久しぶりに、アッシュフォード学園に足を踏み入れる。
『黒の騎士団』のメンバーである事を生徒会のメンバーにばらしてからは、おおっぴらにこの学園に来る事も出来なかった。
しかし、ミレイの好意で、カレンは、『紅月カレン』として、アッシュフォード学園に戻って来る事が出来た。
これも…ルルーシュとスザクが施した、『ゼロレクイエム』のお陰で…。
あの時の『ゼロ』が誰だったのか…見当はつくけれど、カレンはあれから何も言わない。
そして、アッシュフォード学園の正門をくぐると…ミレイとリヴァルが立っていた。
「おかえり!カレン…」
「いろいろ大変だったな…。生徒会のメンバー…俺とカレンと…一応、ニーナも名前が残っているけれど…ニーナは…戻れないって…聞かなくてさ…」
ミレイはフリーアナウンサーの恰好で、リヴァルはアッシュフォード学園の制服で、カレンを出迎えている。
「いろいろ…ご迷惑をおかけしました…ミレイ会長…リヴァル…」
そう云って、カレンは深々と頭を下げた。
そんなカレンを見てミレイが慌てて、カレンの頭を上げさせる。
「何を言っているのよ…。カレンも大変だったし…。私も…リヴァルやカレンたちにルルーシュとナナリーの事を話せなかったし…」
ミレイが申し訳なさそうにカレンに話す。
アッシュフォード家はルルーシュとナナリーの母である、マリアンヌ皇妃の後見をしていたと言う。
そして、ブリタニアとの戦争の時に、秘密裏にルルーシュとナナリーを保護していたのだ。
「そんな事よりさ…生徒会室へ行こうぜ!あれから、あの騒ぎで、生徒会のメンバーも増えている訳じゃなくて、生徒会室は避難所になっていたけれど…ロッカーはあのままになっているからさ…」
リヴァルは雰囲気を何とか明るくしようと、カレンとミレイを促していく。
この3人の目の前で…ルルーシュは『ゼロ』の刃に倒れた。
それを目の当たりにして…彼らは未だにショックから立ち直れていない。
スザクも…カレンとの戦いで戦死の扱いとなっている。
スザクは…ブリタニアの軍人墓地に埋葬されたと言う。
ルルーシュの亡き骸に至っては、あのパレードの騒ぎの中、行方知れずになってしまったと言う事で、今は、どこで眠っているのかさえ彼らは知らない。
生徒会室に入ると、確かに、避難所であった事の名残を残してはいるが、殆ど、あの頃と変わらないままだ。
そして、ロッカーには…最後の戦いで共に闘った、ジノの名前の付いたロッカーもあった。
「ナイトオブラウンズのメンバーが3人もこの学園にいたのよね…。そして、ブリタニア皇族が2人…」
ミレイが小さく呟いた。
リヴァルもカレンもミレイの言葉に複雑な想いを馳せる。
彼らがいた頃…楽しかったと思う。
ミレイとリヴァルはずっと、この生徒会を見てきた。
思い出されてくるのは楽しい思い出ばかりなのに…でも、気持ちは…なんだか切ない…。
「この生徒会室も…みんながいないと、寂しいわね…」
ミレイがぱっと笑って言う。
「そうそう…ルルーシュとスザクのロッカーの中…整理していたんだ…。そしたらさ…二人とも同じもの…ロッカーに大切そうにしまっていたんだぜ…」
そう云いながら、リヴァルが二冊のアルバムを出した。
中を見ると…生徒会のイベントでみんなが楽しそうに笑い合っている写真ばかりだった。
その中には…シャーリーも、ニーナも、スザクも、ルルーシュもいて…
ナナリーだけは…そこにいなかった。
ルルーシュの父、シャルル皇帝が、ルルーシュの記憶を書き換えた為に、学園の人間の記憶も書き換えていたからだ…
代わりに…『黒の騎士団』で、途中から、『ゼロ』につき従っていたロロの写真が入っている。
「みんな…楽しそうに笑ってるわね…」
カレンが、その写真を見ながら…涙ぐむ…。
自分が…取り戻したかったのは…多分…こう云った空間だった。
こんな、小さな、ささいな日常だった。
『ゼロ』を理解出来なかった自分が悔やまれる。
もし、自分が…『ゼロ』の傍にいたなら…命がけで、あんな事を止めさせたのに…。
スザクがルルーシュを憎んでいる事は知っていた。
『ゼロ』であるルルーシュをスザクは心の底から憎んでいた。
神根島での、あの二人の銃声は…今でも忘れられない。
そして、第二次東京決戦の時…『ゼロ』の命令…
『殺せ!スザクを殺せ!』
