あのパレードの後…カレンは日本人として、紅月カレンとなった。
日本は日本と云う国を取り戻し、扇を中心とした暫定政府が成立した。
カレンは、本人の希望もあったが、それまでまだ年端の行かない少女がもう、あんな、戦いに巻き込まれないようにと…アッシュフォード学園へと籍を戻された。
あの混乱期の中…アッシュフォード学園も様々な施設として使われており、実際に学園として復帰できたのは、あのパレードから随分経ってからだった。
と云うのも、日本が日本と云う国として主権を取り戻したのは、9年ぶりの事だ。
歴史に出てくる植民地支配としては、恐ろしく短い期間ではあるが、その当時とは状況が違う。
最新鋭のハイテク技術を持って、すっかり国内を作りかえられていたのだ。
全て、ブリタニア人の為に作られた施設だった。
それでも、最後の2ヶ月…ルルーシュ皇帝の皇帝直轄領となったのは、ある意味幸いだったとカレンは思った。
ルルーシュは人生の後半半分を日本で暮らしていた。
そして、彼自身、ブリタニアの習慣よりも日本の習慣になじんでいたのだ。
ルルーシュ皇帝が作り替えた施設は…思っていたよりも遥かに日本人向けに作られているものが多かった。
細かいところを見ているとよく解る。
分譲住宅の作り、化粧室の作りなど…日本人とブリタニア人と使い方の習慣の違うものは、ルルーシュが作り替えたものに関しては、全て、日本人にもブリタニア人にも使いやすいように作られていた。
流石に、日本全国の施設を作りかえるだけの時間も労力もなかったらしく、基本的にはトウキョウ租界の施設だけだったが…。
それでも、ルルーシュは…自分がこの世界から消えた後、日本に対してもいろいろ考えていたのかも知れないとカレンは思う。
実際に、確かに利用していただけと云いながら、ルルーシュは日本の独立に関しては、先の先を考えていた。
同じ過ちを犯さない…そう云って、ルルーシュは『行政特区日本』の式典会場で『合衆国日本』の設立を宣言している。
あらゆる人種、思想を受け入れる…。
弱者の虐げられない世界をと…ルルーシュはそう宣言した。
確かにユーフェミアの凶行に日本人たちが失望した事もあるかもしれないが、あの時の日本人は『ゼロ』の言葉に拍手喝采した。
扇たちはルルーシュのすべてを否定したが、しかし…あれは…ルルーシュの本心だったのだろうと思う。
黒の騎士団のメンバーの中でもそう思ったのは多分、カレンだけかもしれないが…。
カレンは、黒の騎士団のメンバーの知らないルルーシュを知っていたから…そう思うのかも知れない。
でも、カレンは、その考えが間違いではないと…彼女自身の中で強く思う。
ナリタ連山での戦いの後の『ゼロ』、バベルタワーでルルーシュが記憶を取り戻した時の卜部への言葉、そして、ナナリーがエリア11の総督に着任した時のルルーシュの姿…
どれも、黒の騎士団のメンバーの知らないルルーシュの姿だ。
アッシュフォード学園に戻ると…生徒として残っていたのは…リヴァルだけだった。
本当は、トウキョウ租界からアッシュフォード学園がなくなるかもしれないと云う話まであったらしい。
しかし、アッシュフォード学園の生徒達が反対運動を起こした。
実際には、日本人からは相当な学園の撤収要請があったらしい。
ルルーシュの素性が世間に知られて…『悪逆皇帝』が通っていた…『裏切りに騎士』が通っていた学園を残しておくわけにはいかないという声だった。
そんな声を聞いた時、カレンは…悲しくなった。
確かにルルーシュやスザクは日本人にとっていいイメージはないかもしれない。
しかし、それは、彼らの事を何も知らない人々が勝手な想像で彼らの『悪』を増長させているにすぎないと思った。
そして…当時、アッシュフォード学園に在籍していた生徒たちが、一丸となって反対運動をした。
もう戦争は終わり、彼らの存在もなくなった。
それに、アッシュフォード学園に誰が在籍していたからと云って、そんな事で学校を潰す事を考えること自体間違っている。
アッシュフォード学園には、ルルーシュ皇帝に刃を向けた現在のブリタニア皇帝であるナナリーも在籍していたのだ。
リヴァルを中心としたアッシュフォード学園の在校生たちは、その事を相手に訴えた。
リヴァルとしては、自分の親友であったルルーシュを否定するような口実しか思い浮かばなかった事に悔やんでいるようだったが…
ルルーシュが現在、悪の象徴として人々の心に存在しているのであれば、ナナリーはそのルルーシュ皇帝に対して刃を向けた、勇敢な少女だ。
