虚空の平和…


 『ゼロ』がルルーシュ皇帝の胸を貫いて、解放された後…何度か同じ夢を見てきた。
眠っているのに…あまりにリアルで…自分が経験した事でもないのに…まるで実体験をしているような…
今日もまた…彼女はうなされている…
夢には…かつて、『我が夫』と豪語して憚らなかった相手…『ゼロ』が出てくる…。
彼が…見せている夢ではないだろう。
自分の中にくすぶる…罪悪感…
多分…この、『罪悪感』と言う言葉が一番ぴったりくる言葉だろう。
しかし…彼女は表向きには自分の持つ『罪悪感』を出す事は出来ない。
気の置けない…親しい者たちに対しても…それはしてはならない。
それをしたら…彼女の信頼する者たちはすべて…今…ある世界を否定せねばならなくなる。
否…否定できるだけの頭があればいい…そんな気さえするような愚か者たちが…『ルルーシュ皇帝』から解放された日本を…牛耳っている。
あれから…それなりの時間が経っている。
ルルーシュ皇帝がこの日本を直轄領にしてくれたお陰で…他の超合衆国に名を連ねる国々よりも遥かに復興が早い…そう思われていた…
しかし、蓋を開けてみれば…愚かなトップと愚かな者たちによって、ルルーシュ皇帝が施したインフラは…殆ど廃墟と化した。
そうかと思えば、ルルーシュ皇帝が世界から消えたという記念碑に関しては、いち早く建設している始末…
これが…彼らの望んだ世界なのかと…こんな者たちの為にキョウト六家の長として…彼らに対して支援し続けてきたのかと…自分で自分が情けなくなる。
―――あれは…ルルーシュ陛下が…私たちに残してくれた財産だったと云うのに…その財産の価値も、意味も解らぬ者たちが…今の日本を統べていると云うのか…
キョウト六家の長にして、今ではたった一人残るキョウト六家のメンバー…皇神楽耶は思う。
こんな筈ではなかったのに…
大体…なぜあの時、自分はあんな、敵将の云う事を鵜呑みにしたのか…
あの愚か者たちが、シュナイゼルの口車に乗せられるのはある意味仕方ない。
そして、あの『ゼロ』が…決して言い訳をするような…自己弁護をするような人間ではないと云う事くらい…知っていた筈だと云うのに…
今の日本には…あの頃の様にサクラダイトを外交交渉の材料にする事は出来ない…
そう…ルルーシュ皇帝は…あのダモクレスとの戦いで…富士にあるサクラダイトを全て爆発させたのだ…
恐らくは…この先、武器を使っての戦争を…起こさせない為に…

 もともとサクラダイトは、軍用兵器に使われる事以外で使われていた事は殆どない。
ヒト型汎用兵器、ナイトメアフレームを動かす為の動力源とされていた。
世界のサクラダイトの産出量の8割を超える量を、富士山周辺から産出していた。
ブリタニアが日本を破った後、驚異的に世界に対して、軍事力をバックに外交を進めてこられたのはひとえに日本で産出されるサクラダイトにあった。
そして、キョウト六家が陰ながら占領統治されている日本においてその力を示す事が出来たのも…サクラダイトの産出、加工ができたからだ。
それがなくなった今、皇コンツェルンの経済基盤の3割を欠いた事になる。
それでも、大きな企業である事は確かなのだが…今の荒廃している日本を支えるだけの財力としては…到底足りないし、今の脳なしの日本のトップにその金をゆだねる事など出来ない。
巷では日本国首相である扇要の不正経理がマスコミに取りざたされている。
あの、『ルルーシュ皇帝』が世界からその名を消したばかりの頃には、『黒の騎士団』の『副指令』だった男として…そして、『ゼロ』がいなくなった後、『黒の騎士団』を束ねてあの、『ルルーシュ皇帝』に刃を向けた英雄としてたたえられていたが…
結局は、全てお膳立てされた…自分の力で得た地位ではなかった。
お膳立てされた地位であっても、それをこなせるだけの能力があればまだいい…
彼には…その実力が決定的に…足りなかった…。
あまりに凡庸で…あまりに小心者で…
確かに、『黒の騎士団』にいても、何もできない役立たずであった事は神楽耶も認めるところだ。
それどころか、ブリタニア軍人である女を囲っていたという話まで事後報告としてなされた。
扇に問い詰めたが…彼は決していつから彼女とそう言った事になっていたのかを云わなかった。 多分、扇が言わなかった…それは…神楽耶が彼に対して疑念を持たざるを得なくなる事実が隠されていると云う紛れもない…答えであったと言える。
神楽耶は改めて思う…
扇以下、全ての『黒の騎士団』のメンバー全員が、『ゼロ』の表面しか見ていなかったという事を…
ダモクレスとブリタニア軍との戦いにおいて、C.C.は神楽耶を優しいと評したが…神楽耶自身、『優しさ』だけで世界は変わらない事を知っていた。
そして…自分がそんな風に評される事を自らおこがましいとさえ思えてくる。
本当に優しかったのは…
考えずともその答えは見える。
あの戦いにおいて、全てを見てきたものであれば…誰もが気付く事…
決して認めようともしない者もいるし、気づく事すらない脳なしもいるが…
それでも…神楽耶は…気づいてしまったのだから…