あの時、何があったかは知らないけれど…ルルーシュは本気でスザクを殺そうとしていた。
戦いに夢中で、そんな事を気を止める事もなかったし、元から、カレンはスザク相手に、何とか命だけは…などと云う甘っちょろい戦いを出来るとも思っていなかった。
スザクの強さを知っていたから…。
あの時は、紅蓮聖天八極式の機体性能のお陰で、カレンは圧倒的だったが…。
その結果…スザクにフレイヤを撃たせる事になったのだが…
それでも、あの後、あの二人に何があったかは知らないが、あの二人が手を組んだ。
それは、驚愕の事実であり、カレンの前に、最強、最悪の敵として立ちはだかる事になった…。
ナナリーの話を聞いていたカレンは…何故、『ゼロ』があれ程迄にスザクに拘っていたかを知ってしまった。
だから…あの二人が手を組んだら…どんな相手になるか…容易に予想が出来た。
そして、スザクのルルーシュへの憎悪も知っていたから…今でも後悔していた。
あの時…何故、ルルーシュについていかなかったのか…と…
そんな事を考えていると、目の前に紅茶が差し出された。
「ルルーシュが淹れた紅茶ほど、美味しくないけど…」
そう云って、ミレイが紅茶を差し出していた。
「あ…ありがとうございます…」
カレンはそのカップを受け取った。
あの頃、お茶の時間と云うと、いつも、ルルーシュが用意していた。
何でも器用にできて…正直、カレンにとってはいけ好かない奴だった。
かといって、正反対なスザクも、あそこまでの堅物は正直、ナイトメア戦での敵でなくても願い下げだ。
そんな事を思いながら、ミレイに手渡された紅茶を飲む。
確かに…
「ルルーシュの淹れたお茶って…美味しかったわよね…」
ぼそっと呟いた。
「あれで、ルルーシュも苦労人だからねぇ…。家事全般何でもこなせるのよ…。性格に問題がなければパーフェクト!」
ミレイがふざけたように言うと、リヴァルが苦笑しながら云う。
「会長…それって…」
「だって…ルルーシュって、何でも出来て便利じゃない!学園祭の時にはなくてはならないアイテムよね♪」
「アイテム…」
カレンがつい苦笑してしまう。
「確かに…便利かも…。それに…結構優しいし…あんなひねくれ者だけど…」
カレンの呟きに、リヴァルが食いついてくる。
「え?やっぱりルルーシュとカレンって…」
多分、リヴァル自身はシャレのつもりで聞いている。
しかし、カレンはそのリヴァルの問いについ、真剣に答えてしまった。
「ううん…私の…一方的な片想い…」
その言葉に、その場にいた二人がフリーズする。
まさか、真剣に返されると思わなかった。
あの頃みたいに、いつも気にしてそわそわしていたシャーリーに『違うから!』と云う、不機嫌な返事が返って来るとばかり思っていたのだ。
「え?カレン…まさか…」
カレンは相変わらず、ぼんやりカップを持っている。
「うん…。私…『黒の騎士団』でずっと…一緒だったから…。最初は憧れてたんだけど…『ゼロ』の正体がルルーシュって解って…悩んで…でも最終的には…。でも、私、ナナリーにもスザクにも勝てなかった…」
カレンの言葉に二人は絶句している。
しかし、すぐにミレイは、いつものように笑顔を作った。
「そっかぁ…あの『黒の騎士団』の『ゼロ』ってやっぱりルルーシュだったんだぁ…」
その一言にカレンがはっとした。
「あ…私…」
カレンが慌ててその場を取り繕おうとする。
しかし、ミレイはそんなカレンに首を横に振った。
「別にもういいじゃない…隠さなくたって…」
ミレイの言葉にカレンが目を見開く。
リヴァルの方も、驚いているようだけれど、あの騒ぎの後だけに、何を聞かされてもそう簡単には揺らいだりしないようだ。
「まぁ…ルルーシュとカレンとスザクの欠席日を考えれば…解る事だよな…。ちょっと考えればさ…。でも、それに気づくのだって、全部終わってからだったし…」
リヴァルが何でもないような事の様に話している。
確かに、あの『黒の騎士団』も『ゼロ』も『悪逆皇帝』も過去の事だ。
しかし…
「多分、ルルーシュに関して、ナナリーとスザクに勝てる人なんていないわよ…。ルルーシュは…いつもナナリーの為に動いていた…。アッシュフォードに来てからもそうだった…」
