しあわせのカタチ


 アーニャがこのオレンジ畑に来て、3年が経った。
ルルーシュがこの世から名前を消して、3年…。
そして、アーニャも、ルルーシュと同じ年になった。
「私も…ルルーシュと同じ年…」
いつものようにジェレミア、ルルーシュと共に朝食をとりながら、相変わらず抑揚のない口調でアーニャが呟いた。
「別に…アーニャは俺と同じ年じゃないだろう…。確かに、俺はあれから姿かたちは変わらないし、これからも変わらないが…」
「でも、ルルーシュ…年齢変わらない…だから、私とルルーシュ、同じ年…」
ルルーシュはアーニャが何を言いたいのか、よく解らないまま、一応、理屈を並べてみるが、当のアーニャの方はそんな事は完全スルー…。
かつて、アッシュフォード学園で一緒にいて、いろんな顔を見た気がする。
でも、あの出来事…アーニャにとっても大きな事件だったあのパレードでの出来事…。
普段、表情を殆ど変えない…感情を表に出さないアーニャがショックを顔に表した。
確かに、『皇帝』としてのルルーシュは嫌いだったが…ただのルルーシュ…アーニャは好きだった。
否、『皇帝』としてのルルーシュを嫌っていたと云うよりも、その、姿を見るのが悲しくて、嫌だったのかもしれない…。
でも、今のルルーシュは…スザクと一緒に『ゼロ』をやりながら、『みんなの明日』の為に生きている。
時々、辛そうな顔をしているけれど、それでも、『皇帝』をやっている時のルルーシュの様な、自分を削りながら仮面を被っていると云う感じがしないし、今のルルーシュの表情はとても優しい。
だから、アーニャは今のルルーシュが好きだ。
そして、ルルーシュの妹のナナリーと同じ年のアーニャに対して、凄く優しく接してくれる。
ラウンズだった時、スザクも優しいと思ったけれど、ルルーシュも優しい。
スザクとは違う優しさ…でも、スザクと違って、ルルーシュの優しさは…ルルーシュ自身を削ってでも与えてくれるような優しさは…切なかった。
でも、今は…そんな感じもなく、ただ、素直にルルーシュはアーニャに笑いかけ、困った顔をして、時に怒る…。
そんなルルーシュを見ていて…本当の妹であるナナリーが羨ましかった。 ―――私も…ルルーシュの妹になりたい…

 朝食を終えて、ルルーシュが食器の片付けを始め、ジャレミアは農作業の準備を始める。
アーニャもいつもの通り、作業準備を始めた。
そして、外に出て行こうとした時、ルルーシュがキッチンから声をかけてきた。
「アーニャ…今日の午後、スザクが帰って来るらしいから…ジェレミアに云って、今日は早く切り上げてこい…。みんなで、アーニャの誕生日のお祝いをしよう…」
「スザク…帰って来るの?」
「ああ…偶然だけどな…今年のアーニャの誕生日は帰って来られるらしい…」
今年のアーニャの誕生日は…と云っても、今日がアーニャの誕生日だ。
いつもスザクが帰って来られるのが解るのは急な話としてだ。
『ゼロ』をやっていれば仕方ない事だけれど…
「スザク…私の誕生日…覚えているかな…」
去年、スザクはアーニャの誕生日をすっかり忘れていた。
アーニャとしては、ルルーシュが祝ってくれればそれでいいと思っていたのだが、忘れていたスザクを怒ったのはルルーシュだった。
『俺達の秘密を知っている数少ない理解者だし…いつまでもこの状態が続く訳じゃないんだ!『明日』を望むなら…スザクはもっと、『今あるもの』を大切にしろ!』
と…。
アーニャは彼の云っている事がよく解らなかった。
スザクはその言葉にはっとしたように、アーニャに申し訳なさそうな表情を見せる。
『ごめん…アーニャ…』
アーニャ自身はよく解らないまま、謝られていたが、今でもあの時のルルーシュの言葉の意味、スザクがその言葉でアーニャの謝った意味…よく解らない…。
でも、今年も忘れているとなると…またルルーシュがスザクを怒る…。
その時のルルーシュの顔が寂しそうだから…ルルーシュにスザクを怒って欲しくなかった。
スザクがアーニャの誕生日を覚えていてもいなくても、どっちでもいいのだけれど、ルルーシュはそう云う事を大切にしているようなので、アーニャも自分の誕生日も他の人間の誕生日も大切にするようになった。
ルルーシュが笑って
『アーニャ、誕生日おめでとう…』
そう云ってくれるのが嬉しかった。
ナナリーはこれまでずっと、ルルーシュにそう云って貰っていた。
今ではアーニャがそう云って貰えている。
多分、ルルーシュが本当にそう云いたいのはナナリーだと解っていても…ルルーシュにそう言われる事が嬉しかった。
そして、もう、ナナリーはルルーシュにそう云って貰えない…。
アーニャと1日違いの誕生日で…ルルーシュはあれから、ナナリーの誕生日には必ず、ケーキを焼いていた。
そのケーキは、決して誰にもくれなくて…ジェレミアもその様子を見ていて少し辛そうで…。
『ルルーシュ様をそっとしておいて差し上げよう…』
ジェレミアの言葉にアーニャも黙って頷いていた。

