騎士皇子編


 枢木卿はブリタニアに来て初めてハロウィンと云うお祭りを知った。
(楽しめる)お祭りではあれば、何でも受け入れている日本ではあるが、あまりにお祭りが多過ぎても、全てを網羅できる訳ではない。
それに、日本の場合、商業ベースに乗れると解れば、大企業が率先して、宣伝しまくり、日本中にその祭りを広めるのだ。
有名なと頃では、バレンタインやクリスマス…がその類である。
しかも、バレンタインに関しては、本家とはかけ離れたものになっており、妙な話になって、ホワイトデーなどと云うものも出来てしまった。
そんな枢木卿はブリタニアに来てハロウィンのフェスティバルを見た時に、日本で受け入れられない理由が何となしに解ったような解らないような…と云う気がした。
単純に子供たちが仮装をして、近所の家にお菓子を強請りに行くだけであれば、日本でも商業ベースに乗れると踏んだだろう。
しかし、実は、ハロウィンとは悪霊を払うとか、死者の霊を弔うと言った、そんな意味合いもあるそうだ。
収穫祭と云う表現をされながら、子供たちがゴーストの仮装をする事に疑問を抱いていた枢木卿は『どこをどう間違えてこんな祭りに?』と思ったものだが…
ともかく、悪霊を追い払う為に怖い格好をして、悪霊を怖がらせるのが仮装の目的だと云う事らしい。
それに、収穫祭となったのは、元々、ケルト族にキリスト教を布教する為に、キリスト教の宣教師がこのハロウィンを取り入れた事に始まる。
ケルト族にとって、この日が1年の最後の日だと暦を作っていたとしても、住んでいる地域を考えるとある意味仕方がない。
ただ、キリスト教が広く広まっている地域では、この時期は、収穫期もしくは、収穫期を終えたばかりの頃である。
そこで、キリスト教の祭りに加えた時に収穫祭と云う位置に着いたらしい。
その中に、ケルト族の1年の最後の日に、死者を弔うと云う習慣を融合されて、あのような形になったのだろう。
一応、ルルーシュ皇子からそれなりに話を聞いてい入るのだが、キリスト教の事もケルト族の事もよく解らない枢木卿にとっては、とりあえず、そのフェスティバルを楽しめればいい…と云う程度の感覚である。
ハロウィンなら、ルルーシュ皇子も仮装して、顔を解らないようにして出歩いても変に思われないし、この日になると、ルルーシュ皇子の異母兄姉妹たちも一緒に出かけるのだ。

 フェスティバル当日、ルルーシュ皇子は朝からそわそわしている。
こうした祭りのときは本当に嬉しそうである。
ジェレミア卿などはいつも、『危険ですから!』と心配するのだが、一応、ルルーシュ皇子の騎士である枢木卿も同行するのだ。
―――俺って…そんなに信用ないかなぁ…
枢木卿は日本を離れてからも、日本にいた頃から続けている武道の鍛錬を欠かせた事はない。
ルルーシュ皇子の騎士になる為にはルルーシュ皇子を守れるだけの力が必要だ。
お世辞にもルルーシュ皇子は腕力に自信があるとはとても言えない。
その事も手伝っているのだろうが、ジェレミア卿はいつも心配ばかりする。
でも、その為に枢木卿がルルーシュ皇子の騎士になったのだが…。
確かに、戦場へ行って、神聖ブリタニア帝国の宰相閣下第二皇子シュナイゼル=エル=ブリタニア殿下の片腕とも謳われるルルーシュ皇子だ。
一人でふらふら歩いていれば危険に決まっている。
―――コンコン…
「おい!スザク!着替えたか?」
「え?いえ…自分は…」
ノックの音の返事をする前にルルーシュ皇子が枢木卿の部屋に入ってきた。
「あ…あの…殿下…その格好…」
しかも…誰が選んだのか…ティンカーベルの恰好で…
ルルーシュはどうもご機嫌斜めで、枢木卿を見る。
もちろん、枢木卿がルルーシュ皇子に対して『殿下』などと呼んでいるので、すぐにそっぽ向いてしまう。
いい加減慣れてはいるのだが…いつまで経っても同じ事を続けている二人である。
「ルルーシュ…どうしたの?その格好…」
最初の衝撃をまだ残したまま、枢木卿がルルーシュ皇子に尋ねる。
「今朝…ユーフェミアが僕の部屋に置いて行ったんだ…。嫌だから、着替える前に逃げようとしたら…ユーフェミアの侍女たちに捕まって…。で、スザクも僕と同じような恰好するからって…」
枢木卿は首を傾げるが…
―――そう云えば…誰か、何か置いて行ったな…
そんな事を考えながら、その置いて行かれた箱の中身を見ると…ルルーシュ皇子が着ている衣装と色違いのティンカーベルの衣装が入っている。
「スザクのはグリーンか…。すると、僕とスザクの眼の色に合わせたと云う事か…」
「ねぇ…ルルーシュ…。君はかわいいからいいよ…そう云う恰好をしていても…」
そう云いかけると、ルルーシュ皇子がものすごい形相で拳を振り上げて枢木卿の頭に拳骨を食らわせた。
「スザク…僕が何だって???」
「いったいなぁ…。ルルーシュ、ホントにかわいいけど…その格好…」
ずきずきする頭を押さえながら、枢木卿はルルーシュ皇子に言い返す。
「まだ云うか!ユーフェミアの侍女たちがきゃあきゃあ騒いで行ったが、僕は男だ!『かわいい』なんて言われて喜べるか!」
ルルーシュ皇子は如何にも不愉快だと言わんばかりに枢木卿に怒鳴りつける。
「でも…俺みたいに明らかに似合わないのに、こう云う衣装と云うのも…」
「そうか?スザクは結構童顔で、侍女たちには人気があるらしいぞ…。それこそ『なんだか、かわいくて放っておけない…』って…。きっと、僕よりも似合うと思うんだけど…」
そう云われて枢木卿はその目の前にある衣装をじっと見つめる。

