静かな時間


 『ゼロ・レクイエム』を完遂させた後、ルルーシュは完全にシャルル皇帝の『コード』を継承し、事実上、不老不死の魔王となった。
そして、ルルーシュが魔王となるきっかけとなった存在…C.C.と共に、約束通り、ジェレミアの元へと向かっている。
ルルーシュは今、素顔を人に曝す事が出来ない存在だから、そこまで辿りつく為にかなり気を使った。
他人の空似…と云う事で話が済んだとしても、『悪逆皇帝』と生き写しの存在が今の世界に喜ばれる訳もなく、ただ、面白半分にマスコミが騒ぎだす事も考えられる。
そうなった時、ルルーシュとC.C.がジェレミアの元へと行く事が出来なくなる。
ルルーシュが『コード』を継承した事を知る者は…C.C.の他にはスザクとジェレミアだけである。
元々はジェレミアにも伝えるつもりはなかったのだが、『ゼロ・レクイエム』のプランを話した時に、強硬に反対する彼を説き伏せる為に…ルルーシュは伝えたのだ。
スザクは…元々、Cの世界でルルーシュの父親から継承したもの…その時のルルーシュの変化に気づかぬ筈もなく…そして、ルルーシュ自身が、この変化についてC.C.に尋ねている。
また、『ゼロ・レクイエム』のプランをスザクも反対の姿勢を見せたので…ある意味、これも仕方なかったとも言える。
だから…今、『ルルーシュ』がこの世界に命を保持している事を知っているのは、この3人だけである。
それに、ルルーシュとしても、確かに過去の『ゼロ』の伝説はあるが、それだけで、この先起こりうる混乱などを制圧など出来る筈もない。
故に、『ゼロ』である、スザクに対して、助言役…としても存在意義を今は保有しているのだ。
これまでの『ゼロ』に対する求心力はルルーシュの『ゼロ』であって、スザクの『ゼロ』ではない。
いきなり中身の違う『ゼロ』が現れては混乱の元になるし、せっかく『ゼロ』の伝説を利用して、世界から軍事力を排除しようとしても、『ゼロ』に対する求心力がなくなってしまっては元も子もないのだ。
徐々にスザクの『ゼロ』を浸透させるという意味でも、暫くはスザクにとって、ルルーシュは必要な存在なのである。
スザクの為…と云うよりも、『優しい世界』を望んだナナリーやユーフェミアの願いを叶える為…二人の望んだ『世界の明日』の為に…
皮肉にも、ルルーシュが憎んだ父親が最後にルルーシュに与えた『コード』がこんな形で役に立つ事になったのだ。
しかし…それは…ルルーシュにとって、これから先、身近な人間を次々に見送ると云う現実が待っている事に他ならない。
生徒会のみんなや、愛おしい妹のナナリーはもちろん…恐らく、これから生まれてくるであろう…扇とヴィレッタの子供さえ…ルルーシュは見送る事になる…
そして…誰よりも愛した…誰よりも憎んだ…そして最後に様々なものを分かち合った…スザクをも…

 やがて…ルルーシュが操っていた、農業用の馬車がジェレミアの持つオレンジ畑にたどり着いた。
ここは、特例として、ナナリーがジェレミアに元々ゴッドバルト家の領地であった所領を全て、ジェレミアに預けたのだ。
この先、これまでブリタニア軍、『黒の騎士団』で兵士をしていた者たちが行く当てを失わない為の、セーフティネットとして…。
これっぽっちの領地で何とかできるとも思わないが…それでもないよりはマシである。
そして、『ゼロ・レクイエム』から…たった1ヶ月で少しずつ、行き場を失った元軍人たちが集まってきた。
ルルーシュ皇帝がいなくなった事で…世界各国は、こうして放り出される事となった元軍人たちのフォローも出来なくなっていた。
ジェレミアの領地に入ってきた時…それまでとは違う『ルルーシュ皇帝』に対する評価が聞かれてきた。
それは…ルルーシュが望まない…今存在する『ゼロ』に対して辛辣なものであった。
『ルルーシュ皇帝がいてくれた頃には…俺達にも仕事があったのにな…。命張って闘ってきて、いざ、戦争がなくなったら、俺達はお払い箱か…』
『戦争反対と叫びながら、あの日本の扇首相だって…黒の騎士団の軍人上がりじゃないか…軍人が政治語ってどうするんだよ…。云っちゃなんだが、扇は『ゼロ』と比べて見劣りし過ぎだぜ…政治にしても、戦争にしても…』
『ルルーシュ皇帝がすべて悪い事になってるけどよぉ…自分、実は見てたんすよ…。富士の裾野でダモクレスがフレイヤを乱発していたのを…。ブリタニア軍はそれを必死に止めていた…。それこそ…命を張って…』
『ルルーシュ皇帝って…ホントに悪逆皇帝だったんすかね?確か…その名前で初めて呼んだのは…確か日本の皇神楽耶…でしたけど…自分の都合の悪い人間は悪逆とは…ひどい話っすね…』
その会話をしていたのは…ブリタニア人ではなかったから、元々は『黒の騎士団』にいた者たちだろうとは予想がつく。
しかし、あの戦いの…前線で戦っていた『黒の騎士団』の生き残りたちにとっては、現時点で、自分たちの居場所を奪われたと云う不満もあるのだろうが、見てきたものと、現在目の前に突きつけられている現実があまりにかみ合わなくて、納得できないという趣旨もあるようだ。
確かにルルーシュはダモクレスとフレイヤを外交の道具として、EU諸国に『超合衆国』に批准する様に迫った。
強引であった事は否定しない。
そして、不満分子となっていたブリタニアの元貴族たちの反乱を食い止める為に手段を選んだりはしなかった。
スザクとジェレミアに下していた命令は常に一つだった…
『反乱分子はすべて…殲滅せよ…』
そして、彼らはその命令に忠実に従ってくれた。
お陰で、ルルーシュに対して『悪逆皇帝』という名前がつけられる事となったわけだが…

