと思いながら生きていた。
それなのに、蓬莱島から帰ってきた連中が『俺たちこそが日本人だ!』と言わんばかりに大きな顔をして、しかも、暫定政権を築きあげれば、当然だが、日本本土に残っていた日本人たちにして見れば面白くはない。
確かにナナリー総督の統治下ではそれまでよりは、日本人に対する風当たりは少なくなった。
それでも、ブリタニアの支配下である事は確かで…
ルルーシュ皇帝によって、エリア11から日本に戻り、日本人と言う名前も取り戻していた。
そして、ルルーシュ皇帝は直轄領として必要な整備をしっかりと施していた。
それ故に、日本本土に残っていた日本人たちは仕事も増えた。
楽な仕事であった訳じゃないが、『黒の騎士団』が云う程、ルルーシュ皇帝は過酷な生活を強いていた訳じゃなかった。
食うには困らない程度の収入はあったし、整備された施設は、既にイレヴンとブリタニアと言う垣根がなくなっていたから、日本人であっても利用する事が出来た。
そう思うと、『黒の騎士団』なんて帰ってこなくてもいい…そんな風に考える者が出てきてもおかしくはなかった。
そして…最終的に、日本本土に残った日本人たちの怒りを爆発させたのが…扇が首相になっての所信表明演説の時…
『ルルーシュ皇帝の苛烈な支配から解放され、今また、この地は日本へと戻りました。これから…この国を、ブリタニアに占領される前の良い日本へと戻していきましょう…』
その一言は…日本本土に残った日本人にとって、自分たちを否定された気分にしたし、蓬莱島から帰ってきた日本人たちはルルーシュ皇帝が作り上げたもの全てを壊せと言う命令に聞こえた。
そして…日本国内は真っ二つに割れ…荒れ果てた…
『黒の騎士団』にナイトメアはなかったが、銃器の様な武器はあった。
それ故に、日本本土でずっと暮らしていた日本人たちは、丸腰のまま、武器を突き付けられ、無抵抗のまま、従うしかなかった。
そして…ルルーシュ皇帝が残した全ての施設を…破壊しつくした…
それらを作り上げたのが…同じ日本人であった事を忘れた行為…
不用意な言葉によって生み出した…悲劇だった。
今では、一応、日本の首相は扇要となっているが、国内は二つに分かれている。
日本人全てがもろ手を挙げて『黒の騎士団』を迎え入れてくれると…そんな風に考えた甘さだったであろうと思う。
『ゼロ』であったなら…こんな、基本的なミスを犯す事はなかったであろうと…きっと、『黒の騎士団』の中で考える能力のある者たちであれば、考える。
扇要にその事を進言した者は…感情的になった扇要とその取り巻きたちによって、排除されて行った。
だから…扇は今、実力の伴わない孤高の統治者となった。
扇は…今となっては誰も信じられなくなっている。
いつ、暗殺されてもおかしくない位置に…扇はいる。
仕方なく、扇はカレンにSPを頼んだ。
まだ、学生のカレンに…そんな事を頼まなくてはならなかった。
カレン自身、そんな扇の姿に何を思うのか…
それを頼まれた時…ただ…悲しそうな瞳で扇を見つめて、黙って頷いた。
カレンの体術なら扇を守る事くらいは出来るだろう。
当然だが、カレンにはまた、過酷な生活を強いる事になるのだが…
だから、扇は謎の入金を自分の口座へと移し、その口座からカレンへの給金を払った。
この時点で問題と云えば問題なのだ。
カレンは、自分に支払われている給金はどこからのものなのか知りたくて…『ゼロ』の傍にいて、身につけたパソコン知識で調べてみた…。
驚愕した…
その…謎の金が…どこからの入金であるのかを知った時…大声をあげて泣いた。
情けなくて、ただ…情けなくて…
そして…カレンは…その事実を…シュナイゼルの元へとリークした。
このままでは本当に…日本は…救われないから…
カレン自身、後悔でいっぱいだった。
―――結局…『黒の騎士団』は…木偶の棒しかいなかったって事…。もっと…有能な人間がいれば…ルルーシュは…あんな風に裏切り者の誹りを受ける事もなく、あんな、皇帝になる必要もなく…彼の目的を…果たしていたかも知れない…
copyright:2008-2009
All rights reserved.和泉綾