ユーフェミアが死んで、2年の月日が経った。
そう、ちょうど2年前の今日、ゼロ…ルルーシュの手によって、射殺された。
ルルーシュのギアスが暴走し、ユーフェミアは、そのギアスの力に抗いながらも、逆らう事が出来ず、『行政特区日本』の設立の式典で、多くのイレヴンを虐殺した。
ルルーシュ自身、止めようとしたが、一度かかってしまったギアスをどうする事も出来ず、―――ならば…せめて…無駄死にだけはさせない…
と、周囲に伏せていた黒の騎士団に式典に参加しているブリタニアの貴族や軍に対する殲滅命令を下した。
「ユフィ…」
ユーフェミアが銃弾に倒れたその場所に、2年と云う月日が経った今、ルルーシュがユーフェミアの好きだった花をもって…佇んでいた。
「ユーフェミアの墓参りをしたい?どこに埋葬されているのか知っているのか?」
「墓の場所は知っているが、俺は今、ブリタニアには戻れない。だから…富士の…あの場所に…」
C.C.にそう切り出したのは1週間前だった。
昨年は、皇帝である父のギアスによって、記憶を書き換えられていたから、墓参りをする事を考えることすらできなかった。
しかし、今は…
「富士に行っても、あの、枢木スザクが現れる可能性がある…」
「変装はするし、この格好で行く気はないさ…。ただ…やっぱりちゃんと…謝りたい…。本当は…あの時、ギアスが発動さえしなければ…今頃、もっと、平和になっていただろうし、ナナリーもスザクも俺の手から離れる事はなかったかもしれない」
普段は年に似合わないような態度をとるくせに、こうして見ると、まだまだ子供だ。
大人ぶっている時とこうして、傷つきやすく繊細にできている神経のギャップは見ている分には飽きないが、それはそれで、彼の脆さであり、危うさだ。
「しかし、あの枢木スザクがちょっとやそっと、お前が変装したところで、見破れないと思っているのか?」
「さぁ…。まぁ、見つかれば、その場で、俺が記憶を取り戻している事がばれるから、お前を誘き出す為の餌にされるだろうな…」
「……」
そう云いながら、ルルーシュが自分のクローゼットを物色している。
―――確か…いつだか、ミレイ会長の気まぐれで開催された男女逆転祭りの衣装があった筈だが…
と、独り言を呟いて…。
「お前…女装していく気か?」
「あんまり気が乗らないが…男の恰好をしていくと一発でばれるだろ…。確か、ウィッグとかもあった筈だ…」
―――そこまでして…
とC.C.は思うのだが…それでも、ルルーシュの顔立ちは男でも女でも通用する。
男とばれなければ、別に、変態扱いされる事もないだろうし、もし、男とばれたとしても、いろんな意味で、ファンが出来るに違いない。
C.C.は、なんとなく思う。ルルーシュの容貌は男女問わず、好かれる容貌をしている。
本人には自覚がないようだが…。
大きな、帽子をかぶり、本来ならユーフェミアが着れば似合いそうな、ワンピースに少し濃いめの色の薄い上着を羽織る。
「……」
「な…なんだよ…」
C.C.がお嬢様のような格好となったルルーシュを見て、絶句する。
言葉遣いと声さえ…違えば、確実に女として扱われるだろう。
「お前…実は女だろ…」
黒いストレートのウィッグに白を基調としたワンピースと帽子、黒とまではいかないが、濃紺の上着を羽織っていると、本当に憂いを帯びたお姫様だ。
アッシュフォード学園の生徒会はおろか、学園全体が喜びそうだ。
それこそ、男女問わず…。
「じゃあ、行ってくる…。一応、携帯は持っているが、電話がかかってきても多分、出ない…」
「まぁ、自分の身をちゃんと責任持てるなら私は別に何も言わない…」
そう手短な会話を残して、憂いを帯びたお姫様が出かけて行った。
富士に向かう時、ルルーシュはずっと頭の中で考えていた。
スザクが皇帝の前に引きずり出した時点で、あの父親なら、すぐにでもルルーシュを殺すことは出来た。それでも…生かされていた。
記憶を書き換えたとはいえ、ルルーシュの潜在能力まで封印されてはいなかったのだ。
チェスでは記憶を失っている1年間、誰にも負けた事はなかった。
表、裏の世界のプロアマ関係なく…。
それは、ルルーシュが記憶を失う前から得意としていたし、皇族の兄弟の中でも、あの子供だった時点で、シュナイゼルに次ぐ実力だった。
それに、考え方そのものは変わってはいない。
普通に授業はさぼっていたし、教師と口論になっても負けた事もなかった。
それはルルーシュの持つ本来の姿だろう。
それも封印しなくては、いずれ、ルルーシュはブリタニアに刃を向けただろう。
たとえ、ナナリーの事がなくても、潜在的に皇帝に対しては嫌悪感を抱いていた。
頭では忘れていても、自分の体が覚えていたと云う事か…。
どの道、記憶を取り戻そうと、記憶を失ったままでも、そのまま殺す気でいただろう。
ルルーシュの父親…ブリタニア皇帝とはそう云う男だ。
C.C.さえ、手に入ればあの男は満足だろう。
何故C.C.を追っているかは知らないが、あの男の目的はC.C.だ。
つまり、C.C.が捕まらなければ、スザクが自分の意思でルルーシュを殺すことはない。
多分、そう云う事なのだ。
これまで、黒の騎士団と戦闘を繰り返し、今でもスザクはルルーシュの記憶が戻っていないとでも思っているのだろうか…。
もし本当にそんな風に考えているのなら、ラウンズとして如何なものかと思うが、それを知っていて個人的な感情で放置しているなら確実に背信行為だ。
とすると、その上には確実に、大きな力が加わっていると云う事だろう。
富士のふもとに着くまでにルルーシュはへとへとになっていた。
男と云う生き物は、女に見えれば何でもいいのか???
