「誕生日おめでとう…ロロ…」
10月25日の朝、ロロは兄のルルーシュからそう言われて、小さな包みを渡された。
中には小さなロケットのついたストラップが入っていた。
到底、男子高校生が身につけるような代物でもない…そんなデザインだ。
恐らくは、ルルーシュ=ランペルージの書き換えられた記憶のさらに奥底に眠っている深層心理の部分がそうさせているのだろう…。
彼の本当の妹…ナナリーへの気持ちが…。
このとき、ロロは、ルルーシュの監視役になって半年ほどが過ぎていた。
記憶を書き換えられているルルーシュにとって、ロロは弟だ。
しかし、ロロ自身はルルーシュが本当の兄ではないと知っている。
これまで、ロロは暗殺を命じられる事はあっても、長期間にわたる監視など初めてで…しかも、家族役として監視している。
正直、最初の頃は戸惑った。
ロロ自身に家族と云う概念がないからだ。
生まれて、恐らくはそれほど時間を置かずに捨てられた。
それを拾ってくれたのが、『ギアス嚮団』の『嚮主』であるV.V.…。
彼に命じられるまま、軍の特殊機関での訓練を受け、V.V.にとって邪魔な人間を消してきた。
それが、自分の生きる為の手段だったから…。
最初のうちは、飛び散る血に驚きもしたが、その内に慣れた。
大量の返り血を浴びる事も、自分の任務に邪魔だと思えば、自分の味方である人間すら殺してきた。
そんな生活が続いていたが…ある時、いつもと違う任務を言い渡された。
元神聖ブリタニア帝国第11皇子ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア…今はルルーシュ=ランペルージと名乗っているが、あのブラックリベリオンの首謀者、『ゼロ』でもあるその男の弟役として、彼を監視しろと…云われた。
これまで人を殺す事はしてきたが、人と関わる事はしてこなかった為、正直戸惑いはあったし、自分自身、どれだけ遂行出来るかも解らなかった。
しかし、自分に許されている答えはたった一つ…
『イエス、マイ・ロード』
彼の弟役になってから、ロロは驚く事ばかりだった。
家族と云うだけで、ルルーシュはロロに対して、見返りを求めずに世話を焼き、笑いかけ、ロロの為に何かをする。
ロロにとっては初めての事で…そして、ルルーシュのそれがロロに向けられているのではないと解っていても、その、彼の慈愛の瞳は心地よかった。
そんな戸惑いも、だいぶ慣れてきた頃…ルルーシュの本当の妹、ナナリーの誕生日に、ルルーシュはロロに
『誕生日おめでとう』
と云う言葉と、ハート形のロケットをくれた。
そのデザイン自体は、確かに男が身につけるには…と思うのだけれど…それでも、他人から…初めて貰う『慈しみ』の心の込められたプレゼントに、監視役である事を忘れそうになるくらい嬉しかった。
そして、それまで、ロロには誕生日がなかったが…その日を自分で『自分の誕生日』と認識するようになった。
本当の誕生日は解らないが…ルルーシュがくれた…多分、その言葉より、プレゼントより、人として認識出来る『誕生日』を貰った事が、多分、ロロにとって一番嬉しかった。
ルルーシュがロロの誕生日だと言った日…ルルーシュはロロにとって驚く事ばかりしてくれた。
ケーキを焼いて、ロロの好きなものを作って…。
生徒会のメンバーも呼ぶかと聞かれたが、ロロは
「兄さんと二人でいい…。ううん…僕は、兄さんと二人がいい…」
ロロがそう答えるとルルーシュは優しく微笑んで答えた。
「そうか…解ったよ…ロロ…」
ルルーシュは記憶を書き換えられており、ロロが本当の弟ではないという事を知らない。
そして、自分の本当の妹はナナリーで、今はブリタニア本国にいると言う事も…。
ルルーシュは…『C.C.』を捕らえる為に準備された…エサ…。
『C.C.』と接触すれば、ルルーシュは記憶を取り戻す…。
『C.C.』が捕らえられたら…ルルーシュは…
その時、ロロの任務が完了する。
任務完了…その時が、この優しい時間の終わり…。
それを考えると…ただ、ただ…怖くて…今のこの優しい時間を手放したくなくて…。
その不安に煽られると、いつも、ロロは携帯電話に繋がれた、ルルーシュからの誕生日プレゼントのロケットを見つめていた。
開くと…優しいオルゴールの音色が流れてくる…。
今の、この優しい時間を表すかのような優しい音色…。
結局、ロロは、ルルーシュが記憶を取り戻した後も、ルルーシュとの…たとえ、それが偽物の家族としての思い出であっても、そこに執着が生まれ、捨てる事が出来なかった。
ルルーシュの云うがまま、『自分達の安息の為』に陰から、黒の騎士団に協力する事になる。
ロロにとって、こんな事は初めてだ。
機密情報局…『ギアス嚮団』…そして、『V.V.』に逆らうなど…
でも、ロロ自身、迷う事もあったが、最終的には、後悔はしていなかった。
