学校の掲示板に…生徒たちが群がっている。
先日行われた定期試験の順位発表がされているのだ。
「ルルゥ…見に行かなくていいのぉ?」
ルルーシュの隣にいる、銀髪の少年がルルーシュに声をかける。
「別に…。どうせ、いつも通りだろ…。あんなところに紛れて行って、他の連中に取り囲まれる方がうざったい…。見たいなら、マオが見てこいよ…」
本当にめんどくさそう…と云うよりも、興味なさそうに、隣にいるマオに告げる。
張り出さなくても、後で、試験結果を詳細に印刷した紙きれが渡されるのだ。
それこそ、各教科の得点と合計点、全教科の平均点、学年全体の平均、クラスの平均、学年内の順位、クラス内順位…
「まぁ、ルルならそうだよね…。まったく…普段、いつ勉強してるんだか…。ボク、夜もルルに付き合ってるからさぁ…ルルの『ヤマ』がないと今の成績キープできないし…」
「余計な事云っていないで…見たいなら見てこい…。俺は先に教室へ行くぞ…」
ルルーシュは表情一つ変えず、かけている建て眼鏡のツルをくっと押し上げて歩き出した。
最近…不思議に感じている事がある。
―――俺は…多分…誰かを探している…?
いつだったか、さっきまで隣で騒いでいたマオに尋ねられた事があった。
『ねぇ…ルル…誰探してんの?』
と…
それまで、意識した事もなかった。
ただ…周囲からはそんな風に見えていたらしい…
そんな事を考えながら…ルルーシュが教室へ向かって歩き出すと…後ろから声をかけられる。
「ランペルージ…」
振りかえると、担任がなんだか、薄気味悪い程機嫌よさげに立っていた。
「おはようございます…扇先生…」
ルルーシュは正直、この担任が好きになれずにいた。
理由は解らない…と云うか、尋ねられたら『理由?そんなものはない…。生理的に受け付けないだけだ…』と答えるだけだ。
しかし、その言葉にも何だか語弊がある様な気がしている。
「今度のテストも1番だったな…。いやぁ…担任として鼻が高いよ…」
べらべらと恐らく、ルルーシュへの褒め言葉のつもりで云っているのだろうが、こいつもルルーシュの事をあまりよく思っていない事が解るので、こいつのお喋りを付き合ってやるつもりはなかった。
「あの…先生…。そろそろ教室へ行かないと…。今日の日直…俺なので…」
ちょうど、今日の日直が自分である事を思い出して、そう告げる。
ルルーシュの中では、
―――別にお前にほめられなくても、やる事はやってやるから、構わないでくれ…
と云うのが本音だった。
しかし、こいつの機嫌次第で、これから先の高校進学を左右される事もあるから、出来る事なら穏便に済ませたいと考えていた。
「ああ…そうか…。後で結果表を配るからな…」
担任の扇がそんなどうでもいい話で締めくくってルルーシュを解放した。
扇から少し離れて、小さくため息を吐いた。
―――疲れた…。俺は…多分…『アイツ』に会いたいんだ…。それは解る…。でも…『アイツ』って…誰なんだ…?まぁ…少なくともあの担任じゃない事は確か…か…
満員電車の中…今日もすし詰め状態の電車の中でもみくちゃにされながら会社へと足を運ぶ。
―――ったく…なんでこんなに人がいるんだろう…。もう…電車通勤は嫌だ…
そんな事を考えているサラリーマンは多分、スザク以外に本当にたくさんいるに違いない。
でも、そんな事を考えても、歩いて行ける…とまではいかなくても、自転車で通勤できるような距離に住めれば…と思うのだが…
スザクが就職した会社は…都心のど真ん中にビルを構える結構デカイ会社で…
流石に都心の企業ビル群の中に暮らせるような人間はそうはいない訳で…
それに、もっと近いところを…と考えていたのだが…地方出身のスザクが不動産屋で驚いた、都心の住宅事情…
アパートを借りるにしても…自分の給料の中から何とか家賃を払える場所…と考えた時、やはり、条件は結構大変で…。
現在、電車を2回乗り換えて、2時間かけて通勤している状態だった…
