最期の…贈り物…


 9年前…日本に来たばかりの頃…
ナナリーは目が見えず、足も不自由な状態で…
そして、日本国首相枢木ゲンブの元に預けられた。
そこには…兄、ルルーシュと同じ年の男の子がいた。
ルルーシュと違って、すぐに怒鳴るし、出会った傍からルルーシュに殴りかかって来るような少年で…。
ナナリーは正直怖かった。
でも、時々、この土蔵に顔を出し、ルルーシュと何やら云い合って帰っていく事が増えている。
彼の名前はスザクと云うらしい。
ルルーシュは自分はスザクと話す事はするが、決してナナリーに近づけなかった。
祖国、ブリタニアからは捨てられたも同然にこの日本へ送られてきた。
なんの後見もなく、また、守ってくれる人もいない。
否、ナナリーは、ルルーシュが必死に守っていたが…ルルーシュを守る者は…。
ルルーシュだってまだ10歳にも満たない子供だった…。
それでも、ナナリーを守ろうと必死になっていた。
「ナナリー…」
「お兄様!」
ルルーシュは日本に来てから、王宮では一切やった事のない家事を全て一人でやっていた。
食事の準備、洗濯、買い物、掃除…全てルルーシュがやっていた。
ナナリーには何も出来なくて…兄のルルーシュが色々やらねばならぬ事があると解っていても、自分の傍から離れる事が不安でたまらなかった。
「ナナリー、誰も来なかったかい?何もかわった事はないかい?」
帰って来ると、いつもその質問からルルーシュとナナリーの会話が始まる。
「はい…お兄様…」
この返事がいつものナナリーの返事…。
そこから、ルルーシュが外で見てきた、日本の風景とか、買い物をしていた時に気づいた事などの話が始まる。
時々、ルルーシュの話声で違和感を感じる事があったけれど…。
初めて枢木家の長男、スザクと会った時にルルーシュが殴られた後のルルーシュの声…。
それに似ているような気がする事があったが、ルルーシュに聞いても
「そんな事ないよ…ナナリーの気の所為だよ…」
とはぐらかされてしまっている。
そう云われてしまうと、それ以上追及も出来なくて…。
結局、薄々、外で何があったのか、気づきながら、知らないふりをする事しか出来ずにいた。
それ以上、追及してしまうと、きっと、ルルーシュが傷つく…ナナリーはそんな思いから、それ以上、聞く事もしなかった。

 そんなある日…
ルルーシュはいつもの時間より、早くに買い物に出た。
どうしたのかと尋ねてもルルーシュは何も答えなかった。
ただ…
「今日はちょっと、やりたい事があるんだ…」
その一言を残して、ルルーシュは出かけて行った。
そして、いつもより、早くに帰って来る。
いつもの買い物の荷物よりも大きい感じがした。
ナナリーは音でそう判断したが…
「何でもないよ…。ナナリー…そろそろ昼寝の時間だ…」
そう云って、ルルーシュはナナリーを寝床へと連れて行った。
いつもの昼寝の時間で…ルルーシュの事が気になるものの…結局、習慣的にナナリーは眠ってしまった。
ナナリーが眠ったのを見届けると、ルルーシュは何かの準備を始める。
今日、早めに買い物に出たのも、この準備の為だ。
いつも、ナナリーは昼寝をする。
その時間内になんとか、準備を済ませてしまいたかった。
そして、買い物かごの中から、その為の材料を取り出す。
「ナナリー…喜んでくれるかな…」
ルルーシュはそんな事を呟きながら、作業を始めた。

 そして…ナナリーは甘い匂いで目が覚める。
「……?」
キッチンの方から、何か物音が聞こえてくるが…普段、ルルーシュが食事の準備をする時の音ではない。
「お兄様?」
ナナリーはそんな、兄の行動に何となく疑問を持ちながらルルーシュを呼ぶ。
「あ、ナナリー…目が覚めたのか…。って…もうこんな時間か…」
ルルーシュは予定が狂った…と云った表情で時計を見やる。
「お兄様?何をしているんですか?」
「あ…否…大した事じゃ…」
ルルーシュがそう云いかけると、廊下の方から聞き覚えのある声がした。
『へぇ…いいにおいじゃんか…』
「スザク…あいつ…また勝手に…。ナナリー、ちょっと待ってろ…すぐにあいつを追い出してくるから…」
ルルーシュはそう云いながら廊下の方へ出て行った。
そして、廊下で二人が何やらもめているのが聞こえてきた。
暫くすると、そのもめている声も聞こえなくなって…
ルルーシュはスザクを連れてナナリーの部屋まで来た。
これまで、殆どスザクと話した事なんてなかった。
正直、ナナリーにとって、スザクは怖い人間だった。
少なくともこの時には…
しかし、ナナリーの部屋に入ってきたスザクが何の為に来たのか…と思えば…。

