あのパレードの大混乱の中、ルルーシュはジェレミアの手によって運び出された。
何の因果かは解らないが、あのCの世界で父、シャルル=ジ=ブリタニアが消えていく時、ルルーシュの首をつかんでいたシャルルの手からシャルルのコードが継承されていた。
ルルーシュの右手の手のひらにはその時、うっすらとコードを受け継いだ証拠が残されていた。
その時には、まだ完全なるコードの継承が済んでいた訳ではなく、ギアスも使える事が解った。
C.C.に尋ねて見ても、どういう事か解らないと言っている。
コードを継承すると同時に、継承した者は不老不死という運命を背負わされ、それまで持っていたギアスが使えなくなる。
しかし、今のルルーシュの両目はギアスの赤色をしている。
それは、その場で見ていたスザクにもC.C.にも解った。
「背負えという事なのか…これからの世界と時間を…俺に…」
ルルーシュはふと呟く…。
スザクはユーフェミアの仇であるルルーシュを葬ることを望んでいる。
コードを継承したという事は、それを叶える事が出来ないという事だ…。
「ルルーシュ…」
その場にいたC.C.がどうしたらいいか解らないという表情でルルーシュを見る。
「C.C.これで、俺は…お前のコードを継承する事が出来るのか?あの男は、お前からもコードを受け継ぐつもりでいたらしいが…」
ルルーシュは、素直にその時の疑問をC.C.に投げかけた。
元々、シャルル=ジ=ブリタニアをルルーシュもろともCの世界に封印し、あの男を止める気でいたのだ。
Cの世界は、現実世界と違う空間であり、恐らくは…永遠に死ぬ事もない世界…
その覚悟はできていたようだ。
その永遠の命が、Cの世界から、現実世界になっただけの話…ルルーシュはそう考えた。
だから、その永遠という地獄を…業を背負うのは自分だけで充分だと考え、C.C.に切り出した。
「私のコードをお前が継承する事は…可能だ…。元々、V.V.のコードは私のコードの研究の末、私のコードを元に嚮団が作り出したもの…。それが、一つになるだけなのだからな…」
C.C.は事の事実を素直に伝えた。
「では、今はまだ、俺はギアスが使える状態だという事は、まだ、コードを引き継いでいないのだろう?どうなると、ギアスが消え、コードを引き継いだ事になる?」
「それは…恐らく…一度お前が死ぬ事から始まるだろう…。今のお前が一度死んだ後、その右手の紋章は完成する…」
「そうか…」
C.C.の言葉にルルーシュは静かに目を閉じて、スザクの方へと向き直った。
「スザク、そう云う訳だ…。俺の命を完全に消すことは不可能らしい…。ただ…『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』の存在を消すことは可能だ…」
スザクの目をまっすぐ見ながらルルーシュが言った。
ルルーシュ自身、スザクにとどめを刺させる気だろう。
それが、今のルルーシュに出来るスザクへの、精一杯の償いともいえる。
そして、その前にやるべき事がある。
スザクの主であったユーフェミアの『虐殺皇女』の名をこの世から忘れさせる事…
実際に消すことは不可能であるが、彼女にかけたギアスの所為で背負わされた名前を凌駕するほどの事を世界でやりつくせば、『虐殺皇女』の名前は人の記憶から消えていく。
ルルーシュはそんな風に考えたのだ。
人とは、大きなものを見ると、小さなものを忘れる。
ならば、表向きに残るユーフェミアの虐殺劇以上の事を、ルルーシュがやればいいのだ。
そうすれば、歴史の悪名はルルーシュが背負う事になる。
「ルルーシュ…君は…その後は…」
「ああ、永遠に悪逆皇帝ルルーシュの歴史を背負いながら生き続ける事になるだろうな…。俺は、これで、自分の罪と罰から逃げる事が出来なくなる。俺以外の人間に、ギアスを渡す事も、コードの継承をする事も…俺は…しない…。永遠に…」
ルルーシュ自身、不安もあるのだろう…。
ただ、その決心だけは絶対に曲げないと言わんばかりにスザクに宣言する。
「C.C.これで、お前との契約も成立するだろう?それに、お前とした約束もきちんと守ってやる。ちゃんと、お前を笑わせてから…お前のコードを貰う…」
ルルーシュはふっと笑いながら、C.C.に言った。
「何…そんなに待たせないようにするさ…。約束は守る…そして、契約も…」
ルルーシュ自身、覚悟は決めているようだった。
これまでギアスによって人々の尊厳を踏みにじってきたことへの罰を受けることとして…
「じゃあ、スザク、これから俺達のやるべき事を言う…。お前はちゃんと俺を殺せ…。そして、俺は、その時、完全にコードを継承し、永遠の罪と罰を受け続けるから…。これは、恐らく、『死ぬ』事より辛い…ユフィの仇を撃った事に出来るだろう?」
ルルーシュはスザクに対して、そう提案した。
スザクはその言葉を…ただ、黙って聞いていた…
ルルーシュはそんな様子を気にしながらも、自分の考えたプランを訥々と話し始めた。
その時もスザクはルルーシュの言葉を聞いているだけだった。
スザクのそんな様子を気にしながらも、見て見ぬふりをして、話を進めて行き、
その話が終わると、スザクはただ…
「解った…」
とだけ答えた。
スザクの様子を気にしながらも、ルルーシュはスザクの同意を得て、ややほっとした表情を見せ、現実世界へと帰って行った。
