生まれてきた意味

 かつて…ブリタニアの王宮で暮らしていた頃…
まだ、スザクとも知り合う前の話…
母が庶民の出であると云う事から、決して安定した立場であったとは云えないが、それでも、異母兄弟の中にはそんな事を気にしないでルルーシュやナナリーと接してくれる者たちもいて…
多分…それなりに幸せだったと思う…。
そう…母が殺されるまでは…
あの頃は…母がいて、妹のナナリーも目が見えていて、歩く事も出来て…仲のいい異母兄姉妹たちもいて…
父親の事は、あの頃から、好きだったとは言えないが…母の死んだ後ほど、憎悪を抱く事もなく、ブリタニアに対して、これほどの嫌悪感を持つ事もなかった。
ただ…子供ながら、母や自分たち兄妹がどんな立場なのかは…何となく解っていた。
だから…仲のいいのは異母兄姉妹だけで…その母と顔を合わせても、形だけの挨拶しかしていなかった事を覚えている。
それでも…その異母兄姉妹たち、母、そして、妹のナナリーと一緒にいる事は嬉しかったし、幸せだった。
いずれ…自分はいつも、一緒にチェスをしていた第二皇子であるシュナイゼルの下に身を置くのだと…何となしに思っていた。
しかし…母が何者かに暗殺され、ルルーシュとナナリーの立場は一転した。
それまで、それほど交流のなかった異母兄弟姉妹たちは以前にも増して、ルルーシュとナナリーを腫物に扱うような態度をあからさまにした。
そして、それまで、仲良くしてきた異母兄姉妹たちも…流石に母君や彼らを後見する貴族たちに何かを言われたのだろう…。
ルルーシュ達の暮らすアリエスの離宮に近寄らなくなった。
ルルーシュは…その時に絶望したのだろう…。
恐らくは…ルルーシュの中で薄々気が付いてはいたが…それでも、いざ、その事実が現実として目の前に突きつけられると、まだ、10歳にも満たないルルーシュに取っては辛くない訳はなかった。
母が生きていた頃は…確かに不安定ながらも、幸せな生活だったと思う。
これで、ブリタニアの皇族などと云う肩書がなければ尚、良かったとも…。
それが…それまで不安定だったルルーシュとナナリーの足もとが、母の死によってあっさりと崩れ去った瞬間でもあった。
そして…ルルーシュは…ブリタニア皇帝である父に謁見を申し込んだ。
あの時の父の言葉は忘れられない。
その時、ルルーシュの中の父への憎悪とブリタニアへの嫌悪がはっきりと自覚する事となった。
そして…ルルーシュは日本へと送られた…。 いつ、戦争になってもおかしくない…緊張状態の日本へ…

 日本へ来てから…ルルーシュは誰にも頼る事をしなかった。
否、子供なのだから、ルルーシュの知らないところで誰かに守られてはいたと思うが…それでも、ルルーシュは自分とナナリーの立場をよく理解していた。
だから…自分の身は…自分で守らなくてはならなかった。
『お前は…生きた事などない…』
父の言葉…今でも突き刺さっている。
そして、その時、ルルーシュは何も言えなかった。
ルルーシュは…父の云う通り…生きた事がなかった…。
だから…
ルルーシュは日本へ送られても、自分の事はすべて自分で抱えて、誰にも頼ろうとしなかった。
自分の力で…生き抜くために…。
あの時に大嫌いになった自分の父親だが…そのおかげでルルーシュは自分で生きようと云う意欲を抱いた事は否めない。
その時には当然、気がつかなかったし、アッシュフォードで保護されていた時も、『ゼロ』をやっていた時も…そんな事を認めるだけの余裕がルルーシュにはなかった。
ただ…『ゼロレクイエム』の後、『コード』を継承して…ジェレミアのオレンジ畑に身を寄せて…これまでにない程、自分の事を考える時間が出来た。
そんな時間が出来た時…ルルーシュは…確かに、あの父親の事は今でも大嫌いだし、あの父親を認める事は出来ない。
でも…それでも、ルルーシュに生きる気力を与えた人間であった事は確かである事に気がついた。
認めたくないが…ルルーシュに自分の力で何とかしようと云う思いを抱かせたのは…紛れもなく…父である、シャルル=ジ=ブリタニアだった…。
『コード』の継承も…一体何の恨みだったのか…と、今でも思うが…あの、年端もいかなかったルルーシュに一喝した時の父の言葉だけは…ルルーシュは感謝していた。
きっと、あのままブリタニアの王宮にいたら…それこそ、シュナイゼルの傘の下で守られる人生か、もしくは、他の異母兄姉妹たちの権力争いの中で、抹殺されていたかも知れない。
『大事なものは遠ざけておくものだ…』
C.C.の言葉…。
C.C.はあの時のシャルルやマリアンヌの想いを知っていたのかも知れない…。
恐らく…C.C.はルルーシュ達が日本へ送られた本当の意味を知っていたのだから…。
しかし、結局、あのCの世界で自分はC.C.を誘き出す為のエサでしかなかったと実感した。
両親の身勝手な思いの為に…世界は…戦争の渦へと巻き込まれていき、ルルーシュとナナリーはアッシュフォード家の匿われて隠れて生きていく事を余儀なくされた。
いつ…政治の道具として…売り払われるか…解らない状況の中で…。