 また…彼女は夢を見た…
いつも見る…
あの光景…
目の前で…自分が『我が夫』と…呼び続けた相手が…自分の慕う相手の姿をした…元婚約者に…貫かれる場面…
いつも…やめてと…血を吐く思いで叫ぶのに…
自分の拘束を何とか解いて、駆け寄ろうとした時には…その相手の胸には…真っ赤な刃が…突き刺さっていた…
そして…血を吐くような叫び声を上げた時に…目を覚ます…
その時は決まって、全身が汗でびっしょりになっている。
息が切れていて…自分がどこにいるのかすら…解らない。
彼にとって、神楽耶はきっと…コマだった。
しかし、神楽耶は、皇神楽耶としては彼のコマになれた事を誇りに思う。
それは…皇家の当主として生まれたから持つ矜持だ。
では、ただの神楽耶としては…?
一人の女としての…将来の自分の夫と決めた相手を…いとも簡単に裏切った…。
「結局…私は…一人の…ただの神楽耶として存在する事は出来ないのでしょうね…。もし、私が…あの時、ただの神楽耶であったなら…きっと、『ゼロ』さまは私をお認めにはならなかっただろうし…」
そう…あれが全て…彼が書き上げた脚本に則った…世界から戦争をなくすための…布石と残してくれたにすぎない。
後は…残された者たちが…作り上げられたその舞台の上をどう彩るか、その舞台の上でどう演じるかによって、未来が変わってくる。
シャルル皇帝の時には、シャルル皇帝一人が決断し、作り上げた舞台だった。
しかし…ルルーシュ皇帝が残したものは…脚本家も演出家も舞台に立つ役者たちまでが、自らが自らの意思で考え、その舞台を作り上げなくてはならない世界…
それまで…皆が望んだ世界…
しかし…指導者が…舞台監督がいなくなったとたんに…世界と言う舞台は…荒れ果てたような気がする。
敢えて言うなれば、ルルーシュ皇帝の妹が治めているブリタニア…あそこが一番マシと言えよう。
ブリタニアには、ルルーシュ皇帝が残した様々な遺産があり、今は、それを最大限に活用して…復興を進めているのだ。
しかし…日本はどうだ…
あれほどルルーシュ皇帝が残した遺産を全て…食い尽くすならまだいい…
自らの手で…破壊しつくしたのだ…
ルルーシュ皇帝が作り上げたものを全て否定して、日本がブリタニアの植民エリア…エリア11と呼ばれていた頃よりも何もなくなった。
神楽耶たちが囚人となっている間…約2ヶ月の間に…ルルーシュ皇帝は…見事なまでに日本に綺麗なインフラ整備を施していたのだ。
だから、パレードに引き立てられてその町並みを見た時には…正直愕然とした。
確かに、皇帝の直轄領であれば、必要なインフラはあるだろう。
しかし…あそこまで…ぐうの音も出ない程に綺麗に整備された町を見た時には…ただ…驚愕するしかなかった。
そして…思った…
―――私たちは…とらわれ過ぎていた…
と…