「ナナリー…今日、誕生日なんだってな…。いつもよりルルーシュが早くに買い物に行くから…ちょっと気になっていたんだ…」
 スザクのその言葉にナナリーは驚きを隠せなかった。
「え?」
「誕生日、おめでとう…。急だったから、こんなもんしかないけど…」
そう云って、スザクはルルーシュのそれとは違う、乱暴な手つきで、ナナリーの小さな手に何かを握らせた。
「なんですか?これ…」
「ビー玉…色は…ルルーシュの目と同じ色をしているんだ…」
スザクはそっぽ向くようにそう言い放った。
「お兄様の目と…同じ色…」
ルルーシュの瞳の色は覚えている。
綺麗な…紫色をしていた。
異母姉のユーフェミアはよく、
『ルルーシュの瞳って、アメジストみたいね…』
と云っていた。
その色だと云う…。
「ありがとうございます…スザクさん…」
ナナリーはスザクのそのちょっと乱暴だけれど、優しい気持ちに、素直に感謝した。
そして、そのスザクのくれたビー玉をぎゅっと握り締めた。

 そして、どこへ行っていたのか、ルルーシュがナナリーの部屋に戻ってきた。
「おい!スザク…余ったから、君にもやる…」
そう云って、ルルーシュがトレイを持っている。
「お兄様…そう云えば…さっきの甘い匂いは…」
そう、さっき、ナナリーはキッチンから流れてくる甘い香りで目が覚めたのだ。
「ブリタニアの王宮で食べていたような、あんな綺麗なケーキ…って訳にはいかないけれど…ナナリーのケーキを焼いたんだ…。誕生日…だから…」
そう云って、小さなテーブルの上にトレイを置いた。
見た目…決して、綺麗に出来ているとは言えない。
子供の作るケーキだ…。
外見はそれ相応である。
「なんだよ…これ…。すっげぇ不格好じゃないか…」
スザクはそれを見るなりそんな声を上げた。
「うるさいな…いらないなら帰れ!」
そう云って、ルルーシュはナナリーにさっきまで作っていたケーキをとりわけ、ナナリーに渡した。
「誕生日、おめでとう…ナナリー…」
「お兄様…ありがとうございます…」
ナナリーはそう云ってルルーシュからケーキの乗った皿を受け取る。
そして、一口口にする…。 「どうだ?」
「あ…これ…お母様が作って下さっていたものと同じ味…」
かつて、アリエスの離宮で、時折母が作ってくれた母のケーキの味がした。
ルルーシュとナナリーの母、マリアンヌは庶民の出身で、強力な貴族の後見などは一切なかったが、時折、そんな強力な貴族の後見を持つ母君ではやってくれない事をたくさんしてくれた。
「そうか…よかった…」
ルルーシュの顔が安心したようにほころんだのが、目の見えないナナリーにも解った。

 あれから8年…
ルルーシュがナナリーの目の前で息を引き取って、まだ、間もない…。
しかし、ルルーシュがナナリーに託した大きな仕事がある。
そう、ナナリーが望んで、ルルーシュが創ろうとした『優しい世界』…今、その仕事はナナリーに託された。
「では、この書類の提出をお願いします…」
あの頃と違って、今のナナリーは目が見える。
あの時、スザクが渡してくれたルルーシュの瞳と同じ色のビー玉…。
今ではナナリーのお守りの代わりになっている。
ルルーシュとスザクの敵となった時も、絶対に手放す事が出来ず、死刑囚となっていた時にも、ぎゅっと掌に握りしめていた。
「お兄様…スザクさん…」
『ゼロ』…あの時に現れた『ゼロ』の事を追及は出来ないし、ナナリーも追及する気はない。
でも、解っている事…。
そして、誰よりも、彼が…一番心に深い傷を負ったと…ナナリーは思っている。
だから、ナナリーは何も言わない…。
そして、涙も見せない…。
あのパレードの後…ナナリーは一度も涙を流していない。
この、8年前に貰ったビー玉を見つめると…二人の強さをもらえる気がするから…。
強くなりたい…
そして、ルルーシュが託してくれた…この世界…
あの時、ルルーシュに言った願い…『優しい世界でありますように…』ナナリーが願った事…。
ルルーシュはその為に、全てを捨て、戦いに明け暮れた。
自分の心を殺して…
少しでも、ルルーシュに役に立ちたかった。
だから、ダモクレスの鍵を…自分の手で握っていたと云うのに…
ルルーシュの優しさは…ナナリーにその罪を負う事さえ許してはくれなかった。
全てを…ルルーシュに…

