Last Present

「ちょっと野暮用で、出かける…」
 C.C.の突然の外出宣云だった。
『ゼロレクイエム』以後、ルルーシュはC.C.と共にジェレミアのオレンジ畑に身を寄せていた。
ルルーシュが自分の父親であるシャルル=ジ=ブリタニアをCの世界へ封印する際、シャルルの右手につかまれた首から違和感を覚え、ふと右の掌を見ると…C.C.の額に浮かんでいた紋章がうっすら現れていたのだ。
そして、ルルーシュは『死ぬ事』を許されない者となった。
『コード』を継承し、永遠の時を生きる事となったのだ。
そして、やっと、C.C.がルルーシュとの約束通り、笑顔を見せて、間もなくの時…C.C.がいきなり出かけると云い出した。
これまでにそんな事がなかったからルルーシュは怪訝そうな表情を見せたが、それでも、ルルーシュが何を云ったところで、彼女が云う事を聞く筈もなく…結局ルルーシュは
『解った…』
と答えただけだった。
彼女の背中を見送りながら…何か違和感の様なものを感じたが…しかし、それも無視して、ルルーシュは『ゼロ』として世界を飛び回っているスザクの動向を見る事にした。
ルルーシュが皇帝となり、『ゼロ』に討たれて、もう、2年以上が過ぎていた。
人間の年齢で行くと…もうすぐ20歳となる。
しかし、『コード』を継承したルルーシュにとっては、誕生日など、過去のものだし、自分の年齢も数える必要がなくなっていた。
それでも、何かの執着なのか、自分の年齢は…結局忘れられず、数えている自分に気がついた。
ある時、C.C.にその事を放した時には、
『お前がまだ、『コード』を継承したばかりだからな…。そのうち…忘れる。人間だってそうだろう?生活の中で自分の年齢を忘れる者は少なくない…』
と云われた。
経験を重ねて行けば…古い記憶から薄れていく…。
いつか…自分の犯した罪が…記憶から消えていくのだろうか…。
そんな事は許されてはならない…
だが…時間は…経験は…記憶を少しずつ消していく…。
ルルーシュは正直、その事が怖かった。
自分が『コード』を継承させられた意味を…自分の中で見出していたから…。
『永遠の生』と云う、罰を、ルルーシュは受けると決めていた。
もし、自分の犯した罪の記憶が薄れてしまうなら…いつか…自分は、誰かに『ギアス』を与えて、『コード』を継承させてしまうかも知れない…
今は…その事が怖かった…。

 夕食時…
ジェレミアもアーニャも外の作業から帰って来て、食卓についている。
しかし…たった一人…この場にいる筈の存在がいない…
「まったく…どこをほっつき歩いているんだ…あの女は…」
ルルーシュがイライラしながら呟く。
「ルルーシュ様…」
ルルーシュのイライラが解ったのか、ジェレミアが声をかけた。
「あ、済まない…。ジェレミア、アーニャ…仕方ないから先に食べよう…。C.C.もそのうち帰ってくるさ…」
そう云って、C.C.の分だけラップをかけて、冷蔵庫にしまった。
アッシュフォード学園のクラブハウスにいた頃には、こんな事はしょっちゅうだった。
神出鬼没で、どこからともなく現れて、どこへ行くのかも告げずに消えていた。
しかし、ジェレミアのところに身を寄せてからは、そんな事は一度もなかった。
いつも、退屈そうにオレンジ畑の片隅に佇んでいる事が多かった。
それに、食事時にはいつも家の中にいたのだ。
アッシュフォード学園のクラブハウスにいた時の様に、ルルーシュのカードでピザを注文する…と云う訳にはいかなくなった事もあるだろうが…。
「まぁ、殺しても死にはしないからな…」
そう、呟いて、ルルーシュも席について、夕食を摂り始めた。
いつも見る顔がない事が気にならない訳ではないが…
しかし…先ほど彼女を見送った時の違和感を思い出す…。
C.C.の行動は…いつも突発的で、ルルーシュの考えも及ばないような事をしてくれる。
―――だから…今日もまた、そんな事だろう…
ルルーシュ自身、それは無理矢理思いこんでいる者だと、薄々感じながら…それでも、どうする事も出来なくて、自分を納得させている。
同じ『コード』を持つ者が近くにいると云うだけで安心していたと云う事に気がついた。 そう、今のルルーシュは『コード』を持つ者…
人間ではなくなっているのだ。
そして、今目の前にいるジェレミアとアーニャは理解者であっても、同じ存在ではない。
それでも、ルルーシュは、『ギアス』を手にした時、『孤独』になると云う『業』を背負った筈なのだ。
しかし、実際には、常にルルーシュの傍らにはC.C.がいた。
つまり…本当の意味での『孤独』ではなかったのだ。
確か…マオも…C.C.を拠り所にしていた。
そして、その拠り所が自分の傍から消えて…血眼になって捜し、連れ去ろうとしていた。
―――結局…俺もマオと同じ…か…
ルルーシュはそんな事を考えながら、自嘲めいた苦笑いを浮かべた。

