卒業式間近ともなると、3年生たちは自由登校になるのでその姿を見せる事は殆どない。
進路が決まっている者たちも、新しい生活の準備などで追われる事になるし、進路先の関係上、仲の良かった友達とも離れ離れになっていくことになるので、その別れを惜しむかのように、一緒に出かけたり、家を行き来したりする。
そんな中、ルルーシュはしっかり進路が決まっていたものの、そんな矢先に家族を亡くした。
本当に、本当に偶然の出来事…
交通事故で、ルルーシュは両親と、誰よりも可愛がっていた妹を亡くした。
たまたま、ルルーシュが留守の時に、3人で買い物に出かけたという。
丁度、ルルーシュの大学合格が決まって、ルルーシュに内緒でお祝いの品を買いに行く途中だったそうだ。
運転していた父親と母親は正面から突っ込んできたトレーラーが突っ込んできた衝撃で即死したという。
後部座席で眠っていた妹のナナリーだけは、衝突の衝撃で車の外に投げ出された。
その時にはまだ息があり、救急車で病院に搬送された。
しかし、ルルーシュが駆け付けた時には…息を引き取っていた。
そして、その場に立ち尽くして、涙も出ないルルーシュはただ…呆然としていた。
いきなりの連絡に、いきなりの出来事…
ルルーシュの頭の中では現実逃避するかのように…思考が停止していた。
そして、その連絡を受けた隣の家に住む幼馴染のスザクがルルーシュにこう告げたのだ。
『ルルーシュに内緒で、ルルーシュの合格祝いの品を選びに行くって…嬉しそうに話していたよ…』
と…
その一言を聞いて、ルルーシュはただ、錯乱したようにスザクの胸をその拳で叩きながら叫んでいた。
『そんなもの…そんなもの…要らないのに…。私は…そんなもの…』
そこまで口にした時…脱力してその場に崩れ落ちた。
声を出す事によって、ルルーシュの頭の中に現実が流れ込んでいき…恐らくは…無意識のうちに自己防衛だった…
意識を手放す事で、この場は現実から目をそらす事が出来る。
スザクはその細い身体を両手で受け止める。
ルルーシュがどれほど妹のナナリーを大切にしていたか…よく知っているだけに今は…眠りの世界にいた方がいいと思った。
そうして、ゆっくりルルーシュの身体を抱き上げてから、ナースコールを手に取った。
すぐに看護師が駆け付けて、スザクは事情を話し、彼女が横になれる場所の準備を頼んだ。
その時から…1ヶ月…葬式やそのほかの手続きなど…細々とした事を一通り終えて、一段落した。
ショックが大きかっただけに忙しく動き回っていられる事は有難かった…。
父親の生命保険の書類に印鑑を押して、保険会社の社員に手渡し、ほっと息を吐いた。
大学へ行くにしても、就職に切り替えるにしても、当面の生活費は必要で…
現実には、ただ悲しんでいられる余裕など皆無だった。
そして、父親の生命保険や、母親が娘たちの為にとコツコツと貯めてきた預金通帳を見つけて、ただ…機械人形のように、必要な手続きを行っていた。
一人残されても…ここで自殺したいと思えるほどルルーシュ自身、愚かではなかったし、死に対しての恐怖はある。
親族や両親と仲の良かった友人たちはルルーシュに対して、
『気をしっかり持つのよ?後を追う事なんて絶対に考えちゃだめよ?』
などと心配はしてくれたが…あいにく、ルルーシュ自身、死ぬ事などこれっぽっちも考えてはいない。
そんな事をして、家族たちが自分の元に帰って来るのであればいくらでもそうしようと考えるが…
人間は死んだら土に還るだけ…そんな事をしたって、両親やナナリーに会う事なんてできない…そう悟るからこそ、ルルーシュは両足を地面につけて、淡々と必要な手続きをしているのだ。
その姿を見ながらそんな事を心配する大人たちに対しては、ルルーシュは普通に嫌悪感を抱く。
ルルーシュが死んで、父の生命保険や母が残してくれた預金を狙っているのかとさえ疑ってしまう。
そんなものを狙ったところで、ルルーシュの家は普通の一般家庭だ。
残された金だって、それほどの大金ではない。
中には
『うちにいらっしゃいな…』
と、下心丸出しで寄ってくる輩までいる。