 ジェレミアの住まいの入口に馬車を止めると…中からジェレミアが駆け寄ってきた。
「ル…ルルーシュ様…!我が君…」
ルルーシュは自分の顔を隠していた帽子や日よけを取り払ってジェレミアを見て、笑った。 「ジェレミア…色々と済まなかった…。そして…最後までよく務めてくれた…。心から礼を云う…」
ルルーシュの言葉にジェレミアが跪いて肩を震わせている。
「勿体なきお言葉…このジェレミア…あの時再会した時に誓った通り…生涯、ルルーシュ様にお仕え致しとう御座います…」
涙声になりながら、ジェレミアがルルーシュに訴える。
しかし、ルルーシュは困った顔をしている。
「おいおい…俺はもう、皇帝じゃないし、ブリタニアの皇族でもない…。まぁ、お前に養って貰わなくてはならない身となったんだ…。そんな相手にそんなに礼を尽くすな…」
ルルーシュが苦笑しながらそう云うと、ジェレミアがさらに滝のような涙を流してルルーシュに縋りついてきた。
「ルルーシュ様は…このジェレミアが邪魔ですか?このジェレミアでは役には立ちませぬか?でしたら…確か…日本では、こう云う時…責任を取って自分の腹に剣を突き刺して、死んで詫びると…」 どこで仕入れてきた話かは知らないが…微妙に間違っているこの解釈にルルーシュもあわてる。
「い…否…ジェレミア…そんな事を云っている訳じゃないんだ…。ただ…もう皇族として堅苦しい事はしたくない…そう云う意味だったんだ…。済まない…」
大体、ただ、腹に剣を刺したくらいではそう簡単には死にはしない。
腹を切る場合には必ずと言っていい程、介錯人がいて、その相手の首を落として苦しまないようにしてやるのがセオリーだ。
江戸時代の中期あたりになって来ると、腹に扇子を当てたところで、その死刑執行人が刀を振り下ろして罪人の首を落とすと云う方法も取られていたくらいだ。
「では…私めは…これまで通り…ルルーシュ様の腹心として…」
恐らくここで『否』と答えたりしたら、さっきのやり取りを繰り返す事になる。
だから、少々困ったような笑顔を見せて、ルルーシュはジェレミアに答えた。
「ああ…これからもよろしく頼むぞ…ジェレミア=ゴッドバルト…」
そんなルルーシュの言葉にジェレミアの顔がぱぁぁぁっと明るくなっていくのがよく解る。
彼は忠義に厚く、性格も真面目なので、非常にありがたい存在ではあるのだが…離れていた期間が長かったせいか…どうも、ルルーシュを甘やかそうとする傾向にある。
そして…過保護である。
ブラックリベリオンの時も、変わったキャラクターだと思っていたが…元のキャラクターはこんな感じだったとは…正直驚きだった。
それでも…ジェレミアの過保護の様なこの忠義を…ルルーシュは素直にありがたいと思った。

