今日も、ジェレミアとアーニャはオレンジ畑の仕事に勤しんでいる。
ルルーシュはと云えば…相変わらず、部屋にこもっている状態で…。
パソコンを使って、世界情勢を見ながら、これから先、どうしたらいいかを考える毎日だった。
そんな中…このジェレミアのオレンジ畑に…ある人物が訪れた。
ジノ=ヴァインベルグ…
神聖ブリタニア帝国第98代皇帝、シャルル=ジ=ブリタニアのナイトオブスリーで…彼の死後は、自分がラウンズとして、ブリタニアの軍人として、否、一人のブリタニア人として、戦う意味を模索しながら…『ゼロ』のいなくなった『黒の騎士団』と合流した。
結局…ルルーシュ率いるブリタニアの正規軍に、ダモクレスと『黒の騎士団』は敗れた。
そして、ブリタニアの正規軍に刃を向いた者たちは、次々に捕らえられた。
ジノも例外ではなく、一生着る事のないと思っていた、ブリタニアの囚人用拘束衣を着たのだった。
確かに…皇帝であるルルーシュに対して、クーデターを起こし、ブリタニアの敵である『黒の騎士団』と共に、ブリタニアの正規軍と戦って敗れたのだから…至極当然の事だった。
軍人であればこそ解る…
戦争において、一番の罪は…『敗ける』事…。
どれだけ正しいと思う事を云っていても、その正しい事を守れなければそれは正義ではない。
誰かが云っていた…
『力なき正義は…悪である』
と…。
ジノの仕えたシャルル皇帝もそう云った考えを持っていた。
あのパレードでルルーシュが万民の目の前で『ゼロ』の刃に貫かれた事で…すっかり、ルルーシュは世界の悪の象徴となった。
だが…あの騒動から時間が経つにつれて…ジノ自身に考える余裕も時間も出来て…様々な事を振り返る様になる。
結局、世界はルルーシュの作り上げた『茶番劇』に振り回されて、今に至っている。
ただ…そんな『茶番劇』で創られた世界…いつまで、維持出来ると云うのだろう…
それに…ジノは自分の無力さを…今になって改めて感じるのだ。
確かに、最終的には『ルルーシュ皇帝』は悪の象徴として…この世から消えている。
しかし…ルルーシュが帝位についた時、彼がやった事に対して、世界は賞賛していたのだ。
彼のルックスに惹かれた女の子たちが…きゃあきゃあ騒いでいた事は…今だって忘れていない。
植民エリアを解放し、貴族制度を廃止して、『超合衆国』の加盟を希望したルルーシュに対して、賛成した国もあったのだから…。
それを…反乱分子を抑える為に、強大な力を使ったルルーシュは…その残虐な行為だけが世界に報道されて…たった2ヶ月で…悪の象徴となった。
ジノは思う…。
そんなに簡単に世界の考え方があっさり変わってしまうのであれば…今の、この世界も…あっという間に崩壊してしまうのではないか…と…。
ジノは、これでも、ナイトオブラウンズとして、ブリタニア皇帝の下で政治を…戦争を見てきた。
そんな中で、かつて誰かに言われた
『力なき正義は悪である』
と云う言葉を自分の中で確信した。
結局…ルルーシュが勝って、悪役を演じ切って、そして、敗者まで演じたのだ。
そう考えると、全てが、ルルーシュのおぜん立ての下に作られたこの世界…
今、この世界に存在する『ゼロ』の正体は…ジノにも薄々解っている。
恐らく…かつて、味方として戦っていたあの男が…
本物の『ゼロ』から、引き継いだのだろう…
ジノもダテにナイトオブラウンズをやっていた訳ではない。
物事を見極め、判断する能力くらいはある。
ナイトオブラウンズに求められた強さとは…戦う為の強さだけではなく、あらゆる強さを求められるからだ。
必要となれば、一軍を率いて、指揮する事もあるし、戦いに勝っての暫定統治に携わることだってある。
それ故に…ジノは、あの時の出来事を『茶番劇』と思う。
出来る事なら…会いたいと思う…。
彼に…
かつて、味方として共に闘った彼に…。
しかし…今は…時々、メディアに顔を出しているが、普段どこにいるのかも解らなくて…
そして、どうやって連絡を取ればいいのかも解らない。
メディアには姿を見せているが、『黒の騎士団』を率いていた頃よりも『ゼロ』の情報が手に入らなくなっている。
巧妙…なまでに隠されている。
そこで、思いついたのが…どう見ても、あのパレードの時、現れた『ゼロ』に対して道を譲っているように見えた、ジェレミア=ゴッドバルトを訪ねる事だった。