こう云う時に人間とは本性を現すのだと…思い知らされた。
そう云ってくる輩は大抵、家庭内に息子しかいない…と言うパターンが多い。
家の事を手伝いもしないのに、金だけかかる子供にうんざりしているのだろう。
ここで女の子であるルルーシュを引き取っておけば、衣食住を与えれば、恩を押し売りして家政婦代わりにくらいにはなってくれるかもしれない。
そんな風に考える連中だろう事は、容易く想像がつく。
そんな大人の汚さを思い知らされ…その、誰もが振り向く美貌で笑顔を作り、丁重に断りの返事をしていた。
そんな疲れる毎日が…終わりを告げようとする頃…ルルーシュの卒業式となった…
久しぶりに会う同級生たちは、ルルーシュの事情を知っており、やたらと気を使うように視線を送る。
その視線に悪意がないのは解るが、正直、居心地が悪い。
だから、卒業式を終えて、最後のホームルームが終わると…ルルーシュはすぐに教室を後にした。
3年間、あっという間だったと思う。
楽しかったし、幸せだったと思う。
あの事故がなければ…
かつて、生徒会長だったミレイからとっておきの場所…として教えられた場所があった。
クラブハウスの中の…表側から見えない小さな部屋がある。
そこは…何を目的に作られたのかは知らないが、生徒会室から正反対の場所に位置しており、あまり日が当たらず…物置と化していたが…その部屋の窓から見える…この時期だけの風景があった。
そう、卒業式では少々時期的に早いのだが…そこから下を見ると、学園の周囲を囲んでいる桜の花を上から見下ろせるのだ。
今年は…春の訪れが早くて、平年と比べるとかなり桜の開花が早く、既に万回に近い状態になっていた。
ひょっとしたら…結局手に取る事が出来なかった、ナナリーたちがルルーシュに渡そうとしていた卒業祝いなのかも知れない…
そんな風に思っていると…自然に涙がこぼれてきた。
これまではいろんな忙しさに振り回されて、振り返る事すらできなかった。
恐らく、あの事故の後…初めてかも知れない…
こうして涙を流すのは…
眼下に映る桜は…あまりに綺麗で…
ここは…多分、生徒会のメンバーしか知らない場所だ。
きっと、他のメンバーたちがここに来るのはもう少し後だろう。
スザクは運動万能で、人当たりのいい笑顔の絶えない奴だから、今頃後輩の女の子たちに追いかけまわされている頃だろう。
リヴァルは同級生たちと、これからどこへ遊びに行くかとかの相談中だろうし、カレンはこの学校に親衛隊がいるほど男子生徒から人気があるから、もしかしたらここには来られないかもしれない。
シャーリーも彼女が所属していた水泳部員達との別れを惜しんでいるだろう。
ニーナはこの場所を知っていても滅多にここに来る事はなかった。
ルルーシュが生徒会に所属するまで、カオスの様な部屋だった。
流石に人一人しか入れないスペースではせっかくの桜見物も楽しくない…そう思ってルルーシュが惨状を見た時にさっさと片付けてからは、かなり快適に過ごせる場所となったわけだが…
ルルーシュだけは…そんな中、一人ここで佇んでいられる。
そんな風に思って、そして…ここから桜を見る事が出来るのは今日が最後なのだから…
一人もの想いに耽りながら桜を見つめる。
小さな花が集まって、これだけきれいに彩っている。
決して、派手さのある色眼ではないのに…それなのに通りかかると目を引く。
―――ナナリーも…この花が好きだったな…
そんな事を思いながらこれからの事を考える。
一応、今の家にいてはまたも親戚やら何やらが押し掛けてきて、下心丸出しでルルーシュに世話を焼こうとする。
その事が解ったので、家はあのままにしておくが、いくつか合格していた大学に関しては、ここから離れており、近くに親戚の家のない場所にある大学に入学手続きをした。
そして、さっさとアパートの契約もして、必要なものも運び込んでしまった。
だから、明日にはこの町から離れていく事になる。
その窓からは、街の姿も映し出されている。
すっかり春の日差しに彩られ始めている。
桜の咲く時期ではまだまだ、寒くなる日もあるが…でも、そんな中でも小さな黄緑の草花の芽たちが姿を見せ始めているのだ。
