ライは修羅場に立たされている気分だった。
ナナリーの部屋に入ったとたん…まるで、一触即発のような、空気を漂わせている兄妹が目の前にいた。
「お兄様は何故、そんなにライさんの事を嫌うのですか?」
「嫌ってなどいない…しかし、ナナリーが、だんだん、奴に流されて行っているように見える!」
「そんな事ありません!ライさんは、いつも、私の事を気遣ってくださって、お兄様にも心配をかけないようにと…」
「でも、車椅子のお前を街に連れ出したり…もし、俺たちの過去を知る者に見られでもしたらどうするんだ!」
数日前のデートの事でけんかになっているらしい…。
ライがナナリーの部屋にいる事など、もはやこの場の二人の頭からは消し飛んでいるようだ。
と云うよりも、ルルーシュとしては、溺愛している妹に男が出来た事が気に入らないだけの事らしいが…。
シスコンもここまで来ると、救いようがない。
ルルーシュもさっさと恋人でもできればこんな事もなくなるのだろうが…。
とどのつまりは、今まで、自分が守ってきた妹に男が出来て、その妹がその男に取られたような気分になって、悔しいやら、寂しいやら…と云うのが、ルルーシュの本音であろう。
「あ…あの…ナナリー、ルルーシュ…そんなに喧嘩しなくても…」
ライは、恐怖を感じながらも、おずおずと声をかけてはみるが…
「ライは黙っていろ!」
「ライさんは黙っていてください!」
兄妹が同時にハモッて怒鳴りつけてくる。
ナナリーがこんな大きな声でルルーシュと喧嘩するなど…短い付き合いではあるけれど、見た事がないし、想像も出来なかった。
シュッ…
ナナリーの部屋の扉が開いた。
立っていたのは、やはり、驚いた顔をしているスザクである。
「どうしたの?二人とも…部屋の外まで丸聞こえだよ?」
目を丸くしたスザクが二人に声をかけるが…どうやら、喧嘩に神経が集中しているらしく、その声も聞こえているのかどうだかわからない状態だ。
仕方なく、スザクは傍に立つライに声をかけた。
「どうかしたの?」
ライのやつれた様な表情にも驚きながらスザクがライに尋ねる。
「あ、いや…。2〜3日前にナナリーと街に出たんだ…。それで…少し、ルルーシュと約束した時間に遅れてしまって…。僕がルルーシュに謝ったら…今度はナナリーが…」
「へぇ…僕もこの二人がこんな風に喧嘩しているのは初めて見たよ…」
「スザクも?なら、誰に解決方法を聞いたらいいのかな…」
ライが約束の時間を守れなかった事に端を発しているため、気にしているようだ。
今もぎゃいぎゃいと喧嘩をしている二人…。
兄妹喧嘩も少しの時間なら、見ていて微笑ましいが、こんな、どなり声のこだまするような状態では流石に放ってはおけないと思うのだが、なにせ、どうしたらいいか分からない…。
「ルルーシュ、ナナリー…廊下まで声が響いているよ?その辺にしたら?」
スザクがほぅっと息をつきながら二人に声をかけた。
そのスザクの一言に二人が反応して、ライとスザクの方を見る。
「あの…ルルーシュ…約束の時間を守れなくて済まなかった…。ルルーシュに心配をかけるつもりはなかったんだけど…」
ライが本当にすまなそうにルルーシュに頭を下げる。
「まったくだ…暫くは、ナナリーと二人で出かけるのは禁止だ…」
憮然とルルーシュが言い放つ。
そこに、その言葉に反応したナナリーが普段、聞く事のないような声で、ルルーシュに抗議する。
「この間の事は、ライさんは悪くありません!私がライさんが帰ろうと云うのを、無理云って、いろいろ回って頂いたんです!お兄様は何で、そんなにライさんを嫌うのですか?」
「だから…嫌ってなど…」
また、無限ループのスイッチを押してしまったようで…。
ライはスザクに対して、『どうしよう…』と云った表情を向ける。
スザクも、一人っ子で、兄弟喧嘩などした事がない。
と云うか、友達とさえほとんど喧嘩した覚えがない。
子供の頃、友達と云えば、ルルーシュとナナリーだけだったし、軍に入っても、ケンカできるような友達もいなかった。
「ルルーシュはナナリーを溺愛しているからなぁ…。でも、いい傾向なんじゃないのかなぁ…。兄妹って、普通ならこんな感じなんじゃないの?」
「?」
「僕も、兄弟っていないけどさ…でも、昔、道場に通っていた子供の中には兄弟で通っている子もいてさ…。よく、下らない事で喧嘩していたよ…。僕は、そう云う経験なかったから、楽しそうで、羨ましかったけど…」
スザクの言葉を聞いた後、二人の様子を見ていると…確かに…何の気兼ねもなく、言いたい事を言い合っている感じがする。
まるで、コミュニケーションの一環として…。
これまでのルルーシュとナナリーの関係がある意味、異常だったのかも知れない。
言いたい事を言って、口喧嘩…確かに、兄妹なら普通にある事だと思う。
それに、普段おとなしいナナリーが、こんなことを言っては怒られてしまうかもしれないが、生き生きしている感じもする。
好きな事を言って、それに対して、反発されて、さらに、本音をさらけ出す…。
「大丈夫だと思うよ…。道場に通っていた子供たちもそうだったけど、すぐに仲直りしていたし、仲直りしたら、何事もなかったように笑っていたから…」
「そう云うものなのかな…」