 結局、C.C.はその日には帰らなかった。
否、その次の日も…。
そして、C.C.がいなくなって、3日目…
「ジェレミア…一応、探しに行ってくる…。いくらなんでもおかしい…」
「ルルーシュ様…しかし…」
「大丈夫だ…俺が『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』だと解らないように気をつける…。お前たちはここにいてくれ…。C.C.が帰ってきたり、連絡が来たら俺の携帯に…」
流石に心配になったルルーシュがジェレミアにそう云った。
しかし、ルルーシュは今ではこの世にいない筈の存在…。
それに、『ルルーシュ皇帝』亡き後、再び混乱が生じ始めた。
『ゼロ』に扮しているスザクも、なかなかここに来られないし、彼からの連絡も、紛争地域から、どうしてもスザクではどうにもならない時にルルーシュに連絡を入れてくるだけだ。
それ故に、今、『ルルーシュ』が生きている事が世間にばれるのは、まずい事なのだ。
ナナリーもシュナイゼルも頑張ってはいるようだが…それでも、世界の争いはなくならずにいた。
ルルーシュが身支度をして自分の部屋から出ると、そこにはアーニャが立っていた。
「どけ…アーニャ…」
「ルルーシュ…外に出たら…ダメ…。スザク達の…努力が…無駄になる…」
ルルーシュを行かせまいとルルーシュの目の前に立っている。
そう、一時の感情で、ルルーシュが飛び出して行ったら、ルルーシュ達が起こした『ゼロレクイエム』も、今、世界を作りなおそうとしているスザクやナナリーたちの努力もすべてが無駄になるかも知れないのだ。
「しかし…」
「C.C.なら…きっと…心配ない…」
「……」
「ルルーシュ…ルルーシュは誰が大事?一番大事な人の為に…動くべき…」
アーニャの短い云葉の中に…ルルーシュは自分の犯した罪の重さを痛感する。
そして…自分の一番大事なもの…それを切り出されてしまえば、答えは一つしかなかった。
「解ったよ…アーニャ…。済まない…。ありがとう…」
その云葉だけをアーニャに渡してルルーシュは自室に入って行った。
ルルーシュが部屋に入って行った事を見届けると、アーニャは隠れて立っていたジェレミアの傍まで歩いて行った。
「アーニャ…礼を云う…。私ではルルーシュ様を止め切れなかった…」
「別に…。私は思っていた事を…云っただけ…」
ジェレミアもアーニャも何となく、ルルーシュがC.C.不在と云うこの状況に不安を覚えているのだろうと察してはいた。
しかし…ここで一時の私情に流されて、短慮な行動を取ってしまっては、ルルーシュは後で死ぬほど後悔をする。
そう思ったから…二人はルルーシュを止めたのだった。

 そして、それから、2日が経った昼過ぎ…
ここの存在を知る…もう一人の人物がやってきた。
そして…その腕には…
「お久しぶりです…ジェレミア卿…」
作業中のジェレミアにそう声をかけたのは…枢木スザク…否、元・枢木スザクである『ゼロ』だった。
仮面だけは外されて、『ゼロ』の衣装は乾いた血液で汚れていた。
そして…その腕には…
「枢木…それに…C.C.!?」
スザクの腕には目を閉じて、動かなくなっているC.C.が抱かれていた。
「ルルーシュ様!ルルーシュ様!」
ジェレミアが慌てて母屋に走り、ルルーシュを呼びに行った。
そして、その場に立っていたスザクにアーニャが声をかけた。
「スザク…C.C.…どうしたの?」
「……ルルーシュが来たら…話すよ…。それまで…待っていてくれるかな…」
スザクは静かに答えた。
アーニャは今のスザクの状態に…ある時の事を思い出した。
そう、『ゼロレクイエム』の後、ルルーシュが…『コード』の継承をした時だ…。
『コード』の継承は一度その人物が死ぬ事から始まると云っていた。
だから…ルルーシュは『ゼロレクイエム』の時に父であるシャルル=ジ=ブリタニアからの『コード』を正式に継承した。
アーニャは状況を察した。
「スザク…まさか…」
「……」
アーニャの驚いた声に、スザクは何も答えなかった。
アーニャはスザクのその沈黙が答えだと思った。
恐らく、理由を聞いても、今は答えてはくれない。
多分…ルルーシュがここに来て、ルルーシュが尋ねるまでは…
ジェレミアに連れられてルルーシュが母屋から出てきた。
そして、スザクとC.C.の姿を見つけると…その場で動けなくなっていた。
「スザク…C.C.…」
驚愕の表情を隠せず…その場に立ち尽くしていた。
「久しぶりだね…ルルーシュ…」
ルルーシュが動けなくなっている事に気がついて、スザクはC.C.を抱いたまま、ルルーシュの前まで歩き進めた。
「お…お前…いつの間に…」
状況を見て、全てを察したルルーシュから出てきた言葉はそれだった。
スザクが…『コード』を継承した…。
しかも…C.C.から…
「うん…『ゼロレクイエム』クライマックスの前日…。玉座の前で…」
スザクは事もなげにそう答えた。
そして、スザクがふっと眼を閉じると…C.C.と同じように、額にあの紋章が現れた。
「じゃあ…C.C.…は…」
「僕と契約して…契約を果たしたところだ…」
簡潔に…必要最低限の云葉だけをスザクは紡いでいた。
ルルーシュは…ただ驚くしかなくて…。
そして…スザクは一通の手紙をルルーシュに渡した。
「受け取って…。C.C.から君への…メッセージだ…」

