ルルーシュが開戦前に一人の男に命じた。
『お前も一緒に来てくれ…。ただし、ダモクレスに突入したら、お前は…異母姉上の救出を最優先任務として動いて欲しい…』
その男にとって、ルルーシュとは、複雑な思いを抱える相手であった。
『ゼロ』であり、今は、シャルル=ジ=ブリタニアを排斥して、現神聖ブリタニア帝国皇帝を名乗っている相手…。
しかし、この命令に、この男は逆らう事が出来なかった。
何故ならば…この男は、ルルーシュに救われ、そして、今、この男の最も敬愛すべき主の救出を、命じているのだから…
その男は、ルルーシュの前に跪き、一言返した。
『イエス、ユア・マジェスティ…』
この男のこの言葉に、ルルーシュは笑いかけた。
『怪我をしているのに済まない…。だが…この戦いの後、異母姉上は世界にとって必要な方だ…。それと、異母姉上を見つけたらこう、伝えて欲しい…『ユーフェミアの仇を撃つのは…今暫く待って欲しい…』と…。私がいなくなった後…ナナリーの傍に…いて頂ければ…と、思うのは…私の我儘かな…』
そう云って、ルルーシュは踵を返して歩いていく。
この男はルルーシュの姿が見えなくなるまで、跪いて、頭を下げていた。
縁起でも何でもなく、心の底からルルーシュに対して敬意を払っていた。
そして心の底で、この、優しく、慈悲深く、不器用な少年王に対して、こう呟いた。
―――ありがとうございます…。ルルーシュ様…
と…
シュナイゼルに撃たれ、自分は死んでいたと思っていた。
しかし、目が開き、周囲を見渡す。
どうやら、どこかに移動されて、寝かされていたらしい。
コーネリアは状況把握のために意識を覚醒させて、再び周囲を確認する。
離れた場所に…一人の長髪の、サングラスをかけた男が立っていた。
忘れる筈はない…コーネリアがずっと信頼し、求めてきた、コーネリア専属の騎士…ギルバート・G・P・ギルフォード…その人が立っている。
「ギルフォード…」
身体を動かすと、あちこちが痛む。
それは、背後から撃たれたのだ…当然だろう。
「姫さま…」
言葉に出しにくそうに、その男は、コーネリアを呼んだ。
「こんな私を…まだそう、呼んでくれるのか…」
コーネリアが小さく尋ねる。
「我が姫さまは姫さまだけにございます…。長く、お傍を離れていた事…お許し下さい…」
そう云って、ギルフォードが膝をついた。
ここは、どうやら、ダモクレスの中ではないらしい。
まだ、ルルーシュとシュナイゼルの決着はついていないのだろうか?
小さくではあるが、戦闘をしている音が聞こえてくる。
「しかし…私はどうやってここに…」
シュナイゼルから撃たれた事は覚えている。
シュナイゼルの狂気の未来に、コーネリアが意見して…そして、撃たれた。
恐らく、コーネリアが邪魔さえしなければ、コーネリアが死んでいようが生きていようが関係なかったのだろう。
シュナイゼルの中にある、『執着しない』という、今回、こうした行為に出た根源がある。
何も望まなければ、確かに争いは起きないが…。
しかし、それは、人が人ではなくなるという事…。
戦いが起きない代わりに、人の意思がなくなるという事は、人間としての尊厳、価値がなくなると云う事も示唆している。
エデンで神の言葉にそむいてリンゴの実を食べたアダムとイブはエデンから追い出され、神の絶対的な保護を受けない人間界に降りた。
しかし、ヒトはエデンから追い出され、様々な苦悩や苦労を重ねるが、今、こうして、人として存在する。
争いはあるし、戦争も起きている。
コーネリアの父、第98代ブリタニア皇帝はウソだらけのこの世界に抗い、ルルーシュに封印された。
コーネリアの異母兄、第98代ブリタニア皇帝第二皇子、シュナイゼルは今、争いをなくす為に、人を人でなくそうとしている。
そして、コーネリアの異母弟、第99代ブリタニア皇帝、ルルーシュはそんなシュナイゼルを止めるべく、シュナイゼルに抗っている。
中々云う事を聞かないコーネリアの身体に自分で叱責しながらコーネリアは身体を起こした。
そして、ギルフォードを見る。
「お前は…フレイヤに巻き込まれたと聞いたが…」