―――コンコン…
 枢木卿の部屋に更なる来客らしい。
「どうぞ…」
枢木卿は誰だろうと思いながら、返事すると、そこにはルルーシュ皇子の異母妹ユーフェミア皇女が立っていた。
「あら…ルルーシュ…ホント綺麗…。流石ですわね…」
ユーフェミア皇女が目をキラキラさせてルルーシュ皇子を見た。
「別に…嬉しくない…」
ルルーシュ皇子は仲が良くて、云う事を逆らえないこの異母妹姫にそっぽ向いて答える事しか出来なかった。
「まぁ…スザク…まだ着替えていなかったんですか?仕方ありませんわね…今、侍女を呼びますから…」
と云うが早いか、さっさと携帯電話を取り出し、自分の住まいである離宮から侍女たちを呼び寄せる。
そして、数分後にはその侍女たちが枢木卿の部屋へと集まってきた。
「ここでは…ちょっと着替えにくいですわね…。ルルーシュ、ルルーシュのお部屋を貸して下さいな…」
「あ…ああ…構わないが…」
その返事にユーフェミア皇女もにっこり笑って今、出向いてきた侍女たちにまるで鶴の一声と云わんばかりに命じた。
「さぁ、枢木卿を可愛く飾って下さいな…。よろしいですか?可愛くですよ?」
そのユーフェミア皇女の言葉に侍女たちも『勿論です!』と云うかのように目を輝かせている。
「「「「イエス、ユア・ハイネス!」」」」
そう答えて、侍女たちは枢木卿を連行していく…。
「あ…ちょっと…。ルルーシュ…これ…どう云う事?俺…」
枢木卿が戸惑ったようにルルーシュ皇子に助けを求めるが、ルルーシュ皇子も困った顔をして見送っている。
「すまない…スザク…。僕にユフィを止めるだけの力はない…」
そう呟きながら…

 枢木卿を見送ると、ルルーシュ皇子はユーフェミア皇女の方を向く。
「なぁ…なんで、僕とスザクがティンカーベルなんだ?」
「それは…今年はシュナイゼル異母兄さま、クロヴィス異母兄さま方にはウィッチレディとかシスターの恰好をして頂いています。私はミスターバンパイヤ、お姉さまはエンジェルで、ナナリーはクールキャプテンですわ…」
どうやら…ユーフェミア皇女とナナリー皇女以外、嫌がるであろうと予想されるチョイスである。
「よく、みんな、承諾したな…」
呆れ顔でルルーシュ皇子がユーフェミア皇女に言う。
一体誰の入れ知恵なのかを知りたかった。
「ええ…。私が一生懸命お願いしたんです…。それに、マリアンヌ様の後見であるアッシュフォード家のミレイ嬢がこうすると面白いですよぉ…って…」
「ミ…ミレイか…今回の発案者は…」
ルルーシュ皇子はその場でがくんと脱力した。
アッシュフォード家のミレイ嬢とは母、マリアンヌの後見ともあって、昔からよく知る。
そして、こういった時に意見を求めると…ろくな事にならない…。
ミレイ嬢の笑い声が聞こえてくるようである。
「こんなに素敵なハロウィンになるなら、また、ミレイ嬢に色々ご相談申し上げて…」
「いや!それは絶対に止めてくれ…頼むから!」
ルルーシュ皇子は渾身の力をこめてユーフェミア皇女に頼んだ。
そんな風に話しているところへ、さっき、枢木卿を連行した侍女が入ってきた。
「枢木卿の準備が整いましてございます…ユーフェミア皇女殿下、ルルーシュ皇子殿下…」
そう云って、頭を下げている。
その後ろからは…
『嫌です…こんな格好…。自分は…いつもの騎士の服で…』
枢木卿の叫び声にも似た声が聞こえてくる。
「何を仰っているんですか…よくお似合いですのに…」
そう、侍女に力づくでもと云う勢いで手を引っ張られてやっと、枢木卿の姿が現れた。 「ス…スザク…」
「まぁ…素敵ですわ…。これなら、誰にでも自慢できますわ…」
ルルーシュ皇子は枢木卿の姿に目を丸くして、ユーフェミア皇女の表情はぱぁっと花が咲いたようにほころんでいる。
「ルルーシュ…こんな素敵なお人形さんを騎士にして下さってありがとう…。時々、私にこのお人形、貸して下さいね…」
にこにこしてルルーシュ皇子にいつものようにおねだりをしている。
その勢いに乗せられてルルーシュ皇子が頷きそうになると、その様子にいち早く反応した枢木卿が力いっぱい叫んだ。
「いいえ…ユーフェミア皇女殿下…。自分はルルーシュ殿下の護衛で手いっぱいの未熟者ゆえ…その件に関しては…平にご容赦を…」
こんな風にユーフェミア皇女の着せ替え遊びに付き合わされたらどうにかなってしまう気がした…精神的に…。
「俺…日本男児なのに…。日本男児は…常に男らしく…」
ぼそぼそと口の中で呟いている。
しかし、その『日本男児』と云う言葉も今の姿を考えると…。
―――従妹の神楽耶が見たら喜びそうだし、ユーフェミア皇女と気が合いそうだ…。
ルルーシュ皇子も枢木卿もはぁ…っと大きくため息をつくしかなかった。

