Flower of Desert


 私はブリタニア軍に所属する一兵卒だ。
元々庶民出身である私が、とりあえず、それなりの給料を欲しいと願った場合、一般企業に就職するよりも、軍に入る方が確実だ。
と云うのも、私の母国であるブリタニア帝国は激しい格差社会で、自分の生れた家によってほぼ、将来を決定づけられてしまう場合も多い。
せめて、私の父親が、下級貴族であったなら、大分、私の進路もそれなり開かれていたかも知れないが…。
まぁ、贅沢をいい始めたらきりがない話なのだが…ふとそんな風に思えてしまう程、ブリタニアと云う国は、全てにおいて力を要求される。
家の名前に力がない場合は、自分の実力を磨き、這い上がっていくしかないが、基本的に一般企業のトップと云うのは保身に長けた貴族階級連中が牛耳っている。
もしくは、自分の保身を考える貴族階級の保護を受けている場合が多い。
故に、一般企業に勤めるともなると、それこそ、普通の努力と才能ではとても、のし上がっていく事は出来ないし、中途半端な実力では貴族階級出身の上司たちに自分の功績を持って行かれてしまう。
その点、軍人であれば、実際に才能、実力、そして、こればかりは私としてもこれには左右されたくないと思うのだが、時の運と云う奴を味方につければ出世できれば、貴族になることだって夢ではなくなる。
私が、自分の身を立てるつもりでいたいなら…貴族の娘をたぶらかすか、そうやって軍に入って実力でもぎ取るしかない。
まぁ、庶民の私では貴族の娘と出会うチャンスも限られてくるし…実際には、軍に入って出世する事を考える方が早道だ。
『閃光のマリアンヌ』と云う、素晴らしい前例もある。
彼女は庶民の出でありながら、その実力で騎士候へと上り詰め、皇帝、シャルル=ジ=ブリタニアの目にとまり、見初められて、皇子と皇女…二人の子供を生んでいる。 あのシャルル皇帝には100人を超える后がいた。
その中で、双子でもなく、二人も子供を生んだという彼女は、相当シャルル皇帝に気に入られていたという事だろう。
それ故に、皇族内での彼女の立場は決してやさしいものではなかっただろうし、そんな事、あのシャルル皇帝が気にするとも思えない。
彼女が突然、テロリストによって殺されたとの知らせの後、彼女の子供たちは、その時、国際的に一触即発状態であった、のちにエリア11になった、当時の日本に人質として送られた。

 マリアンヌ皇妃が生きていた頃には、あの、綺麗なマリアンヌ皇妃が軍に顔を出す事も多かったし、実際に私もマリアンヌ皇妃の指揮のもとで戦った事もある。
あの頃の軍には、こんな、人間じみた事しか考えられない私にもそれなりに軍の仕事を楽しいと思えた事もあった。
あの美しいマリアンヌ皇妃の指揮のもとで戦えると云うのは、当時の軍人としては名誉な事でもあったし、軍人としてのあこがれでもあったのだ。
だが…彼女が亡くなって、私にとって、軍に身を置く理由は自分が食っていく為だけであった。
そして、それなりの実績をあげ、軍をやめた後の就職先も取り合えず困らない程度になってきた頃に…ブリタニアの皇帝の交代劇があった。
我々には死んだと伝えられていた…あの時、日本に送られた皇女が当時日本だったエリア11の総督に就任し、その少し後で、その時、彼女と共に日本へと送られた皇子がブリタニアの皇帝を名乗った。
あのシャルル皇帝を殺した…そう云いながら…。
私としては、シャルル皇帝に対してそれ程思い入れもなかったし、ブリタニア軍にいるからと云って、ブリタニアの為に死ぬとか、そんな事を考えていた訳ではなかった。
ただ…食う為だけに軍人をやっていた。
職業軍人だ。
そんな考えでも、頭を使えば、軍をやめた後、再就職が困らないだけの地位を得る事が出来た。
流石に、そこまでいい加減だと、騎士候になるなんて事は出来なかったが…生きていく上に必要なものさえ得られればそれで十分だ。
ナンバーズでもなかったから、その時までの私の功績でそれなりの就職先を見つける事は出来るのだ。
しかし…あの、神聖ブリタニア帝国第99代皇帝、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの姿を見て…私の考えが変わった。
その皇帝を守ろうとか、そんな高尚な事を考えた訳ではない。
あの、マリアンヌ皇妃に生き写しの、美しい皇帝を…近くで見たかった…。
願わくば…彼の指揮のもとで戦いたかった…
それだけだった。
どうやら、私は美しい者が好きらしい。
あの、縦巻きロールのM字禿なシャルル皇帝には抱かなかった感情だ。
ただ…マリアンヌ皇妃と…ルルーシュ皇帝の違いは…
その目は…吸い込まれそうな程美しいアメジストなのに…ひどく冷たい雰囲気を醸し出していた。
本当は…あんな色をしている訳じゃなかったのだろうと…直感的に思った。
マリアンヌ皇妃は、軍を率いる時にも、いつも、自軍の兵士たちを安心させるようにいつでも、微笑んでいた。
しかし…ルルーシュ皇帝は…あのマリアンヌ皇妃の皇子でありながら…そう云った笑みを見せる事は、一度もなかった。