「はい…しかし、私は消滅範囲の境目の辺りにいました。本当なら、死んでいた筈でしたが…死に損ないました…。申し訳ありません…」
そう云って、ギルフォードが頭を下げる。
「何を言っている!私はお前が死ぬ事など、許してはいない!」
そう怒鳴り付けた後、全身の痛みに顔を歪めた。
ギルフォードが慌ててコーネリアに駆け寄って、体を支えた。
「申し訳ありません…」
再び頭を下げた。
そのギルフォードを見て、コーネリアが表情を柔らかくした。
「よく…よく生きていてくれた…我が騎士…ギルフォードよ…」
ギルフォードは、その言葉に、ただ、ただ泣く事しか出来なかった。
そして、コーネリア自身、ぐっと涙を堪えていた。
普段なら、『大の男が…』と叱責するところではあったが、今のこの状況の中、やっと、心許せる者が目の前に現れてくれたのだ。
その事に、今は、ありがたいと思うしかない。
ただ、そんな事を言っていられる時間もそれほどあるとは思えない。
このダモクレスで戦闘が起きているという事は、ルルーシュとスザクが入り込んでいるという事だ。
そう考えた時、コーネリアの表情は再び厳しくなる。
恐らく、シュナイゼルはコーネリアの生死は問うてはいない。
と云うよりも、不必要な人物としているだろう。
シュナイゼルの目的にとって…。
これまで、シュナイゼルの望んでいる世界がどう云うものであるのか、はっきり聞いた事はなかった。
そして、コーネリア自身、あまりにシュナイゼルの言葉を信用し過ぎていて、疑問さえ持っていなかった。
しかし、こんな形で示される世界に、コーネリアは価値を見出す事が出来なかった。
黒の騎士団さえ、完全掌握してしまい、今、シュナイゼルに対する刃はルルーシュが率いるブリタニア帝国の正規軍だけだ。
おまけに、ペンドラゴンを消滅させてしまっているから、国内はルルーシュ不在で完全な混沌の世界になっている事だろう。
このまま、ナナリーにフレイヤを撃たせ続けてもいいのだろうか?
ルルーシュの望む世界とは?
シュナイゼルがこの先考えている事は?
様々な疑問符が浮かんでくる。
とにかく、今は、この状況からの脱出が先決だ。
コーネリアの表情が厳しくなる。
その表情の変化に気づいたギルフォードがコーネリアに声をかけた。
「姫さま、全ての準備は整っております…」
コーネリアの思いを察したかのようにギルフォードが口を開いた。
「ギルフォード…。やはりお前は優秀な男だ…。礼を言う…」
そう云って、痛む身体を動かそうとするが…うまく動いてくれない。
そこにすかさずギルフォードが手を出した。
「今暫くの不敬、お許し下さい…」
そう云って、コーネリアを抱き上げ、準備された脱出艇に向かう。
「感謝の意であれば、姫さまの異母弟君に…」
ギルフォードがコーネリアの礼の言葉にそんな言葉で返した。
―――異母弟?まさか…ルルーシュ?
コーネリアが目を丸くした。
ルルーシュはシュナイゼルの考えを読んでいたというのか…。
近くにいたコーネリアでも気づかなかった、異母兄の望んだ先を…
「ルルーシュが…何故…」
コーネリアが素直な疑問を呟いた。
ルルーシュにとっては、コーネリアは邪魔な存在でしかなかった筈…。
それなのに…
「私にも、ルルーシュ様のお考えはよく解りませんでした。元々、私は皇族と知らずに、ルルーシュ様をゼロとして捕らえました。しかし、私をあのダモクレスに紛れ込ませたのは…他の誰でもない…現、皇帝陛下です…」
ギルフォードがルルーシュを『皇帝陛下』と呼んだ。
ルルーシュはユーフェミアの仇であり、コーネリアの敵…。
「それと、伝言を賜っております。『ユーフェミアの仇を撃つのは…今暫く待って欲しい…』と…。故に、生きていた私をアヴァロンに保護し、ダモクレスに紛れ込ませました。枢木との潜入の際に…」
その伝言に…ただ、驚く事しか出来なかった。
ルルーシュとユーフェミアは仲の良い異母兄妹だった。
ルルーシュ、ナナリー、ユーフェミアの3人の微笑ましい姿を見ているのは、コーネリアも好きだった。
ルルーシュの中に…ユーフェミアへの懺悔があるとでも言うのか?
