桜の咲く場所(後編)


 桜が咲く頃…この地域では卒業式のシーズンとなる。
ルルーシュが家族を失って、初めての桜…
家族が自分の目の前からいなくなって…今日まで…多分、ルルーシュの目に映るものは全て、灰色だった気がする。
卒業式の後で、賑わしい学園内のクラブハウスの片隅に…ここだけ別次元になったかのように静かな場所がある。
ルルーシュはそこで…やっと…涙を流した。
これまで、ルルーシュの周囲は騒がしくて、とてもじゃないけれどおちおち泣いているだけの余裕すらなかった。
でも、あの悲しみの直後であったのなら、それでよかったのかも知れない。
大きすぎる悲しみの中でそれをストレートに受け止めるのは…まだ高校生のルルーシュには辛すぎただろうから…
それでも、現実を受け止めなくてはならない…
とりあえず、ルルーシュはこれからの為に、亡くなった家族の為に動きまわっていて、他の事を考えている事が、多分、あの時の最善だったと思う。
ただ…一旦落ち着いてしまうと…気が抜けてしまって…それまで張りつめていた緊張の糸が緩んでしまって…
だから…ここに来るまでは我慢していたと云うのに…
何ともタイミングが悪く…スザクが入ってきた。
相変わらず、乱暴に扉を開けて…しかも、ノックなし…
いつも気の強いルルーシュだから…誰かに涙を見せるなんて事は…絶対にプライドが許さない。
いつでも、毅然としていたかった。
そう、色々と下心を抱きつつルルーシュを構おうとしてくる親戚やら両親の(自称)親友やら…そんな連中につけ込まれない様に振舞っていた時には自分の気の強さを感謝したくらいだ。
毅然と、背筋を伸ばして、決して涙を見せずにきちんと受け答えした。
そして、ルルーシュの事をあまり知らない連中は同じセリフを吐いてルルーシュの前からいなくなっていった。
『家族を亡くしたってのに…泣きもしない…。可愛げのない子ね…』
泣く事で可愛げのある女の証拠であると云うのなら…世の中、素直に涙を流していた方が生きていく上で得もするだろうが、騙され易いという事にもなる。
よほど頭が良く、演技上手でなければやっていられないだろう…
まして、これだけ下心丸出しで近づいてくる輩ばかりでは…

 泣いていないからと云って、悲しくない訳じゃない。
ただ…性格上…他人に…下心を抱いた大人たちに弱みを見せたくなかった…ただそれだけだ。
でも、その事で立ち去ってくれる連中であればむしろ有難かった。
そうではなく、こんな微々たる財産目当てにしつこく付きまとう連中にはほとほと困ったものだ。
お陰で、1ヶ月以上、家族の死を悲しんでいる事も出来ずにいた。
ただ…それはそれでよかったと思う。
深すぎる悲しみの中で、這い上がれなくなるのは困る。
あの時、そのまま悲しみに沈んでいたら…ルルーシュをそこから救いあげてくれる人は…もう残されてはいなかったのだから…
少なくともルルーシュはそう思っていた。
しかし、そんなしつこい大人たちに対して、たった一人だけ、面と向かってルルーシュを庇ってくれたのが、今、ルルーシュの右隣にいる幼馴染だった。
そして…今もこうして…ルルーシュの気持ちの逃げ場を作っている。
「まったく…ホントに素直じゃないよな…ルルーシュは…。ルルーシュくらい綺麗ならそうやって泣いていれば、いつだって優しい誰かが手を差し伸べてくれるだろうに…」
スザクがふとそんな風に言葉を発した。
ルルーシュにしてみれば、ルルーシュに声をかけて来る連中など、絶対に何か裏があるに決まっている。
このルルーシュの持つ容姿の所為で、嫌な思いも怖い思いもしてきたのだから…
「下心のある優しさなんて、優しさじゃない…。何の見返りも求めずに優しさをくれたのは…お父さんと、お母さんと、ナナリーだけだった…」
相変わらず泣きながらの言葉…
相当無理をしていた事が窺える。
『そんな事はない…』そんな風に云いかけてスザクは言葉を飲み込んだ。
今の状態で、スザクが何を言ったところで、ルルーシュの気持ちが収まる訳でもないだろうし、言いたい事を全て吐き出させてやった方がいい…そんな風に思う。
本当は、あんな下心見え見えの大人たちと同列に並べられる事は、スザクとしては非常に心外な話なのだが…
「ま、そう言うなら、帰りに昼飯でもおごれ…。俺だって、結構あのババァ達の前では役に立っていただろ?」
ふざけて冗談めかしてスザクがそう言うと、ルルーシュは顔をあげて、スザクの顔をやっと見た。
ルルーシュらしくもなく、顔全体が涙と鼻水で腫れて真っ赤になっている。
「お前…一体いつから泣いていたんだよ…」
流石にこんなルルーシュを見るなんて…幼馴染のスザクでも初めてだったからつい、驚いてしまう。
そのスザクの反応にルルーシュはすぐに顔を背けて、ポケットティッシュを数枚出して、顔を拭き始める。