と、本気で考えてしまった。声を出せば、ルルーシュの低い声ではすぐに男だとばれてしまうし、黙っていれば、いつまでもうるさいし…。
「とりあえず…」
ユーフェミアを撃った場所まで辿り着いて、その場にユーフェミアの為に用意した花束を置く。
「ユフィ…こんな格好でごめん…。君が俺の事を黙っていてくれたおかげで…俺の正体を知る人は少ないが、正体を知る人の殆どが俺の敵なんだ…」
そんな事を云いながら、自嘲している。
なんで、こんなところで、こんな言い訳をしているんだか…。
『行政特区日本』の設立の式典に使われたこの広場は今も、廃墟として残されている。
ブリタニア人も日本人もほとんど近寄らない場所になっていた。
「ユーフェミア…ごめん…。俺は…結局…いまだに何も成せていない。スザクから憎悪だけを向けられ、ナナリーも今は、あの男の元にいる。本当は、一日も早く、あんな所から、救い出したいのに…」
『行政特区日本』を考えたのは、ナナリーの為だと云っていた。
自分の皇位継承権と引き換えに…。
それなのに…
「俺は…なんの力もなかった…結局…君を犠牲にしたのに…結局…」
ブリタニアを壊すと云いながら、あのザマだ…。
スザクに捕らえられ、父のギアスで記憶を書き換えられ、今まで、一度もユーフェミアの元に来る事は出来なかった。
そう云いながら、涙が止まらなくなる。
もともと、ルルーシュは涙を流すことは殆どない。
ユーフェミアを討つと決めたあの時以来、涙を流した覚えもない。
ギアスを得て、自覚しつつあった戦略の才能を持って、ブリタニアにとって、危険な組織と意識させられるほどの力を持った。
でも、結局は、中途半端な力は罪なのかもしれない…そう思えてくる。
大嫌いな父親のあの思想…『弱者に用はない…』その言葉が頭に浮かんでくる。
そんな言葉をぶんぶんと頭を振って振り払う。
そして、小一時間ほど、返事のない相手に話しかけ続けた。
今となっては、彼女がどう思うかなんて、知る術はない。
母の身分が低く、その母も暗殺という手段で殺された後、王宮内で差別と侮蔑の視線ばかり浴びせられていた頃、ユーフェミアだけは、笑顔で…屈託のない笑顔でルルーシュ、ナナリーと接してくれた。
「あの時、俺はどうすれば、君を救えた?君と、一対一で話すまでは、俺は、ユフィを生贄にしようとしていた」
自分の両手を見つめると、今まで、自分が殺してきた人たちの血が見えるようだ。
真っ白で、骨ばっている細い手にいったい、どれだけの血がしみ込んでいるのだろう…。
ユーフェミアはルルーシュがゼロと知っても、相変わらずの笑顔を向けてくれた。
戦いに身を投じ、多くの人の血を流している事を知った後も、ユーフェミアは変わらなかった。それどころか、そんなポジションにいるルルーシュを心配し、『行政特区日本』の設立とともに、ゼロと云う仮面を捨てさせようとまでした。
「あの時、ギアスが発動して、君は、その力に抗おうとしたね。あんなに、かよわいお姫様に見えていても、やっぱり、コーネリアの妹姫なんだな…。いつも、君は、コーネリアと自分を比べて、自分の事を卑下していたが…君は、立派な皇女だった」
いつの間にかその場にある、大きめの瓦礫に腰かけて、昔語りをする。
「ナナリーが…君が死んだ後も…君に会いたがっていたよ…。ナナリーにとっても、君は、大事な人物だったんだ。俺も、君だけは、皇族としてではなく、一人の女の子として見ていたよ。君の明るい笑顔にずっと救われていた…。ナナリーも君に会うと、すごくうれしそうだったし…」
昔を懐かしむように語っている。
王宮に住んでいた頃、母が死んでからはずっと、ナナリーを守り、自分を守るために、常に警戒心をあらわにし続けた生活だった。
それでも、ユーフェミアのいる時だけは…違っていた。
ユーフェミアを撃った後、『たぶん…俺の初恋だった…』という言葉はウソではない。
確かに、異母妹だったが、ナナリーとユーフェミアのどっちがルルーシュのお嫁さんになるかを言い争いしていた時、正直、嬉しかった。
「あのあと…二人で大ゲンカして、俺に『どっちをお嫁さんにするの?』って問い詰められた時には、さすがに参ったな…」
苦笑しながら、誰に云う訳でもない話を続ける。
こんな風に色々話すのは、本当に久しぶりだ。
