ロイド=アスプルンド…人は彼を『変人』と呼ぶ…。
本人にもそれなりにその自覚はある。
俗に言う…マッドサイエンティスト…。
ナイトメアフレームの研究にかけては世界でも片手に入る程のスペシャリスト…。
しかし、実際に彼に会った人間の評価は共通して…『変人』となる…。
その彼についていく、神聖ブリタニア帝国第二皇子にして帝国宰相である、シュナイゼル直属である、特別嚮導技術部…通称特派…。
ここに所属している彼の部下たちもさぞや大変な事だろう。
実際に苦労の絶えない部署である事は変わりはない…。
デヴァイサーに選ばれたイレヴン…枢木スザクに対しては、ナンバーズと云うブリタニア人からして見れば、支配下にある民族の人間ではあるが、あのロイド伯爵の下でデヴァイサーをやってくれるのが、イレヴンであった事を心から感謝するブリタニア軍人も少なくはなかった。
確かに、ナンバーズはナイトメアの騎乗は許されていないが…それでも、あのランスロットのデヴァイサーになったら命がいくつあっても足りない…ロイドを知る人はたいていそう云う評価であった。
実際に、それを否定できない部分がある事も否めない。
しかし、彼自身は、きちんと押さえるべきは押さえている。
だから、周囲の評価とは裏腹に、彼のナイトメア実験中に死亡者が出た事は一度もないのだ。
他の研究者のナイトメア実験では少なからず、デヴァイサーであれ、研究員であれ、死亡者が出ているのだ。
その点を見れば、ただのマッドサイエンティストと呼ぶのもかわいそうな気もするが、それでも、本人はそんな事を気にする様子もない。
自分の作った、大切なランスロットの事で頭がいっぱい…特派の中ではそう思われていた。
外の評価は完全なる『変人』で、特派の中では『ランスロットさえ与えておけばおとなしい人(但し、デヴァイサーの命の保証が出来ない)』と云う評価…。
確かに変わっているところもあるが…ロイドには…忘れられない、そして、今もその事に拘り続けている、ある過去がある。
ロイドにとって、それは何にも代えがたい…その過去があるから…このエリア11に来たと言っても過言ではない…。
何度となく、自分の主であるシュナイゼルのお供として、そこに訪れ、何度も会っていた。
主を差し置いて、その皇子に会いたくて、自分から、同行を打診した事さえある。
思えば…あの戦争で、あの、幼い皇子が亡くなったと聞いた時から、彼は変わってしまったのかもしれない…
―――9年前
ロイドの主であるシュナイゼルが悲痛な面持ちで自分の離宮に戻ってきた。
その時、ロイドは、同じく伯爵家の嫡子であるカノン=マルディーニと共に、シュナイゼルの離宮で共に暮らしていた。
「おかえりなさいませ…殿下…」
この頃のロイドは、伯爵家の長子らしく、きちんと礼を払う事をしていた。
「どうか、されたのですか?殿下…」
顔色の優れないシュナイゼルに対して、カノンが尋ねた。
「あ…否…何でもない…。ロイド…後で私の書斎に来てほしい…話がある…」
そう一言残して、シュナイゼルは私室に籠ってしまった。
ロイドはカノンと顔を見合って、不思議そうな顔をしている。
シュナイゼルがあんな風に、自分の心情を顔に出す事など…滅多にある事ではない。
自分の肉親が戦死したと聞いても、顔色を変えた事はなかったのだ。
しかし、今日のシュナイゼルは…
「ひょっとして…ルルーシュ殿下とナナリー殿下に何かあったのかもしれませんね…」
「……」
カノンの言葉にロイドは何も返せなかった。
第11皇子ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア、第4皇女ナナリー=ヴィ=ブリタニア…この二人は先日、殺されたマリアンヌ皇妃の遺児たちだ。
マリアンヌ皇妃は庶民の出でありながら、騎士候にまで上り詰め、皇帝の目にとまり、皇妃となった。
庶民の出…と云う事もあり、一般庶民からの支持はとても高かった。
恐らく、皇族の中でも、彼女の事を快く思わないものもいただろう。
ロイドは、あの二人の皇子と皇女の事が心配だった。
シュナイゼルについてくるロイドを満面の笑顔で迎えてくれた。
それが、シュナイゼルを迎える為の表情で、ロイドはついでだったとしても、ロイドはその笑顔を見ると幸せな気持ちになった。
そして、暫く経って、シュナイゼルの書斎を訪ねた。
「殿下…お話とは…」
