それは…ルルーシュがスザクに命じた最後のミッションを行う前日…
ルルーシュとの最後の会話を交わし、スザクは思うところがあって、ルルーシュの腹心である、ジェレミアの元へ向かった。
ジェレミアとは、ずっと因縁があったが…今では、ルルーシュの思いを知る数少ない同士だ。
そして、スザクの最後の望みを叶えられる、唯一の人物である。
「ジェレミア卿…少しよろしいでしょうか?」
そう云いながら、スザクはジェレミアの部屋の扉をノックした。
『枢木か…入って構わない…』
中からそう返事が返ってきた。
そう云われて、スザクはゆっくり扉を開いて、ジェレミアの前に進み出た。
「ジェレミア卿…唐突ではありますが…ルルーシュにも内密に…お願いがあります…」
「ルルーシュ様にも内密に…とは…」
「はい、これは自分の独断と、勝手な願いです。でも、絶対に聞き入れて頂きたい…」
真剣な目でスザクはジェレミアを見た。
その、ただ事ではないスザクの表情に、ジェレミアが頷いた。
その様子を見てスザクは少しだけ、表情を和らげて、切り出した。
「明日…ルルーシュの云う通り、事がうまくいけば、そこは混乱状態になります。」
「ああ、そうだろうな…」
明日の計画については、ルルーシュ、スザク、ジェレミアの3人でとにかく話し合っていた。
絶対に失敗しないように…絶対に、誰にも気づかれないように…。
スザクは既に死んだ事になっている人間だ。
そして、明日、もう一人…
「その混乱の乗じて…――――――して頂きたいのですが…」
「何?しかしそれは…」
「解っています。ルルーシュはそんな事は望まないし、知ったら確実に自分のやろうとしている事を止めるでしょう…。しかし、これだけは…譲れないのです…。それに、ルルーシュがそこまで背負う必要は…ないとは思いませんか?」
スザクの言葉に、ジェレミアも困った表情を見せるが、スザクの真剣な表情に打たれたらしく…
「承知した。で、その後はどうしたらいい?」
「ポイントA-1205で自分が…。その後は…自分に任せて頂けますか?」
「解った…。貴殿が来るまで、そこで、それは、このジェレミア=ゴットバルトが命に代えても守って見せる…」
「ありがとうございます…」
そう言ってスザクは頭を下げて、ジェレミアの部屋を後にした。
翌日、ルルーシュの目算通り、全てが終わった。
ルルーシュの返り血を浴び、スザクはゼロを演じ切った。
当然、その後は大混乱だった。
ジェレミアがルルーシュの遺体をナナリーから引き離し、持ち去ったのを見届け、ほっと息をついて、その場でゼロを演じ切った。
ゼロのマスクには変声機が付いていて、喋ると、ゼロの声が響いた。
ルルーシュに指示された通りに、演説をして、民衆が『ゼロ』コールを始める。
ルルーシュが仕向けてきた、ルルーシュ憎しの民衆の思いは、その盛り上がり方でよく解る。
ただ…事の内容を知っている一部の人間だけは…静かに涙を流していたが…。
悲しいが、ルルーシュの作り上げた奇跡の舞台は大成功に終わった。
仮面の下で…スザクは、涙を流し続けていたが…。
そう…あの時…ルルーシュがユーフェミアを殺してしまった時のように…
ただ…ただ…静かに…
全てが終わり、スザクはジェレミアに指定した場所へ、あるものを受け取りに行った。
ルルーシュが皇帝になってから、ルルーシュの命令には、一度も逆らわなかった。
彼の、覇道の遂行のために、ルルーシュの命令には逆らわなかったが…一度だけ…最後に一度だけ、ルルーシュの命令に逆らった。
皇帝、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの命令に…ナイトオブゼロ、枢木スザクが逆らった。
もはや、ゼロの仮面を脱ぐ事の許されない立場となった。
そして、ゼロは、暴君ルルーシュを倒した英雄である。
そんな人物が、これからジェレミアから受け取るもの…
「ジェレミア卿…」
周囲の確認してから、仮面を外した。
「枢木…本当に…」
「はい…あそこに残しておいたら…あの様子では、きっとナナリーも悲しむ結果となってしまう…。彼女がこれ以上、この戦いについて悲しむ事はない…」
そう言って、ジェレミアから受け取ったのは、一部、大きく赤い染みの出来た白い布にくるまれたルルーシュの遺体だった…。