『ゼロ』同様、今となっては英雄に近い存在だ。
ルルーシュ皇帝から世界を救うべく、立ち上がったナナリーに対して、今の世界は誰も悪く言う者はいない。
あの時の、本当の戦いを知る者としては複雑な思いはあるが…それでも、今の人々のその評価によって平和を保っているのであれば…カレンは…ただ黙っている事しか出来なかった。
確かに…カレンもあの時には何も解ってはいなかったが…
あの戦いの…目に見える真相は…ナナリーはルルーシュを止めると云う名目の上で、フレイヤを撃ち続け、ルルーシュはそれを止めていた。
そして、ルルーシュとスザクが…あのダモクレスを止めたのだ…。
それを知っているけれど…カレンは、何も言わなかった。
言ったところで、信じる者は少ないだろうし、信じる者がいたとしても、混乱を招くだけだ。
カレンは、少しずつ回復してきている母に声をかけて、学校へと出かけていく。
ルルーシュが皇帝となった時にシュタットフェルト家は貴族ではなくなった。
元々、カレンがブリタニア軍に黒の騎士団のメンバーとして捕まった時に、シュタットフェルト家からは絶縁されていた。
そして、その時、カレンの母は違法薬物の常習者として警察に拘束されていた。
ルルーシュが皇帝になり、シュタットフェルト家が貴族ではなくなり、シュタットフェルト家にかかわるすべての人間はブリタニアへと帰って行った。
ある意味、カレンにとっては好都合だったかもしれない。
あの家のお嬢様としてのカレンは自分でも嫌だったし、あの家でカレンがどういう立場だったのか、自覚くらいはある。
だから、母と共にかつてシンジュクゲットーだったところに建てられたアパートを借りて、そこに暮らしている。
ルルーシュ皇帝は、ゲットーをすべて廃止して、人の暮らせる街にした。
以前のシンジュクゲットーと比べると物凄い変わりようだ。
それを施したのが…ルルーシュであったという事は…人々の頭の中には残ってはいないが…。
悲しいが、それが、今の世界であり、彼らが作った世界だ。
真実を知る者には…ただ…残酷でしかない。
それでも…カレンは、紅月カレンとして、『ゼロ』の親衛隊隊長として、彼に託された世界に生き続けなければならない。
カレン自身、スザクほど、自分が死ぬ事を望んでもいなかったし、今でも、死を望んだりはしていない。
今になってみると、写真以外にカレンに残された、彼らの形見となるものとは…紅蓮の起動キーくらいしかない。
あの戦いで、主だったナイトメアフレームは全て破壊された。
ブリタニアに残されたサザーランドも…殆どパレード用の飾りにすぎないものだ。
恐らく、ナナリーがブリタニアの皇帝となった今、それらさえも解体されてしまっているだろう。
結局…そこまで世界を動かしたのは…そう考えた時…カレンは様々な思いが頭の中を駆け巡っている。
こうして、自分は毎日学校へ通って、普通の生活を送れるようになった。
本当は…誰よりも、こう云った生活を望んでいたルルーシュとスザクを踏み台にして作られた世界で…。
今の…あの『ゼロ』…
彼の正体は恐らく…カレンの良く知る人物だ。
そのよく知る人物が…カレンが初めて愛した男を…
あの時は仕方なかったのかも知れない…解っている…
そう思いながらも…やっぱり、その事を考えると居た堪れなくなるし、涙が出てくる。
いつものように、アッシュフォード学園の校門を抜けて、校舎へと入っていく。
「紅月…」
声をかけられた。
その声をかけたのは…正式にアッシュフォード学園の教員となったヴィレッタだった。
アッシュフォード学園がここからなくなりそうになった時、ヴィレッタの夫で、暫定政府の首相となった扇と共に、ヴィレッタもこの学園を存続のために尽力してくれた人物だ。
「おはようございます…扇先生…」
あの事件の後、学園に復学したものの、カレンは相変わらず学園の生徒たちとなかなかなじめずにいた。
なじめないと云うよりも、カレン自身が、その輪に入ろうとしていなかった。
敢えて言うのであれば…彼女に声をかける生徒は…以前も生徒会で一緒だったリヴァルくらいのものだ。
ナナリーもニーナもブリタニアにいる。
今となっては、あの二人はこの学園の生徒ではないし、ニーナ自身、あの、フレイヤの開発者として、自ら自分に罪を問うて欲しいと戦後の軍事裁判に出廷を申し出ている。
ナナリーの周囲の者たちはニーナの申し出に慌てていた。
あのフレイヤを撃ち続けていたのは本当はナナリーだったと知る者たちにとって、ニーナが開発者として出廷する事はこれから、ブリタニアのトップに立とうと云うナナリーにとって非常に困る事だからだ。