シュナイゼルの顔色は相変わらず優れないようだ。
「どこか、お加減でも悪いのですか?お帰りになってから、お顔の色が優れませんが…」
シュナイゼルにそう声をかけると、シュナイゼルはゆっくり頭をあげて、ロイドの方を見た。
「ロイド…私は…私は…自分の愛する者さえも…守ってやる事が出来なかった…」
シュナイゼルのその悲痛な叫びにロイドは首をかしげた。
「ロイド…ルルーシュと…ナナリーが…日本へ送られる事になった…」
シュナイゼルのその言葉にロイドは絶句して、何も言う事が出来なかった。
頭の中で、『何故』と『どうして』と云う言葉がぐるぐる回っている…そんな状態だった…。
やがて…ブリタニアは日本に宣戦布告して、日本は1ヶ月ともたずに敗戦した。
そして、ブリタニアの勝利の報と共に入ってきた…ルルーシュとナナリーの死亡の報…
ロイドの目の前は真っ暗になった…。
あの幼い皇子を…もう…この目で見る事が出来ないのだと…
時は流れて、ルルーシュと最後に会ってから8年が過ぎて、ロイドはエリア11…旧日本に来ていた。
ルルーシュとナナリーの眠る場所…
相変わらずテロが頻発している。
ルルーシュとナナリーがエリア11のどこで眠っているかも知らなくて…そして、ロイドの中ではエリア11とは、ルルーシュとナナリーを見殺しにした…そんな事をすればブリタニアとどうなるか解っていて、見殺しにした国…そんな認識しかなかった。
もし彼らの命が助けられていれば…まだ交渉の余地があっただろうに…。
日本を占領した折の最高責任者はルルーシュをこよなく愛していた第二皇子シュナイゼルだったから…
でも、それは過去の話で、今では、シュナイゼルにとっても、ロイドにとっても、ルルーシュとナナリーを守れなかった国と云う認識でしかない。
少しでも楽な生活を…と、自分たちの誇りを捨てて、名誉ブリタニア人になろうと言うイレヴンが多かった。
確かに、占領下にあるイレヴンたちの生活は困窮しているのは目に見えて解る。
ゲットー内にあるナイトメアの演習場なんかを見ていてもその様子が手に取るようにわかるのだから…。
「やれやれ…今日のテストパイロットもダメか…」
そうロイドはぶつくさ言いながらトレーラーの外に出て、空を見上げている。
色々な資料を片手にめぼしい候補を見てはいるのだが…。
ファイルをぱらぱらめくっていると…
ナイトメアのシミュレーションテストの結果の中にロイドの驚くようなデータを持った者を見つけた。
他の身体能力値などを見ても…あの過酷な新型ナイトメアの操縦に不足ない値だ。
ロイドはそのページに指を挟んで、トレーラーの中に走り込んでいく。
「セシル君!」
「な…なんですか?ロイドさん…」
「いたよ…最高のパーツが…この人…探しにいこ♪」
いつになくご機嫌なロイドにセシルが目を丸くする。
でも、やっと、あの新型のデヴァイサーが見つかったらしい…。
そして、その資料を見ると…
「え?よろしいんですか?これ…下手すると軍規違反…」
「別にいいじゃない…。エリア11の軍規は僕らには関係ないでしょ?所詮、僕らはシュナイゼル殿下のひも付きで、イレギュラーなんだからさ…」
そう云いながら、ロイドはトレーラーの準備を始める。
そうして、ロイドは、その新型ナイトメアの新しいデヴァイサーを迎えにトレーラーを走らせた…。
―――ルルーシュ殿下…あなたの仇討ちは僕が必ずやりますからねぇ…。もちろん僕の作ったこの…ランスロットで…。しかも、パイロットは…あなたを殺した枢木ゲンブの息子…。あなたを殺した罪…どれほど大きな罪かを思い知らせてやりますからねぇ〜〜〜
いつになく、ロイドの楽しそうな表情に特派の人間たちが目を丸くする。
ただ、一人だけ、セシルはロイドのこのおかしな様子に暗い表情を見せていたが…
『黒の騎士団』のリーダー…『ゼロ』が現れた時…ロイドはなんだか不思議な感覚に襲われた。
そして、それが何であるかを悟った時…心から喜びをかみしめていた…
―――生きておられた…
その一言だけで充分だった。
そして、あの時見つけたデヴァイサーを手放さなければ、確実にあの、皇子に会えると踏んでいた。
しかし、そのチャンスはなかなか巡って来なかった。
元々ロイドは前線に出る事のない研究員…。
そうそう、『ゼロ』と直接顔を合わせる事などある筈もなく…
それでも、ロイドは気長に待っていた。
