ルルーシュがダモクレスに入り、シュナイゼルと対峙していた頃…
スザクはロイドが改造し、スザクにデヴァイサーをさせようとしていた紅蓮に乗ったカレンと対峙していた。
お互いがよく知る、最強の敵…。
「カレン…」
「スザク…」
お互いがお互いの名前を呼ぶが、その声は、お互いの耳には届かない。
恐らくは、スザクが何と説得したところで、カレンは聞く耳を持たないだろう。
だが、カレンは元々、ゼロの親衛隊隊長…。
今のスザクと同じ立場だった筈…。
それなのに、こんなに簡単に、自分の守るべき存在を裏切れるのかと思ってしまう。
スザク自身、色んなものを裏切ってきた。
そんな事は言われなくても解っている。
それでも…その時の自分の置かれている状況に準じてきた。
シュナイゼルの思惑に全く気付かない黒の騎士団については恐らく、ルルーシュはある程度計算は出来ていたかも知れないが、スザクにとっては、あまりに意外だった。
シュナイゼルは世界に名を馳せるブリタニア帝国の第二皇子であり、ブリタニア帝国の宰相である。
そのシュナイゼルの言葉に何一つ疑いを持てなかった黒の騎士団…スザクの中でどう評価していいか解らないが、ルルーシュ自身は、戦術では驚きを隠せなかったものの、戦略に関してはあまり、驚いていない様子だった。
となると、黒の騎士団とは、戦略的にはゼロがいなければ、かつて、コーネリアが言ったように、烏合の衆だったのかも知れない。
結局、シュナイゼルに利用され、フレイヤを撃つ為に道を開けさせられている状態だ。
あれだけの戦闘状況の中、ゼロがいない今、シュナイゼルの指揮に従うしかない。
その結果が、フレイヤの乱発…
スザクは、同じアッシュフォード学園の生徒会のメンバーだったとはいえ、カレンに対する失望がないとは言えなくなっている。
―――僕は…ルルーシュの騎士…。そして、同じ罪と役割を分かつ者…。
「だから!」
そう云いながら、スザクは完全な戦闘態勢に移行する。
かつて、ルルーシュにかけられた『生きろ!』というギアス…。
ずっと呪いをかけられたと、ルルーシュに対して怒りを感じ、その呪いに苦しんできたが…
しかし、ルルーシュに言われた先ほどの『生きろ!』の一言は、今のスザクにとっては、ないよりも力強い言葉に聞こえる。
そして、今も、その言葉が自分の力になっているように思える。
ルルーシュが、スザクにギアスをかけた理由…
―――今なら…僕でも同じ事をしたかも知れないと思うな…
そんな事を考えながら、くすりと笑えて来てしまう。
カレンは目の前の敵を見つめながら、自分の為すべき事を考える。
今は、ルルーシュを殺す事…その為に目の前に立ちはだかるスザクを倒す事…。
しかし、ルルーシュを殺した後は?
シュナイゼルの構築しようとしている世界とは?
今の日本はルルーシュの手によって、解放され、エリア11ではなく、日本に戻っている。
今は、ルルーシュが日本にいる事によって、何の騒ぎも起きていない。
あえて言うなら、ルルーシュの率いるブリタニアの正規軍と、シュナイゼル、黒の騎士団の連合軍が日本の空を戦場にしている。
ルルーシュはバベルタワーで言った。
『ゼロへの忠誠も憧れも、君自身の心だ…』
と…。
あの言葉にウソはない。
それに、あの時の事はしっかり覚えているから、あの時にギアスをかけられたという事もないし、もし、あの時にギアスをかけたのであれば、カレンがゼロの正体を知った事実を忘れさせるべきだとカレンは考えた。
それに、ルルーシュのギアスは暴走していると聞いた。
確かにあの時のルルーシュの左目は、普通じゃなかった。
あの時の事は明確に覚えている。
シュナイゼルの言っている事が本当であれば、バベルタワーでギアスをかけられたのであれば、カレンの記憶が曖昧になっているところがあっていい筈だ。
それなのに、あの時の出来事は、事細かに覚えている。
カレンは、黒の騎士団を裏切れなかった。
離れる事が出来なかった。
ジノは『今なら君の選択に納得できる』と言ってはくれたが、今、カレンの方が自分で自分に疑惑を持っているような気がする。
ずっと、『ゼロを守る!』と言い続けてきた自分の言葉は一体何だったのだろうか?