出勤日は朝の6時前に起きて、出勤し、殆どサービス残業の様な残業をこなしてアパートに帰ってくるのは日付が変わる事もある。
大学の頃は、徹夜しても、結構平気だったのに…学生時代とは気分的に違うのか、それとも確実に体力が衰えているのか…
―――いくら体力バカの僕でも…しんどい…
満員電車に揺られて、会社にたどり着き…いつも自分より早く出社している同期のジノがニコニコと笑ってスザクに話しかけて来る。
彼は結構いいところのお坊ちゃんらしくて、スザクよりはるかに環境のいいマンションで暮らしているのだ。
「よぉ…スザク…いつも大変だな…」
「君にそんな風にさわやかに云われると、凄く腹立つのは何故かなぁ…」
一応、無邪気に笑っている仲のいい同僚に嫌みの一つも返しておこうと思うのだが…
しかし、ジノの方はあまり堪える様子もない。
「まぁまぁ…朝飯まだだろ?これ…」
と、手渡されたのは…どうやって手に入れて来るのかは知らないが、結構有名なパン屋のサンドイッチを手渡してきた。
「いつも有難いけど…いいの?君の分じゃないの?」
「だって…俺、トマト嫌い…」
どうも、好き嫌いが激しいらしい同僚のお坊ちゃんは嫌いなトマトが挟んであるサンドイッチだからとスザクに渡しているらしい。
と云うか、好き嫌いを聞いていると、何故それだけの好き嫌いをしていてこれだけデカくなれたのかが疑問だ…
スザクよりも20センチは背が高い。
「ま、少しは食費が浮くから…助かるよ…。こんな高級そうなサンドイッチに、自販機のコーヒーってのもなんとなくギャップが切ないけど…」
そう云ってスザクは、ジノからサンドイッチの入った紙袋を受け取った。
「いつもサンキュ♪一応、消費しておかないと母さんがうるさいからな…」
ジノの話を聞いて、スザクは素直に『なんて贅沢な…』と思う。
スザクの両親は既に他界していて、そんな風に甘える事など出来ないのだ。
―――いつになったら…この生活に慣れるのかなぁ…。それに…ジノを見ていると…僕は…僕の居場所は…ここじゃない気がする…。否、僕のいる場所に…何かが足りない気がする…
放課後…ルルーシュはいつものようにマオと一緒に、いつも『仲間』の集まっているマンションの一室へと足を運ぶ。
昼間は完璧な優等生…夜になると、その仮面を外す。
それを知っているのは…一緒に着いて来ているマオと…ある時、ここにいる連中と一緒にいるところを担任に見られた。
ルルーシュ自身、隠すつもりもなかったし、親にばれたところで、親の権力できっと、学校側に圧力をかけて問題にした担任を解雇させるように働きかけるだけだ。
そもそも、学校の外で、何をしようと、勝手だろうと云う、ルルーシュの思いもある。
成績だって、校外模試でだって必ずトップを取っている。
学校の活動だって、やりたくもない生徒会長とか、何かの発表がある時にはその代表として完璧にこなしているのだ。
ルルーシュが担任の扇を嫌うにはその辺りもある。
学校から出ても、やたらとルルーシュの行動に干渉する。
他の生徒たちだってゲーセンやカラオケくらい行く…。
ただ…ルルーシュの場合、見た目的に素行の良さそうな人間じゃない連中がいる…それだけの事だ。
確かに、学校には行ってないし、学力面などを追及されたらぐうの音も出ない程、ルルーシュの通っている学校の生徒たちに及ばない。
それでも…人間性でいえば、家庭環境に恵まれていないルルーシュにとって、学校よりも、家庭よりもずっと居心地が良かった。
その場所を奪おうとする扇は大嫌いだし、何かとルルーシュのあらを探そうとする彼に対してはうんざりしていた。
「なぁ、ルルーシュ…」
マンションの一室…それは、ルルーシュの親がルルーシュの為に買ったマンションだった…
確かに金には困らないし、学校の成績さえキープしていれば親の方は何も干渉してこない。
