あれから12年の月日が経っていた。
ルルーシュを殺してから、一時期混乱を極めていたが、程なくして、鎮圧され、超合衆国とブリタニアを中心として、新しい秩序を模索した。
ブリタニアの代表は、悪逆皇帝ルルーシュを正面から批難し、抗い、果ては死刑囚として捕らえられたが、ゼロの活躍により、解放されたとされる少女、ナナリー=ヴィ=ブリタニアであった。
ルルーシュの妹であると知れたが、逆に、妹さえも手にかけようとしたという事で、ルルーシュはさらに悪の名を高める事になり、ナナリーはそれに屈しなかった勇敢なブリタニアの皇女として評されることになった。
これもルルーシュの策の一つであった。
そして、ルルーシュが世界中にばらまいた悪行とされる行為のおかげで、ナナリーは聖女としての扱いを受けており、世界中から支持を得ていた。
確かに小さな争い事はあるが、その後、大きな戦争は起きる事がなかった。
これも、ルルーシュの計算の内…と言えるのかも知れない。
「ジェレミア卿…お久しぶりですね…。もう、二度とお目にかからないというお話しでしたが…」
「あの時は、ああ云うしかなかった…。ルルーシュ様の命で…」
ジェレミアから、意外な人物の名前が出てきた。
今となってはルルーシュの名前は禁忌に近い。
そこに、『様』などという敬称をつけている事を、人に聞かれたら、刑法上、問題はなくとも、生活していく上で様々な障害が出てくるだろう。
「ルルーシュの?」
あれから12年…ルルーシュ皇帝の名はかなり伝説に近いような形で残っている。
スザクも、齢30になっていた。
「ああ…まずは…これを…」
そう言って、一つ、封筒が手渡された。
中には音声データのディスクとルルーシュが偽造したであろう、ブリタニアのIDカードが入っていた。
「これは…」
「私は、ルルーシュ様に『時期が来たら、スザクに渡して欲しい』と言われた。そして、その音声ディスクを貴殿と聞くようにと…」
そう云われて、その二つを交互に見つめた。
何が入っているのか、そして、そのIDが意味する物は…
IDカードには『スザク=ランペルージ』と名前が刻まれていた。
誕生日は、スザクの誕生日が刻まれている。
「とりあえず、中へ…。一緒に聞きましょう…」
そう言って、スザクは自宅代わりにしている、かつてのルルーシュとナナリーの住まいに入っていく。
「随分、趣のある家だな…」
ジェレミアは土蔵の作りを驚いたように見つめていた。
「かつて、ルルーシュとナナリーが暮らした場所です。多少、手を入れてはいますけれど、基本的にはあの時と変わりませんよ…」
枢木スザクが死んだ事になり、ここは主のいない神社となっていたが、ルルーシュは皇帝だった頃に、この枢木神社の周辺を関係者以外立ち入り禁止区域とし、そして、裏切りの騎士である枢木スザクの所縁の地であると云う事も手伝って、基本的に殆ど人は訪れない。
スザクはディスクをパソコンにセットして、音声プレイヤーを起動させる。
『久しぶりだな…スザク、ジェレミア…』
そんな言葉からそのディスクは始まった。
時間を見ると、10分ほどのデータだ。
『二人がこのディスクを起動するとき、俺が死んで、どのくらい経っているのだろうか…。色々と済まなかった。そして、まずは礼を言いたい…ありがとう…』
二人は懐かしい、あの時のルルーシュの声を聞いている。
二人が愛したルルーシュの声だ。
『これを聞いているという事は、ナナリーや神楽耶たちが世界の平和を構築して、それなりの時間が経っているのだろうと思う。俺は、コーネリアに頼んでおいた。コーネリアの目から見て、平和が構築できたら、ジェレミアに連絡するように…と…。シュナイゼルでは、『ゼロに仕える様に』というギアスがかかっているから、それがままならなかった。だから、残った皇族で、全てを知るのはコーネリアだけだ…』
ルルーシュの言葉を聞いていると、あの時の戦いが思い出されてきて、二人とも下を向いてしまう。
本当にあの方法しかなかったのか…そんな問いがいつまでも続くような気がする。
全てを背負って、ルルーシュが礎となった今の平和…。
この平和を守る事こそが、自分たちの役目であると二人は自負している。
『前置きはこのくらいにしておこうか…。本題に入ろう…。このディスクと、もう一枚、IDカードを受け取ったという事は、コーネリアが平和と認めたからであろう。ならば…スザク、お前も、もう、解放されてもいい頃だ…』
ルルーシュの言葉に二人が驚いた。
「え?」
スザクは目を丸くした…。
―――解放?どういう意味だ?
