茫然自失となったゼロを蜃気楼ごと、斑鳩に連れ戻したのは、政庁から生還したばかりのカレンだった。
よほどのスキルアップがされていたらしく、スザクのランスロットさえ、手も足も出ない程の実力だった。
もちろん、カレンが、捕虜の間、ナイトメアフレームに触れる事など出来なかった筈だから、あのスキルアップされたナイトメアを見ただけで、あれだけ動かしたのだろう。
ただ…今のルルーシュに、そんな事を考えられる余裕はなかった。
と云うか、完全に目が死んでおり、焦点が合っていない様子だ。
斑鳩に戻ると、C.C.の姿もない。
そして、ルルーシュの様子がおかしいと感じたカレンは、ナイトメアの格納庫に蜃気楼を安置して、その後、ラクシャータさえも近づけなかった。
「ルルーシュ…」
カレンが無理矢理ハッチを開けて、ルルーシュを見ると…完全に放心状態だった。
それはそうだろう。
目の前の大爆発の中に、ナナリーがいたのだから…。
カレンが紅蓮聖天八極式…スザクの乗っていたランスロットを遥かに凌駕した機体だった。
「ルルーシュ…仮面はどこ?」
「……ナ…ナナリー…」
目の焦点もあっていないような状態で、そんな質問の返事を出来る筈もなく…。
仕方なく、コックピット内を探しまわって、ゼロの仮面を見つけ、ルルーシュの頭にかぶせた。
「とりあえず…あんたの部屋に行くわよ…こんなところであんまり長居していると…ラクシャータさんにも迷惑だから…」
「……」
カレンはルルーシュを肩に背負って、引きずるようにゼロの個室まで連れて行く。
あの激しい戦いのあとで、斑鳩の中も大騒ぎで、半ば、パニック状態だ。
戦闘中に死んだものも多い。
消息不明のものもいる。
これで、混乱しない方がどうかしている。
恐らく、ブリタニア軍も、いったん引いたところを見ると、相当な被害をこうむったらしい。
ゼロの執務室に入ると、C.C.がちょこんと座っていた。
しかし、カレンの姿を見ると、さっと物陰に隠れてしまった。
カレンは、C.C.が記憶を失っている事を知らない。
「C.C.?何の真似?ちょっと…ルルーシュをベッドに運ぶから手伝ってよ…」
「ご…ご主人様が…どうかされたんですか?」
聞き慣れないC.C.の言葉にカレンは目を丸くする。
そう言えば、雰囲気も以前とは全く違う。
「ご主人様???」
「あ…ご主人様…どうされたのですか?どこかお怪我でも…」
そう言って、C.C.がカレンに背負われる形になっているルルーシュの元に駆け寄ってくる。
口調も違うし、なにより、目が違っている。
どうやらカレンが不在の間に何かがあったらしい。
「とりあえず、ルルーシュをベッドに運ぶの…手伝ってくれる?」
今は瑣末な事を気にしている余裕はない。
二人で、ルルーシュをベッドに寝かせ、仮面やマントを外してやり、窮屈そうな服の襟もとを緩めてやる。
「ねぇ、あなた、ルルーシュをご主人様って呼んだわよね?いつから?」
とりあえず、状況把握をしなければならない。
ルルーシュの事だ。
こんな状態になったC.C.は誰にも会わせてはいないだろう。
となると、今、ここにいるC.C.の話を聞いて、自分で判断するしかない。
C.C.は、ここまでの様子で、カレンは自分の主人のルルーシュの味方であると判断し、気を失っていたところを助けて貰ったと云う話から始めた。
「へぇ…で、今は、ここで、ルルーシュと一緒にいるのね?」
「はい…えっと…あなたは…ご主人様の…」
「部下…ってところかしら?あなたのご主人様の…」
「そうなんですか…。でも、ご主人様は…一体どうされたのですか?」
カレンにもどこまでこたえていいか解らないので、とりあえず、色々と伏せながら話をした。
「ルルーシュは…ちょっと、ショックな事があって…で、落ち込んでいるの…。暫くは…様子を見てあげてくれる?」
とりあえず、今はここにいるC.C.を信用するしかない。
「わかりました。」
カレンの知っているC.C.からでは、考えられないような返事が返ってきた。
「それと…あなたは、ここから出ちゃダメよ?とりあえず、私がここに来るから…」
「わかりました。ご主人様の傍にいます。」
その一言になぜか、やれやれと思いながら、ゼロの部屋から出ていった。
扇や藤堂たちに報告しなければならない事もある。
部屋に残されたC.C.はルルーシュのベッドのもとへ行く。
「ご主人様…」
目の焦点が合っていない事に気付く。
さっきカレンの言った、ショックな事とは、相当、彼に深く入り込み、彼をこのような状態にしているとC.C.が判断する。
「ナナリー…」
先ほどから、うわ言のように繰り返しているようだ。
涙も出ないほどのショック…だったのだろう…。
「ナナリー…俺は…俺は…」
あの時…スザクの言った事は本当だった…。
なぜ…あんなときだけ、本当の事を云う…。
それに、何故、あそこで撃たなければならなかった???