 それでも、翌日になるといつもの笑顔を見せながら、アーニャの為にケーキを焼いてくれる。
ルルーシュは元々、ブリタニアの皇子だったが、9歳の時、日本へ送られ…苦労していたと聞く。
その時に、いろんな事が出来る様になったらしく、ルルーシュの手作りのケーキはアーニャも大好きだった。
そんな事を思いながら、アーニャはふと思いついた。
今はまだ、ジェレミアと作業中なのだが…
「ジェレミア…ルルーシュのところに行ってくる…」
「何?しかし、ルルーシュ様は今…」
怪訝そうな表情でジェレミアがアーニャに何かを聞こうとするが…
「私も…ルルーシュと一緒に作る…。今日、私の誕生日…。私の好きにする…」
そう云って、アーニャは作業を切り上げ、ルルーシュのいる母屋に駆けて行く。
そんなアーニャをジェレミアはやれやれと言った表情で見送り、再び作業を開始する。
アーニャは母屋に戻り、作業服を着替えて、ルルーシュのいるキッチンに顔を出す。
「ルルーシュ…」
ルルーシュはアーニャの誕生日の祝いの準備に集中していたらしく、急に声をかけられて、ビクッとしたようにアーニャの方に顔を向ける。
「アーニャ…どうした?まだ、ジェレミアと…」
「うん…。でも、今年は…私もルルーシュと一緒に作る…」
アーニャの言葉にルルーシュは驚いて目を丸くする。
「アーニャ…今日は…」
「うん…。私の誕生日…。だから、私の好きにする…。私、ルルーシュと一緒に準備する…」
その答えにも驚いた表情でルルーシュがさらに目を丸くする。
しかし、アーニャの真剣な表情に、やや困ったような顔をするが…
「解ったよ…。まず、手を洗って来い…。あと、俺のクローゼットの中に予備のエプロンがあるから…それをつけてこい…」
その答えにアーニャは機嫌がよくなったらしい。
「解った…すぐ行ってくる…」
そう答えて、パタパタと廊下を駆けて行った。
そんなアーニャの姿にルルーシュは、やれやれと言った表情で目を細める。
しかし、3年ほどアーニャと一緒に暮らして…解りにくい彼女のその時の気持ちも…なんとなく察する事が出来る様になった。
―――戦力にはならないだろうが…嬉しそうだからいいか…
そう思いながらルルーシュは作業を再開する。
その後、アーニャが加わり、思った以上のイレギュラーに悩まされる事にはなるのだが…。

