近頃、日本でもハロウィンの話題が上るようになってきた。
大々的にイベントがあるとか、デパートでハロウィングッズ販売のコーナーが大きく開設されると云う事もないが、ニュースなどでは海外のハロウィンの様子が映し出される事も多くなった。
クリスマスやバレンタイン同様、どう云うお祭りなのか、よく解らないが、いろんな仮装をして、『Trick or Treat』と云うと、大人たちがお菓子をくれる…と云う認識だ。
本当はもっと複雑な歴史はあると思われるが…
スザクはそんなニュースを見ていて、幼馴染のルルーシュに目を輝かせながら尋ねた。
「なぁ、ルルーシュ…この祭り…面白いな…。自分たちがお化けのカッコをするなんて…」
「スザクはそう云うカッコをしたいのか?」
ルルーシュはこのテの祭りは基本的に苦手である。
と云うのも、すぐに母親たちが悪乗りしてルルーシュを着せ替え人形にするからだ。
「だって…面白そうじゃんか…。それに、ルルーシュって、そう云うの似合いそうだし…」
悪気のない顔でスザクが、ルルーシュの一番言われたくないセリフをさらっと言い放つ。
「僕は特に興味ない…と云うより、そう云う祭りは、母さん達が悪ふざけをするから嫌いだ…」
「そんな事言うなよ…。みんな楽しそうじゃんか…」
スザクはそう云いながら、ハロウィンの様子を映し出しているテレビの画面を指差す。
ルルーシュはそんなスザクの指差す先に目を向けようともせず、学校の宿題に鉛筆を走らせている。
「くだらない事を言っていないで…スザクも宿題をやれよ…。間に合わなくても見せてやらないからな!」
その一言にスザクは何となくカチンときたが、自分たちは小学生であり、学校の宿題と云うのは、生活上の義務であり…。
それでも、クラス…どころか、学年でもトップの成績であろう幼馴染のルルーシュのお陰で宿題にしても、テストにしても困った事がない。
「ちぇ…ルルーシュはそう云うところ真面目なんだよ…。宿題なんて適当でもいいだろ?」
「なら、君はそうしろよ…。僕は一通り片づけるから…」
こういったやり取りもいつもの事だ。
それでも、ルルーシュはいつもスザクに優しい。
最後の最後にはちゃんと助けてくれる事を解っているから、スザクもこうして、好きな事を言っていられるのだ。
ルルーシュが宿題を終えたらしく、ノートやドリルをしまっている。
「あ、ルルーシュ…終わったんなら、ノート貸して…」
ルルーシュはやや、コメカミに青筋を立てそうになりながら
「スザク…さっき僕が言った事、覚えていないのか?」
ルルーシュの様子にスザクは。『ん?』と言った表情でルルーシュに視線を向けた。
「だって…ルルーシュがそう云うのはいつもの事だろ?」
あっけらかんとルルーシュに言い放つ幼馴染に対して、一発ぶん殴ってやりたくなった。
しかし、ここでスザクを殴ったところで、絶対に懲りない事は解っているので、ルルーシュははぁ…と大きくため息をついた。
「なぁ、ルルーシュ…ハロウィンって実際にはどんな祭りなんだ?」
「あれは…ケルト族と云う民族の収穫祭と、1年の終わりに死者の魂を弔う為の祭りだ。それが、キリスト教の宣教師がケルト人にキリスト教を布教する為にキリスト教にも取り入れて、時代を経るにつれて変化して行って、今の形になったらしい…」
ルルーシュは特に興味もなさそうにスザクに説明する。
スザクの方はと言えば、よく解らない言葉を使われて、ちんぷんかんぷんと言った顔をしている。
そんなスザクにルルーシュはやれやれと言った表情で簡単にかみ砕いて説明する。
「つまり、秋の収穫祭と日本の夏のお盆を足したような行事だよ…」
この適当に…と云うか、かみ砕き過ぎた説明もいかがなものかとも思うが、多分、今のスザクではこのくらいかみ砕かないとこの場でもちんぷんかんぷんのままだろう。
どうせ明日になれば忘れている。
「ふぅん…でも、なんで、お化けのカッコするんだ?」
「日本でもお盆の時期には肝試しするだろ…」
ちょっと違う気がするが、これ以上事細かに説明するのがめんどくさくなってきた。
日本の夏の肝試しと云うのは、別に死者を弔う為にやるのではなく、熱い夏の夜に少しでも涼もうと云う目的で行われる遊びだ。
「まぁ…そうか…そうだな…」