親に云えば、云った分だけの金額がルルーシュの口座に振り込まれ、ルルーシュには親の名義ではあったが、必要なものは買うように…と、恐らく、ひと月にいくら使ったかもチェックされていないゴールドカードが手渡されていた。
確かに、物理的不便はないが…なんだか…妙に…全てが虚しくて、空っぽで…
「なんだ?」
「また、飯作ってくれよ…。俺ら、ルルーシュの作った飯…食いたい…」
そのマンションに入り浸っている少年の一人がルルーシュにそんな事を云い始める。
ここに集まってきているのは、ルルーシュ同様、自分自身の中で何かが足りない連中ばかりで…
悪い奴じゃないのに…家庭環境や、見た目だけで判断されて、誤解されている連中ばかり…
ルルーシュはそう思っていた。
「そうか…何を食いたい?」
「カレー…カレー作ってくれよ…」
その少年が云った時…ルルーシュは顎に手を当てて何かを考えている。
「材料がないな…買ってくる…」
そう云って、立ち上がり、ルルーシュがマンションから出て行こうとした時、その少年がルルーシュを止めた。
「あ、俺が行ってくるよ…。金ないから…ルルーシュ…」
「ああ…解った…」
そう云って、ルルーシュはその少年に万札数枚と材料のメモを書いて渡した。
金銭感覚がどうも違う様に見えるが…
それを手渡された少年が、マンションを出て行った…
その後ろ姿を見て、マオが…
「あいつ…あの金…こないだルルーシュに喧嘩を吹っ掛けてきた奴らに持っていく気だぞ…」
「ああ…そうだろうな…。まぁ、いいさ…。また、ここに来たら次は容赦しないから…」
ルルーシュはマオの言葉に動じる事もなく、ただ、冷たく言い放った。
恐らく、その少年のもくろみを知っていたであろうそこにいた少年たちがガタガタ震えだした…
ルルーシュ自身は…確かに腕力はないし、喧嘩に強い訳でもない。
ただ…怒らせると…自分の身が危ないと思わせる何かを持っていた…
「なんだ…お前たちもなんだ…。と云うか、あいつに裏切られてるよ…お前ら…。とりあえず、今回だけは見逃してやる…。次にここに来た時は…覚悟しろよ?」
ルルーシュはただ、静かに云い放った。
ルルーシュのその一言に…彼らは慌てて立ち上がり、走ってマンションを飛び出して行った…
そんな後ろ姿を見て、ルルーシュもマオもため息を吐いた。
「ルル…いつも、1回目だけは寛大だよね…」
「その代わり、2度目はないけどな…」
「なんで、あいつら…すぐに裏切るかな…。と云うか、玉城たちのグループに行ったって、結局金蔓にされるだけじゃないの?」
「そんな事、俺は知らない…。それに、俺はグループを創った覚えはない…。あいつらが勝手に集まってきて、勝手に離れて行った…それだけだ…。ま、とりあえず、警察に連絡入れておくか…」
ルルーシュは落ち着いて携帯電話で警察に電話する。
そして、マンションの管理人に先ほど金を持って出て行った少年の監視カメラを警察に提供してくれるように連絡を入れた。
「次なんて…ないじゃん…。そこまでしたら…」
「次ってのは…あいつが『戻って来た』時だよ…。多分、俺、まだその時にはここにいるだろうからな…」
マオは…ルルーシュの幼馴染で、何かとルルーシュの世話を焼きたがる。
と云うか、ルルーシュの傍にいたがる。
「ルル…じゃあ、後から出て行った連中はどうするの?」
少々顔を引き攣らせてマオが尋ねる。
「別に…また来たら追い帰すだけだよ…。マオだって、ムカついているんだろう?」
相変わらず表情を変えないルルーシュだったが…観察眼は鋭く、マオの今の本音を言い当てる。
「え?やっぱり解っちゃう?あいつら…ルルにいっぱい、色々して貰っているのに…」
裏切られたルルーシュよりも、マオの方が悔しそうだ。
「ふっ…なんだか知らないけれど…俺、別に裏切られる事って、あんまり何とも思ってないんだ…。こんなのは当たり前…って感じでさ…」
そう云いながら少し寂しげに話すルルーシュの背中からマオが抱きついた。
