ルルーシュが起こした『ゼロレクイエム』から、数ヶ月…。
世界はなかなかナナリーの願った『優しい世界』にはほど遠い状態が続いている。
確かに、ルルーシュが率いたブリタニア正規軍とダモクレスとの戦いで、最新鋭のナイトメアが全て使用不能になっていた。
それほどまでに、あの時の戦いは激しいものであったのだ。
そして、各国の独自の持つ軍隊そのものが壊滅状態となった。
ブリタニア軍やシュナイゼルの率いていたダモクレスの兵士たちは、あの時、殆どがフレイヤや激しい戦いの中でその命を散らせていき、ブリタニアには軍隊と呼べるものがほとんど残っていなかった。
あの戦いの後、ルルーシュが世界の覇権を握っていられたのはひとえにシュナイゼルの作ったダモクレス、フレイヤと云う戦術兵器だった。
フレイヤの脅威をまざまざと見せつけられた世界は、その力がルルーシュの手に渡ったという時点で、次々と白旗を上げたのだ。
あの戦いで多くの犠牲が出た。
それと並行して、『黒の騎士団』を含めて、大規模な軍備を備えた組織の力は完全に削がれた。
力がなければ…戦争にはならない…恐らく、ルルーシュが考えた『戦争のない世界』の未来図の為の要素だったのだろう。
『超合衆国』がバックとなっていた『黒の騎士団』はあの戦いで、確かに壊滅状態となった。
ルルーシュが全てを敗戦国の捕虜として捕らえ、すべての武器や破壊兵器を没収、解体を進めた。
それ故に、ブリタニアを含めて、軍と称する集団を保有する国々も、あの戦いにおいての消耗が激しく、形ばかりの軍が残るのみだった。
それも…恐らくはルルーシュの目論見のうちだったのだろうか…。
とにかく、国レベルの軍事力はあの戦いを境に一気に弱まったのだ。
その代わりに生み出されたのが…それまで軍人として身を立てていた者たちが行き場を失って、その者たちが、テロリストやマフィアへと身を落としたり、そこまではいかなくても、犯罪を犯しながら生計を立てざるを得ない者たちだった。
元軍人のテロリストやマフィアと云うのは、国家を統べる者として、これほど厄介な置き土産もないと云うものだ。
しかし、今現在、各国の代表たちが望んだ世界の副産物である事は誰にも否定できない事実であり、あの時、あのパレードで『ルルーシュ皇帝』が『ゼロ』の刃に倒れた時には、世界中がその事で『ゼロ』に対して賛辞を送ったのだ。
あの時の世界は…全ての悪の元凶を『ルルーシュ皇帝』一人に押し付け、全ての憎しみを『ルルーシュ皇帝』に向けていた。
ルルーシュの起こした世界を巻き込んだ茶番劇の、本質を見抜いている者は…現在の各国代表の中では本当に数少ない。
「あの戦いで全ての国から軍事力を削がれ、テロリストやマフィアのやりたい放題の状態を野放しになってしまった!」
各国の代表が集まっている世界会議で、必ず聞かれるようになった陳腐なセリフだ。
ナナリーもブリタニアの代表としてその場に身を置いている。
最初にブリタニアの帝都、ペンドラゴンにフレイヤを落としたのは、ダモクレスの方であった事や、ルルーシュが植民エリアを独立させたことなど…完全にスルーされている会議である。
その会議には、日本をはじめとするブリタニアの植民エリアだった国々の代表たちもいるのだ。
植民エリアを広げていったのは、ルルーシュではなく、シャルルであったのに、それさえもすべてルルーシュの所為にされて、自国の復興が思うように進まない事の愚痴をいいに来たのかと思われるような発言ばかりが目立つ。
こんなことでは、いつになったら、ナナリーが望み、ルルーシュが礎となって作られる『優しい世界』になっていくのか…皆目見当もつかない。
「皆さんは…ただ、ルルーシュ皇帝を否定する事だけで世界が変わるとお思いですか!ここでは、これから、どうやって世界を復興させていくかを話し合う為の会議を行っているのではないのですか!」
目に余る各国代表の低俗な口に見かねたナナリーが声を上げた。
彼女があの時の戦いでの功労者であると同時に、あの、『ルルーシュ皇帝』の妹である事はすでに周知の事実だ。
こうしたナナリーの発言に対して、各国の代表たちは非常に冷たい反応を見せる。
「あなたは…あの、『ルルーシュ皇帝』とは幼い頃から苦楽を共にしてきたと聞く…。ナナリー皇帝…あなたがご自身の兄を庇いたい気持ちは解らぬでもありませんが、ここでは私情をお捨て頂きたいものですね…」
