ルルーシュ皇帝が『ゼロ』の刃に倒れてから、それまで皇帝の直轄地であった日本には、『日本政府』が立ちあげられた。
それは、あくまで、暫定的なものであり、臨時政府となる筈だった。
しかし…その時の扇要が中心となった『日本政府』は、寄せ集めのものであり、そこへ集められた政府官僚たちはそれぞれに自分の思惑があった。
それは…かつての『黒の騎士団』の『ゼロ』に対しての思いが強い者、キョウト六家を中心とした日本を作ろうと思う者、扇の云う正義に対して、疑念を持つ者…とにかく、『民主主義』の名のもとに、あらゆる思想、信条の者たちが集められた。
この扇が考えた『民主主義』は結局、新しく出来上がった日本政府の行き先を定める事が出来ずにいた。
扇は確かに『黒の騎士団』では『副指令』と云う立場であったが故に、首相となったわけだが、『黒の騎士団』の中で、それほどの存在感を示していた訳ではなかった。
まして、『超合衆国』がバックアップしていた『黒の騎士団』と云う、軍事力が当時の『合衆国日本』と『合衆国中華』に権力、決定権が偏っていたこと…そして、軍事力を背景に、『超合衆国』での発言権、情報の偏りにより、外圧も少なくはなかった。
最終的に、ルルーシュ皇帝は、世界のすべての国を『超合衆国』に引き入れ、その検証を遵守すると云う義務を化した。
それ故に、世界が…特に、ルルーシュ皇帝即位後の『黒の騎士団』と神聖ブリタニア帝国との戦いに参加した『超合衆国』の国々が事後報告と云う形で全てを知った時に、『合衆国日本』と『合衆国中華』への責任の追及を始めた。
ルルーシュの望んだ『世界が話し合いと云うテーブルに着く』と云う事は、頭で考えているほど簡単なことではない。
軍事力を使えないのであれば、政治力を使う事になる訳なのだが…
国際社会の中で日本は小さな島国で…そして、『サクラダイト』と云う、地下資源に恵まれてはいたが、それまでは軍事力への貴重な資源として重宝され、その為に研究も続けられてきた。
しかし、『サクラダイト』の生み出すその膨大なエネルギーは戦争のない社会の中では大きすぎるものであり、生活の為に使うエネルギーとしてまだ、使えてはいなかった。
『サクラダイト』の生み出す大きすぎるエネルギーを何とか、普通に工業に、生活に仕えるようにするには、まだまだ、時間のかかる仕事であるのが、戦争のなくなった世界の現実だった。
それ故に、『戦争』を否定する現在では、日本としては、工業立国として国を盛り上げていくこととなったわけなのだが…これまで、『日本の独立』の為に戦ってきた人々が政治の中心となった時、戦争のない国の政府としては、あまりに場違いなメンバーになってしまった事は否めなかった。
確かに『戦争は進歩の母』と言うが、その戦争の中で生まれてくる技術は元々は戦う為に作られたものであり、武器になるものである場合が多い。
『戦争』の中で生まれてきた技術が生活に仕える様になるまでにはそれなりに時間がかかる。
ルルーシュ皇帝が倒れてからまだ、1年にも満たないこの時期に、それらの技術の把握すらできていないのだ。
そして、『悪逆皇帝』と呼ばれたたった一人が消えただけで…世界が平和になるほど…世の中…人の世とは…単純なものではなかった。
実際に、あのパレードでルルーシュ皇帝に対して不満を訴えていたのは、ルルーシュ皇帝が利権をはく奪し、それに不満を持った者が多かった。
一般市民のレベルでは、ブリタニアからの植民エリアから解放され、皇帝直轄地になっていた頃の方が暮らしやすかったという声さえも聞かれる。
と云うのも、皇帝直轄地となったので、日本には公共事業によって、それまで、混乱状態に陥っていた日本の中では食うや食わずの人々が多くいた。
それらの人々に仕事を与え、ブリタニア人であれ、日本人であれ、労働者として、仕事をさせて、報酬を与えると云う形を取っていた。
そして、ルルーシュ皇帝が直轄領とした日本はインフラがすっかり整備されていた。
一度、植民エリアから解放されているために、ゲットーと租界の差はなくなっていた。
確かに税金はそれ相応に徴収されていたが、ブリタニアの植民エリアとして存在していた時程の格差のある社会ではなくなっていた為に、元々そこに暮らしていた日本人たちからの不満はそれほど出てはいなかったのだ。