大体、親衛隊の隊長とは…どんな事があっても、主を守るべき者の称号ではないかとも思う。
だからこそ、カレンは誇りに思ってきた。
それなのに…カレンは、ルルーシュを裏切った。
そして、ルルーシュもカレンに何も話さなかった…。
「ふっ…ルルーシュに何も言って貰えなくて…当然かも…」
結局、カレンはスザクに勝てなかったのだ。
ルルーシュはずっとスザクを黒の騎士団に…と云うよりも、ブリタニア軍から離れさせようとしていた。
今、こうして二人と対峙してみると、この二人が共にいると…本当に強い…。
ルルーシュは今、スザクと共に闘っている。
カレンではなく…
カレンは…『ゼロを守る!』と言いながら、自分がゼロに守られてきていた事に気がつく。
―――私は…ゼロと共に歩いてはいなかった…。だから…ルルーシュは…
そう思った時、カレンの瞳からは涙が零れた。
「え?何で?」
カレン自身、なぜだかよく解らない…。
ただ、自然に涙が出てきた。
今となっては、シュナイゼルがフレイヤを撃つ為の道を開いている状態…。
ルルーシュとスザクはシュナイゼルの何かに気づいて、フレイヤを撃たせて、フレイヤの残弾数を減らしている感じがする。
守れなかったとはいえ、ずっと一番近くでルルーシュを見てきた。
彼の戦い方を見てきた。
そして、カレン自身も学んだ。
ルルーシュの一番近くで戦いながら、一番ルルーシュを見ていなかったのはカレンなのかも知れない。
ルルーシュの起こす奇跡に対して…ただ、傍観者となっていただけなのかも知れない。
しかし、スザクは違う…。
ルルーシュと共に、何かの為に戦っている。
その目的は、多分…あの二人には明確なもので…どんな事をしてでも…と云う覚悟もある事が解る。
そして、全てが終わっても、その罪を背負う覚悟も…。
―――私も決めなくちゃ…今度こそ…
そう思って、紅蓮をランスロットに対して戦闘態勢に入らせる。
ロイドとセシルが仕上げた2機のナイトメアが、戦っている。
今、この世に存在するナイトメアの中で、一番強い2機…
そして、パイロットの実力も拮抗している。
実力の拮抗した者同士の戦闘で、その人物の強さがよく解る。
力が拮抗しているだけに、お互いが無事では済まない。
下手をすると、相打ちになって…という事も考えられる。
ただ、今の二人に決定的な違いがある。
スザクには、戦うべき明確な理由がある事…。
今のカレンにはそれがない事…。
守るべき主を裏切り、黒の騎士団はシュナイゼルのフレイヤ発射の為の道を開いている。
なんでこんな形で戦っているのか…解らない。
今のところ、ルルーシュのギアスによって、死さえも恐れないブリタニア軍が身体を張ってフレイヤが食い止められている。
このやり方が正しいとは言えないし、賛同出来るやり方でもないが…でも、こうして、一般人の犠牲者を最小限に抑えてくれている事に感謝せざるを得ない。
黒の騎士団が、この、フレイヤを撃つ為の道を作っていると云う矛盾を抱えてはいるけれど…。
激戦が繰り広げられている中…スザクには迷いがない。
ルルーシュとスザクの目指す『ゼロレクイエム』そして、その先にある、『明日のある未来』の為に、二人は戦っていると云う絶対なる自負があるから…。
カレンは…こんなフレイヤの道を開く為の戦いをしている…。
こんな虐殺の様な戦術…認めたくなんてないのに…。
この違いは、拮抗した二人の実力に差を見せる。
カレンが近接戦闘中にちょっとした隙を作ってしまった。
「しまった…」
この好機をスザクが逃す筈はない。
その予想通り、ランスロットに懐に入り込まれ、MVSを目の前に突きつけられている。
ランスロットは紅蓮を後ろから抱え込むような形で、捕らえている。
「カレン…降伏しろ!」
スザクの声が聞こえてきた。
降伏したところで、ルルーシュの元になんて帰れないし、帰る気もない。
それに、これは黒の騎士団が決めた事…カレンはそれに従うと決めたのだ。
「ふん…もう一度、捕虜になる気はないわ!」
スザクの声にカレンは迷う事なく答える。
カレンの中に多少の甘えみたいなものがあったのかも知れない…。
スザクは…決してカレンを殺しはしない…と…。
スザクも一度でカレンが降伏を受け入れるとは思ってはいなかった。
そこで、スザクは紅蓮の右腕を迷うことなく、MVSで切り落とした。
「カレン…僕はもう、以前ほど君に優しく接してあげる事は出来ないんだ…。やらなくてはならない事があるから…」
スザクの、いつもより低い声がコックピット内に響く。
その声に、カレンは、何か、背筋に悪寒の様なものを感じる。
これまでのスザクにはないような…冷たさ…。
確かにブラックリベリオンの時のユーフェミアを失った後のスザクも壮絶なものがあったが…。
しかし、今回の様な、絶対零度の様な冷たさではなかった。
「もう一度言うよ?降伏してくれないか?僕とルルーシュの邪魔をしなければ、命までは取らないから…」
再び絶対零度の声がコックピット内に響いた。
―――何?誰と私は話しているの?
