ルルーシュはベッドに横たわっているスザクの傍についていた。
普通、あれだけの出血を起こせば、死に至るだろう。
しかし、まだ目を覚ましてはいないとは云え、既に出血が止まっている。
そして、額には…かつてC.C.の額に現れたのを見た事のある、ギアスの紋章が浮かび上がっている。
ベッドに入る前に、一通りの手当てを施そうとして、服を脱がせた時、既に、傷口は塞がりつつあった。
―――これが…コードの齎す力…
ルルーシュは改めて、自分が継承した力に驚愕した。
実際に、自分が正式に継承した時には、ジェレミアとC.C.が傍にいて、ルルーシュの様子を見ていたが、自分ではその時の事は解らない。
結局、体に付着した血液を拭き取っている内に、傷そのものは完治していた。
ジェレミアは、
「そのまま着替えさせて寝かせておけば、大丈夫ですよ…。ルルーシュ様の時もそうでしたから…」
とだけ言って、部屋を出て行った。
ルルーシュの心配が解るらしい。
実際に、『ゼロレクイエム』は全世界、ナナリーの為でもあったが、スザクの為でもあったのだ。
それが、こんな形で帰って来る事になるとは夢にも思わなかった。
ルルーシュの中では、スザクに聞きたい事が山ほどあった。
何故、コードを継承しようと思ったのか…
何故、共に罰を受けようとするのか…
何故、ルルーシュの元に帰ってきたのか…
ルルーシュは、スザクにとって、自分の主を殺した憎むべき仇なのだ…
それなのに…何故、ルルーシュと共に『永遠』と云う地獄を歩こうとしているのか…。
頭の中で、あれこれ考えていても、答えが出てこない。
スザクはルルーシュを憎んでいた…。
ルルーシュが『ゼロ』だった事を知り、心の底から憎んでいた。
それはルルーシュにもよく解ったし、スザク自身、それだけの事をルルーシュに対して行動に移している。
そして…Cの世界で、シャルル=ジ=ブリタニアを封印した後、スザクは、はっきり言ったのだ。
『ユフィの仇だ!』
と…。
しかも、その時のスザクの瞳は、憎むべき敵を見ている瞳だった。
それなのに…何故、ルルーシュと同じ、永遠の時を生き続けると云う選択をしたのか…
いくら考えても…ルルーシュの中には答えの片鱗すら見えてこなかった。
そんな事を考えながら、ベッドの傍らの椅子に腰掛けていたルルーシュだったが…。
ふと、スザクの睫毛が動いたのに気がついた…
「ん…」
「スザク!」
ルルーシュはスザクの右手を力一杯握った。
そして、スザクはゆっくりと瞼を開いた。
「あ…おはよう…ルルーシュ…。僕は…」
スザクはルルーシュの姿を見て、ふっと微笑みながらルルーシュに声をかけた。
まるで、何事もなかったかのように…お互いが、お互いの持つ秘密を何も知らない時の様なスザクの表情にルルーシュの疑問は、更に深まる。
「スザク…大丈夫か?痛むところとかはないか?」
「それは…君の方が先輩でしょ?君が目を覚ました時、どこか痛いところとかあったわけ?」
スザクがクスッと笑いながらルルーシュに言う。
本当に何ともないらしい…。
スザクはゆっくりと起き上がり、色々と聞きたそうな顔をしているルルーシュの方に身体を向けて、ベッドに腰掛ける形になった。
「なんだか…聞きたい事がたくさんあるって…そんな顔だね…」
「ああ…。聞きたい事は山ほどある。お前がやった事は解らない事ばっかりだ…」
ルルーシュは下を向いて、やや震えながら言葉を絞り出した。
永遠に罪を償いながら生きる…それがどう云う事なのか…
スザクはあのCの世界へ一緒に行ったのだから、C.C.と共に過ごした時間もあるのだから…全く解らない訳ではないだろうに…
それに、どんなギアスを得たかは知らないが、ルルーシュがギアスを駆使していた頃と比べて、そんな能力を必要とする場の少なくなったこの世界で、どうしていたのか…
そんなルルーシュにスザクはやや怒ったような声を出した。
「怒りたいのは僕の方だ…ルルーシュ…。『ゼロレクイエム』遂行の時だって、僕たちに心配する事すら許さなかった…。全てを自分で抱えて、僕の気持ちを勝手に決め付けて…。言ってはおくけれど、僕は…ルルーシュを殺したかった訳じゃない!ゼロを殺したかったんだ…」