それに…ルルーシュ皇帝の思惑を知る者がいないのだが、あの時、『ゼロレクイエム』の為に、ルルーシュ皇帝はあのパレードの周囲には彼から利権をはく奪され、彼に対する不満の多い者ばかりを集めていた事は、今になって結果を見てみると否定する事が出来ない。
今になってみると、あの戦争の事を詳しく知る事の出来ない、一般の国民から、新しい日本政府の首相となった扇要に対する不満が出始めていた。
首相官邸の執務室の首相のデスクに肘をついて、はぁ…と大きくため息をついた。
日本が完全にブリタニアから独立して、今は、扇の責任において日本が動いている。
そして、これまで、確かに、エリア11から徴収した税もあったが、その分、租界などへの開発は税収からされていた。
そして、ルルーシュ皇帝の直轄領となった時には、日本はブリタニアの一部となっており、納税の義務もあったが、それによって作られた施設は日本人であったとしても使う事が出来たし、普通のブリタニア人と殆ど変らない生活を送っていた。
ところが、ルルーシュ皇帝の統べるブリタニアから日本が独立し、全ての義務を日本が背負い、責任を負う事となった時、その責任や義務を負える人材が…決定的に存在しなかった。
皇神楽耶は決して表舞台に出て来る事はない。
客観的にみれば、暫定政府であれ、なんであれ、独立したばかりでどうしたらいいか解らない日本国民を導くものが必要だった。
元々、キョウト六家とは表舞台に立つ事は殆どない。
敢えて言うのであれば、ブリタニアとの戦争に負けた時の首相…枢木ゲンブはキョウト六家のメンバーであったが、それは、日本の顔であった事は事実だが、実質的にはキョウト六家が日本を動かしていた。
しかし、今日本に残るキョウト六家は皇神楽耶だけである。
キョウト六家の生き残り出会った枢木スザクもあの戦いで、紅月カレンの駆る紅蓮に敗れて、戦死した。
皇神楽耶には確かに政治力も、統率力もある。
だが、あくまでキョウト六家は陰の存在でなければならない…。
だから、新日本政府設立の時に、その席について欲しいという、扇たちの言葉に対して決して首を縦には振らなかった。
それに、あの、パレードにおいて、ルルーシュ皇帝とその騎士、枢木スザクのやろうとした事に気づいてしまった時、どうしても、表舞台に立つ事が出来なかった。
結局、『黒の騎士団』の主要メンバーが構成する、ある意味、軍事に対してしか動く事の出来ないメンバーが新しい日本政府を構成してしまう事となったわけである。
そう云った国の中心の迷い、揺らぎに対して、混乱冷めやらぬ国民たちはやはり敏感になる。
確かに世界の動きは『ルルーシュ皇帝』を『悪の象徴』として、評価する事に傾倒して行っているが、日本国内では、そう云った考えを持つ一般国民は、他の国に比べて少なかった。
扇としても、政治の中心に立つ者として、好ましいとは思えない状況ではあるのだが…それでも、ルルーシュ皇帝は意図的なのか、無意識になのか、日本に対して、決して悪い政治を行っていた訳ではなかったようだ。
すっかりインフラ整備を施された、扇たちの手に帰された日本を見て思った。
デスクの上のパソコンを見る。
現在の日本に必要な事、日本の問題点、首相として、何とかしなければならない項目が数えきれないほど並んでいる。
ルルーシュ皇帝…まだ、18歳の少年王は…これらの問題に対して、目を通し、少なくとも、日本がブリタニアから独立した今、日本人の中でルルーシュ皇帝の時の方が良かったと訴える者がいた。
しかも、それが少数派ではない事は解る。
日本は、民主主義の国であり、言論の自由、思想の自由がある。
ルルーシュ皇帝だった頃、神聖ブリタニア帝国は、ルルーシュ皇帝の独裁国家であった。
しかし…少なくとも、今の日本では…あのルルーシュ皇帝の独裁下の方が、良かったと云っている者がいるのだ。
自国の首相である扇の下の民主主義よりも…他国の皇帝であるルルーシュの下の独裁の方が…日本人にとっては、生活しやすかった…と、評価しているのだ。
今の扇の政権は暫定政権だ。
ある程度落ち着いたら、国民投票をして、きちんとした日本政府にして行かなくてはならない…。
しかし…
「一体いつになったら…俺にそんな事が出来る…」
パソコンの画面から視線を外し、ギュッと目を瞑って呟く。