「しかし…今の貴殿は…」
「はい…解っています…。でも、枢木神社なら…誰にも荒らされない…。まして、ここは日本に戻るのですから…。あそこは聖域です。誰の手にも触れさせはしませんから…」
スザクは、出来る限りの気力を振り絞って自分の親友の遺体を抱き締める。
「ルルーシュ様は…悪の象徴として、その場に捨て置けとの…」
「はい…自分にもそう云いました。しかし、ルルーシュは既に魔王と称された。別に、遺体が混乱の中、消えても大したことはないでしょうし、今後の処理で、コーネリア皇女殿下たちもそれどころではなくなります…。それに…」
スザクは声のトーンを低くして、言葉を切った。
「それに…?」
ジェレミアがオウム返しに聞き返す。
「ブリタニアではどうなのかは知りませんが、日本では、死者に鞭打つ事を良しとしません。死んだら…皆、同じ土に還るのです…。だから…ルルーシュが、そこまでの業を背負う必要はない…」
辛そうに眼を閉じたスザクの答えに、ジェレミアもほっとしたようであった。
ジェレミア自身、死してなお、全ての悪を背負わされるルルーシュの亡き骸にまで石が飛んでくるような光景を見たら…自分自身、自分の主のやり遂げたことの偉大さをその場でぶちまけてしまいそうだったから…。
それがルルーシュが成し遂げる為の努力が全て水泡に帰したとしても…
「そうか…ならば、貴殿にお任せする…。ここで、貴殿とは、別れよう…。もう会う事もあるまい…」
「ジェレミア卿…無理なお願い、聞き届けて頂き、ありがとうございました…」
そう言って、スザクはジェレミアに頭を下げた。
「否、貴殿に借りがあった。それを返したまで…」
そう言って、最後にふっと笑い、ジェレミアは踵を返した。
スザクはそのまま、ルルーシュの遺体を枢木神社に運んだ。
かつて、ルルーシュとナナリーが暮らしていた土蔵…。
手入れもされずにいたから、クモの巣が張っている。
「ルルーシュ、ごめん…今日はここで我慢して…」
そう言って、ルルーシュの遺体をいつも、ルルーシュとナナリーと3人で遊んだ部屋へ寝かせた。
そして、白いタオルと洗面器に湯を用意した。
ルルーシュの身体に巻きついている布と、衣服を全て取り払い、タオルをきつく絞って、血に汚れた彼の身体を清めて行った。
「ルルーシュ…大成功だ…。君の目論見通り、ゼロは英雄となり、捕らえられていた人々は全て、解放された…」
その後の全てを報告するように話しかける。
この後は、ナナリーとゼロに扮したスザクとの仕事になる。
その為の『ゼロレクイエム』…。
「これで…きっと、君の望んだ『優しい世界』に…一歩、近づいた…」
段々涙声になっていく自分の声と涙を止める事が出来なかった。
「ねぇ、ルルーシュ…君は…この世界の為に…全てを投げ打ったんだね…。本当はナナリーの為だったのに…それが…世界の…全ての人たちの…」
誰にも認めて貰えない、知って貰えない…そんな…役回りではあるが…
「でも…僕は絶対に忘れない…。君と一緒に戦った数ヶ月…そして、君の成した、『ゼロレクイエム』の…意味を…」
血に汚れたルルーシュの身体が、少しずつ、綺麗になって、彼の白い肌が顔を出してくる。
冷え切ったルルーシュの身体を何度も、何度も、湯で絞った温かいタオルで拭いてやった。
冷めてしまった湯を変えようとして立ち上がると、そこには、人影がある。
「C.C.…」
「スザク…ご苦労だったな…。大丈夫か?」
そう言って、C.C.がスザクの横を通り抜け、ルルーシュの遺体の横に座り込んだ。
そして、死後硬直の始まっている身体をそっと抱きしめた。
「お前…結局、私との約束を…反故にしたな…。流石、マリアンヌの子供だ…」
そんなC.C.を見て、スザクは黙ってその場を離れた。
空を見上げると、既に星が瞬いている。
これは、ルルーシュの作った始まりであって、終わりではない。
これから、スザクはルルーシュの望んだ『優しい世界』を作り上げていかなければならない。
それが、スザクに残された、罪と罰の代償…。
ルルーシュは、ゼロの後継者に、スザクを選んだ。
その代償として、スザクに、ユーフェミアの仇であるルルーシュを撃たせた。
確かにかつて、皇帝の前で言った。
『ゼロを殺すのは…自分です…』
と…。
それが、現実になった時の事を考えた事があっただろうか?