そして…チャンスは巡ってきた…。
枢木スザクの手引きで、ロイドはルルーシュとの再会を果たした。
「お久しゅうございます…ルルーシュ殿下…」
ロイドが恭しく膝をついて、礼を取っている。
シュナイゼルの前でさえ、これほどの礼を払っている事を見た事がない。
スザクもセシルも驚きを隠せずにいた。
「久しいな…ロイド=アスプルンド…。お前のランスロットのおかげで、随分、邪魔をされたがな…」
「生きているなら…僕に一言言って下されば…御手伝いして差し上げる事も出来たのに…よりによって、ラクシャータと一緒だったなんて…僕、正直、傷ついているんですからね…」
そう云って、ロイドはおどけた表情をルルーシュに向ける。
そして、スザクとセシルは呆然とその様子を見ている。
確かに、ロイドはシュナイゼルの側近だ。
皇子で、マリアンヌ皇妃の長子である、ルルーシュと面識があっても不思議はない。
「スザク…そんな顔をしなくても、ロイドはブリタニア軍の為にナイトメアを開発していた…。ロイドは裏切っていないよ…」
『ゼロ』であるルルーシュがそう云った。
そして、このロイドの喜んだ顔が…歪んだ表情になるまでに…時間はかからなかった。
ロイドがルルーシュと再会した時には…ルルーシュとスザクの中で決まっていたのだから…
『セロレクイエム』が…。
ルルーシュは自分が『コード』を継承している事をロイドには伝えなかった。
『コード』と『ギアス』に関わって、幸福になれた者は…一人もいなかったから…
アヴァロンのラウンジで…ルルーシュが一人、佇んでいた。
やがて来る…その日の為に…色々思うところがあるのだろう…。
ロイドは…残り少ないチャンス…と…ルルーシュに声をかける。
「陛下…」
浮かない顔をして下を向いていたルルーシュがロイドの報を見る。
「ロイドか…。ランスロット・フロンティアの方は順調か?」
「はい…明日にでも、彼女にテストして貰います。それより…」
ロイドが何かを云いかけると、ルルーシュはすぐにその言葉を遮った。
「あと…ニーナの方は…?」
「ニーナ君も事情を把握し、自身のやるべき事を選んだようです。陛下と共に…『ゼロレクイエム』を…と…」
「そうか…。準備は万事順調か…。ありがとう…ロイド…」
『悪逆皇帝』と呼ばれるには優しすぎる微笑みをロイドに向けた。
それは、臣下に対するもので、ロイドの持つ感情とは別のものだと…そんな事は解っていたけれど…ロイドは…今、ルルーシュがやろうとしている事を何としても止めたかった。
ルルーシュの中で、ロイドがスザクのポジションに立っていたのなら…止められたのだろうか?
何度も考えたが、どんな方程式に組み込んでも…今のルルーシュを止められるものなどいないと答えが出てきた。
ロイドはぎゅっと拳を握り締めて、下を向く。
「ルルーシュ様…何故…あなたが…」
ロイドは思わず声を荒げる。
「俺の罪だからだ…。俺は…全ての罪に対して…罰を受けねばならない…」
ルルーシュが静かにそう答えた。
「では…何故、生きて罰を受けると言う選択が出来ないのです!あなたが殺めた命に対して償いをしなければならないのなら…あなたは生きて、この世界を変えるべきだ!」
ルルーシュの細い両腕をつかんでロイドが必死に訴える。
ルルーシュはそのロイドにふっと笑った。
「これが…『変人のマッドサイエンティストのロイド=アスプルンド』か?こんなお前を見たら、キャメロットの連中…さぞ驚くだろうな…」
「話をはぐらかさないでください!」
ロイドの真剣な表情に、ルルーシュはふと目を閉じて、ロイドの手から逃れた。
「スザクと…約束したんだ…。ユフィの『虐殺皇女』の汚名をすすぎ、あいつに、ユフィの仇である『俺』を…」
「そんなの…間違っています!そんな事をしたって、ユーフェミア皇女殿下は喜ばない!」
ロイドが泣きそうになっている。
そんなロイドを見て、ルルーシュはロイドの肩に手をポンと置いた。
「ありがとう…ロイド…。でも、これはもう決めた事だ…。『ゼロレクイエム』の後…ナナリーの事をよろしく頼む…」
そう云って、ルルーシュはラウンジから出て行った。
ロイドはその場で涙が止まらなかった…。
―――やっと…やっと会えたのに…。あなたは…いつも僕の手の届かない所へ行ってしまう…
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