スザクも単純なもので、かなり適当なルルーシュの説明に納得してしまっている。
傍から見ると、凸凹コンビに見えるのだが、お互い、凄く仲がいい。
当然、喧嘩もするし、時には、1週間も口をきかないなんて事もあるが、最終的には仲直りして、元の鞘に収まってしまうのだ。
ルルーシュの母親も、スザクの母親も、ある意味、特徴的なキャラクターである我が子にこのように気の合う友達が出来てくれた事に心から感謝していた。
そして、ちょうどその話が終わる頃、スザクの母親が、スザク達のいるスザクの部屋に入ってきた。
「あら…宿題は終わったの?」
ジュースとおやつのプリンの乗ったトレイを持ってスザクの母親が尋ねる。
「僕は終わりましたけれど…」
ルルーシュが素直に答えるとスザクが『余計な事を云いやがって…』と云う表情をあからさまに見せる。
「スザク!またルルーシュくんにノートを見せて貰う気なの?だめじゃない!自分でちゃんとやらないと…」
スザクの母親が真ん中のテーブルにトレイを置いて、仁王立ちになってスザクに小言を始める。
あんまり続いても、スザクと遊ぶ時間がなくなる…とルルーシュが口を開く。
「おばさん、スザクには僕が教えながらやるって事になっているんです。僕も、一度、自分でやらないと、教えられませんから…」
そう云って、スザクを何とか解放して貰えるようにする。
普段から、真面目なルルーシュにそう言われてしまうとスザクの母親としても信用しない訳にも行かず…
「そう?いつもごめんなさいね…。スザクの事…お願いね…ルルーシュくん…」
「はい…」
そうニッコリ笑って返事すると、ほっとしたようにスザクの母親は部屋を出て行こうとした時、言葉をつなげた。
「あ、そうそう、スザク、ルルーシュくん、明日のハロウィンの時の衣装…出来ているから…」
「「ハロウィン?」」
二人が声を合わせてオウム返しに聞き返した。
「ええ…今年はこの地区、ハロウィンの仮装大会をするって…1週間前くらいに行ったと思うけど…マリアンヌも張り切って衣装を準備していたし…」
「え???」
ルルーシュは嫌な予感がした…。
それでも、なんとか、取り繕うような表情を見せる。
「へぇ…母さんも俺の作ったの?」
「一応ね…回覧板で回ってきちゃったんだもの…。熱心なお母さん達がかなり見栄張って頑張ると思うんだけど…。でも、どれだけ頑張ってもルルーシュくんにはかなわないと思うけれどね…」
そう云いながら、スザクの母親が出て行った。
その姿を見送りながらルルーシュとスザクは正反対の表情をしている。
「へぇ…ルルーシュはどんな格好なんだろうな…。俺、すっげぇ楽しみだけど…」
「僕は正直、その日には肺炎にでもなって入院したいよ…」
「勿体ない事言うなよ!ルルーシュは着飾れば、すっげぇ綺麗になるし、カッコ良くもなるんだからさぁ…」
スザクが他意のなさそうな口調で言っている。
スザクが云っている事だから許しているが、他の奴なら、ボコボコにしていたかも知れない…。
とにかく、この外見のお陰で、老若男女問わず、ルルーシュはからかわれるし、一人で立っていると変な奴に声をかけられるし、クラスの男子からは妙なヤッカミを受けるし…。
だから、スザクとは話すけれど、クラスの中でまともに会話するのは、スザクくらいのものだ。
ハロウィン当日…学校から帰って来ると、すぐに母親に呼ばれて、着替えさせられた。
ルルーシュは…どう見ても女の子仕様にしか見えないその衣装にすっかり青ざめている。
「あ…あの…母さん?」
「あら、何?ルルーシュ…」
「この衣装…ナナリーのでは?」
「あら、ナナリーのサイズに見えたの?どう見てもルルーシュのでしょ?」
にこやかに答える母にルルーシュは大きくため息をついた。
そこにあったのは、ふわふわのプリンセス衣装である。
確かにハロウィンのキャラクターとしては間違っている訳でもないし、昨今のハロウィンはキャラクターも増えている。
しかし…ルルーシュは(仮にも)男の子であって…
「じゃあ…この衣装が、女の子用の衣装に見えるのは…僕の眼の錯覚ですか?」
薄い紫のふわふわとしたミニドレスが目の前に置いてあり、しっかりと髪飾りやらネックレスなどまでご丁寧に用意されていた。
「錯覚じゃないわ…。女の子の恰好させたかったんですもの…。ルルーシュは女の子のカッコが…」
