「ルルーシュ…」
運命のいたずらとも言えよう。
これが、恋愛ドラマのワンシーンであれば…
「スザク…久しぶりだな…」
覚悟を決めたのか、何か計算があるのか、ルルーシュは目の前のスザクの顔をまっすぐ見た。
髪の長い少女の恰好をした…幼馴染で、親友で、憎むべき敵となった人物が、スザクの前に立っている。
「いったい…君がいったい、ここに何をしに来た!」
恐らく、たとえようのない怒りに支配されているのだろう。
ユフィを殺した張本人が、ここにいる事など、スザクにとっては絶対に許せない事だった。
「思い出していたのか…ゼロの事を…。これまでの黒の騎士団の…」
「ああ、俺だ…」
スザクもまっすぐにルルーシュを見る。
頬には何だか、泣いた後のように、真っ赤になっていた。
―――泣いていたのか?ルルーシュが…
ルルーシュの顔の涙の跡を見て、やや驚いたようだが、すぐに険しい表情に戻る。
「いったい…いつから…」
「さぁ…いつだろうな…」
あんまり自分の事を喋る訳にはいかない。
今のスザクはブリタニア皇帝のナイトオブラウンズだ。
「ユフィも中々意地の悪い事をしてくれる…」
自嘲気味に笑いながらルルーシュが呟く。
スザクはさっき拾ったルルーシュのかぶっていた帽子を握りしめている。
「どの面を下げてここに来た!お前が…ユフィを…」
「……」
スザクがユフィを愛していた事は知っている。
そして、ユフィも…。
一度はナナリーの騎士に…とも思ったが、あの時にはそれが叶わなかった。
それどころか、ルルーシュを皇帝の前に引き出した。
「ユフィに会いに来たんだろ…なら…さっさと行け。ユフィが待っている…」
とにかく、今は、スザクと話が出来るようには思えないし、今更、何を話すと云うのだろう…。
「帽子、返してくれないか?拾ってくれてありがとう…」
「あ…ああ…」
スザクは戸惑いながら拾った帽子をルルーシュに返す。
「今日はオフで来たんだろ?なら、俺になんかにかまけている暇はないだろ…」
そう云いながら、帽子をかぶりなおして、くるりと体を反転させて、その場を立ち去ろうとする。
スザクはと云えば…
―――恐らく、そのままで来るのは危険で、だから、変装してきた…?何のために?
などと考えていたが、頭の中は混乱気味でうまく考えがまとまらない。
ルルーシュが歩き出して、帰ろうとしている。
多分、こんな形で会えるなんて、多分、この先にもないだろう。
学校でも、軍でもナイトオブセブンとしての枢木スザクだ。
今なら、誰もいない。聞きたい事があった。
ラウンズとしてではなく、枢木スザクとして…。
「ルルーシュ…」
スザクの背を向けたルルーシュに声をかけた。
ルルーシュは帽子を深くかぶって、スザクの言葉を無視した。
スザクはその場を駆け出し、ルルーシュの肩をつかんだ。
「ルルーシュ!」
「なんだ?無粋なやつだな…こんなところで、俺を捕まえるのか?軍服を着ていないし、逮捕権はないだろう…」
ルルーシュが鋭い目でスザクを睨む。
スザクはそんなルルーシュの目に怯む事もなく、強い瞳でルルーシュを見ている。
「今は…別に捕まえる気はない。それに、僕は、ルルーシュを捕まえたいんじゃない。ゼロを捕らえたいだけだ。ただのルルーシュなら、捕まえる理由はない…」
こいつ…本当に軍人にしておいて大丈夫なのか?と思ってしまうような理屈だが、とりあえず、話だけは聞こうと思った。
「とりあえず、まずは、ユフィと話して来い…逃げやしないから…」
「う…うん…」
以前のスザクの喋り方だ。
あの、軍を指揮している時の鼻につくような声色でも言葉遣いでもない。
ルルーシュは内心、ちょっとだけほっとした事に気づいた。
自分の中ではまだ、スザクは友達なのだろうか…?