 そんな風に泣き顔を見られて、しかも、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている顔を見せるなんて…他の相手であったら、絶対にあり得ない…ルルーシュはそんな風に考える。
―――でも…確かに恥ずかしいけど…つい、顔をあげてしまったのは…スザクだったから…?
ルルーシュの頭の中でそんな思いが過ると耳まで真っ赤になって、スザクの方を向けなくなってしまった。
スザクの方はと云えば…一応、女子に追いかけまわされ慣れているし、割と女子の扱いは同じ年の男子と比べればうまいと云う自覚はある。
それに、ルルーシュの性格も、幼馴染特権で把握済みだ。
「ちょっと待ってろ…。タオル絞ってきてやるから…」
スザクはその一言を残してその部屋を出て行った。
そして程なくして戻ってきた。
相変わらずスザクから顔を隠すように立っていて…スザクの方を見ようともしない。
「ルルーシュ…ほら…タオル…」
そう声をかけるのだが…相変わらずルルーシュは耳まで真っ赤にして肩を震わせながら背中を向けている。
―――相変わらず…プライド高いなぁ…
スザクはそんな風に考えながら…それでも、他の生徒よりはルルーシュの扱い方をよく知っている。
ルルーシュの短い髪の毛の先から見えている白いうなじにその持っていたタオルを押しあてた。
「!…な…何をする!」
ルルーシュはそのうなじにあてられたタオルをひったくって、スザクの方を睨んだ。
「ルルーシュがなかなかこっち向かないからだろ?そのまま放っておくと、お前…絶対に真っ暗になるまでここで佇んで一人で泣いていたんだろうしな…」
「うっ…」
スザクの言葉に返す言葉もなく…そして、渡されたタオルで顔を拭き始めた。
昨今の女子高生の様な化粧をルルーシュはしていないからできる芸当だ。
化粧をしていて、顔を拭いたり、洗ったりなど…出来る筈はない。
あまり丁寧とは云えない拭き方で顔をこすっているルルーシュを見ていると少し苦笑してしまう。
スザクはこれまでにも、告白されて付き合ってきた女子はいる。
大抵、告白されても振られるのはスザクの方だったが…
スザクとしては、特に二股をかけた事もなかったし、特定の相手がいる時に告白されても、丁重にお断りしていた。
傍から見ると、物凄く紳士的な彼氏だったらしい(ルルーシュ談)が…それでも、最期には同じセリフで振られていた。
『枢木君って、付き合っていても枢木君の彼女になれた気がしない…』
それが、多少言葉の順序や使われる単語が違っても、意味としてはこんな感じのセリフで振られていた。
そうやって振られても、一度も悲しいと思った事はなく…時々自分にはそう言った恋愛とか…向かないのではないかとさえ思ったほどだった。

 だから、卒業も間近になってきて、今はフリーだ。
ルルーシュが合格した大学は…スザクの進学する大学とは県が違っている。
そして、引っ越しは明日だと云っていた。
それを知っていたから…ルルーシュに纏わりついてきた、親戚だとか、両親の友人だとかと云う連中を追っ払ってきた。
あんな風に弱っているルルーシュに対しての、無神経な大人たちに憤り…否、壮絶な怒りを感じたのは事実だった。
「スザク…ありがとう…これ…スザクのタオルだろ?今日の内に洗濯して、明日、駅に行く前にお前に返すよ…」
そう云って、そのタオルを丁寧に畳んで、ビニールの袋へ入れた。
流石に濡れたタオルをそのままカバンに入れる訳にはいかない。
「そんなのはいいよ…いつでも…。それより、ルルーシュ…」
―――いつでも…って、言ったって…明日にはルルーシュは…この町を出て行くんだよなぁ…
言いながらそんな事を考えてしまう。
「なんだ?昼食、本当に私におごらせるのか?」
ルルーシュはややむっとしたようにスザクを見るが、すぐにその表情を崩す。
それでも、確かにここまでスザクには世話になっているから…あまり強くも言えない。
だけど…スザクが自分のした事に対して見返りを求める事なんて…これまでなかったので、多少…ショックを受けた事は事実だ。
―――これまで、いろんな女と付き合ってきて…性格が変わったのかな…
そんな風にごちゃごちゃ考えていると、スザクにルルーシュのおでこを小突かれた。
「何、ワケ解らない事を云っているんだよ…。俺がこれまでにお前に何かをしたからって何か見返りを求めたことなんかないだろうが…」
心外だと言わんばかりにスザクがルルーシュを睨みながら、不機嫌そうにルルーシュに向かって言った。
なんだか…まだ、幼いころ…ルルーシュに云い負かされた時のスザクの表情を思い出して…少しだけ懐かしくなって…ふっと笑みがこぼれた。
「お…やっと笑ったな…。少しはすっきりしたみたいだな…」
スザクの言葉にルルーシュが驚いてスザクを見た。
確かに家族を亡くしてから…笑った記憶がないが…
と言うか、悲しさに打ちひしがれている暇さえなかった。
役所などの事務手続きに、葬儀の準備、お墓のある寺への連絡に、次から次にやって来る両親の知り合いたちへの対応…
今日になって、やっと、素直に感情を外に出して…涙を流す事が出来たくらいだ。