スザクは拳を震わせながらルルーシュに言っている。
「ゼロを殺したいって…ゼロは俺だ!お前にゼロを継承した事を怒っているのか?」
ルルーシュは今にも掴み掛かってきそうなスザクにやや、苛立ったように質問を返した。
「そんなんじゃない!あの時、多分、この方法が一番良かったんだ…。それは解っている!でも…なんで、C.C.のコードまで君が引き継ごうとした!?そんな風に償われたって、ユフィも、シャーリーも、みんな、喜ばない!そんなのは、君一人の自己満足だ!」
スザクのその瞳には、確実に怒りの色が見える。
スザクの言葉の意味が、イマイチ解らないルルーシュにスザク自身が、苛立ちを覚えて、ルルーシュの胸倉をつかんだ。
「ルルーシュ!ユフィの望んだ『優しい世界』も、ナナリーが望んだ『優しい世界』も、君も含めて、『みんなに優しい世界』、『みんなが優しくなれる世界』だったんだ!あの時のナナリーの泣き顔を…君だって忘れてはいないだろう!」
あの時のナナリーの泣き顔は…確かに忘れられない…。
ルルーシュが死んでいく姿を見て…ルルーシュの記憶を垣間見て、恐らくは…ナナリーの中に後悔の念が溢れていたに違いない。
最期くらいはナナリーの笑顔を…と思ったが、それは望むべくもないと思っていた。
それはルルーシュが大きな罪を背負う者だから…そう思っていた。
でも…実際には…
「ナナリーは…ずっと後悔している!君もナナリーも同じ事を考えていて…最終的にはその罪を君が背負う形になった事を…。ナナリーは…君がいなくなってから…いつも言っていた…『私は…結局お兄様に甘えてばかりで…何も…何もお兄様のお役には立てなかった…。結局…私はお兄様の…足枷でしか…なかった…』って…」
スザクの言葉にルルーシュが目を見開く。
そこまで考えていなかった。
ただ、ナナリーの望む『優しい世界』を作る事に頭がいっぱいで…そして、その『優しい世界』が何なのかを忘れていたのかも知れない…。
「僕も…傍で見ていて辛かったよ…。僕は、そこで慰める事は出来ないから…。見ている事しか出来なかったから…」
スザクはそう云いながら涙を流していた。
ルルーシュの瞳にも、大きなショックの色が見え隠れしている。
「スザク…」
「僕は…何度も、ナナリーに言いそうになった…。君がコードを引き継いで、今も生きていると…。でも…その先の話を知ったら、ナナリーはまた苦しむ事になるから…だから…黙っていた…」
スザクが苦しそうにそんな言葉を吐き出して、ルルーシュを解放した。
ルルーシュはその場に脱力して、崩れ落ちる。
結局、ナナリーの為と云いながら、自分自身が、一番ナナリーを悲しませていた。
ゼロの事、ギアスの事…
今は、二人の優しい思い出すらもナナリーにとっては、涙の種となっているのかも知れない…。
ルルーシュは、スザクの言葉に何も言えなかった。
ルルーシュは、自分で肝心な事が解っていなかったのだと、今になって気付いた。
「俺は…また間違えたのか…」
ぼそりと呟いた。
スザクはそんなルルーシュに同情とも憐れみとも思える視線を向ける。
愛し方も、愛され方も知らずに育ってしまったが故のひずみだろう。
ルルーシュは確かにナナリーを愛していた。
それはその通りだろう。
ただ、愛する事と甘やかす事とは違う。
ナナリーだって、一人の人間として育たなくてはいけない。
ルルーシュはそう云った、ナナリーの成長していく為の大事な何かを摘み取っていたと今になって気付いた。
「ルルーシュ…君にはもう一つ、罪が増えた…。だから…君がきちんと償うように…僕は君を見張る…。最初は…そんな事を考えずにC.C.と契約したけれど…あの後のナナリーは…本当に…見ていられなかったよ…。ホント、兄妹って似るんだね…。やり方が君にそっくりだ…。いつも抱え込んで…悩んで…」
「ナナリー…」
ルルーシュは下を向いたまま、その最愛の妹の名前を呼ぶ…。
返事が来る訳もないが…申し訳なくて…ただ、申し訳なくて…
『ゼロ』として、黒の騎士団を率いていた時には…修羅になると決めていた筈なのに…人の心を捨てた筈なのに…ルルーシュはその場で涙が止まらなくなった。