スザクがルルーシュが備えた花の隣に自分の持ってきた花束を置いて、手を合わせている。
―――ユフィが好きだった花…
ルルーシュが置いた花束を見て、はっとした。
ルルーシュはさっき、ルルーシュが言葉に発したように、スザクの背後20mあたりのところで立っている。
「ルルーシュ…」
スザクもルルーシュも決して笑顔を出さない。
ゼロが起こしたブラックリベリオンが二人を引き裂いた。
「もう、済んだのか?ユフィはもっとお前と一緒にいたいんじゃないのか?」
「いや、ルルーシュがずっと一緒にいたんだろ?それに…ユフィはきっと、僕を許さないだろう…。彼女の大好きだった兄君を僕は、皇帝陛下に引き渡したのだから…。そして、君の中からユフィの存在を消したのだから…」
表情や声色は全く変わらず、硬いままだ。
スザク自身、いろいろと苦しんでいるようだが、ルルーシュにはそれが理解できない。
ゼロの仮面をふっ飛ばし、ルルーシュを見た時のスザクの目は、最初は多少、悲しみのような色を表していたが、その後は憎悪と怒りだけだった。
顔色一つ変えずに皇帝に出世の為に友達を売り払うと云ってのけたのだ。
「何が言いたいんだ?お前は、皇帝のイヌになったんだろう?中からブリタニアを変えるために…」
やや、皮肉っぽい笑みを見せながらルルーシュは口を開く。
少女の恰好をしていても、やはり、ルルーシュだ。口が減らない。
「君は…いつまでこんな事を続けるんだ…。ナナリーの安全は…」
スザクがナナリーの名前を出した時、ルルーシュの眉がつりあがる。
「お前がそれを云うのか…。ナナリーにウソをついて、捨て駒にしようとしているお前が…」
怒りに声を震わせる。
クールなようでいて、自分の感情を隠せないルルーシュを見ていると、スザクはルルーシュが変わっていないと確認する。
「捨て駒?一体どこから…」
「イレヴンの中ではもっぱらの噂だ。俺自身はそのソースの真偽の確認は状況証拠程度にしかできていないが…しかし、状況証拠をそろえれば確信につながる。ナナリーはユフィの身代わり人形じゃない!」
「そう云う噂が…流れているのは知っている。政庁でも、その噂がある。だけど…僕は…」
今日、ルルーシュの顔を見て、初めてスザクが表情を変える。
「俺は、ナナリーの云う『行政特区日本』に賛同してもいいと思った。だけど…あの中に本当にナナリーの事を考えて動いているやつはいない。お前も含めて…だから、俺は必ず、ナナリーを取り戻す!」
少女の姿をしたルルーシュが精いっぱいの怒りのこもった眼でスザクを睨んでいる。
「お前だけは…敵になっても、ナナリーを傷つける事はないと信じていた…だから、俺は、黒の騎士団全員の意見を捻じ曲げても、前回の『行政特区日本』の失敗でアレルギー反応を見せる日本人も言いくるめて納得させた…。だが…お前は…お前自身が日本人でありながら、すべての日本人を裏切った…」
ルルーシュの言葉に、スザクが押し黙る。
確かに、ナナリーにウソをついている事は事実だ。でも、捨て駒にするつもりなど毛頭ないし、スザクの全てをかけてナナリーを守るつもりでいる。
ユフィもナナリーの事をずっと気にかけていたのだ。
「僕は…ユフィの遺志を継ぐ…。だから、ナナリーにも協力して貰った。君の事を話す訳にはいかなかったから、だから、僕はウソをついた…」
「で、お前の歓迎会の時にあの電話か…やってくれる…」
スザクがゼロを捕まえて、ナイトオブラウンズになって、戦略はうまく動かすようになったし、口から発する言葉も、以前ほど甘い事は云わなくなっている気がしていた。
だが…ルルーシュに図星をつかれると、何も言えなくなるらしい。
この二人のやり取り…スザクは傷ついている表情を見せ、ルルーシュはそれに対して表情を変えない。
しかし…
「僕の仕事は、ゼロを捕まえ、殺すこと…」
スザクがやっと言葉を発した。
「なら、今、殺すか?だから、帰ろうとした俺を呼び止めたのか?」
皮肉いっぱいに目を閉じながら口元だけ笑みを見せる。
「お前は、俺に言ったな…。『間違った方法で手に入れた結果に意味はない…』と…。今のお前のやり方が正しいのか?」
ルルーシュは更に追い打ちをかけるように言葉を発した。
「ぼ…僕は…もう一度、ゼロを捕まえ、殺すまでは…自分の心を殺しても…ゼロを追い続ける…」
「……」
これ以上、話しても無駄だ。
まして、ユフィの前でする会話じゃない。
「捕まえる気がないなら、俺は帰る…。じゃあな…」
そういって、ルルーシュは踵を返した。
これで、しっかり、自分が記憶を取り戻したことがばれた。