―――コンコン…
 ノックの音…。
このノックの仕方はシュナイゼルだ…
「どうぞ…」
あれから、シュナイゼルはずっと、ナナリーの補佐役として、陰からナナリーを支えている。
そして、『ゼロ』からの報告などは全て…シュナイゼルから聞いている。
「ナナリー…東部地区の混乱は収まったようだよ…。『ゼロ』がうまくまとめてくれたようだ…」
「そうですか…ありがとうございます…シュナイゼル兄様…」
「あと…これは…ルルーシュが殺される前に、『ゼロ』から命じられた事だ…。今日、ナナリーに渡して欲しいと…」
そう云って、シュナイゼルは小さな包みをナナリーに手渡した。
「?」
ナナリーが不思議そうにその包みを見つめる。 「ナナリー…今日は君の誕生日だろう?あとは、私がやっておくから…今日はこの後、自分の為に時間を使いなさい…」
そう云って、シュナイゼルがナナリーを執務室の外に促した。

―――誕生日…
 そう云えば…そうだった…。
8年前に…最初で最後…ルルーシュとスザクとナナリーの3人で誕生日のお祝いをした。
その時に貰ったビー玉が、今でも支えだ。
ルルーシュが亡くなる前…と云う事だから…恐らく、ルルーシュがゼロとしてシュナイゼルに命じたのだろう。
シュナイゼルの『ゼロ』への接し方から、ルルーシュはシュナイゼルにギアスを使ったのだと悟った…。
恐らく、ナナリーを補佐する『ゼロ』の為に働くように…とでも…。
「お兄様…私の誕生日に…」
なんだか複雑な思いである。
ナナリーもルルーシュと同じ事を考えて、戦争を終わらせようと考えていた。
でも、その結果…ナナリーはこうして、泣く事を自分で禁じなければ涙が溢れてしまってどうしようもない状態になっているのだ。
もし、あの時、ナナリーの策がうまく行っていたら…今頃、ルルーシュが今のナナリーの様に泣いていたのかも知れない…。
「私たち…お互いに、間違った方法を考えてしまっていたのですね…」
執務室から廊下へ…廊下から、中庭に広がるエントランスへと車いすを進める。
新しい統治者の為の準備が万端整っていた。
ルルーシュの指示で作られたこの、庁舎は…車いすでも一人で移動出来るように配慮されていた。
空は…秋晴れで鳥たちが遠くで鳴いている。
先ほど、シュナイゼルから受け取った包みを開けると…
金で出来た折り鶴と…メッセージカードが一枚…。
『誕生日、おめでとう、ナナリー…
辛い思いをさせてすまなかった…
でも、最後の我儘だ…お前の誕生日にこれを…
愛している…幸せになれ…
ルルーシュ』
短い…でも、ルルーシュのその時の思いがひしひしと伝わって来る文面…。
「お兄様…お兄様…」
ナナリーの瞳から、泣く事を禁じた筈なのに…涙が止まらなくなる。

―――ごめんなさい…もう…泣かないから…今だけ…
 最期の最期まで、ナナリーを愛し、守り続けたルルーシュ…。
ナナリーにとって、ルルーシュ以外何も要らなかった…。
ただ…二人で、静かに幸せに時を送れるのなら…。
恐らく、建物の中にいても聞こえるであろう、ナナリーの泣き声に…皆、何も言わずにいてくれた。
ナナリーがどれほどルルーシュを愛していたのかは知っている…
知っているから…
まだ瞳に涙を湛えたまま、ナナリーが空を見上げる…
「お兄様…ありがとう…」
そう云って、ルルーシュが愛してくれた笑顔を作った。



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