 全てを知った今でも、ルルーシュは思う…。
あの、Cの世界で…自分の存在していた意味を知って…。
結局自分は…ノイズでしかなかった。
C.C.を誘き出す為の…エサでしかなかった…。
その事実を知った時には…『黒の騎士団』もルルーシュの敵となり、ナナリーもシュナイゼルに保護されていた事も知らなかったから、ナナリーもこの世にいないと思っていた。
そして…初めてルルーシュが信じた他人…友達の…スザクも敵でしかなかった…。
その時…ルルーシュはいつ死んでもいいと思っていた。
ただ…自分のしてきた事への懺悔はしなくてはならない…そんな思いはあった。
自分の所為で死んでいった者たち…
クロヴィス、ユーフェミア、シャーリー、ロロ…
その他にも『黒の騎士団』の戦いの中で戦死した者、巻き込まれて命を緒とした者、それこそ数えきれないほどいた。
それに…不本意とは言え…ユーフェミアの『虐殺皇女』と云う呼び名も…ルルーシュにとっては…
だから…『ゼロレクイエム』を考えた。
目の前にいる、父を葬り去ったら…自分もやるべき事を全てやって、そして…地獄の炎の中へと身を投じようと…そんな事を考えていた…。
目の前にいるスザクもルルーシュに対しては憎しみしかないのだ。
でも、最期くらいは…スザクに対して友達らしい事をしたかった…。
それで、スザクが自分を許してくれるとも思わないし、スザクが枢木神社でルルーシュを裏切った事も許すつもりはなかった。 でも…それでも、ルルーシュにとっては…初めての…ただ一人の友と呼べる存在だったから…。
せめて…自己満足はさせて欲しい…そんな思いだった。
ただ…シャルルがルルーシュの首を掴んだ時…シャルルはルルーシュのそんな思いを悟ったのか…
掴まれた首の部分から…何かの力が働いている事を感じていた。
そして…それは…ルルーシュにとってその時に考えていた、これからの計画図を覆す結果となる。
シャルルが完全に消えた時…ルルーシュの右の掌に…何かを感じた。
見てみると…そこには…C.C.の額に光っていた…あの刻印が…うっすら浮かび上がっていた。
まだ…ルルーシュのギアスは使える状態である事は解る。
しかし…この刻印の意味は…
そんな事を考えながら…ルルーシュは困惑しているところでC.C.がこれからどうするつもりなのかと聞いてきた。
そして、スザクが放った言葉は…
『ルルーシュはユフィの仇だ…』
だった…。