その時、扇自身が気がついた。
これまで、自分の意思で何かを決定した事がなかった…。
情報を得ても、自分の中で自分の考えで判断する事はなかった。
シンジュクゲットーでテロリストをやっていた時も、親友の紅月ナオトがやっていたから…。
彼がいなくなったから、扇はテロリストのリーダーになった。
そして、『ゼロ』が現れて、『ゼロ』に命じられたから『黒の騎士団』の副指令となった。
その後、『ゼロ』の正体をヴィレッタから聞かされ、ただ、ショックで、その衝動のまま、『ゼロ』を否定した。
そして、シュナイゼルのもたらした情報も、自分で解析する事なく鵜呑みにした。
そして、『黒の騎士団』の中の空気に流されるまま、ただ、ルルーシュ皇帝を否定し続けた。
その先に待つ…結果…ルルーシュ皇帝のしていた事へ自分なりの評価を考えもせず、ただ…否定し続けてきた。
そして…その、扇が『悪』と叫び続けたルルーシュ皇帝の残した結果を見て…結局扇は、ただ、愕然として、自分の愚かさを思い知るしかなかった。
自分のしてきた事に対して、後悔しないものを探してみるが…全ての結果は、扇によって生み出されたものでない事を思い知り、後悔すると云う点でついて回るのは…『自分で考える事を、自分で決定する事を避けてきた』と云う事ばかりだった。
地位を得た。
過去の評価も本当でない事も含め、かなり高いものを得られていると思う。
しかし…扇の中に虚しさばかりがぐるぐる回っている。
愛する女性を手に入れて、自分が戦う理由であった、『日本が日本と云う国』を求めて戦って、それも得た。
子供も、会えないかと思っていたが、結局、生き残る事が出来て、そのかわいいわが子の顔を見た。
そして、その新しい命を見た時に…何故か…『ゼロ』に見て欲しかったと…扇は考えた。
自分たちの裏切り者として、排斥した相手だ。
そして、世界の『悪』として、その『悪を倒す』と云う大義名分の下、戦争までした。
でも、ヴィレッタに抱かれた我が子を見た時に、一番最初に『ゼロ』に会わせたかった。
自分でもムシのいい話だと思う。
あんなひどい形で裏切った相手だ。
そして、その彼の作った組織で副指令として近くで見ていた筈の相手を理解する事が出来ず、ただ、その場の感情で排斥した…否定した。
ふと、戦いが終わって、冷静になって考えてみると…あの時、ルルーシュ皇帝を…枢木スザクを殺してはいけなかったと思う。
後悔とは…後になってするものだと…よく言われる。
今の扇は…まさにその通りだと思った。
あの若さで、まだ、子供とも言える少年たちが残したこの世界…。
しかし、彼らが消えて、少なくとも日本では、扇に対する評価はあんな年端もいかない少年王よりも遥かに下である事は自覚している。
大体、今の国民の生活は…決して楽ではない事くらい解る。
それはそうだ。
それまで、ルルーシュ皇帝の指揮の下、ブリタニアの一部として、ブリタニアの資本が入ってきたのだ。
それが、今では日本だけで賄う事になっている。
新たに作られる政府にそれ程の余裕はなかった。
皇神楽耶の皇コンツェルンもかなりの日本政府に対する援助はしてくれているが、それでもまだまだ足りない状態で…。
ルルーシュ皇帝が倒れた後、調子に乗って、その不満をぶつけるがごとく、彼の施したインフラを破壊しつくした。
そして、今、全てを作りなおそうとしている状態だった。
ルルーシュ皇帝が2ヶ月でやり遂げた事…壊すのはたった一瞬だった。
そして…修復は…未だにめどが立たない。
それ故に扇政権への不満が高まっているのだ。
今、扇は自分の愚かさに頭を抱えている。
あれでは…扇がやった事は…独立運動ではなく…ただの破壊活動だ。
結局、自分の頭で状況を判断し、考える事の出来なかった自分の力量の所為だ。
しかし、それは日本だけではなく…ルルーシュ皇帝から託された世界の中で、そう云った不満が噴出し始めている。
そして、皮肉にも、扇たち『黒の騎士団』がその存在を否定した『ゼロ』がそれらの不満分子たちを宥め、怒りを鎮めさせている状態だ。
扇は…そんな現実の中…呟く…
―――もし…『ギアス』が絶対遵守の力と云うのなら…俺を殺して…『ルルーシュ』を…連れ戻してくれ…
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