 スザクのその一言でつい、顔を背けてしまった。
なんだか…家族を亡くしたばかりなのに不謹慎な気がしてならなかった。
「お前さぁ…お前の家族がただ、お前が感情を殺して抑え込む事なんて望んでないと思うぞ?ナナリーだって、お前が素直に泣いて、笑って、怒って…そうしていた方が安心すると思うけどな…」
スザクの言葉にルルーシュ自身きょとんとする。
これまで…忙しさにかまけて…自分の気持ちと向き合う事をしてこなかった。
今にも自分を失ってしまいそうなルルーシュの様子を見かねたスザクが、あの時出してくれた助け船…
『とりあえず、ああ云う連中が消えるまでは、ルルーシュの恋人のふりしてやるよ…。そうすれば、ああ云うのを追っ払えるだろ?下心見え見えの連中ばっかりだと、大変だな…』
その言葉…きっとルルーシュにとって、あの時、何よりも支えになったのだろうと思う。
その証拠に…あのままの状態でいれば…こうしてスザクがルルーシュを守ってくれる…などと考えてしまったくらいだ。
「スザクって…やっぱり、女を騙すのがうまいんだな…。そんな風に誰にでも優しいから、女子が寄ってくるし…それでぽんぽん付き合うから、同じ失敗を繰り返すんじゃないか…。そんな事していると、本当に大切な女性が現れたとき困ると思うぞ…」
ちょっと切ないけれど…でも、幼馴染と言う立場だからこそ、スザクはルルーシュの傍にいてくれたし…助けてもくれた…。
だから、そんな感謝の気持ちを込めた言葉…のつもりだった…
「別に…騙しているつもりはないし…って言っても、高校に入ってから付き合っても、もって3ヶ月だったからな…そう思われても仕方ないよな…」
ちょっと自嘲気味に話すスザクにルルーシュはくすりと笑って言葉を続けた。
「だから…これで、少しは自覚しろ!私とも距離を置けるようになるし…大学に入ったらちゃんと、彼女を大切に出来る奴になれよ?」
今のルルーシュに出来る、精一杯のスザクへの感謝…
「じゃ、明日、出発する前にお前のうちによってこれ返すな…」
そう云って、ルルーシュはその部屋を後にした。
スザクは…そんな後ろ姿を見ながら…一言…口の中で呟く…
―――あの鈍感…

 翌日、ルルーシュは全ての荷物を引っ越し先に贈ったことを確認して、自宅の戸締りをした。
暫く…ここに帰って来る事もないけれど…時々風を通してやらないと住宅は傷むと聞いた。
だから、隣の家のスザクの家に鍵を預けて行く事にした。
「ルルちゃん…寂しくなるわね…。でも、お休みの時は必ず帰ってらっしゃいね?」
「ありがとうございます…おばさま…。後、私の留守中、この鍵…お願いします。」
「解った…。これは責任もって預かるから…」
幼い頃から我が子の様に可愛がってくれたスザクの母親…
家族を亡くしてからずっと、心配してくれていた…
「あ、そうそう…スザクもルルちゃんと同じキャンパスに通う事になったのよ…。あの子…どうせ勉強なんてしないだろうから…また、よろしくね?」
スザクの母の言葉にルルーシュが目を丸くする。
「え?だって…スザクは…」
「うん…ホントは、X大学に行く予定だったんだけど、ルルちゃんが進路を決めた時…まだぎりぎり間に合った二次募集で受験してね…。昨日…合格通知が届いたの…」
スザクはそんな事…一言も云っていなかった。
「ホント、何を考えているんだか…。でも、ルルちゃんと…同じ大学に行きたかったみたいね…。あの子ったら…」
スザクの母親がころころ笑っていると、その母親の後ろからスザクが怒鳴りつけてきた。
「母さん!」
驚いた顔をしているルルーシュの顔を見るなりスザクは顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
「まぁまぁ…ルルちゃん、駅まで行くそうだから…送ってあげなさいな…スザク…」
そう云って、スザクの母親はスザクとルルーシュを追い出してしまった。
二人が駅までの道をただ…黙って歩いている。
あの楽しそうに話していたスザクの母親の話は…本当なのだろうか…
「ルルーシュ…俺も…すぐにそっち行くから…。待ってろ…。お前を一人にしておくと…ナナリーが心配するからな…」
ルルーシュの扱いも、女の扱いもうまいと思っていたスザクにしては…なんだか、かわいらしい態度だ。
それでも、スザクのそんな言葉が素直にうれしかった。
「うん…ありがとう…。待ってるから…」
そう云って、ルルーシュはホームへと入って行った。
ルルーシュの姿が見えなくなると、スザクも踵を返す。
「さて…俺も引っ越しの準備をしなくちゃな…」

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