ある国の代表がナナリーに対して『どちらが私情で喋っているのか…』と云いたくなるような発言が出てくる。
ナナリー自身、そんな事は慣れてきているのか…そんな国の代表をただ、軽蔑するように見るだけだった。
「私は…『ルルーシュ皇帝』とは確かに兄妹でしたが…しかし、ここで、そのような私情を持ち込んだ事は一度もありません!今の発言はあまりに無礼でしょう!仮にも国の代表と云うのであれば、ご自身の発言でご自身のお国の品性まで疑われるような発言はお控えください!」
ナナリーにその一言を発せられた代表は、彼女が『ルルーシュ皇帝』の妹である事を思い知らされる。
その目は…決して怯むことなく、自分の信じる者を決して曲げない…そう云う目だ。
ナナリーの一言でしんと静まり返る会場…。
まだ、年端もいかない少女に…会場にいるすべての国の代表たちがのまれたのだ。
会議も終わり、ナナリーはシュナイゼルに車いすを押されて、廊下を進んでいた。
「シュナイゼル異母兄さま…いつまで続くのでしょうね…。こんな、過去を振り返って、ただ…一人の人間に責任を押し付けて、貶める…形ばかりの会議が…」
絞り出すようにナナリーが口にした言葉…。
これまでにも何度もこう云った会議を繰り返しているが、回を重ねるたびに自国の復興が進まない代表たちの愚痴ばかりを聞かされているような気がする。
しかし、ルルーシュは望んだのだ…。
『世界が、力ではなく、話し合いと云うテーブルに着く…』
あの時…ルルーシュの手を握った時に、流れ込んできた…ルルーシュの記憶…。
それで、ナナリーはルルーシュの本当の望みを知った。
ルルーシュ一人が『悪』の名を背負って、世界を導いた先を…
「ナナリー…もう、この会議には私が出るかい?あのような話し合いでは、ナナリーも辛いだろう?」
シュナイゼルが心配そうにナナリーに尋ねる。
シュナイゼルがこうしてナナリーに尋ねるのはこれが初めてではない。
でも、その度にナナリーは同じ返事をシュナイゼルに対してしている。
「いいえ…これは…お兄様が、私に残された、私の役目です…。ご心配をおかけしてすみません…」
ナナリーはそう云って、静かに目を閉じる。
シュナイゼル自身、特にそれを咎めるつもりもないらしく、いつも、黙って聞いているだけだ。
ナナリーにも解ってはいた。
自分にあるのは…兄が残した偉業と『ゼロ』の存在…そして、軍隊を持たない国家…
そのシステム全てを作ったのは、兄であるルルーシュで…今のナナリーはそのルルーシュの残した遺産を守っている状態だ。
このままではいけないと云う事は…解ってはいるのだが…それでも、いまだに何も出来ない自分の無力さに…様々な思いが募っていく。
「ナナリー…ルルーシュが残してくれた遺産は確かに大きいかもしれないが…それでも、それを生かすも殺すも、君の意思で作って行かなくては、何も生まれて来る事も、消えていく事も出来ないのだよ…」
シュナイゼルの言葉が、今のこの世界の矛盾と、醜さを表している気がしてきた。
あの時、ブリタニア皇帝であるルルーシュを悪として心が一つになっていたのは…恐らく本当で…。
しかし、ルルーシュの存在が消えた時…世界はこうして乱れている。
「お兄様は…本当にただ、『悪』と云う存在だったのでしょうか?」
ナナリーがふと呟いた。
確かに、あの戦いでは、フレイヤを放っていたのはダモクレスで、そのスイッチを押していたのはナナリーだった。
しかし、その事実はルルーシュが一人で『悪』の名を背負う事で、すっかり忘れ去られている気がしていた。
こうした世界会議の場でも、その事について言及する者がいない。
ダモクレスで誰がフレイヤのスイッチを押していたかを追求する事も、あのダモクレスから放たれたフレイヤを我が身を切って防いでいたのも…ルルーシュが率いていたブリタニア軍であった事も、最終的に、あのダモクレスから放たれたフレイヤを無効化したのがルルーシュとスザクであった事も…みんな…忘れてしまったかのように追及する事がない。
「お兄様は…私がフレイヤのスイッチを押し続けていたという罪まで…被って…」
あの時、殆ど虐殺に近い状態でフレイヤを撃ち続けていたのはナナリーの方だった。
それなのに、今では、『ルルーシュ皇帝に刃を向けた勇敢なる姫』としての扱いだ。
これでは、あの、大量虐殺と言っていい程の行為を追及された方がどれほど気持ちが楽だったのか知れない。
