アッシュフォード学園の2学期も今日で終わる。
終業式が終わると、殆どの生徒たちは、親元へと帰っていく。
基本、全寮制のこの学園…長期休みともなると、続々と実家へ帰っていく。
それに、寮の管理をしている職員たちも年末年始休みに入るので、とにかく、この2学期の終業式が終わると同時に、お祭りのような騒ぎになるのだ。
と云うのも、それなりの荷物を持って、それぞれの実家へと帰っていくのだ。
新学期にはすぐに会えるし、今日まで毎日顔を突き合わせていた同級生たちとの別れを惜しんで、学園内をたむろしている訳だ。
中には、ルルーシュやナナリーの様に例外もいるが…。
冬休みの間、基本的にはこの二人と彼らの専属メイドである咲世子、そして、防犯の為の警備員だけがこの広い学園に残されるのだ。
ルルーシュとしては別にかまわないのだが、ナナリーはちょっと寂しがっている。
いつも賑やかなこの学園…そこから、誰の声も聞こえなくなると云うのはやはり、寂しいものを感じても、ある意味仕方ないのだろうとは思うのだが…
わいわいがやがやしていた、学園内も、時間の経過と共に、人が減っていく。
そして、最後の一グループが学園の敷地から出ていくと…本当にがらんとした空間が窓の外を広まっている。
「お兄様…また、私たちだけになってしまいましたね…」
ナナリーが窓の外を見ているルルーシュに声をかけてきた。
いつも、うるさいほど賑やかなこのクラブハウスもすっかり静まり返っている。
「そうだね…。いつもがうるさいだけに、妙に静かに感じるな…」
普段なら、まだ明るいこの時間であれば、クラブ活動をしている生徒たちの声や、生徒会でいろいろと準備しているミレイ達の声が聞こえてくるのだから…
他の生徒たちには帰る場所があるが…ルルーシュ達には…ここしかないのだ。
ルルーシュだけなら、別にかまわないと思うのだが、こんな寂しげなナナリーを見ていると、一刻も早く、ナナリーが安心して暮らせる場所を創らなくてはならないと思う。
親友のスザクは…ユーフェミアの騎士となってしまって…ナナリーを守ることが出来ない…。
だから…ルルーシュは、いつも…ナナリーの為に何かを成そうとしていたし、何かを壊そうとしていた。
そんな事は…いつも一番近くにいるナナリーもひしひしと感じていたが、それでも、ルルーシュのやる事に対して何も言えなかったし、ルルーシュのやろうとしている事を手伝う事も出来ない自分が歯痒かった。
それでも…ナナリーを守ろうとするルルーシュの腕に抱かれている事が…心地よくて…ずっと…ナナリーは甘えていたと…月日が経ってみると…痛感せざるを得なくなっていた。
アッシュフォード学園で二人きりになったあの時から、2年ほどが経っている。
ナナリーの前から…ルルーシュがいなくなって…あの時、ルルーシュの遺体がどこへ行ったかさえ解らないままだった。
あの時、ナナリーの中には兄に対する、失望とか、嫌悪とか…様々な負の想いがあった。
ナナリーは、いつもルルーシュと一緒にいたはずなのに…最後の最後に…一番肝心な時に…ルルーシュを理解出来なかった。
だから…今は後悔が募る。
あの時、ルルーシュを刺したのが誰なのか…ナナリーには解っている。
恐らく…あの二人が…全てをかけて、世界を騙す為の大芝居を打ったのだ。
そして、二人は…ナナリーの前から消えて行った。
ナナリーに残されたのは…見事なまでにルルーシュに整えられたブリタニアと、異母兄であるシュナイゼル…そして、ルルーシュが仮面を継承させた『ゼロ』…。
あれから、それほど時間が経っていない。
復興もそれほど進んでいる訳ではないが…それでも、クリスマスにはみんなで、お祭り騒ぎして、新年の準備をしている。
人とは…単純なもので…あの演じられた『悪逆皇帝ルルーシュ』から与えられた、今のこの世界を甘受している。
その上で、『悪逆皇帝』に対する批判を忘れない。
「お兄様…あの時から…私は…誰もいなくなった学園の中にいるみたいです…」
あの時とは…ナナリーの目の前でルルーシュが目を閉じて、鼓動を止めた…あの時だ…
「スザクさんも…いなくなってしまって…そう云えば…私たちだけが学園の残されていても…軍のお仕事のない時にはスザクさんが来てくれましたよね…。枢木神社にいた時みたいに…3人で…笑って…」