誰よりも愛し、慈しんだ、ナナリーが…自分のした事で、悲しんでいると…苦しんでいると…。
「ルルーシュ…だから、僕は、君が、もう、無駄に君自身を傷つけない為の見張りだ…。君が、これから先、ナナリーが悲しむであろう事をしようとした時には、僕が全力で止める…。そう…永遠に…」
今、表に出てきているナナリーは、しっかりとした統治者として国の代表として、頑張っている。
それは、様々な形でもたらされる情報からよく解る。
しかし、内面的には…今では誰も支えてはいないのではないかと思う。
スザクが傍にいると言っても、『枢木スザク』として、傍にいるのではない。
今、ナナリーの傍にいるのは『ゼロ』なのだ。
コーネリアも、皇族としてナナリーの治めるブリタニアの為に尽力しており、常にナナリーの傍にいる訳ではない。
シュナイゼルは、完全に『ゼロ』に仕える者としての存在だ。
傍に行ってやりたいが、それは出来ない。
ナナリーの前に『悪逆皇帝ルルーシュ』が出て行く訳にはいかない…。
それがたとえ、非公式であったとしても、そんな事がばれたら、ナナリーの立場が危うくなる。
せっかくスザクやコーネリア、シュナイゼルのお陰で、世界が落ち着いていく方向へ向かっているというのに…。
業を背負うべきは、自分であり、ナナリーではない…
泣き腫らしているルルーシュをスザクがただ、見つめていた。
これも…ルルーシュが犯した罪の罰なのだろう。
ルルーシュは黒の騎士団を率いている内に、心の底からルルーシュを求めている存在を忘れていたのかも知れない。
確かに、黒の騎士団からは排斥されたという形で、そこから救い出そうとした、最期までルルーシュを慕っていたロロも、ルルーシュを庇って死んだ。
『ゼロ』の親衛隊長であり、『ゼロ』の正体も、ギアスの事も知っていたカレンも、結局は離れて行き、ナナリーの次に慈しんでいた異母妹、ユーフェミアもルルーシュのギアスによって死に、シャーリーもルルーシュの力になろうとして死んだ…。
自分を大切に思ってくれる者はみんな…離れていくか、死んで行ってしまい、残ったのは、ルルーシュに疑心暗鬼を持つ者ばかりになった…。
故に、ルルーシュは自分を大切に思う者の存在を忘れ、その者の想いを無視した。
その結果が…ナナリーの涙だろう…。
「ルルーシュ…君が他の誰かを大事に思うように、他の誰かも、君を大事に思っているんだ…。だから…一人で抱え込んで、その君を大事に思っている人たちを悲しませるな!」
「でも…ナナリーには…」
ルルーシュが辛そうに呟く。
スザクは、まだ解らないのか…と思いながら、更に言葉を続けた。
「ジェレミア卿は?彼は、本当に君の事を憂いている…。君がコードを継承したと聞いて、一番悲しんでいたのは彼だ…。ジェレミア卿はギアス嚮団にもいたんだ…。コードがどう云うものかを…知っているんだろう?なら、ごく当たり前だろう?君にとっては、誰よりも信じられる臣下だったんだから…」
スザクは両手でルルーシュの頬を包んで、上を向かせる。
そして、まっすぐルルーシュの目を見て、一言一言、噛み締めるように、ルルーシュに言い聞かせるように告げた。
「だから…僕は…君が、二度と、『笑う事』を忘れないようにする…。それが多分、君の身近で死んでいった人々の願いでもあるし、ナナリーの願いでもある…」
スザクは強い目でルルーシュの瞳に向って言葉を紡いでいる。
あまりに自分に無頓着なルルーシュには、本当はこれでも足りないような気がする。
でも、一度に言ったところで、ルルーシュも混乱するだけだ。
「僕とC.C.の契約は…君に笑顔を忘れさせない事…。C.C.は、本当に嬉しかったみたいだよ?君がC.C.に言った言葉が…。だから、僕がC.C.のコードを継承する為の契約内容がそれだった…。だから、僕は、君と共に『ゼロ』を演じて行く…」
スザクはまるで、騎士の宣言でもするかのようにルルーシュに告げた。
ルルーシュもそんなスザクの言葉に、まだ涙の乾き切らない笑顔を作って答えた。
「ああ…俺と、お前で『ゼロ』を継承する…」
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