 午後になって、スザクが帰ってきた。
「ただいま…アーニャ…誕生日おめでとう…」
そう云いながら、スザクがキッチンを覗くと…
「どうしたんだい?ルルーシュ…そんなにボロボロになって…」
アーニャが加わった事で、イレギュラーの連発…。
包丁を持たせると食材を切る前に手を切るし、ハンドミキサーを使わせればボウルの中身をキッチンにばらまくし、なら、食器を運ばせると、一度に大量に運ぼうとして、割った皿の数は…数える気力もなくなった。
ルルーシュ自身、ある程度、予想はしていたのだが…
「アーニャが…手伝いたいと云うから…手伝って貰っていたんだが…」
当のアーニャはと云うと、左右の指先に切り傷を作り、絆創膏だらけになり、ルルーシュの
『それ以上…無理するな!頼む…部屋で大人しくしていてくれ…』
の一声で、今はリビングに待機中だった。
しかし、それだけの騒ぎを起こしながら、当のアーニャは全く懲りていないらしく…
『私もやる!ルルーシュといる!』
と、暫くゴネていたので、ルルーシュが
『じゃあ、ケーキのイチゴを洗う時に呼ぶ…それまで、リビングで待っていてくれ…。それに、それだけ手を怪我していたら、料理に血が混じってしまう…。そんなのは食べたくないだろう?』
殆ど、屁理屈に近い…でも、ある意味納得出来るように言葉を選んで、アーニャをキッチンから追い出す事に成功した。
その話を聞いて、スザクがくすくす笑っている。
「確かに…ブリタニア軍には、料理が出来る女性…少ないと思う…。セシルさんも凄い料理作っていて、ロイドさんたちが自分で食料を買ってきて隠していたくらいだし…」
「セシルもか?ニーナが料理出来たとも思えないし…。ヴィレッタは料理がうまいらしいが…。扇が時々、弁当を持ってきていたらしいからな…」
「へぇ…ヴィレッタ卿が…」
スザクが感心したように云いながら、手を洗い、周辺においてある食材を手に取る。
ルルーシュはやや驚いたようにスザクを見る。
「大丈夫…僕は、そこまでひどくないから…これ、皮をむけばいいの?」
ルルーシュはほっと、息を吐いて頷いた。
「ああ、悪いな…帰ってきたばかりだってのに…」
そう云って、ルルーシュは気を取り直して作業の続きにかかる。
アーニャの失敗の分も取り戻さなくてはならないので、かなり迅速に動かなくてはならない…。 

 やがて、準備が出来て、誕生日のパーティが始まった。
そして、主役のアーニャは…今年はとっても不機嫌らしい…。
「アーニャ?」
「スザク…ルルーシュと一緒に…。私がルルーシュと…一緒に…ぐすっ…私の…ぐすっ…誕生日…ぐすっ…なのに…」
涙ぐみながら、さっき、アーニャが出て行った後、スザクがルルーシュの手伝いをしていたことが気に入らないらしい…。
「ご…ごめん…でも…」
スザクが慌ててアーニャに謝る。
「でも…私…ぐすっ…ルルーシュの…ひっく…邪魔に…ひっく…なって…」
これには流石にルルーシュも困ってしまった。
「アーニャ…じゃあ、来年、もっと、ちゃんと出来るように…普段から…手伝ってくれるか?」
ルルーシュの言葉にスザクがぴくっと反応する。
ルルーシュはそんなスザクに気づいているのかいないのか、アーニャを宥めるのに全力を注いでいるようである。
どうにも、ナナリーと同年代の女の子にや弱いらしい…
「ほぅ…流石ルルーシュ様…美味でございますなぁ…」
この、幼稚園のような光景に横やりを入れたのはジェレミアだった。
まだ、全員が席に着く前にテーブルに並べられている、アーニャの誕生日の為の料理を口にしながら口を開いた。
「ジェ…ジェレミア?」
ジェレミアのいきなりの行動にルルーシュもスザクも目を丸くし、アーニャは殺意を抱いたような眼でジェレミアを睨む。
「ジェレミア…ルルーシュが私の為に作ってくれたのに…私が食べる前に…食べた…」
さっきまでの涙声はどこへやら…
「私は、アーニャと違ってさっきまで外で働いていて…すっかり空腹なのだよ…。ごちそうを目の前に待たされるのは流石に辛い…」
そう云いながら、ジェレミアがルルーシュに視線を送る。
どうやら、助け船を出してくれたらしい。
「そ…そうだな…。アーニャ…スザク、そろそろ席につけ…。久しぶりに4人がそろったんだ…」
そう云って、ルルーシュは冷蔵庫から、飲み物を出して、並べてあるグラスに注いだ。
アーニャもスザクも…なんとなく納得出来ないような顔をしているが、ルルーシュにそう言われてしまえば、従うしかない。
全員が席に着き、グラスを持つ。
まるで、家族の様な光景…。
でも、彼らは家族ではなく…否、多分、家族よりも硬い絆で結ばれた。
「アーニャ、誕生日おめでとう…」
その一言で乾杯が交わされる。
ルルーシュの中で、この中にナナリーが…ロロが…とも思うが、それは望むべくもない事…
でも、今のこの状況も…罪深い自分が得るには過ぎる幸せ…そう思う。
アーニャの(解りにくいが)ころころ変わる表情に、戸惑いながら…それでも、時々ナナリーを重ねて見ている事に申し訳ないと思いながら…束の間の安らぎを感じていた…。



『Birth Day』へ戻る
『Novel』へ戻る トップページへ

copyright:2008
All rights reserved.和泉綾