ずっと、ゼロとして、コーネリアに敵対し、クロヴィスを殺し、ユーフェミアには虐殺皇女の汚名を着せた揚句に、殺した…。
それは確かに事実だが…
しかし、真実であったのだろうか?
ブラックリベリオンの際、コーネリアが黒の騎士団に捕らわれた際、ルルーシュは言っていた。
全てはナナリーの為だと…。
コーネリアがユーフェミアを守ろうとしたように…ルルーシュも、ただ、愛する妹の為に全ての罪を背負っていたと云うのか…。
ルルーシュが最初に望んだ事は…きっと、それほど大きな望みだった訳じゃない。
普通の少年が、普通に叶えたいと思った、ささやかな願い…。
ただ、自分と、自分に残されたたった一人の妹を、守りたい…皇族の影に怯える事のない、本当に、ささやかで、平凡で、でも、ルルーシュにとってはとても手に入れ難い望みで…。
「ルルーシュ…」
コーネリアの口からぽろっと零れた名前…。
本当は、コーネリアと変わらないのではないかと思う。
ただ、最愛の妹の為に…コーネリアもそうだった。
ただ、ユーフェミアがかわいくて、守りたくて…その為に戦ってきた。
ルルーシュも、ただ、ナナリーを守れるだけの力があればよかった筈なのだ。
しかし、ブリタニアという巨大帝国の皇族として生まれ、捨てられた皇子にとって、そのささやかな願いを叶える為には世界を驚愕させるほどの力が必要であった。
ただ…それだけだったのだろうと、今なら思える。
その為に、ルルーシュは人の心を捨てなければならなかった。
何も持たない少年が、ギアスを手に入れ、黒の騎士団を作り上げ、自らはゼロの仮面を被り…。
そんな、悲運な自分の異母弟…尊敬するマリアンヌの長子に対して、様々な思いが交錯する。
ルルーシュはユーフェミアの仇で、ブリタニアにとって、反逆分子…。
父である皇帝さえ、排斥し、力ずくで皇帝の座を奪い取った忌むべき皇子…。
しかし、それが、ルルーシュの望みであった訳ではない。
それは、コーネリアにも解る。
異母弟のその痛々しいまでの決意と仮面を思う。
そう思った時、コーネリアの瞳から涙が零れてきた。
「姫さま…」
黙り込んでいたコーネリアを心配そうに見つめているギルフォードに気づいて、そっと目を瞑った。
そして、再び強い光を湛えた瞳を開いた。
「アヴァロンを探せ!ブリタニア軍を…掌握し、ルルーシュの援護をする!」
そう一言を言い放ったコーネリアにやや驚いたが、すぐに穏やかな顔でギルフォードが返事をした。
「イエス、ユア・ハイネス…」
その返事に、コーネリアの中で、様々な思いが交錯はしているが、とりあえず、今目の前にある、自分の出来る事をしようと、考えた。
―――まずは、あのバカを連れ戻して、一発、殴って、それから…
ナナリーが何度もフレイヤを撃ったらしく、その度にルルーシュがブリタニア軍を盾にしてきた。
その惨状がよく解る。
「これは…」
猶予のない状況…。
ルルーシュがギアスを使って、ダモクレスの内部の人間を操っていたとしても、フレイヤの配備はシュナイゼル、起爆スイッチはナナリーが握っている。
残りの残弾数を考えても…かなりの痛手を被っているだろう。
「ギルフォード…急げ!このままでは…」
状況を把握していたギルフォードも外の惨状に驚きを隠せていない。
「イエス、ユア・ハイネス…」
「あのバカを連れ戻して、この状況の収集をして貰わねば困る!とにかく、ブリタニア軍の掌握…急ぐぞ!」
今のブリタニア軍はコーネリアの敵…
しかし、ルルーシュがどんなギアスをかけているかは知らないが、この状況を放っておく訳にはいかない。
そして、聞きたい事もあったから…
コーネリアは、自分の生まれてきた時代の荒波に…驚愕するしかなかった。
この後…ナナリーがルルーシュを捕らえ、全世界に『勝利宣言』を発信したのだった。
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