12月24日…
キリスト教徒にとっては、イエス=キリストの生まれた前日として、誕生日の前日から祝いが始まる。
2000年以上も前に生まれた人間の誕生日が解るなど…かつて、記録媒体の少ない時代の史実と称される人間の誕生日など…殆ど伝説に近い。
実際に、イエス=キリストの母、マリアは馬小屋でイエス=キリストを産み落としたと云うからには、歴史的記録が残されるような身分の人間ではなかったという事だ。
それでも、こうして、2000年以上、宗教の祭りとして…今となっては宗教を超えてのお祭り騒ぎである。
『コード』を継承し、一日のほとんどをパソコンの前で世界情勢を調べているルルーシュには、ふと不思議に思えてくるのだ。
イエス=キリスト…今では、彼をあがめる人々が世界に10億人を超えると言うが…当時、彼がエルサレムで、ユダヤ教の裁判にかけられ、有罪となり、十字架に磔にあったという…。
今の価値観でものを言うには、かなり説明が難しいともいえるが…ただ、当時のローマ帝国として、ユダヤ人が治める国として、都合の悪い人物であったという事は、否定できないだろう。
今では、イエス=キリストは救世主としてキリスト教の嚮主となるべき人物となっている。
しかし、当時の価値観、世界の平穏の為にはいて貰っては困る存在であったと言うほかないだろう。
封建主義社会でも、統治者にとって都合の悪い人間以外にあんな、目立つ形で、しかも滞在人として処刑する事など…あり得ないからだ。
キリストの死後、彼につき従った弟子たちが、彼の教えを宗教として確立していく訳だが…数百年単位で受難の歴史を刻んでいるのだ。
つまり、キリスト教の教えと云うのは、キリストの死後、数百年という時間、統治者としても、そこに暮らす人々にとっても、ありがたくない存在だったという事なのだろう。
実際に、4世紀ごろにローマ帝国でも国教と認められた訳だが…当時のローマ皇帝、テオドシウス帝がこのまま弾圧を加えていくと、国を治めていけなくなる…との判断が少なからずあっただろう。
当時、ローマ帝国とは、ヨーロッパ地域で一番大きな帝国だった。
それ故に、ヨーロッパで大きく広がったのもそう云った部分もあっただろう。
世間がクリスマス騒ぎをしている様子を見て、ルルーシュは、ガラにもなく、そんな資料をインターネット上で読んでいた。
そんなルルーシュを見て、C.C.がルルーシュに話しかける。
「ふっ…何だか…お前と似ているじゃないか…」
後ろから声を掛けられ、声の主の方を見た。
「似ている?こんな、伝説に近い様な歴史の人物と、俺と比べること自体間違っていると思うがな…」
ルルーシュが苦笑しながらC.C.を見た。
伝説みたいな彼の軌跡を読んでいけば、正直、全てを計算の下で行ってきたルルーシュとしては、全てを知るC.C.に『奇跡』などと云う言葉で片づけられるのは面白くない。
ルルーシュは自分で『奇跡』を作ってきたのだ。
そして、世界中をルルーシュを『悪』として洗脳してきたのだから…
「ルルーシュ…お前のやってきた事が、時間が立てば、『神』もしくは『悪魔』の偉業として伝説になるかも知れんぞ?あと、1000年も経てば、お前のやってきた事に尾ひれがついて、面白い物語になると思うがな…」
くくっと笑いながらC.C.が云う。
1000年…普通の人間であれば、途方もない時間だが…『コード』を継承したルルーシュなら、その時に生きていてもおかしくはない。
彼女自身、流石に2000年前には生きていなかったと云っている。
彼女に『コード』を渡したのはキリスト教教会のシスターだったのだから…
「ルルーシュ…人間とは面白いものでな…。自分の目の前に自分と違う力を持つ者がいると、その反応が二つに分かれるんだよ…」
「その力に縋る者…その力を排除する者…か…」
C.C.の言葉にルルーシュはすぐさま答えを出した。
「そうだ…。実際に、現代に存在する新興宗教にはその傾向のあるものもあるだろう?空中に浮いてみたり、人の心を読んだふりをしたり…」
C.C.は、これまでにも、多くの人間に『人ならざる力』を渡してきた。
その中には、そう云った、宗教を作り上げた者もいた。
『ギアス』を与えられた人間には、本当に普通の人間にとっては、『奇跡』となるものを起こす事が出来るのだ。