データの音声は更に続く。
『ジェレミア、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアからの、最後の命令だ…。俺がスザクにかけたギアスを…ギアスキャンセラーで解いてくれ…。そしてスザク、お前の責務を果たしたのであれば…名前は変わるが、お前はお前の人生を歩いていけ…。ただの一人の人間として…』
「ルルーシュ…」
「ルルーシュ様…」
二人が同時にルルーシュの名前を呼んだ。
ルルーシュはキングとして、最後まで臣下の行く末を案じていたというのか…
スザクは、ルルーシュの騎士、ナイトオブゼロ…。
そして、その名前のまま、死に、『ゼロ』の名前を継承した。
そのあとは、あらゆる争いの場にて、活躍し、ナナリーたちが構築した平和を守ってきた。
『ゼロ』の働きのお陰もあって、争いは本当に数が減った。
最近では、殆ど公の場に『ゼロ』の姿が現れる事もない。
『スザク…結局、お前に重荷を押し付ける形になってしまった…。俺の罪であった筈なのに、お前にまで大きな罪を…背負わせた…。済まなかった…。いくら謝っても多分足りないだろうが、今の俺に出来る精一杯の事をした。スザク、あとはお前の好きにすればいい…。お前は、もう、ただの一人の人間だ…。このデータがプレイヤーにはいった時点で、『ゼロ』の存在が消える様に仕掛けを施した。お前はもう…『ゼロ』じゃない…』
―――『ゼロ』じゃない?
スザクは慌ててテレビをつけた。
滅多につけないテレビではあるが…
『臨時ニュースです!只今、ブリタニア帝国の代表ナナリー=ヴィ=ブリタニア様の参謀役であり、あの悪逆皇帝ルルーシュを倒した英雄、ゼロの死亡が発表されました!』
そのニュースにスザクもジェレミアも呆然とした。
「一体…これは…」
驚いているところに一人の少女が入ってきた。
「久しぶりだな…二人とも…。スザク…お前…老けたな…」
相変わらずの口調でC.C.が笑っている。
「これは…ルルーシュがかけた最後のギアス…なのかも知れないな…。そのデータカードがプレイヤーに入り、起動したと同時にその発表がされる仕組みになっているらしい。私にはよく解らないがな…」
そう言って、C.C.は楽しそうに慌てて臨時ニュースを読み上げているテレビのアナウンサーを見ていた。
『スザク、お前はもう自由だ…。お前の責務は果たしている。だから、お前は…お前だけは…幸せな人生を送れ…。ジェレミア、最後までよく俺に仕えてくれた。心から礼を言う。そして、俺たち親子の所為で、人生が変わってしまった事には…申し訳なかったと思っている。でも、ありがとう…。二人とも、平和の成ったこの世界で…幸せに…生きよ…』
「「イエス、ユア・マジェスティ」」
二人の口からは自然とその言葉が出てきた。
皇帝ルルーシュ、最後の二人へのメッセージだった。
そして、二人の目からは涙が零れた。
自分の仕えてきた主が、こんな形で残してくれた優しさに、嬉しさと、切なさを覚える。
「ルルーシュらしいな…あいつはいつも、言葉が足りなくて…。でも、きちんと、やるべき事は弁えている…」
言葉の出ない二人にC.C.がそう言い放つ。
二人は驚いて声の方を向く。
「世が世なら、良き王になったかも知れないのにな…」
確かに、ここまで自分を律して周囲を慮れる人間はなかなかいない。
ルルーシュは、結局世界の為に全ての悪を一人背負って、そして、散った。
その壮絶な人生を知る者は、数少ない。
そして、知ってはいても理解している者となると…更に数が少ない。
「C.C.…君は、結局、ルルーシュをどうしたかったんだ?」
スザクはC.C.に対して問いかけた。
そんなスザクを見て、C.C.が笑った。
「言っただろう?あれは私の契約者…。私の目的の為に私はあいつを守っていた…それだけだ…」
そう云いながら、C.C.は楽しそうに笑っている。
「ルルーシュは、君との契約…じゃなくて…約束もきちんと守ったんだね…」