ルルーシュの母親がそう云いかけてルルーシュがぷちっと切れた。
「母さん!いい加減、僕を着せ替え人形にして遊ぶのをやめて下さい!また明日から学校へ行けなくなるじゃないですか!」
「明日は土曜日よ?学校はお休み…」
さらっと言い放つ母親にルルーシュはがっくりと膝を折る。
「さぁさぁ…手伝ってあげるから…着替えなさい…。もうすぐスザク君が迎えに来るわよ?」
ルルーシュの母親がぬれた手を拭きながら、リビングの方へ来た。
ルルーシュは後ずさりして逃げようとする。
「い…嫌だ…こんな衣装…嫌だぁぁぁぁぁ……」
涙声のルルーシュの声がこだましているが、誰も助ける者もなく…単に母親の趣味に付き合わされているルルーシュとしては、逃げる事も叶わず…
さっさと今着ている服をひん剥かれて、着替えさせられる。
そして、着替え終わる頃にはルルーシュ自身、ぐったりとして、母の方はほくほくと嬉しそうにルルーシュを眺めている。
「流石私の息子…何を着せても似合うわ…♪」
「なら…女の子仕様の服を着せるのはやめて下さいよ…母さん…」
まだぐすぐす云っている鼻を押さえながらルルーシュが云う。
「さてと…あんまり泣いていないで頂戴…メイクするから…」
まるで死刑判決を言い渡されたような気がした…
そんなルルーシュを無視して、涙目になっているルルーシュの顔をぬれタオルで拭いて、嬉しそうにメイクを始めた母に、
―――この人は、なんで僕を女の子として生んでくれなかったんだろう…
と、何だかよく解らない疑問を抱くのだった。
メイクが終わる頃、ルルーシュの家の呼び鈴が鳴った。
『ルルーシュぅ…迎えに来たぞ!』
スザクの声である。
この姿で出て行くのは絶対に嫌だと思うが…。
ただ…ルルーシュがこんな姿にされているのだから、スザクの母と話し合っていて、スザクも同じようなカッコをさせられているかも知れないと云う、あまり望みのない希望を抱いて玄関の方へ歩いていく。
スザクの姿は…ルルーシュのプリンセスのカッコに合わせたようにプリンスの様な黒いタキシードを着ていた。
「ス…スザクはなんで、ちゃんと男のカッコなんだよ!」
ルルーシュはまた大声を放っている。
スザクは黙ってルルーシュを見つめていた。
「おい!スザク!何とか云え…いや、もう何も言わなくていい…」
自分で云っている事が支離滅裂になっている事がよく解る。
ほぅ…と大きく息を吐いて、スザクを見る。
劇とかでこんな王子さまがいたら大人気になるだろうな…女の子に…とふと思ってしまう。
人懐っこいスザクの性格に、いつも優しく笑っているような瞳…。
そして、普段から、ルルーシュと違って上手にクラスメイトと付き合っているスザクはそうでなくともクラスの人気者だ。
―――こんなスザクをクラスの連中が見たら、また、学校でスザクと話しにくくなるな…
ルルーシュはふとそんな風に思ってしまう。
ルルーシュは人付き合いが下手で、なかなかクラスに溶け込もうとしなかった。
逆にスザクはみんなと愛想よく話している。
そんな正反対の二人だから、凸凹コンビと称されるのだが…
「き…綺麗だ…」
呆然としていたスザクがふと呟いた。
「ルルーシュ…すっげぇ綺麗だよ…。俺…ちょっと感動した!ってか、誰かに見せたら俺、学校でお前と話せなくなるかも…」
スザクが興奮気味にルルーシュに話す。
スザクのその言葉…『綺麗』とか『かわいい』とか言われるのは好きではないのだが…スザクの言葉には裏がない所為か、スザクに言われるのは嫌いじゃない。
ただ、素直にそうは言えないから…
「僕は…男だ…。『綺麗』なんて言われたって…嬉しくない…」
顔を赤くしながら俯いてしまった。
この感情が何なのか…ルルーシュが自覚するまでにはあと数年の年月がかかるのだが…。
それでも、この年のハロウィン…『Trick or Treat』の言葉がなくとも、行く先々でこれでもかとお菓子を手に入れた。
それこそ、帰ってから母親に
『あんたたち…何をしたの?』
と言われるほど…。
ルルーシュとしては…かなり複雑な気持ちの残るハロウィンであった事は…間違いない…
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