シュナイゼルはいつも、大切な者を守れずにいる気がする。
最初に守れなかったのは…誰よりも愛した異母弟ルルーシュ…。
アリエスの離宮でルルーシュの成長を見かけるたびに、嬉しくなった。
ルルーシュの母、マリアンヌ皇妃は庶民の出の騎士候であった。
ナイトメアフレームの試作機、ガニメデを自在に操った演舞を見た時には、普段、そう言ったものを見ても何も思わないシュナイゼルでも、息が止まった。
美しくて…華麗で…。
しかし…
マリアンヌに敬意を払う者全てがマリアンヌに注目をしていた時にも、シュナイゼルはマリアンヌではなく、ルルーシュに心を奪われた。
確かにマリアンヌも美しかったし、強かった…。
だが、完成されたものだった。
シュナイゼルにとって、まだ、蕾のルルーシュに心を奪われた。
この蕾に、日の光を与え、水を与えて…時に、雨風にさらし、その後…どれほど美しい花となるのか…考えると、ぜひ、ルルーシュを自分の手で育て上げたいと思った。
何度負けても挑んでくる、強いアメジストの瞳は、シュナイゼルにとって、格別のお気に入りだった。
しかし、そう願ったのも束の間…マリアンヌ皇妃が暗殺され、ルルーシュとナナリーは日本へ送られる事になった。
ずっと傍に置いておきたかった。
正直、ルルーシュとナナリーを守っていたマリアンヌ皇妃が死んだ時、父である、皇帝にルルーシュとナナリーを自分の手元に置きたいと申し出るつもりだった。
あの時、シュナイゼルの愛した、ルルーシュの負けん気な気質が、彼らの日本行きを早めるきっかけを作ってしまった。
シュナイゼルがアリエスの離宮に行ったとき、既にルルーシュは皇帝の謁見の間に向かっていた。
―――遅かった…
その時のシュナイゼルの正直な気持ちだった。
皇帝である父、シャルル=ジ=ブリタニアは、弱者を必要としない人間であった。
ルルーシュではまだ、シャルルにとって、必要のないコマにされてしまう。
シュナイゼルにとっては、必要な、かけがえのない弟でも…。
あの時、ルルーシュを止めていれば…恐らくは、シュナイゼルの手元にルルーシュは残ってくれたに違いない…。
シュナイゼルは死ぬほど後悔した。
そして、自分の大切な者を守れる力が欲しい…そう思った。
ルルーシュが日本へ送られた日…シュナイゼルは、一人、アリエスの離宮の庭に立っていた。
マリアンヌ皇妃が殺されるまで、ルルーシュはナナリーやユーフェミア、クロヴィスとここで子供らしく遊んでいた。
傍には、マリアンヌとコーネリアの姿があった。
それが日常の光景だった。
「ルルーシュ…ナナリー…」
その場で強く拳を握り締めて悔しさを露わにする。
自分は、誰よりもルルーシュを愛していた…そう思える。
シュナイゼルにチェスを挑んでくる時のルルーシュの瞳が好きだった。
負けて、悔し涙を堪えているルルーシュの姿に、彼の将来が楽しみだった。
そして、シュナイゼルに向ける、尊敬の眼差しや、弟としての笑顔が好きだった。
「父上…よりによって…私の一番大切な弟を日本へ送らなくても…。あなたは…ルルーシュを殺したいのですか…」
その時のブリタニアと日本との関係をよく知るシュナイゼルは悔しさを隠せなかった。
父、シャルルとて、マリアンヌを、ルルーシュとナナリーを慈しんでいるのではなかったのか…その時まではシュナイゼルはそう思っていた。
ブリタニアの日本侵攻はもはや、時間の問題…。
日本でも、反ブリタニア感情が高まっていると聞く。
そんなところで、ルルーシュは…ナナリーは…守ってくれる者の誰もいない、敵しかいない中、生活をしていかなくてはならない。
日本侵攻が避けられないのであれば、せめて、自分が陣頭指揮を執り、ルルーシュとナナリーを救い出したかった。
ルルーシュ…シュナイゼルが…最も愛した…異母弟…
「兄上…」