 扇要のスキャンダルに関しては、誰が情報を握り、誰がマスコミにリークしたかは知っている。
それとなく…神楽耶にも連絡が来ていたからだ。
今の日本に、彼に敵うだけの力はない。
財力にしても、政治力にしても、外交力にしても…
日本の『黒の騎士団』とは…『ゼロ』がいなければ…こんな事も解らない…木偶の棒しかいなかった…という証明がなされた。
『ゼロ』の起こす、綿密なまでに策を練られた『奇跡』を自分の功績と勘違いし、『戦争』をしている自覚もないまま、自分の仲間が死ねば涙して涙を流し、『戦争』であるが故の行為を『悪逆非道』と罵った畜生にも劣る思考の持ち主たち…
そして、その、畜生にも劣る思考の持ち主の中には…神楽耶も含まれる。
誰か一人でも、『ゼロ』の言い分を聞いたのか…
『ゼロ』から真実を告げられた者がいたのか…
答えは…否…
それはそうだろう。
敵将の口車にまんまと乗せられて、自らの頭で考える事もせず、自分たちのリーダーに銃口を向けるような愚かな行為を平然とやってのける…
そして、『ゼロ』は裏切り者であると声を大にして叫び、涙して見せる。
自分もその一員であるのだから、人の事は笑えない。
神楽耶自身、彼に対して刃を向けた一人なのだ。
そして、『悪逆皇帝』と初めて彼を呼んだのは…紛れもなく、彼女だったのだから…
人間の愚かしさ…否、自分の愚かしさに涙が出てくるが、自分に涙を流す資格などないと…神楽耶は悟る。
あの時、冷静さを失い、脳なしと敵将の言葉をうのみにしたのは自分であるのだから…
本当なら…この世にとどまっている事さえ、ただの地獄としか思えない。
それでも…神楽耶はキョウト六家…皇家の当主としてやらねばならない事がある。
『ルルーシュ皇帝』がその旨を貫かれた後…荒廃しきった日本の国土…
扇要も見栄だけはあるらしく、破壊しつくされた町を見せる訳にはいかず、日本で行われる会談の時には突貫工事で整備された、張りぼての街並みと迎賓館を、決まったルートで案内している。
少なくとも、ルルーシュ皇帝の直轄領であった頃であれば、姑息に綿密なプランを立てなくても警備上の問題さえクリアすればどこでも案内は出来たであろう…町並み…
器が違い過ぎる…
今の日本のトップを扇要が抑えている限り、日本はまた…動乱の渦へと巻き込まれる事は予想される。
今では、何を勘違いしているのか…神楽耶の言葉も右から左へと…流している様子だ。
このまま放っておいても…今の政権はつぶれるだろう。
それでも…自ら決めた将来の相手が残してくれたものを…守りたいとも思った。

 神楽耶自身はそう思う。
それに、神楽耶にだって後ろ暗いところの一つや二つある。
これまで、桐原達は裏から日本の行く末を導いていた。
今の神楽耶にはそれが出来ていない。
そして…『ゼロ』への裏切り…
どんな形であれ、『黒の騎士団』が『ゼロ』を裏切ったという事がばれれば日本国籍を持つ元『黒の騎士団』メンバーはこの日本にはいられなくなるだろう。
そして、あの100万人の日本人たちは…今、日本国内で難民と化している。
経済状態もめちゃくちゃ…戦後のどさくさでルルーシュ皇帝が残したもの全てを破壊しつくした愚かな『黒の騎士団』の団員たち…
それを指揮したのは…扇要たち…『黒の騎士団』設立当初からのメンバーだった者たち…
止められなかった責は当然、神楽耶にもある。
そして、それらの収集をつける義務も…
しかし…『黒の騎士団』で一つにまとまっていた者たちは…今となっては神楽耶の影響力も及ばなくなっている。
つまり、古より伝わっている皇家を蔑ろにしている行為だ。
問題があれば全てルルーシュ皇帝の所為と罵倒して、自分たちでは何もできない連中が今の日本の政治を握っている。
これほどまでに…日本には使えるコマがなかったのだ…
中華連邦は天子自身は未熟ながらも、彼女を補佐する側近たちが頑張っているし、天子自身も彼らから学んで出来る事をしている。
ブリタニアは、ルルーシュ皇帝の妹姫が中心となり、異母兄が宰相、『ゼロ』が補佐役となってあの広大な国土を守っている。
日本は…この二つの国と比べて…遥かに狭い国土、少ない人口しかいない、そして…ルルーシュ皇帝が生前、多くの遺産を遺していたと云うのに…
愚かにも…それを全て破壊した。
世界は…日本の愚かな行為に対して、冷ややかな目で見つめているのは解っている。
最近では、日本から持ちかけなければ、首脳会談も出来なくなっている。
それほどまでに日本はおろかな国である…だから、近づくな…と…そう云う評価がなされているのだ。
今の神楽耶には何もできない…
そんな時…シュナイゼルから通信が入った…
柔和なその表情の裏側にあるものを図る事の出来ない相手…
『ご無沙汰いたしております…神楽耶さま…』
この男からの通信は…天の救いか…地獄への道標か…
どちらにせよ…もう一度、日本を壊すには…この男を利用しよう…それが…身の破滅につながっても…
神楽耶はそんな事を思いながら、いつもの、幼い笑顔をそのモニターに向けた。
「ご無沙汰しておりますわ…シュナイゼル殿下…」
二人の思いは違うが…でも、当面の目的は同じだろうと悟る。
神楽耶は…そのモニターに優しげな笑顔を浮かべつつ、どうしたら…この日本を壊せるかの画策をした…
そして…思い出す…
ルルーシュ皇帝があの時に云っていた統治者に必要なもの…
―――壊す覚悟は出来ましたわ…ルルーシュ様…どうか…この神楽耶の手並みを…ご覧になって下さいませ…



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