ルルーシュが持った『絶対遵守の力』に至っては、宗教を作ろうと思った時にこれほど都合のいい能力もないだろう。
ルルーシュ自身、神を信じてはいなかったし、『ギアス』を手に入れた理由は、ナナリーが安心して幸せに暮らせる世界を作るためだったのだから…。
「イエス=キリストは…『コード』を継承していなくても、『ギアス』を持っていたかも知れないな…」
ルルーシュの呟きにC.C.はふっと笑って見せる。
「これまで、『奇跡』のない宗教は少ないからな…。古い、新しいに関係なく…。こうしてみると、宗教と云うのは、お前みたいな奴が作ると、将来的に世界を覆い尽くすような宗教が出来るのかも知れんな…」
C.C.の言葉にルルーシュはやれやれと言った表情を見せる。
「勘弁してくれ…。俺は『悪』であって、『神』ではないだろう?少なくとも、お前と契約した時点で、『悪の使い』だ…」
しかし、イエス=キリストの軌跡とキリスト教の軌跡を調べていくと、意外とC.C.の言葉もシャレには聞こえない。
そんな風に思ってしまう自分に、ルルーシュは少々驚くが…
それでも、ルルーシュ自身、この先は『悪逆皇帝』として歴史に名を残す事になるのだ。
ルルーシュが『悪魔』と称される事はあっても、『神』と称するような連中は『悪魔信仰』している連中くらいだ。
「まぁ、お前の場合、イエス=キリストの様に、お前の死後に、お前の教えを広める為の『使徒』がいないな…。それでも、お前と面識のない奴が、今にもお前の傍にいたような顔をして捏造くらいはするんじゃないのか?」
「そんな安っぽい伝説に乗せられるようでは、人間もおしまいだろ…」
「歴史とは…時代によって見解が変わっていくものだ。私が生きてきた数百年…時代が変わると、歴史観は変わっていく。お前も、時間が経てば本当に『救世主』になるぞ…」
流石に長い時間を生きているC.C.が云うと、シャレに聞こえない部分は多い。
確かに、イエス=キリストは当時の時代にとって、不都合な存在であったから、排除されたのだ。
ルルーシュも、云ってみれば、自分からそう仕向けたとはいえ…時代のノイズとして、自ら世界から排除されたのだから…
「もし、本当にそんな時代が来たら…歴史家気取りで、俺の軌跡でも発表してみるか…。本人が書いている本人の人生の軌跡…知らない奴からは、全否定されるかもな…」
これだけ、記録媒体がしっかりしているご時世で、ルルーシュの記録が完全に抹消される事はないのだが…。
それでも、その記録から様々な想像をする者が出てきたり、書き手側の理想像だけでルルーシュ像を創られるくらいはするかも知れない。
ルルーシュとしては、ナナリーが生きている内は、自分自身が『悪逆皇帝』として存在すればいいと思っているが…
それでも、ルルーシュが望んだ世界は、『人の自由意思』が存在する世界であって…
その中にはナナリーや扇たちが収めている現在の世界を否定して、『ルルーシュ皇帝』に肩入れする者も、出て来る事は予想される。
自分の考えを持たずに一つの方向へ考えを傾けていく事は、シャルルやシュナイゼルが創ろうとした世界へとつながっていくからだ。
今は、『ルルーシュ皇帝=悪』の構図がしっかりしているから、とりあえず、ナナリーは『正義』として見て貰えるが…それでも、あの時の戦い、『ルルーシュ皇帝』の世界統治に関しては、確実に人の数だけ意見がある筈だから…。
C.C.は、『悪逆皇帝』というポジションをルルーシュが選んだ事については、ルルーシュらしいと思う反面、長い歴史を知るC.C.としては、見通しが甘いとしか言いようがなかった。
これまで、少なくとも、彼女の見てきた歴史の中で、多くの人が『悪』と思っていた人物が一人、消えただけで、平和になった国など見た事がなかった。
それに、今生きている者の中には、ナナリーが『フレイヤ』のスイッチを押していたと知る者が多くいるのだ。
あの戦いにおいても、ブリタニア軍であればともかく、黒の騎士団、ダモクレスの連合軍に属していた最前線に立っていたナイトメアパイロットたちは、あの、凄まじい戦場を見ていた。
『フレイヤ』はダモクレスから放たれていた。
聞くところによると、その現場を目の当たりにして、戦後、精神的ダメージで様々な障害を起こしている者もいると聞く。