ニーナは最後の最後まで、開発に関する事しか喋らないと云っていたが、彼女の軍事裁判への出廷は…認められなかった。
大人の汚さを目の当たりにした。
「相変わらず、落ち込んでいるのか?この学園では、誰もお前の事を責める事も、追及する事もしていないだろう?」
ヴィレッタがカレンにいつもの口調で話しかける。
正直、ヴィレッタとしても、後味の悪い戦争の結末だったと言える。
元々、再び扇と会わせてくれたのは…自分たちがシュナイゼルに売り渡そうとした『ゼロ』…ルルーシュだったからだ。
あの時の、自分たちの興奮状態で、みんなが、全ての悪をルルーシュに押し付けた。
ヴィレッタはいまだに悔やんでいる。
だからこそ、今自分に出来る事をしようと考えた時、ヴィレッタがブリタニア軍にいた時に自分が苦しめていたカレンに対して力になろうとしているのかも知れない。
「罪を問われないから…苦しいのかも知れません…。むしろ、自分の罪をきちんと清算して、再出発するべきだったんだと思います…」
カレンの言葉にヴィレッタも何も言えない。
それはその通りなのだ。
『黒の騎士団』は当時、テロリストだ。
テロとは犯罪だ。
後で罪を問われる覚悟もなしにやっていたのなら…言語道断である。
「しかし…罪を問われず、自分の中で昇華しなくてはならないと云う…その苦悩もお前への罰になるのではないか?」
自分たちに問われるべき罪と罰が…はっきりと目に見えないと云うのは…
カレンだって人を殺してきた。
そして、戦争をしていたのだから…当然、人は死ぬ…。
敵であれ、味方であれ…
「あの時…扇さん…一方的に『ゼロ』を裏切り者扱いしましたよね…。私は軍に所属した事がないのですが…軍隊の中ではそう云う事…ないのですか?作戦の為に、味方が犠牲にならなくてはならない事って…」
カレンはずっと考えていたのだ。
自分たちがしていたのは戦争だったのだと…。
戦争であれば、戦っている人間に犠牲者はつきもので…。
その敵が強大であれば、危険な作戦もついて回る。
「まぁ…なかったとは言わない…。私だって捨て駒同然の作戦に参加した事もある。その時、その命令を告げに来た指揮官は…いつも苦しそうだったよ…」
「そう…ですか…」
ヴィレッタのその言葉でカレンははっとする。
ルルーシュはいつも『ゼロ』の仮面をかぶっていた。
だから、誰も危険な命令を下した時の『ゼロ』の顔を知らないのだ。
ナリタ連山での戦いの後…ルルーシュは…
その姿をカレンは見ていたのに…
「扇先生…私…どうやら、表の部分しか…見えていなかったみたいです…。私は…生きている限り、自分に問い続けると思います…。私が背負うべき罪を…」
「まぁ…したいようにすればいい…。お前の様に若い連中がそうやって、人生を変えていく…。ルルーシュや枢木たちも含めて…」
ヴィレッタがその名前を口にした時…カレンの目から涙がこぼれた。
「紅月?」
「扇先生…私…ルルーシュの事が好きだったんです。多分、ルルーシュが『ゼロ』だって知る前から…。知った時も…ショックだったけど…扇さんたちみたいにただ裏切り者って…思えなかった…」
ぽつぽつとそんな事を喋り始める。
一度も…誰にも明かさなかったルルーシュへの想い…。
きちんと自分の中で整理して、きちんと向き合わなくてはならない。
「ルルーシュは…鈍感だったし、ナナリーしか見えていなかったから…多分気づいていなかったんだと思います。でも、蓬莱島で、彼が私に『すべてが終わったら一緒にアッシュフォード学園に帰ろう』って言ってくれたんです。嬉しかった…。だから…私はここに戻ってきたんです…」
何かをふっ切る為に…そんな感じでカレンがヴィレッタに話している。
なんだか心配そうな目でカレンを見ているヴィレッタに気がつくと、パッと笑ってカレンは軽口を開いた。
「そんなに深刻にならないで下さいよ…。私は私でふっ切ります…。あ、でも、扇さんにも内緒にしてくださいね…今の話…」
そう一言残して、カレンは校舎の中へと駆けて行った。
ヴィレッタは…そんなカレンの姿を見ながら…大人の都合で運命を変えられてしまった子供たちの悲哀を感じない訳にはいかなかった。
生まれてきたばかりの…自分たちの子供には…
そんな思いを抱きながら、ほぅと息を吐いて、校舎へと足を向けるのだった。
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