あそこにはエリア11の政庁だってあった。
他にも重要施設がたくさんあった。
だからこそ、黒の騎士団とて、トウキョウ租界を目指していたのだ。
もし、ナナリーがエリア11に到着する前に、躊躇せずに連れて来ていれば…
無理矢理でも、何でも…連れて来ていれば…こんな形で失う事はなかった。
ルルーシュの目は、焦点が合う事もなく、だからと言って、涙を流す訳でもなく…。
そんなルルーシュを見ていると、C.C.もどうしたらいいか解らなくなる。
ただ…自分が『ご主人様』と呼んでいるその相手が…何かがあって、いつもの『ご主人様』ではなくなっている事…それだけは解る。
シュッ…
ほどなくして、ルルーシュの部屋の扉が開いた。
「ねぇ、C,C,…」
「シーツー?」
「…何となく状況はつかめてきたわ…。あんた、記憶がないのね…」
「きおく?」
首をかしげるC.C.を見て、カレンがため息をつく。
「まぁ、今はあんたの事に気を使っていられる余裕がないのよ…。とりあえず、あんたのご主人様にこれを飲ませるから…」
カレンの手には小さな錠剤が握られていた。
「これは…なんですか?」
「あんたのご主人様が、こんな顔をしないで眠るためのお薬よ…」
そう言って、ルルーシュの口をこじ開けて錠剤を呑みこませた。
「暫くは、これで様子を見てくれるかしら?他の人には、ルルーシュはケガをしているって云っておくから…。あんた、以前にもルルーシュにつきっきりで看病をした事があるから…多分、暫くはごまかせるわ…」
「はい…。解りました。」
しおらしいC.C.を見ていると、なんだか調子が狂うが、今はそんな事も言っていられない。
あまりの被害に双方、今は兵を引いているが、ゼロがこのような状況の中、再び戦闘ともなれば防ぎきれない。
カレンが戻ってきても、ゼロがこれでは黒の騎士団は、殆ど崩壊状態となる。
カレン自身、あの時の自分に何か出来たかも知れないとも思うが、あそこに残って一体何ができただろう…。
あのスザクが、あんな形であんなものを撃つとは思わなかった。
いや、思えなかったという方が正しいか…。
敵であっても…いや、一番の敵であるが故に、スザクの事はよく解る。
本当なら、大量虐殺とも揶揄されかねないようなあんな、戦略兵器を使うなど…恐らく、彼のポリシーに反している。
スザクは軍人で、ブリタニアの中でもトップの騎士であるナイトオブラウンズでありながら、決して、人の命を殺める事を好まない。
「スザク…一体…何があったって云うの?何だか…あの時に似ている…」
カレンの云うあの時とは、ユーフェミアが『行政特区日本』の宣言をした式典の時だ。
テレビなどでしか見た事ない、お飾りの副総督ではあったが、見た感じでは虐殺を考える様な皇女には見えなかった。
「まさか…ギアス?でも…いつ…」
ルルーシュに聞けば、すぐにわかる事だが…今のこの様子では、とても聞き出せる状態じゃない。
あの惨状を目の当たりにして、ショックを受けているのは、ルルーシュだけじゃない。
黒の騎士団も、そして恐らくは、ブリタニア軍も…。
「これから…どうなっちゃうのかしら…」
天井を仰ぎながら一人で呟く。
黒の騎士団にとって、ゼロは要だ。
彼がいなくなったとたんに、黒の騎士団は崩壊する。
1年半前のブラックリベリオンの時もそうだった。
「ゼロは…必ず私が守る…」
ルルーシュも、カレン自身も、さまざまな思いと後悔の念が渦巻いた状態だ。
でも、今は…闘わなくてはならない…。
後悔の念に駆られている時ではない…。
カレン自身、目にはうっすら涙を浮かべていた。
捕虜でいる間、短い間ではあったが、ナナリーとの会話は楽しかった。
お互いの兄自慢に花を咲かせ、捕虜であると云うのに、笑いながら話をしていた。
「ナナリー…あなたのお兄さんは…ちゃんと私が守るから…」
もう一度、カレンは小さくつぶやいて、ゼロの部屋を後にした…
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