贖罪


「俺は生きる!」
 そう思った時…フレイヤのスイッチを押していた。
政庁が消えてから、スザクが我に返った。
「ぼ…僕が…僕が…」
ニーナが云っていた。
爆心から一定の距離は、完全に消滅する…と…。
目の前に見える光景は…自分が引き金を引いた事によって生まれた結果だ。
ブリタニア軍、黒の騎士団、問わず、恐ろしい程の数の犠牲が出た。
自分が押したスイッチが招いた結果…。
呆然とするしかなかった。
あの中には、たくさんの非武装の一般人もいた。
それより、何より、総督であり、今度こそ守ろうと決めていたナナリーも…。
ナナリーを守る事は、ルルーシュに頼まれる前から、スザクの中で決めていた。
ナナリーを守る…そんな事は、ルルーシュに言われるまでもなかった。
確かに、ユーフェミアを殺したルルーシュは憎いが、ナナリーには何の罪もない。
それに、ユーフェミアの後を継いで、『行政特区日本』を設立してくれた。
嘘をついているスザクを全面的に信用してくれていた。
ずっと、兄であるルルーシュの身を案じているナナリーに何一つ話さずに来ていた。
そして、あの、スザクの歓迎会の時の電話が、ナナリーが最後に聞いたルルーシュの声だった。

ランスロットの中で、惨劇の後を呆然と見つめて…震えが止まらない。 殺したくないから軍人をしている…。
『その矛盾はさ、いつか君を殺すよ?』
ロイドに言われた一言…。
今になって、なんで思い出したのだろうか…。
『…ザク…スザク…』
プライベートチャンネルでジノが話しかけてくる。
その声も聞こえているのか、いないのか…
「……」
自分が、何をしたのか…だんだん思い出されてくる…。
「う…う…うわぁぁぁぁぁ……」
頭を抱えて、叫び声をあげた。
『スザク!』
『たぶん…スザクはこのままでは動けない…。』
ジノとアーニャの会話がランスロットの中でも響いているが、スザクの耳には入ってこない。
『アーニャ、俺がランスロットをスザクごと運ぶ!アーニャは残ったナイトメアの把握を頼む…』
『わかった…』
そう云うと、ジノはランスロットを抱えてアヴァロンに連れ戻していく。
アーニャは周囲の警戒に入った。

『枢木卿!』
 アヴァロンに戻ると、ランスロットの元にロイドとセシルが走ってきた。
「セシル君、ランスロットの脱出シートをオートで起動させて…早く枢木卿をランスロットから出して…」
「はい!」
二人が焦りながらランスロットからスザクを連れ出す。
「ス…スザク君…」
セシルがスザクの姿を見て驚愕する。
目の焦点はあっていないし、息をしているのかどうかも分からないような状態だった。
「セシル君…スザク君をすぐに医務室へ…安定剤を打って、眠らせて…」
「わかりました。ストレッチャーを持ってきて…」
「セシルさん…でしたっけ?私も手伝います…」
「ヴァインベルグ卿…しかし…」
「今は、そんな事を云っている場合じゃない!大体、なんでランスロットにあんなものを搭載して、スザクに撃たせたんだ?スザクがあんなものを撃ったらどうなるかくらい、あんたたちなら解っていただろう…」
そう、特派の人間は解っていた。
スザクがそのスイッチを押したら…スザクがどうなるかくらい…
しかし、周囲の状況はスザクにフレイヤのスイッチを入れる方向へとどんどん進んでいった。
インヴォークのチーフ、ニーナもスザクにそれを押すように勧めていた。
誰も、スザクに対して、それを撃つなとは言わなかった…。
ただ…本人だけは『撃たない覚悟』を持っていたらしいが…。
「スザク…」
ジノはストレッチャーに付き添いながらセシルとともに医務室に入って行った。