 これほどまでに皆から恨まれ、憎まれ、排除されようとしていると云うのに…父であるシャルルは…ルルーシュに『コード』を残した…。
あれから…数年…相変わらず、スザクは『ゼロ』として、世界を飛び回っている状況だ。
『超合衆国』で日本と中華連邦に権限が偏り過ぎていた事、そして、『黒の騎士団』に対する不信感で、『超合衆国』そのものが混乱状態になっていた。
元々、思想も文化も異なる国々が『ブリタニアからの独立』を掲げて『ゼロ』の下に集まってきたのだ。
それが…ダモクレスと共にフレイヤが乱発されていた戦場で『黒の騎士団』がフレイヤの道を開ける為に戦っていたという事実が漏れた時…『超合衆国』は同盟としての効力も、『超合衆国憲章』に対する順守義務も吹っ飛んだのだ。
『黒の騎士団』は『超合衆国決議』で過半数の賛成がない限り出動は出来ない。
しかし、当時の『超合衆国』は日本と中華連邦だけが情報を握って、他の国の代表たちは何も知らないまま、決議させられていたと反発したのだ。
『超合衆国』が一つの集合体としてなさなくなった時、『黒の騎士団』にとっては致命的だった。
もっとも、ルルーシュが望んだのは『黒の騎士団』など必要ない世界ではあったのだが…。
あの状態ではルルーシュの望んだ形での『黒の騎士団』の消滅ではない。
結局…『ゼロレクイエム』も…話し合いのテーブルについたとは云え、一人の悪の象徴がいて、みんなでそれを排除しようと云う時は団結も出来たが、その、一つにまとまる為の支柱が消えた時点で争いは起きる。
人間とは愚かな生き物だとルルーシュは思うが…。
ただ…ルルーシュの『ゼロレクイエム』が招いて悲劇…とでも言うべきか…。
だから…ルルーシュは今でも、『ゼロ』で居続けている。
表に出て行くのはスザクの『ゼロ』で…それを支える為の『ゼロ』をルルーシュが担っている。
結局…ルルーシュ一人が消えたところで…世界から争いは消えたりはしなかった。
最初のうちは、ルルーシュの目論見通り…全ての憎しみと責任はルルーシュに押し付けられた。
それでいいと安心できたのは…最初の2年程度だった…。
戦後の復興が殆ど完了した時には…世界は…再び…争い始めていた…。
より強い者を…より先へ…より上へ…
ルルーシュがあのまま悪逆皇帝をしていた頃の方がまだ、世界の争いは少ない。

 いろいろ考えてみる者の…出てくるのはため息だけだ。
「俺は…結局何のために生まれてきたんだろうな…」
そんな独り言を呟いた。
「そんなの…幸せになる為に決まってる…」
気配を殺して背後に立っていたアーニャがぼそっと呟いた。
「!」
ルルーシュは驚いて、アーニャの方を向いた。
随分前から立っていたようで、アーニャは怒ったような…それでも悲しそうな目をしていた。
「ルルーシュ…幸せになっちゃいけない人なんて…多分…いない…」
アーニャの短い言葉がルルーシュの耳に響いた。
ルルーシュは真剣な目でルルーシュを見つめているアーニャから顔を逸らした。
「俺は…」
ルルーシュがそう云いかけると、アーニャは更にたたみかける様に言葉を続ける。
「私、ジェレミアのお陰で…記憶、戻った。その時…ルルーシュの…お母さんの…思い、知った…」
「母さんの?」
ルルーシュが聞き返すとアーニャが黙って頷いてから言葉を続けた。
「ルルーシュのお母さん、ウソのない世界…欲しかった…。だから、ルルーシュのお母さんも、ウソをついていない…。ルルーシュのお母さん…ルルーシュとも、ナナリー様とも一緒にいたかった…」
アーニャはマリアンヌのギアスによって、マリアンヌが亡くなってから8年間、ずっとアーニャの中にいた。
「しかし…母さんは…」
「ルルーシュ…難しく考えすぎ…。ルルーシュもスザクも…もっと、力抜かないと…これから先…辛い…」
アーニャはルルーシュとスザクが『コード』を継承した事を知る数少ない人間の一人だ。
アーニャ自身、ルルーシュ達の背負っている『永遠』と云うものの重さはよく解らないが…。
「ルルーシュ…今日は…ルルーシュの生まれた日…。私、ルルーシュに会えて、嬉しい…。ルルーシュは私に、ルルーシュに会えて嬉しいという…気持ちをくれた。だから…ルルーシュは…ノイズじゃない…」
まるでルルーシュの思考を読んだかのような言葉にドキッとした。
ずっと、云って欲しかった言葉だったのかも知れない…。
誰かに…云って欲しかった…。
『お前には…生まれてきた意味はある…』
と…
アーニャの言葉にルルーシュの気持ちが温かくなった気がした。
自分のやってきた事で、最愛の妹、ナナリーにも辛い思いをさせた。
そして、既に、彼女に会う事も許されない。
それでも自分はこの世に存在し続けている。
自分の愛する者にとってさえ、ノイズであると…思っていたから…ルルーシュにとって、アーニャの言葉は…
「ありがとう…アーニャ…」
「私…何もしてない…。ルルーシュ…これ…誕生日プレゼント…」
そう云って、ルルーシュに小さな包みを渡してアーニャがその場から去って行った。
そんなアーニャの後ろ姿を見ながら…ルルーシュはふっと微笑んだ。



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