スザクが敵になって、そうやって、心を許せるものは一人もいなくなった。
日本におくられる前の日…ユーフェミアは泣きながら、ルルーシュとナナリーの元に来た。
―――私、まだ、一度もチェスでルルーシュに勝った事がないのに…と…。
その時には…なんの力もなくて、どう答えていいか、その答えの言葉も解らなくて…ただ…
―――ごめん…ユフィ…
としか、言葉を発することが出来なかった。
「そう云えば、俺とチェスをして負けるたびに、泣きながら食らいついてきたっけ…。俺が勝てなかった相手はあの頃、シュナイゼルだけだったんだし、ユフィに勝てる訳なかったのにな…。俺も大人げなかったよな…。ちゃんと、ユフィに合わせて…」
瞼を閉じると、懐かしい光景が映し出される。
いつも、敵意をむき出しにされたり、差別、侮蔑的な態度を取られていたりする事ばかりだったから、ユーフェミアとの思い出は特別なものだ。
なんで、あの時、あんな事になってしまったのか…。
C.C.を恨む気はないが、あの時だけは、ギアスの力が疎ましかった。
王の力とは…持つ者を孤独にする…C.C. がルルーシュにこの力を与えた時に、ルルーシュに言った言葉だ。
「こういうカッコ…ユフィなら面白がるんだろうな…。君の性格なら…。何でも面白がっていたからな…」
帽子を頭に抑えながら、空を見上げる。
あのときと同じく、よく晴れている。
ルルーシュはよっと、立ち上がる。
「ユフィ…また来年…来るよ…生きていたら…」
そう云いながら、その場を立ち去ろうとした。
そろそろ帰らないと、遅くなってしまう。
花束を置いた、その場所に一礼して踵を返す。
その時、前から誰かが大きな花束を持って近づいてきた。
その姿は…決して忘れる事はない相手だった。
いろんな感情が交錯する相手…。
「スザク…」
口の中で驚きとともに小さく呟く。
心臓が…うるさいほど警鐘を鳴らしている。
ここで、捕まる訳にはいかない…。
ふっと下を向いて、歩き出した。
「こんにちは…」
スザクがルルーシュに声をかけてきた。
恐らく、ルルーシュだと気付いていないのだろう。
声を出せないから、軽く頭を下げて通り過ぎようとした時…まるで、ユーフェミアがいたずらをしたかのように風が吹いて、帽子が飛んでいく…。
「あ…」
「ちょっと待って…」
スザクがそう云いながら、帽子を追いかけて行った。
―――今のうちに…ここを離れなくては…
ルルーシュがそう思った時、スザクが帽子をキャッチした。
相変わらずの運動神経だ。
そして、おせっかいと云うか…なんと云うか…
「帽子、大丈夫ですよ…ちゃんととりましたから…」
後ろから声をかけられるが、スザクの方を向く訳にはいかない。
恐らく、ウィッグをつけて、髪形は変えていても、スザクに解らない筈はない。
というか、今の距離を縮められたら、恐らく気配でばれる。
スザクとはそう云う男だ…。
「あ…あの…」
尚もスザクが声をかけてくる。
―――どうする…
ルルーシュがこの場で走り出しても、スザクが追いかけてきたら、絶対につかまる。
逃げ切れない。
かといって、声を出すことも、出来ないし、逃げ切る自信は全くない。
ここは、無駄な足掻きをせずに相手の出方を見て、逃げる隙を考えよう…。
覚悟を決めて、恐る恐るスザクの方を振り返る。
顔を下に向けたまま…
「!…」
声が出てこない。
ただ、気配で解る。
スザクがルルーシュに気がついた事を…
「ルルーシュ…」
ここまで来たら…開き直るしかない…。
どうやら、軍を率いている様子はない。
私服だし、どうやら、オフのようだ。
恐らく、ユーフェミアの為に休暇をとったのだろう。
こんな時に黒の騎士団が動いていたら、スザクはやはり、ゼロを倒す為にユーフェミアの為に割いた時間を黒の騎士団討伐の為に使うのだろうか…。
そんな風に考えてしまうほど、スザクは見た目には、以前の、ルルーシュのよく知るスザクの姿だった。
頭をあげ、スザクを顔をまっすぐ見る。
姿は少女の恰好だが、ルルーシュの周囲を取り巻く空気は、ルルーシュのものだった。
そんなルルーシュを見て、スザクは驚き、体を震わせた。
「久しぶりだな…スザク…」
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