彼は、ルルーシュの腹心であった筈なのだ。
ルルーシュが皇帝だった頃には、反乱分子をことごとく制圧しており、パレードの時にも、ルルーシュの護衛の指揮にあたっていた。
その彼が…あんな形で『ゼロ』に道を譲るなどあり得ないとジノは考えたのだ。
きっと、彼は何かを知っていて、隠している。
勿論、今のこの世界を少しでも長く続かせたいと思っているので、何か情報を得ても、口外するつもりはないし、墓まで持っていくと決めている。
それでも、何も知らないまま、『茶番劇』の脇役でいるのは…嫌だった…。
やっと調べた、ジェレミアの居場所…
そこは、大きなオレンジ畑になっていて…
「すみません!」
大声で声をかけてみる。
昼間であるのなら、オレンジの木の手入れをしていてもおかしくないし、何か、畑の方から物音が聞こえてきていた。
すると、その声に引き寄せられてきたのは…
「ジノ?」
かつて、ナイトオブラウンズとして共に闘っていた、アーニャ=アールストレイムだった。
彼女は、農作業のしやすい作業着を着ていた。
「ア…アーニャ?」
ずっと、行方知れずになっていたアーニャとの再会だった。
「ジノ…どうしたの?どうしてここに?」
相変わらずの口調だが…以前よりも声に感情が込められているような気がする。
それに、何か雰囲気も変わった気がする。
「あ…いやぁ…久しぶりだな…アーニャ…」
突然の訪問で、流石にバツが悪いのか、いつもの軽いノリで挨拶する。
それでも、そんな事を気にしている様子もない。
ただ…ほかに気になる事があるようだった。
「それより…何?」
久しぶりにかつての戦友と会っていると云うのに、アーニャの方はあまり嬉しそうな表情をする事も、懐かしんでいる様子もない。
以前から彼女はそんな感じがあったが、それでも、今日は…それとは違う…別のものがあるように見えた。
「ジェレミア卿を探していたんだ…。聞きたい事があって…」
素直にジノはアーニャの質問に答えた。
その答えにやや、アーニャは表情を歪めた。
それでも、やや考えるそぶりをして、ジノを見上げながら云った。
「ジノ…ここはジノの来るところじゃない…。それに、ジェレミアも忙しい…」
アーニャは何かを隠すようにジノを追い出しにかかる。
しかし、ジノもやっとつかんだこのチャンスを逃す気はなかった。
「否…仕事が終わるまで待つよ…。それに、アーニャは私がジェレミア卿に聞きたい事は解らないだろう?」
ジノは、あの頃と変わらない口調でアーニャに返すが…アーニャは表情を崩さない。
そして、母屋の方をちらっと見ながら、何かを気にしている。
ジノはそんなアーニャを見て見ぬふりをしていた。
恐らく…アーニャは、今、ジノが知りたいと思っている事を知っているに違いない…なんとなくそんな風に思えた。
確信がある訳ではなかった…。
ただ…自分の中でそう思えた。
そんな風に二人がもめている時に、ジェレミアが姿を現した。
「あ、ジェレミア卿…お久しぶりです…」
ジェレミアの姿を見つけると、ジノが頭を下げた。
ジェレミアの方は驚いた表情を見せるが…流石は元、『ルルーシュ皇帝』の腹心だっただけの事があり肝が据わっている。
アーニャの様な表情の変化は見られない。
「これは…ナイトオブスリー…。このようなところへ…一体何用かな?」
ジェレミアは慌てた様子もなくジノにそう声をかけた。
ジェレミアのそのジノに対する呼び名に色んなものを感じる。
「ジェレミア卿…私はもう、ナイトオブスリーではありません…。ただの…ジノ=ヴァインベルグです…」
そうきっぱり云い放った。
正直、今となってはナイトオブスリーなんて、既に何の価値もない名前だ。
ルルーシュが皇帝となり、彼に対して反旗を翻した時に、既にジノはその名前を名乗る資格を失っている。
ジェレミアはそんなジノを見て、ふっと笑ってさらに声をかけた。
「これは失礼…。しかし、この私に何の用かな?ルルーシュ皇帝陛下がこの世から姿を消されて、私を殺す意味もないだろうし…。最も君では私を殺す事など出来ぬがな…」
まるでジノを逆なでするかのような挑発的な言葉ではあったが、ジノとしてはそんな事を気にするよりも、知りたい事がある。
「ジェレミア卿…私は…ルルーシュ皇帝の側近であったあなたに…聞きたい事があるのです…」
ジノはきっぱりと言った。
その言葉にジェレミアが表情を変える。