スザクは柔らかく微笑みながらC.C.に言った。
C.C.が不思議そうな表情でスザクを見る。
スザクはそんなC.C.にクスッと笑った。
「だって、君、凄く楽しそうにルルーシュの事喋っている…。ホント、楽しそうな笑顔で…」
スザクの言葉にC.C.がふと、考え込む…。
「笑顔…私が?笑っている?」
「ああ…笑っているよ…」
その様子を黙ってジェレミアが見つめていた。
そして、自分の仕えてきた主の大きさを知り更に、誇りに思えてくる。
確かに、あんな形での大立ち回りが全世界に発信されたのだ。
今でもルルーシュを憎む者は少なくない。
でも、ルルーシュが彼らの残したものは彼らが知らなくても大きなものである。
いずれ、時代がそれを証明してくれるだろう。
本当なら、あんな形を取らせたくはなかったし、あんな形にならなければ良かったと思う。
しかしあの時には、あれが、最善だったのだと、自分たちで言い聞かせてきた。
「ルルーシュ…」
そんな和やかで穏やかな雰囲気の中、スザクは一つ、決心がついた。
二人が枢木神社から出て行った後、スザクはゼロの仮面と衣装を持って、ルルーシュを埋葬した場所へ向かう。
そして、ルルーシュが眠る場所の前にそれらを置いて、火をつけた。
「これで…『ゼロレクイエム』が完結する…」
炎は勢いよく、ゼロを示すものたちを包み込んでいった。
そして、手にした、音声ディスクとIDカード…。
「まったく…君も、安直な名前を付けてくれるね…でも…」
そう云いながら笑った。
―――君と同じファミリーネーム…まるで…でも…ルルーシュ…
そうして、この二つも炎の中にくべてしまった。
ルルーシュが死んでから、ずっと、望んではならないと思いながら、心の片隅で望み続けてきた事…。
スザクの目から、涙が流れてくる。
「この世に『ゼロ』の存在が必要ないのなら…僕も…君の所へ…連れて行って…」
そう言って、ポケットから小瓶を取り出す。
「ごめん…ルルーシュ…。二つ目の命令違反…。だけど、僕はもう、君のいない世界は…辛いんだ…。ごめん…ルルーシュ…。僕を怒っていいから…だから…また、傍にいさせて…」
そう言って、小瓶の中身をあおった。
ジェレミアからギアスキャンセラーを施された時に決めていた。
『生きろ!』という呪いからの解放を受け、全てをやり遂げたという思い…。
「僕には…もう…この世界に…、大切なものは…何も…な…い…だか…ら…」
その場に倒れ、スザクが空を見ながら呟いた。
そうして、静かに目を閉じた。
涙の痕と、やや、微笑んだような表情で…
木の陰から、一人の少女の姿が現れる…。
「スザク…結局…お前は…」
まだ、火のついている傍らのたき火と、倒れているスザクを交互に見やる。
そして、その場に座り、スザクの頭を抱え込むように抱き締めてやる。
まだ、温もりの残るその身体からは、心音が消えている。
―――C.C.…
「やはり迎えに来たのか?」
姿の見えない相手と喋っている。
―――俺がスザクに押し付けた罪だからな…。そのくらいの事は…してやるさ…
「ふっ…お前が迎えに来たという事は、スザクは合格点…という事か?」
C.C.は見えない相手となおも喋り続けている。
その相手は、C.C.のかつての契約者…。
ついさっき、最後に交わした約束を守った、いけ好かないC.C.の元契約者…
―――少しオマケの合格点…と言ったところだがな…。スザク…よく頑張ったな…
C.C.と喋っている声の主がスザクを呼ぶ…。
すると、間もなく、スザクもその声に反応した。
―――ルルーシュ…来てくれたんだね…。やっと…やっと会えた…
その声には幸せそうな気持ちが溢れていた。
その声を聞いて、C.C.はふっと笑って、黙って二つの魂を見送った。
「次に生まれ変わる時は…お互い、憎しみ合う事のない…世界で…」
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