どこへ行っても、ロロは人間として扱われる事のない…もし、使えなくなればすぐに替えの利く、ただの捨て駒…
そんな事は解っていた。
そして、そんな事を知りながら、ロロは、ただ、自分の居場所の為に命令に従い続けてきた。
『たとえ…偽りの兄弟だったとしても…あの時間に…ウソはなかった…』
黒の騎士団員の公開処刑場に現れた『ゼロ』…ルルーシュがロロを庇った時に告げた言葉…。
その言葉に…ロロは動転した。
あの優しい時間が…あの安らぎに満ちた時間が…自分のものに…
ロロはその時…そんな夢を見た…。
そして、その夢に縋って、ルルーシュの為に動いた。
利用されているだけかも知れない…そんな疑念がなかったとは言わない…
でも…それでも、弟役として、ルルーシュの傍にいた1年間…そして、ロロになかった誕生日…
人間らしさを植え付けられてしまった。
ルルーシュが笑顔を向けてくれると嬉しい…苦しんでいれば、力になりたい…そして、ルルーシュを守りたい…
そんな、これまで、持った事のなかった感情が芽生えた。
これまで、与えられた任務だけを遂行していれば…それでよかったのに…。
なのに…ルルーシュとの時間は、そんな空っぽだったロロの心に激流の様に何かを流し込んで…溢れんばかりに満たした。
―――手放したくない…
初めてだった…。
何かに執着を持ったのは…。
そして、ルルーシュがくれた、ロケット…
何よりも大切な宝物になった。
機密情報局の職員が、そんな、女の子がつけるようなストラップを携帯につけている事をからかった事があった。
その時、目の前が真っ赤になり…ロロはその職員を殺した。
ルルーシュからの気持ちを汚された気がして…。
ルルーシュとの時間が大切で…誰にも触れられたくなかった。
確かに、ルルーシュを監視するのがロロの役目…。
記憶が戻ったら…C.C.が捕まったら…ルルーシュは…
―――兄さんとの生活を守れるなら…僕は…
その為に、ロロは何でもしたし、何でも出来ると思った…。
この偽りの兄弟関係に…終止符が打たれないようにする為に…
しかし、結局、ルルーシュが見ていたのは…最愛の妹…ナナリーだった。
ロロは、その、会った事もない…写真でしか見た事ないナナリーに対して、生まれて初めて、嫉妬と云う感情を抱いた。
そして、今の幸せを壊されてしまう恐怖に怯えた。
だからこそ、記憶を取り戻したシャーリーを殺した。
今のルルーシュの家族に対する愛をロロだけのものでいさせる為に…。
ただ、このとき…これまで人間として扱われた事のなかったロロ…。
どうしたら、ルルーシュの愛情を維持出来るのか…その愛情に何を返せがいいのかが解らなかった。
ただ…手放したくなくて…ただ…ルルーシュに笑いかけて欲しくて…
結局、それがルルーシュの不信を招いている事も気づかず…。
ロロはそれでも必死に縋っていた。
ロロが受け取った、初めての人の温もり、優しさに…
『ギアス嚮団』の殲滅にも、ロロは迷いがなかった。
ルルーシュの為だと思えば…何でも出来た…。
でも…トウキョウ租界で火蓋が切られてた黒の騎士団とブリタニア軍の戦闘…。
その時に、トウキョウ租界の真上で放たれたフレイヤ…。
その中にナナリーが巻き込まれた…。
ルルーシュは我を忘れ、取り乱した。
ロロの事が大嫌いだと…殺すつもりだったが、殺しそびれていただけだと言い放った。
ロロ自身、薄々気づいてはいたが…それでも、目の前でそう云い放たれると…涙が出てきた…。
その後、ロロは、ルルーシュの搭乗機…蜃気楼の前に座り込んでいた。
―――兄さんが…僕を…
薄々ながら気づいてはいた。
ルルーシュの心の中にいるのはナナリーだけだと…。
それでも、今、ルルーシュの傍にいるのは自分で、ルルーシュの為に動いているのは自分で…そんな思いでやっと自分を繋ぎ止めていた。
どのくらいの時間、そこで座り込んでいただろうか…
黒の騎士団のメンバーの動きがあやしい…。
さっきから、バタバタしている。
「ブリタニア軍から停戦の申し入れをしてきたらしいぜ…」
格納庫で黒の騎士団のメンバーがそんな事を喋っている。
確かに、あのフライヤの被害の後では…あのまま戦闘続行と云う訳にはいかないだろう…。
でも、今のルルーシュがそんな会談に出ていける状態だとも思えない…。
それに、相手はシュナイゼル…ロロは嫌な予感がした…。
ロロはその場で息を潜めていた。
「おい…ゼロって…ブリタニアの皇子だったらしい…」
慌てた口ぶりで黒の騎士団のメンバーの誰かが話している。
「!」
ロロはこれまでの任務の関係上、その事実を知っていた。
しかし…黒の騎士団のメンバーにその事が知られたら…
―――兄さんが…危ない…
無意識にロロは蜃気楼に乗り込んでいた。
そして、いろいろ探した揚句、第三倉庫で黒の騎士団メンバーがルルーシュを取り囲んでいた…。
―――兄さんは…殺させない!