ルルーシュは、ブリタニア帝国第99代皇帝に即位し、世界を敵に回す戦争を始めた。
それは苛烈を極めていた。
傍から見ていても、痛々しいほど強固な仮面をかぶり、ルルーシュは悪逆皇帝を演じ続けた。
そして、スザクやC.C.の前ですら、皇帝ルルーシュとしての仮面を外さなかった…。
そう、ダモクレスにナナリーがいる事を知り、ナナリーの前で仮面をかぶり続けた直後以外は…。
本当なら、スザクもC.C.もそんなルルーシュを止めてやりたかった。
ルルーシュが何をしようとしているか知っているだけに、ルルーシュの本心を思うと、痛々しくてたまらなかった。
しかし、二人がそんなルルーシュに気を使おうとすると、ルルーシュはその気配を悟り、
『余計な事を考えているようなら、このプランからお前を外す!そして、ギアスで代わりを用意するだけだ!』
そう云って、ルルーシュはそんな二人の心配を一切聞き入れなかった。
コードを継承し、ただ、辛い道を歩こうとするルルーシュに、二人は黙って従った。
そんなルルーシュに耐えられなくなって、結局、スザクは、その『ゼロレクイエム』のクライマックスの前日、C.C.を呼びだした。
そこは、先ほど、スザクがルルーシュと最後の会話を交わした玉座の前だった。
「なんだ?今になって怖気づいたのか?」
C.C.はそんな事を言いながら、礼拝堂に入って行った。
「C.C.…本当にこれでいいのだろうか…」
スザクは迷いの色を隠さずにC.C.にそう問いかけた。
ルルーシュが一度決めたら、決して引かない事くらいは解っている。
そして、どんな方法で会っても遂行する。
ナナリーが発案した『行政特区日本』の時に、100万人もの日本人を日本から脱出させた時もそうだった。
カレンをトウキョウ租界の政庁から救い出した時も…。
今更何を言っても決行する事は間違いない。
そして、その後は…コードが完全にルルーシュに継承され、ルルーシュは終わりのない懺悔の日々を送る事になる。
『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』はこの世から消える。
悪逆皇帝の名前を一人背負いながら…『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』は消える。
既に裏切りの騎士『枢木スザク』はこの世から名前を消している。
そして、スザクは明日、『ゼロ』として誕生する事になる。
「ルルーシュの事だ…。お前さえも、あいつの動きに対して心配しようとしたら『ギアスで代わりを探す!』と言い切っているんだ…。私が何を言っても聞かないさ…」
そんな事は解っているが…
「それは解っている…。でも…このままでは、ルルーシュが一人、罪を背負う事になる…。それは…おかしくはないか?」
「おかしなことを言うな…。お前だって、この世界で生きている限りは『ゼロ』として生きて行かねばならない…。人並みの幸せなど望むべくもないのだぞ?」
C.C.はふっと笑いながらスザクに答えた。
確かにその通りなのだが…
「でも、僕はルルーシュのギアスがあるとはいえ、肉体に限界が来たら…『死』というピリオドを打つ事が出来る…。でも…ルルーシュは…」
スザクが苦しそうにC.C.に訴える。
C.C.にもスザクの云いたい事は解る…
しかし…
「それをお前にどうにかできるものでもあるまい…。明日、お前がルルーシュにとどめを刺さなくても、いずれ、ルルーシュは完全にコードを継承する。インパクトを与えて、即刻継承するか、時間をかけて継承するかの違いだけだ…」
その言葉に、スザクは何かを決めたような眼でC.C.を見た。
そのスザクの様子にC.C.は、はっとしたような顔をスザクに向ける。
「お前…」
ややC.C.が焦りの色をスザクに見せた。
「僕だけでは、『ゼロ』は演じ切れないよ…。ルルーシュの助けが必ず必要になるし、ルルーシュも僕の『ゼロ』を確立してしまっては、ルルーシュだけでは演じ切れなくなる…なら…」
スザクは驚くほど穏やかにC.C.にそう言った。
C.C.は目を見開いてスザクの顔を見ているが、スザクの表情は穏やかなままである。
「お前…ルルーシュが残したわずかなお前への救いも捨てる気か?」
「捨てるんじゃないよ…。僕にとっても、受けなくちゃいけない罰だ…。ただ…それだけだよ…。だから…僕にギアスを…」
C.C.はそれ以上何も云う事が出来なかった。
そして、真面目故に、純粋故に、こんな償い方しか出来ない不器用な二人の少年たちに同情にも似た表情を向ける。
「ルルーシュにはなんて言うつもりだ?」
「そうだね…僕が君のコードを継承するときにでも立ち会ってもらうよ…」
スザクは静かに笑ってそう答えた。
「本当に…お前たちはバカだな…」
「うん…解ってる…。でも、これでいいんだと思うよ…。僕もルルーシュも、それを望んでいる…。ルルーシュ一人抜け駆けするのは許さない…」
そう云いながら、スザクは静かにC.C.に右手を差し出した…
ここで、スザクは、ギアスを手に入れた…
ただ…これから先、ルルーシュと共に償っていくための布石の為に…
―――2年後…
ルルーシュはジェレミア、アーニャ、C.C.と共に暮らしていた。
本当に、これほど穏やかに暮らした事があっただろうか?