よく知った筈の相手なのに…
多分、これが、為すべき事をしようとしている者の力…
カレンの額から冷たい汗が流れる。
降伏など、出来る筈もないのだが…紅蓮のグリップを握っている手が…震えている。
こんな事は初めてだった。
これがSound Onlyで良かったと思う。
こんな声を出す人間の顔を見たら、恐怖で身体が動かなくなるだろう。
カレンは、こんな恐怖を感じたのは初めてだった。
以前なら、ここで、相手の言葉を跳ね返すような言葉が出てくるのに…。
スザクの様子がいつもと違うだけではない…。
何か自分の中でも変化が起きている…。
―――そう…戦う為の信念と…自分の戦う為の心を支える存在…が…今の私にはない…
今更ながら、ルルーシュの存在の大きさを知る。
他の黒の騎士団メンバーは解らないが、少なくともカレンにとっては、ゼロという存在が自分の中でとても大きな存在だったと知る。
こうした、拮抗した実力の相手と戦うとよく解る。
スザクと戦った場合、確実に消耗戦だ…。
その時に勝つとすれば、気持ちで相手に勝たなくてはならない。
『ゼロは私が守る!』そう言葉に発する事で、自分が何の為に戦っているかを自分で再認識し、自分が何の為に戦い、何の為に生きなければならないか、実感出来るのだ。
「ルルーシュは僕が守る!」
その一言が聞こえてきた。
「カレン、君にルルーシュを殺させたりはしない!君が、ルルーシュを殺すと云うのであれば、僕が君を排除する…」
そう云って、スザクがランスロットのMVSを構えている。
スラッシュハーケンで完全に拘束した紅蓮の左腕を更に落とす。
そうなると、両足をスラッシュハーケンで支えているので、逆さづり状態となる。
「返事をしてくれないか?次は…コックピットを叩き切る!」
スザクの冷たい声が、コックピット内で響き渡っている。
今は…答えていないのではなく、恐怖で答えられないのだ。
「スザク!」
そこに横やりを入れてきたのは…トリスタンの乗ったジノだった…。
「ジノ…」
かつて共に闘った仲間…。
ルルーシュもかつての仲間を敵にしている。
スザクも、自分たちの目的の障壁となるならば、容赦はしない。
「君では、僕には勝てない…」
そう云って、突っ込んでくるトリスタンにMVSを突き立てた。
「スザ…」
ジノがそう云いかけて、トリスタンが墜落していく。
「ジノ!」
その様子にカレンが叫ぶが…
「君の答えは…結局、僕に、君へとどめを刺させるんだね…」
そう云って、再び、MVSを構えた。
「言い残す事があれば…。ルルーシュに伝えてあげるよ…」
「今更…そんなものはないわ!私は…そう、あんたの言うとおり、ルルーシュを裏切ったんだから…」
最後の強がりの一言だった。
「そうか…なら…ここで…」
スザクは紅蓮のコックピットを一刀両断した。
「ルルーシュ…スザク…」
カレンはその瞬間に二人の名前を呼んだ。
母の名前でも、兄の名前でもなく…。
同じ時代の動乱の地に生まれ、出会った友であり、味方であり、敵だった者たちの名前…。
その声は…その二人に届く事はないのだが…
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