後ろから声をかけられた。
コーネリア、ユーフェミア、クロヴィスが立っていた。
「お前たち…」
この3人の表情も優れない。
ユーフェミアなどは、ルルーシュやナナリーと年も近く、仲が良かった為に今にも泣きそうだ。
「シュナイゼル兄様…ルルーシュと、ナナリーとは…もう…会えないのですか?」
絞り出すようにユーフェミアがシュナイゼルに尋ねる。
「ユフィ…」
ユーフェミアの肩をポンと叩いて、やはり、切なそうにコーネリアがユーフェミアの名前を呼んだ。
「兄上…よりによって、何故に、この時期にルルーシュとナナリーは日本へ送られたのです!もはや、外交の取引と言う段階でもないでしょう…。それくらい、僕にも解りまず…」
そう、クロヴィスの言う通り、今更、ブリタニアの皇子を日本に送ったところで、外交カードになり得る筈もない。
と言うよりも、日本人に殺されたと云う既成事実が出来てくれれば、ブリタニアとしても日本侵攻の大義名分が立つ…そんな状態だ。
まさか、日本侵攻の大義名分を作らせるために送ったとも思えない。
日本政府だって馬鹿ではない。
もし、ルルーシュとナナリーが原因不明の脂肪などと云う事になれば、世界の1/3を保有する超大国を即刻敵に回し、勝てない戦争を余儀なくされるのだ。
ここにいる弟妹たちは、ルルーシュ達が好きなのだ。
本当は、心底守りたいと思っていたのだ。
シュナイゼルと同じように…。
マリアンヌ皇妃は確かに庶民の出自で貴族などの後見は小さい。
しかし、民衆の支持が高かった。
いわば、民衆が後見…とでも云えるだろう。
皇帝があれほどまでに力に拘る理由がよく解らないが、その民衆が後見であるマリアンヌ皇妃の遺児であれば、言い方は悪いが、使いどころはいくらでもあった筈…このブリタニアで…
ルルーシュの才能は…チェスの相手をしていて、シュナイゼルにはよく解っていた。
もし、『弱い事』で存在意義がないと言うのであれば、少しの時間を使えば…ルルーシュは…
こんな形で失って、恐らくはブリタニアに取って損害でしかない。
シュナイゼルは父の目を疑っていた。
こんな、使い捨てにもならないような外交カードとして使うのも、どうかしている…。
弟妹たちの表情にシュナイゼルは、無理矢理優しい頬笑みを作る。
「大丈夫だ…。私が、ルルーシュ達を救い出す手立てを考える。私も、ルルーシュが好きだったからね…。今も当然、愛している…」
シュナイゼルが珍しく、弟妹たちに本音を吐露した。
今回の事で、自分の無力さに腹が立つ。
無力である事は罪…ある意味、皇帝の言葉が正しいと思える。
無力故に、ルルーシュを失ったのだ。
そして、弟妹たちに、こんな悲しい顔をさせている。
これまで、次期皇帝最有力候補と言われて、何か驕りのようなものがあったのかも知れない。
父が彼らを慈しんでいると思い込んでいた自分も、周囲の声に驕っていた自分も、今は、許せない気がする。
それらの所為で、自分は大切な者を失った。
いつまでも、笑っていて欲しいと願った最愛の異母弟をみすみす手放した。
マリアンヌ皇妃が死んだ時も、結局、父の命に従い、何も知らぬまま、マリアンヌ皇妃の遺体を運び出しており、今はどうなっているかも解らない。
「近いうちに…日本侵攻がある…」
「兄上…あの噂は本当だったのですか?ならば、ルルーシュとナナリーは…」
「あの二人は…必ず…救い出す…。私が日本侵攻の指揮官を志願する…」
決心を固めた…と言わんばかりにシュナイゼルが低く呟いた。
自分の無力で失ったのなら、自分の力で取り戻せばいい…。
そう結論付けた。
日本側としたって、ルルーシュやナナリーを殺したともなれば、ブリタニアに付け入るすきを与えることくらい解っているだろう。
それに、今の反ブリタニア気運の高まっている日本で、ルルーシュとナナリーは過酷な生活を送っているに違いない。