というほど、穏やかな毎日が続いている。
時折、スザクから何らかの騒動がる時に、スザクの力だけではどうにもならない時にスザクから連絡が来る。
そう、戦術的にはスザクは長けているのだが、戦略面ではルルーシュの方が長けている。
コードを継承したおかげで、ルルーシュは年をとる事もなく、知識だけが蓄積されていく。
C.C.の云っていた、経験の積み重ね…
命というタイムリミットがあれば、それも大切なことと思えるのだが…ルルーシュの命にはタイムリミットも、限界もなくなった。
そんなある日…突然、スザクが訪ねてきた。
C.C.はその事にはっとした…。
2年前の約束…
ルルーシュも二度と会わないと思っていた親友の姿に驚く。
2年の間にスザクはあの頃よりも大人びた姿になった。
肉体も成長している。
ルルーシュは18歳の肉体のまま、スザクは20歳の肉体となっていた。
「C.C.…約束を果たしに来た…。僕に…コードを…」
「思ったよりも遅かったな…。ルルーシュはすぐに制御できなくなって、1年ちょっとだったぞ…」
そう云いながらスザクの元へと歩いていく。
「お…おい…お前たち…」
ルルーシュもジェレミアもアーニャも何のことか解らずその場に立ち尽くして言葉を失っている。
「ルルーシュ…抜け駆けは許さない…。君が永遠の罪を背負うというのなら、僕も同じだ…。僕だって、君と負けないくらいの罪を背負っている…。その償いは…必要だ…」
2年ぶりに見るスザクの両目は…彼らの知る翡翠の瞳ではなかった…。
「C.C.!お前…スザクにギアスを!」
ルルーシュはC.C.につかみかかった。
「ああ…お前がギアスを望んだように…スザクはコードを望んだんだ…。これは、私とスザクとの契約…お前に口を出す権利はない…」
C.C.はその一言を残すと、ルルーシュの手を振り払ってスザクの元へと歩いていく。
「ルルーシュ…これは君の意思は関係ない…。僕が…僕自身が望んだ事だ…」
微笑みながらそうルルーシュに告げると、C.C.と向き合った。
「C.C.…僕にコードを…」
そう云って、普段使っている剣をC.C.に渡す。
C.C.はその剣でスザクの胸を貫いた。
そう、あのパレードの時、スザクがルルーシュを刺した時の様に…
スザクの胸から血が流れる…。
そして、C.C.もその場に倒れて行く。
その表情には、以前、シャルルにコードを渡そうとした時の様な憂いの表情はなかった。
「ルルーシュ…スザク…お前たちに…このコードを…託す…。これからの地獄を…二人で…」
C.C.は倒れて行きながら、微笑んでいた。
そして、スザクもコードの継承が始まったらしく、スザクの心音や呼吸が小さくなっていく。
「スザク!C.C.!」
ルルーシュはスザクの元へ駆け寄って、スザクを抱き起こす。
ジェレミアとアーニャはC.C.の状況を見て、もう事が切れている事を知った。
その表情には、微笑んでいるような、そんな印象を受けた…。
ルルーシュはスザクを抱きしめながら身体を震わせていた。
「ごめん…ごめん…スザク…」
ジェレミアはそんなルルーシュの元に近づいてぽんとルルーシュの肩を叩いた。
「ルルーシュ様…枢木をベッドへ…」
そう云いながら、スザクの身体を抱き上げて、寝室へ連れて行った。
ルルーシュはその後、スザクが目覚めるまで、ずっと、付き添っていた…
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