スザクを眠らせて、しばらくして医務室からジノが出てくると、そこにはニーナが立っていた。
「あんたか…スザクにあれを撃たせたのは…」
普段のジノからは考えられないような冷たい目でニーナを見る。
その目にニーナはびくっとなるが、それでも向き直って、ジノを見つめ返す。
「あの時は…フレイヤを撃つしか彼の助かる道はなかった…。だから、私はスザクに撃つように言いました。」
「そうか…でも、今のスザクが助かっているとでも云うのか?」
「死んではいません…」
「……そうか…あんたはそう考えるのか…」
皮肉とも不敵とも言える笑みを浮かべてジノが静かに言葉を放った。
「あんたの作ったあの、フレイヤって兵器…あれは、戦術兵器じゃない!戦略兵器だ…。戦争を知らない奴が前線に口出しするのは感心できないな…」
「で…でも…あれのおかげでスザクは助かったんです!」
「でも、政庁を消滅させ、あいつは総督殺しだ。そして、スザクの心は…」
ジノが言葉を詰まらせる。
ジノからさっきにも似たような気配を感じたニーナが後ずさる。
「ヴァインベルグ卿…あれを使えと命じたのは私だ…。彼女をそんなに責めないでやってくれ…」
そこにはシュナイゼルが立っていた。
相手がシュナイゼルでも、ジノとしては、スザクにフレイヤを撃たせたことに対しての憤りを隠す事が出来なかった。
「私たちは軍人です。命令であれば従わねばなりません。ただ…その命令で、有能な部下をなくす…と云うのは賢いやり方とは思えませんが…」
不敬罪にも問われかねない物言いだ。
「エリア11で、あれを使わなければならないにしても…スザクに命じるべきではなかった…。スザクの性格も、シュナイゼル殿下はご存じだったはずです。それなのに…」

ジノは憤りを隠せずにシュナイゼルに対して言葉を発し続ける。
「上に立つ者は…時に残酷な存在にならねばならないのだよ…。ヴァインベルグ卿、君の言いたい事は解るが、それでも、軍人であるのなら、それをも命令の一環として受け入れるべきではないのかね?」
「……」
ジノは歯を食いしばって言葉を飲み込む。
「スザク君は、いい仲間を持ったね…。今は、面会できるような状態でもなさそうなので、私は引き上げるよ…」
そう言って、シュナイゼルはニーナを伴って、そこから離れていく。
今回の戦いは、とにかく後味の悪さだけが残る。
ジェレミア、ギルフォードが黒の騎士団に加勢していた。
そして、ギルフォードはあの光の中へと消えていった。
ジノは、ギルフォードに何があったのかは知らない。
ジェレミアはゼロがつけた『オレンジ』という名を『忠義の名』だと云った。
一体今、何が起きているのか、全く分からない。
捕虜だったカレンも、あのどさくさでロイドが改造しまくっていた紅蓮に乗って戦場に出てきた。
スザクは、多分、何が起きていたのか…解っていたのだと思う。
ゼロとの会話…なんだか、言葉に表せないような何かがあった。
スザクもゼロも、お互いをよく知る者の様に話していた…そんな感じがした。
あの時、アーニャが介入して良かったと思う。
そうでなければ、スザクはあの段階で戦える状態ではなくなっていたかもしれないとさえ思う。

プシュッ…
「ヴァイベルグ卿…スザク君が落ち着いて眠っています。目を覚ますと、また、錯乱状態になるかも知れないので…ついていて差し上げて頂けないでしょうか?私、ランスロットのところへ行かないと…」
セシルが医務室から出てきてジノに頼む。
「ああ、かまわない。私がスザクを見ているよ…」
「すみません、お願いします…。」
そう頭を下げてセシルが格納庫の方へ歩いて行った。
そして、ジノが医務室に入っていく。
「……」
薬のおかげで深い眠りについているようだった。
今は眠っていた方がいい。
きっと、目を覚ましたら、現実と戦わなくてはならない。
今のスザクには酷な状況だ。
目が覚めたら、総督を巻き込んだことへの責任も追及されるだろうし、スザクの心が全ての罪に耐えられるのだろうか…。
総督だけではなく、あの周辺にいた、一般の人間を巻き込んだ大惨事になってしまった。
「スザク…お前…何でもかんでも一人で抱えすぎ…。ナイトオブラウンズが何で12人いるのか…知っているのか?お前…」
スザクの寝顔を見ながらジノが呟く。
たくさんの犠牲が出た。
ブリタニア軍、黒の騎士団問わず…。
まだ、こんな消耗戦を続ける決断などしないとは思うが、どうやって落とし所を見つけるのか…。
ジノは、これからの事を思うと、ため息をつかずにはいられなかった。

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