表向きには全ての罪は『ルルーシュ皇帝』に押し付けられていた。
まさに、言葉の通り、世界は、全ての責任を『ルルーシュ皇帝』に押し付けている状態だ。
ダモクレスが先にブリタニアの帝都であるペンドラゴンにフレイヤを発射した事も、トウキョウ租界でフレイヤのスイッチを押したのが、当時、シャルル皇帝のナイトオブラウンズで、シュナイゼルの指揮下でランスロットを駆っていた枢木スザクであった事も、全て、忘れたかのような話だけが延々と会議で話されている。
日本などは、むしろ、『ルルーシュ皇帝』に対してよりもまず、トウキョウ租界でフレイヤを撃つ事を命じたシュナイゼルの責任追及が先だと云うのに…。
あの時、既に、ブリタニア軍と『黒の騎士団』との戦争は始まっていた訳で…。
確かに大将である人物は第二次トウキョウ決戦の時と『黒の騎士団』ダモクレスの連合軍対ブリタニア軍の戦いの時では違う。
ただ、あの時の戦争は、そこが発端となっており、第二次トウキョウ決戦だって、停戦条約が結ばれただけで終戦した訳ではなかったのだから…
そんな真実を並べていくと…矛盾ばかり残るこの結果に…ナナリー自身、胸が痛くなる。
シュナイゼルと別れ、待機していた『ゼロ』がナナリーの車いすを押していた。
『ゼロ』はあのパレードの後、一度もナナリーと話す事はない。
ただ、ナナリーの後ろに立って、その存在を示しているだけだった。
ナナリー自身も、『ゼロ』の招待には気づいているが…それを追求する事はなく、また、『ゼロ』も、何も言わない。
「『ゼロ』…お兄様は…本当に『悪』だったのでしょうか?お兄様は…植民エリアを全て解放しました。そのあと、『超合衆国』へ名前を連ねて…そして…」
ナナリーが独り言か、それとも、『ゼロ』に対して語っているのか…よく解らないような口調で言葉を口にしている。
「……」
『ゼロ』は相変わらず、何も言わない。
ただ…なんとなく雰囲気で、彼自身、複雑な思いを抱えているようには見える。
「先にペンドラゴンにフレイヤを放ったのは、ダモクレスです。お兄様を信用できないと、一方的に敵対したのは『黒の騎士団』の方です。あの時、お兄様は微笑んでいらっしゃったけれど…結局…お兄様の策略にまんまと乗せられた人たちは…自分の中で納得する事も、昇華する事も出来ず、ただ…たった一人に完全なる『悪』を求めているようで…」
ナナリーは『ゼロ』を見ることなく、淡々と言葉を続けている。
ナナリーが欲した『優しい世界』…。
そのナナリーの願いに命がけで答えたルルーシュ…。
本当のルルーシュを知るナナリーにとって、今の世界は…辛いものでしかなくて…
「お兄様は…何故、私にきちんと『罰』を残して下さらなかったんでしょう…。いえ、今、この会議に参加している人たちすべてを含めて…あの罪は…世界の人々全員が背負うべきものでした…。あれは…戦争だったのです。個人の責任で起こせるわけでもないですし、個人に責任追及できるような問題でもないのです…」
ルルーシュが世界から消えてから…ナナリーは必死に勉強した。
政治とは、戦争とは、そして、戦争が起きてしまう理由と意味を…
そして知った。
あの時の世界の混乱は…ルルーシュ一人が責を負ったところで、何もかわる事などないと…。
今になってルルーシュの存在の大きさを改めて痛感する。
「お兄様…あなたは…やり方を間違えましたね…。今のこの世界を見て…本当に、あれでよかったとお思いですか?きっと…世界は…今でも、あなたを必要としていると云うのに…」
ナナリーはそう呟きながら、自分の罪とそれに対する罰を思い知る。
しかし、せめて、ルルーシュが、ナナリーに微笑みかけてくれるように…と…自分の中で、自分を律する。
「私は…ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの妹…ナナリー=ヴィ=ブリタニア。しっかりしなくては…」
自分で、自分を元気づける様に言葉にする。
それでも、『ゼロ』は何も答えてはくれない。
ナナリー自身、今はそれでいいと思うし、甘えてはならないと思うから…だから、決して返事を求めてはいない。
先の長いこれからの世界の構築に…ナナリーは強い意志を向けるのであった。
copyright:2008-2009
All rights reserved.和泉綾