「だから、驚いたよな…スザクが転入してきて…イレヴンのスザクに『俺の友達だ!』なんて、みんなの前で宣言した時には…。あいつさ…人の事はよく見ているけれど、決して、深く関わろうとしていなかった…」
リヴァルの言葉にカレンが意外そうな目を向ける。
そのカレンの視線に気づいてリヴァルは笑いながら話す。
「あいつ…すげぇんだぜ…。毎年、この学園の生徒のデータを覚えていたんだ。しかも、全校生徒のデータを全部!俺、初めはあいつの事、名前も知らなかったのに、俺の出身地や家庭事情まで知っていたんだ…。すげぇよ…」
「それでも、基本的には誰とも必要以上に話さない。自分の中にいるのはナナリーだけ…」
ミレイが苦笑して話す。
「でも…ルルーシュは…私を信用なんてしていなかった…。何も話してくれなかったし…」
「まぁ、あの、パレードの事を考えれば…当然じゃないの?シャーリーまで亡くなって…相当ショックを受けていたみたいだしね…。もう、誰も巻き込みたくなかったんだと思う…」
「俺だって、ニーナを連れて逃げた時、あいつ、ニーナだけを連れて行ったんだ…。あの、ロイドとか言う伯爵が目の前に立っていて…俺、そのロイドって人とも面識があったのにさ…」
リヴァルは怒ったように、それでも、ルルーシュを懐かしんでいるように話す。
「リヴァルを…巻き込まない為に…」
カレンはそう一言呟いて…それまでのルルーシュの行動…そして、何故にスザクと手を組んだのか…考えてみると…自然と答えが出てきたような気がした。
「さて…ルルーシュとの約束…守りましょうか…」
ミレイが不意に席から立ち上がった。
「約束?」
「ホントは、ニーナとナナリーもいればよかったんだけど…」
「カレンが、『黒の騎士団』で活動していた頃にさ…約束したんだよ…。『また、みんなでここで花火を上げよう…』ってさ…。一回、ルルーシュから『約束は守れない』って電話が来たんだけど…」
「でも、ルルーシュ達は空から見てくれてるし、ちょうど、ナナリーはトウキョウに来ているでしょ?ニーナは…きっと、どこかで見ていてくれると思うし…」
「花火…」
カレンはそっと呟いた。
ルルーシュは…カレンがいないところで、みんなとそんな約束をしていたのかと…。
蓬莱島で、全てが終わったらアッシュフォード学園に帰らないか…と言われた。
あれは…本気だったのだ。
多分、『花火を上げる』約束の為に…。
否、その約束は多分口実だろうが…ルルーシュはカレンも普通の学生に戻したかったのだろうか…。
どこまでも…悪役を演じて…ところどころで、詰めが甘くて、こんな、人にばればれな事をして…。
「ホント…頭がいいのにバカなやつ…」
多分、その時のルルーシュのビジョンには…スザク、ニーナ、ナナリーも含まれていたのだろう。
色んなものを失って、最後に、自我を失わずに、あれだけの『悪』を演じ切ったルルーシュ…。
もし、この世に神と云う存在がいたとするならば…何故に、『優しい人間』ほど、過酷な運命を辿り、幸せを感じる事すら許さないのだろうか…。
そう思うと…カレンの目からは涙が止まらなくなった。
ルルーシュも、スザクも…優し過ぎて、真面目過ぎたが故に…自分で自分が幸せになる事を拒んだ…。
否、恐れていたとでも言うべきか…。
自分の大切な存在の為に、自らの手を汚し、そして、その罪を一身に背負って、結局、『自分の罪』として、『罰』を求めた。
「こんなの自己満足じゃない…こんなの…私…絶対に…死ぬまで認めてやらないから…」
ミレイとリヴァルはそのカレンの言葉を静かに聞いていた。
楽し過ぎた、優し過ぎた思い出は今は辛い…。
でも、それは、ルルーシュ達が残した、小さな光のカケラだった。
「さぁ…花火を上げに屋上へ行きましょ!きっと、ルルーシュ達も待っているわ!」
そう云って、ミレイは大きな段ボール箱を抱えて、生徒会室から出て行く。
それを見て、リヴァルとカレンも後に続く…
屋上へ来ると…すっかり平和になった街が光を灯している。
そんな町並みを見ながら、ミレイが花火の準備をして点火する。
―――パン!パパン!
晴れた夜空に綺麗な大輪の花を咲かせた。
―――ルルーシュ…スザク…今度は、あんな、世界を巻き込むような喧嘩はやめてよね…
カレンは心の中でそう呟いた。
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