大体、ジノの利きたい事と云うのが予想できるのだろう。
そして、アーニャに声をかける。
「アーニャ…先に戻って、紅茶の準備をしてくれ…」
アーニャはジェレミアのその一言に何かにピンと来て、黙って頷いて、母屋の方へとかけて行った。
「で、ヴァインベルグ、君は…何を聞きたいのかな?この私に…」
ジェレミアが真剣な顔でジノに尋ねた。
本当は、ジノの聞きたい事は解っているが、敢えて、尋ねておく。
「私は…真実を知りたいのです。ルルーシュ皇帝の事…そして、『ゼロ』の事を…。私は、あの時の事、自分の中で納得が出来ていない…。今のままでは前には進めないのです!だから…教えて欲しいのです!彼らのしようとした事、成した事の全てを…」
ずっと、自分の中で引っ掛かってきたものを全て吐き出すようにジノはジェレミアに訴えた。
ジノは…全てを知りたかった…
今の世界を壊すつもりもない…
誰かにその話をするつもりもない…
ただ…あの時、戦っていた一人の人間として…これから前に進んでいく為に…知りたかった。
そして、自分でも…彼らがしたように…世界の何かの為に…何かを背負いたかった。
そんな真剣なジノの様子に、ジェレミアがふっと息を吐いて、そして、ジノを見た。
「解った…。話せる部分だけ…話して差し上げよう…。中に入りたまえ…。アーニャが紅茶を入れてくれているからな…」
ジノはジェレミアと一緒に母屋へと入って行った。
中は…驚くほど片付いていた。
アーニャはそれ程家事が得意ではないし、ジェレミアも貴族出身で、そう云った事が出来るとはとても思えない。
それでも、とりあえず、そんな事は無視して、ジェレミアの後についていき、リビングルームと思しき部屋へと通された。
そこには、紅茶が用意されていた。
「さぁ…掛けたまえ…」
ジェレミアに促されて、ソファにかけた。
「紅茶はお好きかな?」
「ええ…ありがとうございます…でも、お構いなく…」
ジェレミアはジノの向かい側に腰かけた。
そして、ジノの聞きたいと思っていた、あのパレードの事を…話し始めた。
しかし…それは…どう考えてもウソでしかなくて…ジノは頭に来て、ジェレミアに怒鳴りつけた。
「私が知りたいのはそんなウソじゃない!私は…あの…パレードの時にルルーシュを刺した『ゼロ』に、心当たりがある!それに…私は、誰にも口外する気はない…。今の、ルルーシュと…スザクが私たちに残した…この世界を…ぶち壊す気はない!否、今のままでは…絶対に長くは続かない!だから…少しでも、彼らの残したこの世界を…維持して…残していきたいんだ!だから…本当の事を教えてください…」
ジノは…必死にジェレミアに頼んでいた…。
それでも、ジェレミアがその質問に答える事はなかった。
ただ…ジノにはこう答えたのだ。
「君が…今の世界を守りたいと云うのであれば…その気持ちを大事にしていけばいい…。そうすれば、ルルーシュ様や枢木のやろうとした事に気づいた貴殿であれば…きっと、自分の答えが見いだせる筈だ…」
その言葉だけ…ジノに送った。
ジノの知る事実と、ルルーシュとスザクの残した真実…
その二つのパズルがしっかりと繋がる時…きっと、答えが出せる気がした。
世界がどう思っていても、彼らは…世界の為に、身を捧げたのだ。
誰に悟られる事もなく…そして、いまだにその真実を知ろうとする者もいない…
ジノは、オレンジ畑を後にして、ジェレミアの言葉を考える。
ルルーシュやスザクがやろうとした事…
恐らく、それを理解するのではなく、大切にして、自ら敗者となったルルーシュとスザクの想いを自分たちの手で守り抜いていくこと…それが…今の自分の出来る事なのだと…ジノは、今の時点での答えを出す。
窓から…ジノの後ろ姿を見送る影があった。
「ルルーシュ…」
アーニャはその背中を見送っている人物に声をかける。
「あんな風に悟られているようでは…俺のやった事は失敗だったのかな?」
そう云いながらその人物は苦笑している。
でも、情けない事に、気づいてくれた者がいた事が嬉しいと思ってしまった自分もいる。
「アーニャ…今度、奴に会ったら、もっと優しく声をかけてやれ…」
ルルーシュは、そっと、背後に立つ人物に声をかけたのだった。
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