 ルルーシュが封筒から手紙を取りだした。
『―――ルルーシュへ
 私との契約で…お前の運命は大きく変わった。
 お前は私を怨んでいないと云っていたが…それでも、私としては…思うところがあった。
 そんな風に考えていた時、スザクからの提案を受けた。
 スザクと、契約する…。
 お前に黙っていたのは…お前が絶対にその事を許さないと思ったからだ。
 しかし、これは、私とスザクとの合意の下の契約だ。
 お前は…『優しい世界』を作り上げるまでこっちの世界へ来るな!
 その代わり…私は…お前の本当のパートナーを置いていこう…
 最期に…Happy Birthday Lelouch…』
ルルーシュは短い手紙を読みながらカタカタ震えていた。
「ルルーシュ…黙っていてごめん…でも…僕も…」
ルルーシュは何も云わない…。
否、云えないのだろう…。
「ルルーシュ…C.C.は僕に云っていた…。ルルーシュは約束を守ってくれた。だから…契約者は、ルルーシュじゃなくていい…と…。だから、僕が…C.C.の契約者になることを望んだ…」
スザクは一言、そう云った。
ルルーシュの中で…何かが…終わり、何かが始まったのだ。
「済まない…一人に…してくれ…」
そう云って、ルルーシュはいつもC.C.が退屈そうに佇んでいた場所へと足を向けた。
その場所に…C.C.はいない…。
「お前は…誕生日など…忘れると云っていたな…。でも、これで…俺は…自分の誕生日を忘れられなくなったぞ…。C.C.…最期の最期まで…偉そうで…自分勝手で…」
―――ふっ…私は…C.C.だからな…
ルルーシュの耳にそんな声が聞こえた気がした。
『黒の騎士団』でも、『皇帝に即位』してからも…恐らくは…一番の理解者だった。
契約者で、共犯者で、一番の理解者…
「でも…こんなイレギュラー…お前なら…考えそうな事だな…」
気がつくと…涙が零れていた。
何もかも失っても…常に彼女だけは…ルルーシュの傍にいた。
いけ好かない女…ずっとそう思っていた。
やっと…彼女を笑わせたと云うのに…それが…別離の合図だった…。
そして、新たなパートナーの誕生…

「ルルーシュ…」
 立ち尽くしていたルルーシュの背後から声がかけられる。
「スザク…か…」
振り返ると、あの、乾燥した血液に汚れた『ゼロ』の衣装をまとったスザクが立っていた。
「怒ってる?」
スザクが不安げな表情で尋ねる。
しかし、これは、C.C.とスザクとの間に交わされた契約で…ルルーシュがとやかく言える訳ではない。
「何故…俺がお前を怒るんだ…。お前と、C.C.との契約だ。俺に口出す権利は…ない…」
「そっか…じゃあ…悲しいんだね…。C.C.がいなくなって…」
「ふん…清々したさ…。あんな、高飛車で、偉そうで、生意気で…」
言葉が続かなくなった時…ルルーシュの目から涙が止まらなくなった。
スザクはそんなルルーシュを隠すようにそっと抱きしめた。
「泣いて…。今は…。本当は…辛いんでしょ?だから…今だけは…泣いていて…」
スザクの言葉にルルーシュはそのままスザクに縋りついて泣いた。
もう、失うものは何もないと思っていた。
でも…失って悲しいと、切ないと思う存在がまだいた…。
その相手は…自分に新たなパートナーを置いて、自分の目の前から去った。
自分に向けられる優しさなど…もうないと思っていた。
しかし…こんな形で…優しさを残される事になるとは…。
ルルーシュは…思った…。
自分も、ナナリーやカレンたちに、C.C.が自分にした事と同じ事をしたのではないかと…
そう思うと…居た堪れなくなった。
「ごめん…ごめん…みんな…ごめん…」
自分のした事の罪深さを思い知る。
C.C.が残したメッセージにはいろんな思いが込められている。
だから…
「ありがとう…C.C.…ありがとう…スザク…」
そんなルルーシュを抱きしめながら、スザクも涙を落とす…
「ルルーシュ…これ以上…みんなの想いを…無駄にしないで…」
スザクの言葉にルルーシュは…ただ…こくんと頷いた。



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