式典会場跡から出ると、携帯電話を取り出し、ロロに連絡する。
念の為に、ナイトメアで迎えに来てもらった方がいいかもしれない…。
「兄さん…」
ヴィンセントに乗って、ロロがルルーシュを迎えに来た。
コックピットを開くとロロが出てきた。
「兄さん…すごい格好だね…」
「仕方ないだろう…。機情まで動いているんだ。ユフィの墓参りくらいしたいと思っても、阻止されるか、捕まるか…だからな…」
ややびっくりしたようにロロが目を丸くする。
「とりあえず、アッシュフォードに戻る。スザクに俺の事がばれたとなれば、放っておいたら、お前にも危険が及ぶ…」
「兄さん…僕は大丈夫だよ。自分の身くらい、守れるよ…」
「言っただろ?お前は俺の弟だ。心配するのは当たり前だろ?」
偽りの優しさでロロに微笑みかける。
変にロロに動かれてもルルーシュが動きにくくなる。
「兄さん、とにかく今は帰ろう。枢木スザクに…会ったの?」
「ああ、ちょっとしたタイミングでな…。風が吹かなければ、多分、言葉を交わす事もなかったんだがな…」
くくっと口の中で複雑な笑いをもらす。
あの時、自分は、何の計算もなく、スザクの呼びかけに足をとめた。
まぁ、C.C.がまだ、彼らの手に入っていない。
殺される事はないだろうし、見逃して、泳がせるつもりなのだろう。
スザクは変わっていなかった。
戦闘中のあんなスザクを見ているとかなり不安ではあったが、ちゃんと、自分の本質の部分は変わっていなかった。
恐らく、まだ、自分の心に囚われて、奥底では苦しんでいる。
「スザク…俺は、絶対にナナリーを守る…。お前がナナリーをユフィの代わりにしていると云うなら…俺は、全力でお前からナナリーを…」
恐らく、隣にいるロロにも聞こえない程度の小さな声で…ただ、その眼に強い何かを決心したであろう光を湛えている。
「兄さん、このままアッシュフォードに帰るの?他によるところとかは?と云うか、その服…どうするの?」
「とりあえず、部屋で着替えるさ。着替えはここにないからな…」
「え?その格好で、あのクラブハウスの中歩くの?」
そう云えば、今朝出かけたのは早朝で、誰もいない時間だった。
しかし今は…
「そう云えば、あいつも、『お前、実は女だろ…』なんて言っていたな…。そんなに女に見えるか?」
まるで自覚のない口調でロロに尋ねる。
ロロ自身は、困ったような笑顔を見せて…
「まぁ、無自覚ならいいんじゃない?」
と乾いた返事を返した。
―――この人は…自覚がないのか?
と思いつつ、ヴィンセントの操縦に集中した。
一方、スザクの方は…まだ、式典会場跡にいた。
「ルルーシュ…君は…」
ルルーシュの置いて行った花束を見て、複雑な表情を浮かべた。
「ユフィ、ごめん…。本当は、ルルーシュに会いたかったんだろ?」
その場に片足をついて、腰を低くしてその場所に語りかける。
ふっと風た吹いて、耳元で何かをささやかれた気がした。
彼が愛した、優しい声…
―――スザク…ルルーシュを…お願い…。
そんな、ユフィの声が聞こえたような気がした。
今のスザクは、ゼロに対する怒りが大きいので、自分の中で作り出したものじゃない事は解る。
しかし…
「ユフィは…ルルーシュを許しているの?君にギアスをかけて、利用して、君に汚名を着せて殺して…それでも…君はルルーシュを許しているの?」
風の吹いて来た方向を向いてそんな言葉が口に出てきた。
自分の目の前でユフィはゼロに射殺された。
あと…あと、30秒早ければ…間に合ったかもしれなかったのに…。
スザクのそんな問いに答えはない。
ただ…さっきの声がユフィの意思なのか…と云う思いだけが残る。
「ユフィ、君が願った『行政特区日本』…ナナリーがその遺志を引き継いでくれたよ…。そうなれば…ルルーシュもきっと…」
そんなセリフがふっと口をつく。
スザクは自分の言葉に驚いた。
そして…自分の頬を涙が伝っている事に気がつく。
―――どうして?僕が…泣いている…?
今のスザクの立場はナイトオブセブン…。
皇帝直属の騎士だ。
今のルルーシュとは敵対関係にある。
ただ…その願いの由来はきっと、お互いに違うところにあるが、今のブリタニアの横暴を何とかしたい…そう思う気持ちはお互い一緒らしい。
「ユフィ…いつか…いつか、ルルーシュとナナリーと3人で…来るよ…。いつか…必ず…」
かなう可能性の低い約束をして、スザクはその場を後にした。
「ルルーシュ…僕は…」
END
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