ブリタニア軍は、最前線の兵士たちは、ルルーシュの『ギアス』にかかっていたし、あくまでも、『フレイヤ』を止めることを前提に組織されていた。
だから…わずかに生き残った者たちも、ルルーシュの命令で、思い出さなくて良いとして、出来るだけ、戦争が終わった後の負担を減らそうとした。
敵側であった、『黒の騎士団』や『ダモクレス』の兵士たちに関しては、全てを捕らえた訳ではなかったし、たった2ヶ月でそれだけの人々に『ギアス』をかけている時間もなかった。
所詮は、『黒の騎士団』は寄せ集めの軍隊で、敵前逃亡者も、かなりいたらしい…。
ただ、敵前逃亡と云っても、あの時に逃げられる場所などなく、戦場の悲惨さを目の当たりにしていたのは言うまでもない。
「ルルーシュ…お前が『コード』を継承してしまって、こんな形で苦しんでいようが、お前は既に、私同様、この世界に生きる人間ではない…。ならば…全てを見届ける覚悟を決めるんだな…」
C.C.が神妙な面持ちでルルーシュに語りかける。
彼女がこれまでの経験嬢…時代によって、価値観が変わるのと同様、歴史観、歴史の書かれ方も変わっていくことをよく知るのだ。
だからこそ…心からナナリーを愛するルルーシュが心配になるのだ。
いつの日にか…ルルーシュが『救世主』となり、ナナリーや『ゼロ』がその救世主を殺した、大罪人として語られる日が来る事を…
時間の流れの中で、ルルーシュのナナリーやスザクに対する思いが薄れていくのならいい。
ただ、この閉鎖された環境の中で、人と触れる事もなく、自分の過去を悔やんでいる状態では、そんな歴史が語られるようになったら…ルルーシュの心が持たないだろう。
ルルーシュは、見た目ほど強くはない。
どれほど、自分で自分の手を血で汚しても、やはり、後になって、悔やんでいる姿を見てきた。
恐らくは…クロヴィスを殺めた時でさえ…彼は、自分の気付かないうちに、その事を自分の心の傷としていただろう。
「ルルーシュ…今はまだ、その覚悟はいらないが…いずれ…お前とナナリーの立場が逆転した歴史が語られる時代が必ず来る…。それは、どれだけ記録媒体が変化しようが、変わらない。記録はあくまで記録だ。その記録を判断するのは…人なのだからな…」
確かに、クリスマス…と云う事で、ふと調べてみた資料にも、これだけ、歴史の中で一人の人物に対する見方が変わっているのだ。
「いずれ…俺の誕生日がクリスマスになるとでも云うのか?バカバカしい…」
ルルーシュが切って捨てるように言い放つが…
「私の様に目立たない人間には無縁の心配だがな…。大丈夫だ…その時にお前の姿を知る者は、今、『コード』を持つ者しかいないからな…」
C.C.の言葉…それは…ルルーシュが永遠の命を継承させられたと、云っている。
正直、ルルーシュが父であるシャルルから『コード』を継承したのはイレギュラーだった。
それでも、『世界の明日』の為に、ルルーシュの存在は消えなくてはならなかった。
その計画を聞いた者は…スザクとC.C.以外…『何故?』と云う顔をした。
今、共に暮らしているジェレミアは泣いて反対していた。
しかし、『コード』の事を話すと…ただ、静かに…うなだれて一言ルルーシュに返した。
『イエス…ユア・マジェスティ…』
そして、計画どおりにルルーシュはこの世から存在を消した。
肉体は生きているが、今のルルーシュの存在は亡霊でしかない。
この先、今、共に暮らしているジェレミアも、アーニャも、…そして、自分がその仮面を継承させたスザクも…この世から消えていく。
自分自身の罪と向かい合いながら…今は生きている。
罪は…時間と共に許されていくのだろうか?
2000年以上前、当時の社会の中でノイズとされたイエス=キリストが現代では、罪を問われる事なく、『救世主』と呼ばれるようになったように…。
ルルーシュ自身、『救世主』になる必要はないが…いつか、今抱えているこの心の中の重みが、消えていくことが…怖い…。
否、『救世主』と評された方が、常に自分の罪と向き合う事になるのだろうか…。
「ふっ…俺は『悪』じゃないか…。こんな日に、こんな形で、こんな事を考えるなんて…どうかしている…」
そう一言呟いて、その部屋にC.C.を残して、部屋の外へと出て行った。
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