ナナリーは、ルルーシュの想いを知った時から、『ゼロ』の正体が解っていても、決して、それを口に出す事はなかった。
一人で佇んでいる時でさえ、それは…決して誰にも知られたはならないと…自分の中に閉じ込めていた。
『枢木スザク』は死んだと…ナナリーは常にそう思い続けている。
そうでないと、そのまま、自分の傍らにいる『ゼロ』に縋りついてしまいそうになるから…。
でも、今の世界の平和の礎となったルルーシュの想いを…無駄にしないようにと…ナナリーは決して、その事は口にしなかった。
「ナナリー?そんなところにいては、体が冷えてしまう…。中に入ろう…」
そう、後ろから声をかけられた。
ナナリーが振り返ると、そこにはシュナイゼルが立っていた。
「はい…シュナイゼル異母兄さま…」
ルルーシュの作り上げた世界になってから、シュナイゼルは、本当にナナリーを大切にしてくれるようになった。
ダモクレスでルルーシュがシュナイゼルを従えたと世界に宣言していたが…その時に使われたルルーシュのギアスのせいだろうと判断できる。
「ナナリー…あんな寒空の下にいてはダメじゃないか…。風邪を引いてしまう…」
「すみません…お兄…いえ…シュナイゼル異母兄さま…」
シュナイゼル言葉が…時々ルルーシュのそれと重なる事がある。
気の所為だとは解っていても、それでも…間違えてしまうのだ。
「また…ルルーシュと間違えたのかい?」
シュナイゼルがナナリーに優しい声音で尋ねる。
「ごめんなさい…シュナイゼル異母兄さま…」
ナナリーはバツが悪そうにシュナイゼルに謝る。
しかし、シュナイゼルの方は嫌な顔をした事がない。
ただ、優しい顔をしてナナリーの顔を見て、
「否…構わないよ…。君にとって、ルルーシュは特別だったのだから…。君にルルーシュに間違われるなんて…光栄だよ…ナナリー…」
と答えるだけだった。
その答えを聞くたびに…ナナリーはシュナイゼルもルルーシュの本質を見抜いていたのだと悟った。
あんな形で、自ら『悪逆皇帝』を演じる事の出来る人間なのだ。
よほどの覚悟の強さと、優しさがなければ出来ない事だ。
「シュナイゼル異母兄さま…お兄様は…今、どちらにおられると思いますか?」
「そうだね…さっき空で輝いていた一番明るい星にいるんじゃないかな…」
シュナイゼルの答えに、ナナリーは、はぁっとため息をつく。
―――やはり…お兄様は…
ナナリーもシュナイゼルもルルーシュの遺体がどこに行ったのか知らない。
そして、現在のブリタニアの関係者でその事に関して、口にする者はいない。
恐らく、ルルーシュが皇帝だった頃に、ルルーシュ側についていた一部の人間などは知っているのかも知れないと思うのだが…
「もうすぐ…今年も終わりですね…」
「そうだね…色々あったね…。君にとっては…めまぐるしくて、辛い年だったと思うけれど…」
ブラックリベリオンから1年が経った頃、当時エリア11だった日本の総督になって、『ゼロ』がナナリーを連れ去ろうとして、その後、100万人の日本人を連れて中華連邦に逃れて…
そして、そこで『黒の騎士団』とブリタニアが戦って…
『超合衆国』が出来て、日本を取り戻す為に、『黒の騎士団』とブリタニア軍が戦って…
その後、ルルーシュが『ゼロ』であると、『ギアス』と云う『人ならざる力』を持っている事を知り、敵味方に分かれて…
そして、戦って…ルルーシュは…ずっと、仮面をかぶり続けて…ナナリーの前から…
過ぎる優しさは…残酷だと思う…
ルルーシュは…本当に、あれで、幸せだったのだろうか…と思う。
ナナリーが欲しかったのは…ルルーシュと二人で幸せに暮らせること…それだけだったのに…。
ただ…一度、ルルーシュに云った事があった。
『優しい世界でありますように…』
ルルーシュは、ナナリーのその願いの為に…世界の人柱となった。
「シュナイゼル異母兄さま…私たちがアッシュフォード学園にいた頃にも…今みたいに、私とお兄様だけになっちゃったことが、何度もあるんですよ…」
ナナリーがアッシュフォード学園にいた時の事をシュナイゼルに話すのは初めてだった。