考えるよりも早く、ロロは蜃気楼を操り、ルルーシュを庇った。
ギアスを使って、斑鳩から脱出した。
しかし、すぐに追っては放たれており、追撃されている。
この蜃気楼…絶対守護領域を云う新しい機構が取り付けられており、動かすだけならともかく、戦闘状態になった時の操縦は並みの人間ではとてもやりきれない。
「やっぱり僕の兄さんは凄いや…」
ギアスを乱用し、心臓が悲鳴を上げ始めている。
そして、傍らにいるルルーシュが必死でロロを止めようとしている…。
―――なんで…兄さん…僕を利用して…殺すつもりだったのに…
そんな事を思いながら、必死な形相でロロを止めようとするルルーシュの表情を見て、思わず泣きそうになる。
―――そうだね…兄さんは優しいから…。兄さんは誰よりも優しい事…僕は知っている…僕は…それでいい…
そう思いながら、最後のギアスを使う…
「これは…僕の意思…。僕は…人形なんかじゃない!だって…これは…僕の…意思なんだから!」
最後のギアスを使い…ロロは気を失う。
そして気がつくと…ロロの大好きな兄の優しい顔があった…。
―――ああ…兄さんが…笑ってくれている…
あれから1年後…
ルルーシュはケーキを焼いていた。
「ねぇ、ルルーシュ…私の誕生日は…明日…」
アーニャは怪訝そうな顔でルルーシュを見る。
ルルーシュはそんなアーニャに呆れたような表情で言葉を返す。
「これは…ナナリーと…ロロの分だ…」
「ロロ?でも、ロロは…ルルーシュの本当の弟じゃない…」
今度はアーニャが不思議そうな顔をする。
ルルーシュは困ったように笑うが、すぐにいつものポーカーフェイスになる。
「ロロは…俺の…ルルーシュ=ランペルージの弟だよ…」
そう云いながら、手を動かしている。
「ふーん…そう…」
なんとなく解ったような、解らないような表情をアーニャが見せる。
そして、アーニャが何を言いたいのか解ったのか…ルルーシュはすぐに…でも、手を止めず、アーニャの方を見る事もなく言葉を口にした。
「アーニャの分は明日…ちゃんと作ってやるよ…。これは…俺達兄弟妹の為のものだから…」
顔が見えた訳じゃないが、アーニャはルルーシュが泣いているように見えた…。
「ねぇ、ルルーシュ…。私のは、イチゴ…いっぱいのがいい…」
そう云ってアーニャはキッチンを出て行った。
代わりに入ってきたのは、C.C.だった。
「相変わらず、そう云う事だけはマメだな…」
「うるさい…お前も出ていけ…」
アーニャの時とは比べ物にならないほど、背中から『出て行け!』と云うオーラが出ている。
「解った、解った…。すぐには無理でも…少しずつ、忘れて行かないと…辛いぞ…」
「お前はそうやって忘れてきたのか?」
「ああ…。思い出など…大切にしていても、辛いだけだからな…」
「このウソつきな魔女め…」
そう云って、再び、ルルーシュはケーキ作りの作業を始める。
「ロロ…ナナリー…誕生日…おめでとう…」
ルルーシュは、ただ…静かにその言葉を口にした。
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