 ただ、そんな冷たい瞳であっても…私にとっては、乾ききった砂漠の様な軍隊の中で1輪だけ咲いている花に見えた。
どうやら、私の好みの顔をしたトップの下では私は頑張れるらしい…。
『オレンジ事件』という、謎の事件の後、失脚して、生死も解らなくなっていたジェレミア=ゴッドバルト卿の軍に私は配属された。
ジェレミア卿はルルーシュ皇帝の側近で、重要任務を任される事が多い。
その度に、ジェレミア卿の配下となった私はルルーシュ皇帝の閲兵式に出る事が出来た。
その度に、私はあの美しい皇帝を見る事が出来た。
本当に、砂漠に咲く花だ。
しかし…いつも、暗い顔をしているあの、名誉ブリタニア人で、母国を裏切ったと称されているナイトオブゼロ…枢木スザクが、皇帝の傍に立っていた。
まぁ、上には上の事情があるんだろう…。
結局、あの枢木スザクは、またも、自分の母国である日本を敵に回す事になっていたのだから…。
なんでも、ルルーシュ皇帝が日本へ送られた時、彼の家に預けられたという。
そして、あの戦争の後、生き別れになった後、再会して、同じ学校へ通っていたという。
彼らに対してはいろんなうわさがある。
子供の頃から仲が悪かったらしいとか、子供の頃には仲が良かったのだが、国同士が敵同士になって、仲が悪くなったとか…
しかし、枢木スザクが日本人だったからと云って、ルルーシュ皇帝を嫌う理由にはならないと思う。
なぜなら、あれだけ同胞を殺してきた、裏切りの騎士だ。
むしろ、日本人に対してよりも、ブリタニア人に対しての想いの方が強いのではないかと思えてくるくらいだ。
ユーフェミア皇女殿下の騎士になった時、恐らく、日本人の半分は彼に対して不信感を抱いたに違いない。
まぁ、ビジュアル的にははっきり言って、あの枢木スザクは邪魔なのだが…
それでも、私としては、閲兵式とは、あのルルーシュ皇帝をこの目で見る事のできる数少ないチャンスであったし、私が軍にいる為の理由はそれだけなのだから…
恐らく、私はこの閲兵式に初めて出た時…私は心底軍人として頑張ってきて良かったと思った。
女でもあそこまで綺麗な女は見た事なかったし…
軍にも女はいるが、気が強すぎるとか、筋肉がつき過ぎて色気がないとか…そんな連中ばかりだ。
その点、あのルルーシュ皇帝は色白で、男とは思えないほど色気があるのだ。
恐らく、軍の中でも私と同じように考える者は決して少なくないだろう。
まぁ、軍と云うのは、組織している人間の割合を考えると、女は非常に少ない。
故に、そう云った同性愛に走ってしまう者も決して少なくはないのだ。(これは事実です。特に、戦に女性が存在しなかった時代には、遠征先にそう云った商売女がいない場合、遠征先の村の女を襲うか、同姓で慰めていたという事はありました)