自分の親友が、ゼロだった…。
そして、今は、自分がゼロ…。
枢木スザクという人間は死んで、この世にはいない事になっている。
ゼロの仮面を受け取った時点で、スザクは『ゼロ』の名を継承していた。
そして…
ルルーシュのギアスがある限り、スザクは死ぬ事は許されない。
まして、これからは戦いのない世界になっていくのだ。
平和な世になれば、更に、スザクは自分の罪に苛まれる事になる。
でも、それでいい…。
自分の犯した罪に対する罰を…常に求めていた。
スザクは『死』という罰が一番重いと思っていた。
しかし、ルルーシュの傍にいて、『生きる』という罰もあるのだと知った。
ルルーシュは、未来永劫、悪の皇帝ルルーシュの名を着せられ続ける事になる。
スザクは…ルルーシュの思いも、やってきた事も知りながら、自分の肉体の限界が来るまで、生きながらにして、自らの罪を問い続ける。
「ちゃんと、僕に罰を与えてくれたんだね…ルルーシュ…」
そう言って、空を見上げた。
「明日は…きっと、いい天気だよ…。ルルーシュ…8年前、一緒に小鳥を返しに行ったあの木の下へ行こう…。そこで…あの鳥たちと一緒に僕の事を見守っていてよ…」
空を見上げながらそう呟いた。
中からC.C.が出てきた。
「良かったのか?本当にこれで…」
C.C.が複雑な表情で尋ねる。
「良かったんだよ…これで…」
スザクは迷いなく答えた。
「お前にかけられたギアスは私でも解く事が出来ない…」
「そうだね…。だから、僕は、自分の肉体が滅びるまで、罰を受け続けるよ…。ルルーシュだって死んでからもこの世では罰を受け続けるんだから…」
「そうか…ならば私は何も言わない…」
そう言って、C.C.がその場を離れようとする。
「ねぇ、君はどうするつもり?これから…」
「さぁな…。とりあえず、旅にでも出るさ…。ここにいても仕方ない…」
その一言を残し、C.C.はその場を立ち去った。
時は流れ…それから12年の歳月が流れた。
ゼロの仮面を被ったままの生活は今なお続いていた。
しかし、ナナリーや神楽耶達の努力の甲斐あって、世の中が安定して、大きな戦争はなくなっていた。
ナイトメアフレームでの戦いなど、一般市民の中では過去の話となっていた。
そして、相変わらず、ルルーシュ皇帝の悪行は物語として、エスカレートし、ナナリーはそのルルーシュ皇帝を止めた、勇敢なる女性として評されていた。
そんなニュースを聞くたびに、スザクの心は相変わらず胸が痛む。
それでも、これはルルーシュと決めた事…
そう思いながら、相変わらず、ゼロを演じている。
枢木神社の境内で掃き掃除をしていると、人の来る筈のないこの場所に、人の気配がした。
「?」
その気配の方向に顔を向けると…そこに立っていたのは…
「久しいな…枢木スザク…」
「ジェレミア卿?」
二度と会わない筈の…その男が、ここに立っていた。
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