「ほぅ?でも、ルルーシュがいたのなら、寂しくはなかったんじゃないのかい?」
「今なら…そう思います…。でも、あの時は…人の声がしなくって…それが寂しいって…私、そう思っていて…。お兄様に心配されてしまいました…」
ナナリーが少し複雑な笑みを浮かべながらそう答える。
「ナナリー…ルルーシュの行方…知りたいのかい?」
生きている、死んでいる、どちらでもいいから…
ナナリーは心底知りたいと思う事…
でも…知りたくない…
ナナリーは返事する事が出来なかった。
「自分の気持ちの整理がついたら…いつでも云いなさい…。私の出来る限りの事をしてあげるから…。少なくとも…あの時に『ゼロ』がちゃんと、ルルーシュを守っていたから…」
解放された時、民衆があのパレードカーに集まってきて、大混乱になっていた。
シュナイゼルはその時、偶然あの場面を見ていた。
『ゼロ』はルルーシュを守っていたのだ。
だから…あの場でルルーシュが興奮した民衆たちに傷つけられることはなかったはずだ。
「そうですね…私も…いつか…きちんと、真実と向き合わなくてはいけないですね…。いつまでも、シュナイゼル異母兄さまに、『ゼロ』に、そして、お兄様に頼ってばかりではいけませんね…」
「まだ…慌てる事はない…。今はまだ、そこまで考える必要はない…。それでも…ナナリー…これから、君の担う責務が多くなる…。だから…強くなりなさい…」
シュナイゼルの言葉…ナナリーの心に突き刺さってきた。
シュナイゼルはナナリーの私室の前まで送ると、ナナリーの額にそっとお休みのキスをして、別れた。
部屋に入って、ナナリーはシュナイゼルにキスされた額をそっと触れる。
あの頃、いつもルルーシュがしてくれていた…お休みのキス…。
「お兄様…今の私では…まだ、お兄様にお会いする事は出来ません。ですから…胸を張って、お兄様に会えるようになるまで…」
アッシュフォード学園にいた頃…長期休みになるたびに、ルルーシュと二人になっていた。
あの時…ルルーシュはナナリーが寂しいのかと心配してくれたが…ナナリーは…恐らく、寂しくはなかった。
ただ…ルルーシュに甘える事が心地よくて…そんな風にしていたのかも知れない。
優しい、兄の…ナナリーに残したものは…ナナリーにとっては残酷で…
でも、最後の最後にあの兄が、ナナリーを認めてくれた…。
だからこそ、今の過酷なこの世界を託してくれた。
ルルーシュは…ナナリーに、形見となるものは何一つ残してくれなかった。
自分の手に残されたものは…思い出だけ…
アッシュフォード学園に『黒の騎士団』が押し入って、戦場となった時、ナナリーは着のみ着のまま、ブリタニアへ連れて行かれて、その時の私物は何も残っていなかった。
そして、その後は…アッシュフォード学園に近寄る事さえ許されなくて…
結局、何一つ…ナナリーの手には残らなかった。
ナナリーの中で…時間が経てば経つほど、ルルーシュの存在が大きくなっていく。
あんな、悲しいウソをつき続けて、ナナリーの口にした一言の為に…
いつか…ちゃんとルルーシュに胸を張って話が出来るようになるまでは…と…ナナリーは思う。
ナナリーの目の前からルルーシュが消えて…初めての年の暮れ…。
人々は、少しずつ、復興への道標が示され始めた。
当たり前だが、考えているほどうまくはいかないが…。
それでも、あのパレードの直後を考えた時、少しは落ち着きを取り戻している。
あの時の騒ぎは、確かに人々の心からは消えていないが…それでも、前に進もうとみんなが、前を向き始めている。
ルルーシュが望んだ…『明日』の為に…
ルルーシュとスザクが…作り上げた道標…
人々は気づくのだろうか?
ルルーシュ達があんな風に拳を振り上げたからこそ、世界が少しずつ変わり始めた事を…。
それがいい結果を生むのか、望まぬ結果を生むのかは誰にもわからない…。
でも、ルルーシュ達の道標に、世界が気付いた時…世界はもっと…人々に優しいものになっているのだろうか…
ナナリーはこれから歩んでいく自分たちの進むべき道を…考えていた…
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