―――ガラッ
不意にルルーシュの背後の扉が開いた。
音を聞けば見なくても誰が来たか解る。
扉の開け方は大抵、誰がどういう風に開けるのか…覚えてしまった。
そして、この開け方は…一番なじみのある人間の…そして、恐らく、今日を逃したら滅多に会えなくなるであろう相手だ…
「ルルーシュ…」
涙が止まらないままだったから…ルルーシュは決して振り向かなかった。
見られたくないから…
「相変わらず…乱暴に扉を開ける奴だな…スザク…」
声の主に静かに声をかける。
家族がいなくなってから…ずっと傍で…親戚たちが邪心をもってルルーシュに近づいて来る中…ある意味スザクの近くは非常に安心が出来た。
幼馴染…と言う事もあるだろう。
そして、スザクはルルーシュに対して、あんな邪心を向ける事がなかったから…
あまりにしつこい相手の時には、スザクが追っ払ってくれた。
『とりあえず、ああ云う連中が消えるまでは、ルルーシュの恋人のふりしてやるよ…。そうすれば、ああ云うのを追っ払えるだろ?下心見え見えの連中ばっかりだと、大変だな…』
そう、昔と変わらない笑顔でスザクがルルーシュに提案してくれた。
恐らく、憔悴しきったルルーシュを気の毒に思ってくれてのものだろう…
ルルーシュの中ではそう理解した。
否、せざるを得なかった。
ルルーシュ自身、気づいていたけれど…ひた隠しにしてきた気持ち…
スザクは…学校でももてる存在だから…だから…伝えれば迷惑になるかもしれないし、『幼馴染』と言う、ポジションもなくなってしまうかもしれない…
そんな風に思って、ひた隠しにしてきた。
だから…自分でも…あんな状態の時に不謹慎だと思いながら…
―――ああ云う輩が消えない限り…スザクは…こうして私を守ってくれる…
そんな風に考えてしまっていた。
スザクは扉をしめて、ルルーシュの右隣に立った。
「わ、俺、ここからこの桜見た事なかったけど…凄いんだな…。こんなことなら、去年もちゃんと見ておけばよかったな…」
軽い口調でそんな風に感想を口にする。
ルルーシュは下を向いたままスザクのその言葉に返してやる。
「今年は早いけど…去年は、入学式準備の頃が一番きれいだった…。それに、今年はまだ、満開…ではないし…」
ずっと一人で泣いていたから…やや声が上ずっている。
泣いている事を知られたくなかった。
でも、こんなに早くスザクがここに来るなんて…と言うより、殆どここはルルーシュの隠れ家みたいになっていたから、誰かが来ること自体、イレギュラーだった。
「そっか…それは残念だったな…」
スザクがそう一言発すると…暫く二人の間を沈黙が支配する。
どのくらいの時間が経ったのか…先に口を開いたのはスザクだった。
「なぁ…泣けばいいじゃん…。そんな風に我慢しなくても…」
スザクが何でもない事の様にルルーシュにそう言う。
ルルーシュとしては下を向いたまま目を見開くが…泣いている事がばれた事に対する動揺ではなく、スザクがそんなセリフをくれた事に対する驚きだった。
「べ…別に…無理なんて…」
「しているだろ?まぁ、あんなババァ達がしょっちゅうルルーシュを訪ねて来るんだからな…そりゃ、気を抜いている場合じゃないって思うかもしれないけど…ここなら、俺しかいないし…」
スザクの観察眼は時々ルルーシュの中の計算外となる。
だから…スザクは扱いにくい…そう思っていた。
「……」
「なぁ、俺にまでそんな風に強がる必要はないだろ?」
「…っく…ふぇ…」
幼馴染の言葉に…堰を切ったように涙が流れてきた。
忙しく動き回っている時…ずっと、貯めこんできた涙が…一気に流れ出してきた感じだ。
いつの間にか、見下ろすようになってしまった下を向いて泣いているルルーシュの頭をスザクがそっと撫でている。
ルルーシュが失ったものの大きさを完璧にとは云わないまでも、解るだけに…これまでの気丈さが痛々しい。
そんな風に思いながら…スザクはルルーシュのサラサラの髪の毛を、撫で続けていた…
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