そして、妹を愛するルルーシュは…きっと、自分をすり減らしながらナナリーを守るだろう。
あんな、10歳にも満たない子供が…
シュナイゼルの言葉にその場にいた弟妹たちが驚いた表情を見せながら、その後、やや、ほっとしたような表情を見せた。
シュナイゼルが指揮官になれば、他の皇族や貴族が指揮官になるよりは遥かに二人を救出できる確率が上がる。
「私はこれから、皇帝陛下にお願いしてくるよ…。日本侵攻の総指揮には私をお遣わし下さる様…」
シュナイゼルはそう微笑んで弟妹を見る。
ユーフェミアがシュナイゼルの言葉に少しだけ、目の輝きを取り戻す。
クロヴィスも絶対に助け出して欲しいと眼で訴えている。
その表情をみて、コーネリアが口を開く。
「ならば…私も兄上についていきます。ルルーシュとナナリーを取り戻したいのは…兄上だけではありませんから…」
コーネリアは『抜け駆けは許さない』という笑みをシュナイゼルに向けた。
シュナイゼルはそんなコーネリアに優しく微笑んだ。
「ああ…私たちの手で、ルルーシュとナナリーを取り戻そう…。彼らもきっと…それを待っていてくれる…」
数日後、シュナイゼルの謁見の返事が来た。
答えは…
―――否
シュナイゼルには、他の戦場の総指揮官を命じられた。
シュナイゼルは悔しさを滲ませながら、アリエスの離宮の庭に立って、悔しさに歯を食いしばった。
「何故…何故、父上は…」
今、日本にいる我が子を見殺しのするつもりなのだろうか?
シュナイゼルなら、ルルーシュとナナリーを救い出せる可能性が高いと、皇帝だって承知している筈だ。
それなのに…
「私は…私は…ルルーシュとナナリーを助けに赴く事も出来ないのか!」
そう口をついた時、涙が出てきた。
大切な者を失うと、悲しい…。
ルルーシュが楽しそうな笑顔を見るのが好きだった。
チェスでシュナイゼルに必死に食らいついてくる時の表情が好きだった。
負けて、悔しそうな顔をして、涙をこらえている彼の姿は愛おしかった。
子どもながら、気高く、プライドが高く、それでいて、ナナリーとユーフェミアに向ける優しい表情が大事に思えた。
「父上…あなたが私に大切な者を救い出すチャンスすら与えないのであれば…私があなたよりも強い力を持つ…」
シュナイゼルが皇帝である父に対して反逆しようと考えるきっかけとなった出来事だった…。
ルルーシュを奪われた痛みと悲しみ…。
―――父上…私は絶対にあなたが奪い去った私の大切な者を、私の手で取り戻す…絶対に…
しかし、開戦から1ヶ月後…日本はあっけなく敗戦した。
そして、それと同時に齎されてきた…ルルーシュとナナリーの死亡…。
シュナイゼルは…一人でただ…声を殺して泣いた。
自分の守りたかった者を守れなかった悔しさ…
そして、自分の守りたい者すら守れない自分の無力さ…。
そんな事を実感していた。
そして…シュナイゼルの中に一つの決意が生まれる。
―――いつか必ず…皇帝になる…。皇帝になって…必ず、ルルーシュとナナリーの仇を討つ…
それは…誰にも言えない、そして、誰にも云う気のないシュナイゼルだけの決意…。
「ルルーシュ…お前の仇は…この私が必ず取る…。それが…私がお前にしてやれる…せめてもの…」
そうして、シュナイゼルは自分の配下である特別嚮導派遣技術部に一人のイレヴンが入った事を知る。
かつて…日本の首相だった男の息子…。
そして、その首相は…ルルーシュとナナリーの仇…
その仇の息子が…自分の手ゴマとなった。
―――さぁ…自らの父親の罪を…その血で償って貰おうか…
シュナイゼルはその時…ふっと笑みを浮かべた。
同じ民族同士で殺し合う…最高の復讐である。
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