 やがて、夕方になり、街のフェスティバルも賑やかになってきた。
「まぁ…お兄様も、スザクさんも素敵…」
「あ…あの…あんまり見ないでくれるとありがたいんだが…」
「確かに…褒められているように聞こえる言葉ではありませんね…」
他の異母兄姉達と共に街のフェスティバルに来ているのだが…ルルーシュ皇子と枢木卿のティンカーベルの恰好がかなり目立っており、人目を引いている。
他にも似たような『女の子』の姿を見かけるが、『男』がこんな恰好をしている姿を見かける事はない…。
「大丈夫ですわ…ルルーシュ、スザク…。とっても綺麗でかわいいですもの…」
「確かに…我が異母弟ながら…なんと云うべきか…」
「ルルーシュがこんなにこう云う恰好が似合うとは…今度、私の絵のモデルで…」
クロヴィス皇子の言葉にルルーシュ皇子はキッとクロヴィス皇子を睨みつける。
「全力で却下です!」
「私も驚いたな…。これなら、花嫁でも行けるんじゃないのか…二人とも…」
「シュナイゼル異母兄上…僕は男です!スザクは確かに似合っていますけれど…」
「ル…ルルーシュ…俺より遥かに綺麗なくせに…何を言っているんだ!」
ここで、ルルーシュ皇子と枢木卿がいつもの如くぎゃいぎゃい始めてしまった。
黙っていれば、本当に綺麗でかわいいティンカーベルのペアなのだが…とコーネリア皇女は思ってしまう。
この二人のお陰で目立たずに済んでいるが、コーネリア皇女もかなり不本意な恰好をさせられている。
「お兄様…スザクさん、あんまり騒いでいると…そうでなくても目立っているのに…更に目立ってしまいますよ?」
ナナリーの一言に二人がピタッと止まる。
ナナリーも嬉しそうにこの二人を見ている。
「ユフィ異母姉さま…こんなに素敵なハロウィンをありがとうございます。とっても楽しいです!」
「よかった…ナナリーが喜んでくれて…。異母兄さまたちもルルーシュ達のおかげで喜んで下さっているみたいですし…」
にこにこしながらユーフェミア皇女がナナリー皇女に話している。
ルルーシュ皇子はナナリー皇女の笑顔にはめっぽう弱い。
この笑顔を見られたのなら…
―――まぁ…ユフィの悪ふざけも、悪くないのかな…。二度目は絶対嫌だけど…
と思ってしまう。
今年ももう、ハロウィンの時期だ。
「スザク…また明日から、忙しくなるぞ…」
「そうだな…もう、今年もそんな時期なんだな…」
収穫を祝う街の人々を見ながら、ルルーシュ皇子が枢木卿にそう一言告げる。
ルルーシュ皇子にとって、この平和が普通の事ではなく、楽しんでおきたいのだ。
異母兄姉達の様子を見ると、また、すぐに戦場に行かなくてはならなくなるだろう。
「ルルーシュ!せっかくのフェスティバルだ!楽しもうよ!」
そう云って、ルルーシュ皇子の表情が優れない事に気づいた枢木卿がルルーシュ皇子の手を引っ張った。
「大丈夫…ルルーシュは絶対に俺が守るから…。そして、来年もまたハロウィンのフェスティバルに来よう!」
枢木卿の力強い言葉にルルーシュ皇子がふっと微笑んだ。
「そうだな…スザク…」
そう云って、異母兄姉妹たちとフェスティバルの人ごみの中に入って行った…


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