 基本的に、私は男に対してそう云ったものを望んだ事はないのだが…。
あのルルーシュ皇帝なら、こんな事を考えては不敬だと解っていても、傍にいたらどんな気持ちになるか解らない。
まぁ、絶対に手の届かない相手ではあるし、考えるだけなら気楽なものだ。
そんな風に考えていたのだが…
ある時、皇帝自らが軍人専用宿舎の中庭を歩いていたのだ。
供も連れずに…
いつもなら、あのナイトオブゼロがへばりついていると云うのに…
私は、いくら自軍の軍人宿舎とはいえ、今は、世界と緊張状態になっているブリタニアだ。
そう思った時、私は、ルルーシュ皇帝の前に出て行き、跪いていた。
「ご無礼を承知の上で、申し上げます。ただいまは…我がブリタニアは戦争状態にございます。いくら自軍の施設内とはいえ、側近の方をお連れにならずにおひとりで出歩くのは危険です…」
私がルルーシュ皇帝にそう進言した。
このような事…恐らくは身の程知らずの所業であると判断されるかも知れないが…
ただ…私は、初めて…軍に入って初めて、皇帝を守らなくてはならないという使命感を抱いていた。
単に見目麗しい皇帝の姿を見て、自分の心を弾ませていた。
それだけの筈だった。
しかし…こんなところで皇帝が一人で歩いているなど…普通はあり得ない。
だから…私はつい、後先考えずに進言してしまった。
すると、ルルーシュ皇帝は私に声をかけてくれた。
「顔を上げよ…」
こんな、少年が、皇帝として私に声をかけている。
ある意味、人によっては複雑な思いを抱くだろうし、正直、私としても、こんな、私よりも遥かに年下の子供にそんな風に言われたくはないとも思うが、それが、軍であり、皇室と云うところだ。
「イエス、ユア・マジェスティ…」
そう云いながら、私が…顔をあげて、ルルーシュ皇帝の顔を見上げた。
すると…私は…つい、そのルルーシュ皇帝の顔を見て、我を忘れた。
そう…初めてみる彼の表情に…見惚れていたのだ…。
私はそれまで…いつも、氷のように冷たい目をしたルルーシュ皇帝しか見た事がなかった。
しかし…その時のルルーシュ皇帝は…何か…悲しそうで…寂しそうな…そんな微笑みを作っていたのだ…

 その時のルルーシュ皇帝は…普通の、ただの…18歳の少年だった。
ルルーシュ皇帝は口調を変えずに私に話しかける。
「心配かけてすまない…。ただ…私もまだ、年端の行かぬ、若輩者だ…。時に落ち込む事があるのだよ…」
ルルーシュ皇帝の…こんな表情を見たのは初めてだった。
そして、この時が最後だった。
「あ…あの…申し訳ありませんでした…。事情も知らず、無礼にもお声をかけるなど…」
下手をしたら不敬罪で重罪だ。
最低でも軍内でも降格…で済めば、万々歳だ…。
「否…。構わぬ…。ただ…スザクやジェレミアには内緒にしてくれ…。確かお前はジェレミアの配下の者であろう?」
「はっ…ジェレミア隊の第3隊隊長を務めております、―――中尉と申します…」
私は気持ちが今まで生きていた中で一番厳かになった気がする。
ただ…ルルーシュ皇帝に礼を払っていた。
「―――か…。これからも、我が帝国は戦乱に巻き込まれていく…。我が帝国の為に…その力を貸してほしい…」
「イエス、ユア・マジェスティ…。この命をかけて…」
私がそう答えてルルーシュ皇帝の顔を盗み見た時…ルルーシュ皇帝は…また、私の初めてみる表情をしていた。
悲しそうな…辛そうな表情だった。
私は…何と声をかけていいのか…解らなかった。
呆然としている内に…ルルーシュ皇帝は踵を返して私を残したまま、歩いて行った…。
皇帝とは…私の様な庶民が思う程、楽しい立場ではないらしい。
確かに…色々やることがあって忙しそうではある。
18歳と云えば…まだ、やりたい事もたくさんあるだろうに…。
これまで、死んだ事にされて、皇族として生きてきた訳でもない。
まして、死んだ事になっていたのであれば、いろんな意味で普通に生きる…と云う環境からほど遠い道をたどってきただろう事は予想される。
それが…さっきのルルーシュ皇帝の表情や、単独行動につながっているのかも知れない。
私は…この時初めて…皇帝の為に、命を捨てても構わないと本気で思った。
ルルーシュ皇帝が綺麗だったからではない。
ただ…あの、引き込まれそうなルルーシュ皇帝の憂いの表情が…少しでも明るく晴れてくれれば…そんな風に思えてきたからだ。
雲の上の存在で…私に何が出来るのかなんて…解らない…。
それでも…私は、一言二言、話しただけで、ルルーシュ皇帝に引き込まれた。
私は…命に代えても…ルルーシュ皇帝を守りたいと思った…。
しかし…その2ヶ月後…そんな私の夢は儚くも…砕け散った…
あれは…誰が悪かったのか?
誰が止められたのか?
行き場のない自分の気持ちの中で…私はただ…声を出す事も出来ずに…ただ、泣いていた…

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