「ルル…そんな悲しい事云わないでよ…。僕は絶対に…裏切ったりしないよ…」
マオの言葉は…素直に受け取れればきっと嬉しいのだろうけれど…
でも、ルルーシュの中では…
―――なんでだろうな…俺は…なんだか、裏切られる事…別に何とも思わないくらい…慣れているって感じだ…ホント、可愛くないガキだよな…
その日の仕事がやっと終わり…やっと帰路についたスザクだったが…
「なんだか…色々虚しい感じがする生活だな…」
大学を卒業して、今の会社に入って、毎日、ホントよく働いていると思う。
とりあえず、有給を取った事はないし、勤務態度もまじめだから上司たちの受けもいい。
しかし、生活の中で、まったくもって潤いがない…
今日も人通りが少なくなった駅までの道を歩いている。
あるコンビニの前まで来ると、昼食から、数杯のコーヒーしか口にしていなかった事を思い出し、腹の虫が泣きだした。
「潤いなくても、疲れていても…体力があるとお腹空くんだね…」
虚しい気持ちが口から漏れ出した。
仕方なく、少し何か腹に入れようと、コンビニに足を踏み入れる。
この時間…流石にそれほど人もいない。
とりあえず、歩きながら食べられそうなものを物色する。
―――そんな…歩きながら何か食べるなんて…母さんが見たら悲しむだろうなぁ…
とは思っては見るものの…結局本能には勝てないのだ。
スザクはパンの棚まで行ってみるが…時間が時間だけに…めぼしい物が見つからない。
「なんだか…コンビニにまで見放されているみたいだ…」
そんな風にぼそっと呟く。
仕方なく、レジカウンターのところまで行って、残り少なくなっている中華まんをいくつか注文する。
そして、会計をしようと財布を出した時…
―――僕…財布にまで見放されているのか…
100円…足りないのだ…
―――そう云えば、ここ最近、ATMにさえ行ってなかったなぁ…
結構のんきに考えているのだが…ただ、目の前のレジ係のおじさんが心配そうにスザクを見ている。
手持ちがないし、ここでクレジットカードを使うのも馬鹿馬鹿しい…
「あの…済みませんけど…」
とりあえず、中華まん1つを我慢すれば支払えると判断して、口を開いた時…後ろからちゃりんと100円玉が転がってきた…
スザクが驚いて振り返ると…一人の綺麗な少年が…少しいらついたような表情で立っていた。
彼の買い物かごの中には、コーヒーやらガムやら…どう見ても『これから遅くまで起きています!』と云うような商品が入っていた。
「早く…して欲しいんだけど…」
少年が業を煮やしたようにスザクに云い放つ。
「あ…あ…うん…。ごめんね…」
スザクが謝りながら、商品を受け取る。
そして、その少年に場所を明け渡す。
その少年が全ての会計を終えるまで、スザクは呆然と彼を見ていた。
彼の行動に驚いた事もあるけれど…何か心臓が…『ドクン』となった事に気づいた。
これが…一体何なのか…よく解らない…
でも…スザクは心の中で思った…
―――やっと…やっと…見つけた…
何を見つけたのか…解らないけれど…でも…そんな言葉が頭に思い浮かんできた…
そして、その少年の後を追って行き…
「あ…あの…」
思わず声をかけていた…
普通なら…こんな物騒な夜の都会で…こんな風に声をかけたりして…きっと、逃げられてしまうのではないかと…思ったけれど…
でも…その少年は…スザクの声に振りかえってくれた。
「あ…有難う…。僕、枢木スザク…。この先のA物産で働いているんだ…」
必死になって自分の名前を告げていた…
その少年は…驚いた顔をしていたが…自分のやった事がやった事だったから…
「俺は…ルルーシュ?ランペルージ…。別に、返さなくてもいい…」
少年はその一言を残し、歩いて行った…
スザクは…ルルーシュと名乗ったその少年を…見えなくなるまで見送っていた…
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