 そして、この、お笑い番組の様な二人のやり取りを馬車の乾草の上から見ていたC.C.が二人に声をかける。
「コントは終わったか?」
相変わらずの態度にジェレミアがむっとする。
こんな女がルルーシュの身の周りにうろちょろしていたと考えると泣きたくはなるが…彼女のお陰である意味、自分の主が救われた部分を否めないのが現実で…
悔しいのだが…ジェレミアも一生懸命我慢はしているのだが…時に堪忍袋の緒が切れる事もある。
「C.C.!貴様は私の主ではないからな!自分の事は自分でやってもらうぞ!」
ジェレミアが怒鳴りつけるが、C.C.は涼しい顔をしている。
この不遜な態度が気に入らないのだが、それでも、それがなくなったら、それはそれである意味薄気味悪い。
「まぁ…そう怒るな…。血圧が上がるぞ…。私も今日からここで暮らす事になる…。一応、よろしく…と云っておく…」
C.C.の言葉に今度はルルーシュが驚いた顔を見せる。
この魔女にこんな言葉が使えたのかと…ルルーシュは心底思ってしまう。
と云うか、ルルーシュに対する態度とはえらい違いだと思う。
すると…奥から誰かが出てきた…
「ジェレミア…」
出て来たのは…かつて、神聖ブリタニア帝国第98代皇帝、シャルル=ジ=ブリタニアのナイトオブシックスをして、ルルーシュ率いるブリタニア正規軍と『黒の騎士団』『シュナイゼル軍』の連合軍が戦った際にはルルーシュの敵として存在していた…アーニャ=アールストレイムだった。
「アーニャ…」
「ルルーシュ?」
アーニャの方はジェレミアから事情を聞いていたのか、ルルーシュの姿を見ても驚いてはいない。
ただ…その存在を確かめるかのようにその名前を呼んだだけだった。
ルルーシュの方はアーニャとは裏腹に驚いた顔を見せている。
「ルルーシュ様…アーニャ=アールストレイムは…シャルル皇帝陛下と…その…マリアンヌ様の『ギアス』がかかっていたようです。それを私が…。その後は…彼女自身、ルルーシュ様に最早、敵対する意思はないと判断し…ここへ連れてまいりました…。ルルーシュ様の許可なく…出過ぎた事をした事…お許しください…」
先ほどとは違った態度でジェレミアがルルーシュに頭を下げている。
ルルーシュはそんな事に関しては、気にしている様子もなく、ただ、アーニャの顔を見て、こう言葉をかけた。
「あの時は済まなかった…アーニャ…。俺も…ここで暮らしていいか?」
流石にアーニャもルルーシュからそんな言葉が発せられるとは思っていなくて、表情は乏しいが、目を見開いてルルーシュをの方を向いている。
そして、束の間の沈黙の後…アーニャが口を開いた。
「別に…皇帝じゃない…ただのルルーシュは好き…。だから…アーニャも…ジェレミアと一緒に…ルルーシュ…守る…」
抑揚のない言葉…でも、しっかりとした意思表示の言葉…。
ルルーシュはそんなアーニャに心から『ありがとう』の言葉を送った。

 そして、ルルーシュ、C.C.、ジェレミア、アーニャの4人での生活が始まった。
ジェレミアとアーニャはいつもオレンジ畑の世話をしている。
ルルーシュはいつ、『ゼロ』から連絡が来てもいいようにと、インターネットやジェレミアの持つ多くの情報網を使って、今、どの地域で問題が起きているかの把握に努めている。
そして、家の中のこと全般は家事の得意なルルーシュが引き受ける事になった。
C.C.はと云えば…基本的には何もしていない。
尤も、ルルーシュもジェレミアもC.C.に対しては何も期待はしていない。
やらせれば、過去に奴隷として存在していた時期があった彼女の事だ。
いろんな事が出来るだろうが、今の彼女が、彼らが云ったくらいで動く筈もない。
ただ…自分たちのやる事に邪魔をしなければいい…その程度に思っているだけだ。
C.C.はジェレミアの屋敷の中にお気に入りの場所を見つけたらしい。
大きなの木の下でうたた寝をしたり、ぼーっと空を眺めたりしている。
いつも、同じ事の繰り返し…
命のやり取りをするような…そんな緊張感のかけらもない…
ルルーシュにとっては、恐らく、生まれて初めてだろう。
このように穏やかに静かに流れる時間は…。
世界情勢は今なお、『ゼロ』を必要とするような…そんな状態ではあるが…。
今、ルルーシュ達のいるこの空間だけは、まるで切り取られたかのように優しい時間が…静かに、静かに流れている感じだ。
それでも、屋敷の一歩外を出れば、元軍人だった者たちがジェレミアに相談を持ちかけに来ている。
この世界からルルーシュ皇帝がいなくなってなお、まだまだ、問題は山積みで…『ゼロ』の存在を必要としていて…
本当にルルーシュが欲しかった世界はこんなものではなかった筈なのだが…。
今、世界各国の国を束ねている者たちが様々な問題に取り組んでいるようだが…元軍人たちの対処を間違えると、彼らの有効な能力が、テロに使われる可能性も秘めている。
誰か…早く気づいて欲しいと思うのだが…今のルルーシュにはその助言を直接下す事は出来ないのだ。
歯がゆいと思う…
他の人間が気付いていなくとも…ルルーシュには解っている事が…たくさんあると云うのに…それでも、今のルルーシュにはそう言った助言をする事は許されない。
「これも…俺の罪への…罰…か…。出来る事があるのに…それをする事が許されないと云うのが…こんなに辛いものだったとは…」
スザクに対してもこちらから連絡を入れる事は出来ない。
向こうから来る連絡に対して…しかも、投げかけられた質問にのみ答える事を許されている…それが…ルルーシュの『コード』を継承した後も、『ゼロ』と行動を共にすると決めた時の条件だ。
『コード』は政治に深く入り過ぎてはいけない…
両親を見て…つくづくそう思った。
だから…もう、間違わない為に…あんな悲しい失敗をしない為に…表向きには静かに優しく流れる時間の中で、ルルーシュは様々な葛藤と…戦い続けているのだ…
恐らく…それは…永遠に続く…ルルーシュの業である…



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