これまで、ルルーシュも、ナナリーも、兄に対して、妹に対して、何らかの遠慮、気遣いが強かったのかも知れない。
初めて見た時に感じたが、この二人の空気はなんだか別世界の空気のように見えた。
麗しい兄妹愛…と云う言葉で片付けられる感じではなかった気がする。
それが…ライが原因になっている事はある意味、複雑な思いだが、普通の兄妹がするような兄妹喧嘩をしているのだ。
皇族の兄妹ではなく、いつ、どんな危険にさらされてしまうか分からない状況下の兄妹でもなく、ただの、普通の兄妹の兄妹喧嘩…。
しかし、ライの目の前で兄妹喧嘩を繰り広げ初めて、かなりの時間が経つ。
そろそろ止めないとまずいのでは…と思い始めた頃、生徒会のメンバーが異変に気付いたのか、これまで気づいていて、高みの見物を決め込んでいたのか…
ぞくぞくとナナリーの部屋に集まってきた。
「あら…ルルーシュってば…ナナリーに対して怒鳴っているなんて…」
「珍しいものを見た気がするなぁ…」
「ナナちゃんがそんな風に大きな声を出しているのって、初めて聞いたよね…」
「ってか、ルルーシュでも兄妹喧嘩するのね…」
「原因は…何だったんですか?」
遠慮のない生徒会メンバーの質問…。
そして、その目の輝きはいかにも、興味津津…と云った感じである。
「あ…あんまり火に油を注がないでくださいよ…みなさん…」
ライはついつい敬語でお願いしてしまう。
あんまりルルーシュのご機嫌を損ねてもこの先、ナナリーと顔を合わせる度に、その眼光だけで刺殺されそうな視線で睨まれ続ける事を考えるのも怖い…。
「単に、ルルーシュが妹離れ出来ていないだけだよ…。ルルーシュもさっさと彼女、作ればいいのにね…」
生徒会メンバーの疑問を一言で納得させるに十分な言葉でスザクが言葉を出す。
「な…スザク…」
スザクの言葉にルルーシュが言葉を詰まらせ、そのあと、言葉が出て来なくなる。
「お兄様…私は、別にお兄様の事、嫌いになった訳じゃないんです。でも、ライさんと一緒にいる時間ももう少し欲しいだけなんです。」
「ナナリー…」
はっきり言葉にするナナリーの姿にライは見とれてしまった。
流石は、ブリタニア皇家の皇女である。
「お兄様も、大好きな方が出来れば、きっと、私の気持ちを解ってくださると思います。これまで、ずっと、ずっと、私の為にお兄様はご自身の事を後回しにされてきましたから…。私にはライさんと云う、大切な方が出来たのです。お兄様も、ご自分の為に、ご自分の大切な方を大切にして差し上げてください…」
さっきまでの口喧嘩がうそのように、ナナリーが冷静に言葉を発した。
そんなナナリーを見て、ライもナナリーの横に立って、ルルーシュに頭を下げた。
「ルルーシュ…僕は、絶対にナナリーを大切にする。絶対にナナリーを守る。だから…僕とナナリーの事…きちんと認めて欲しいんだ…」
「……」
ルルーシュは相変わらずむすっとしているが、殆ど、自分の感情の赴くままに怒鳴り散らしていたと云う自覚はあったようで、ばつの悪そうな表情をしている。
「ルルーシュ…二人がこうして頭を下げているのよ?ちゃんと、あんたの言葉で認めてあげたら?」
「…解ってはいるんですよ…俺も…」
ぼそっとルルーシュが呟いた。
「本当は俺がナナリーを手放したくないだけなんだと云う事は解っているんです、会長…」
「まぁ、気持ちは僕もわかるけどね…ルルーシュ…」
「ライ…ナナリーを…頼む…」
その一言を残して、ルルーシュは部屋から出て行った。
「ル…ルルーシュ…」
ライがあわてて後を追おうとすると、スザクがそれを制止した。
「僕に任せて…」
そう云うと、スザクはルルーシュの後を追って、部屋を出て行った。
校舎の屋上…何となく、大人げなかった自分にも腹が立つのだが、ああして、ナナリーが大声でルルーシュとけんかした事に、新鮮な感覚を覚えていた。
恐らく、これも、ライのおかげなのだ。
「ルルーシュ…」
「スザクか…大人げなかったな…俺は…」
「まぁ、仕方ないんじゃないの?ナナリーが急に大人になっちゃって、お兄ちゃん離れしちゃったんだから…」
スザクがさらっと答えを返してくる。
お兄ちゃん離れ…
そう…ナナリーの世界が広がったと云う事…。
7年前、スザクと別れてから、ナナリーの世界はルルーシュだけだった。
そこに、ライと云う、存在が、現われて…ナナリーの世界が広がったのだ。
「なぁ、スザク…あいつなら…ナナリーの騎士になれるかな…」
「そうだね…。ライなら…きっと、ナナリーにとっていい騎士になれるんじゃない?」
「そうか…もう、俺が守ってやらなくても…いいのかな…」
寂しそうなルルーシュの背中をスザクがそっと抱きしめた。
「そんな事はないよ…。ナナリーにとって、ルルーシュは絶対に必要な存在だよ…。でも、ナナリーの世界が広がって、ナナリーにとって大切なものが、一つ、増えただけなんだよ…」
「そうか…」
寂しげなルルーシュの声にスザクはただ、黙って、その縮めた肩を抱きしめていた。
「大丈夫…僕は…ずっと、ルルーシュと一緒にいるから…。それは…ずっと変わらないから…」
そう言いながら、ルルーシュの肩の震えが止まるまで、スザクは抱きしめ続けていた。
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