真夏の夜空


 アッシュフォード学園は現在夏休み…
と云っても、その夏休みも半分以上が過ぎている。
大抵の生徒たちはまだ残る多くの宿題をどうしようか悩み始めるころだが…
その辺りは結構要領よくこなしているルルーシュはそれほど心配していない。
と云うか、ルルーシュとしては、同居人のスザクの宿題の心配をしなくてはならないので自分の宿題など、さっさと終わらせておかないとまずい事をこれまでの経験でよく知っている。
スザクの場合、根は真面目なのだが、ルルーシュに『体力バカ』と言わしめる程の運動人間だ。
初日から頑張るも…ルルーシュほどコンスタントに夏休みに出された課題をこなす事が出来ない。
と云うか、スザクの場合、スポーツ万能と云う才能でかの名門校、アッシュフォード学園に通っているのだが…
しかし、勉学も重んじるアッシュフォード学園では、いくらスポーツだけ出来ても意味はなく、ある一定の学業の成績を残す必要があるのだ。
また、運動が苦手なルルーシュも同じ事が云えるのだが…運動神経と云うのはどうしても持って生れた才能が大きく関わっており、普通の人間ではどれ程努力しても乗り越えられない壁が当然ながらあるのだ。
まぁ、勉学も同じ事が云えるのだが…
文武両道を掲げるアッシュフォード学園では、ルルーシュとスザクが一人になるとちょうどいいと云えるのかもしれないが…
ただ…ルルーシュは『要領がいい』という才能を持ち合わせていたおかげで、体育の授業もその『要領の良さ』で何とか乗り切っている。
スザクの場合…その『要領の良さ』がないので、こういった長期休みに出される宿題に関してはルルーシュに頼る事になるのだが…
しかし、スザクの場合、全ての才能が運動能力に持って行かれてしまっているらしく…いつもテスト前であるとか、長期休みの宿題とか、ルルーシュがいなければどうしていたのかと尋ねたくなるような状況に陥るのだ。
今年は…スザクは夏休み中もルルーシュのマンションにいる事となったので、とにかく…ルルーシュと一緒にきちんと宿題をこなしてから遊びに行くという生活をしていたおかげで、これまでにない程気楽な夏休み後半を迎えている。
ただ…夏休みが始まった当初は完璧主義なルルーシュの下で、それこそ、スパルタ教育と云うべきルルーシュのしごき(?)で大変な目には遭っているのだが…
それでも、それなりにバランス感覚のあるルルーシュは
『今日の分の課題が終わったら、お前の好きなおかずを夕飯に作ってやる…』
と云う事で、頑張らせた。
実は、ルルーシュの料理の腕前と云うのは、プロ並みなので、スザクとしても、自分の好きなおかず…しかも、毎日違うものを云っても必ずそのスザクのリクエストしたおかずを作ってくれるルルーシュのお陰で毎年、非常にたくさん出る夏休みの宿題をこつこつとクリアして行った…

 そのお陰もあって…日本のお盆近くに集中している花火大会では…ルルーシュもスザクも余裕を持ってみに行く事が出来るのだが…
しかし、大規模な花火大会と云うのは、どんな状況であっても人が集まって来るもので…
場所取りが大変なのだ。
ルルーシュとしても自分の実家の権力を使って特等席と確保するという事を極端に嫌うので…
ルルーシュが花火を見たいという事を知ったらいらん事をする父親や異母兄にばれないように計画を立てていた。
しかし、普通に身に行くのもそれはそれで大変だ…
元々人混みを嫌うルルーシュ…
スザクとしても何とか特等席を…と考え、夏休みが始まったばかりの頃から宿題をやったお陰で、時間的に余裕を持っていたので…何とか、人混みに紛れることなく、それでも、ちゃんと見られる場所を一生懸命探した。
まぁ、ルルーシュの恋人であるカレンも今日の花火大会には一緒に付いてくる事になるのだが…
スザクとしては、ルルーシュと二人で…と云う風にしたいのだが…
しかし、その辺りはどうしようもないという部分もあり、また、ルルーシュに嫌われるのを極端に恐れるスザクは涙をのんでいる。
そして、漸く見つけた特等席…
ちょっと、ルルーシュは体力的に大変かもしれないが…
それでも、その場所は、多分、人があまり来ない場所だ…
と云うか、夏場であれば、訪れたいと思う人間とそうは思わない人間がいるだろうが…
しかし、花火大会の日にそう訪れたいと思うものは多くないと思われる場所なのだが…
「……この辺りで有名な心霊スポット…?」
「うん…まぁ、幽霊とか怖いとか思わない人なら平気かな…と思って…。帰るときは、心霊スポットって云うだけあって…薄気味悪いと思うけどね…」
「まぁ…俺はそう云った非科学的なものに興味はないが…」
ルルーシュとスザクが花火大会へ行こうという計画を話しあっているが…
その中にはカレンとナナリーもいる…
「まぁ…心霊スポットですか…。私でもいけるでしょうか?」
心なしかわくわくしたような表情を見せながらナナリーがスザクに尋ねる。
「うん…必要なら僕がおぶっていくし…簡単だけど、腰掛けられるところ…ちゃんと作ってきたから…」
「いつの間にそんな事をしていたんだ?」
ルルーシュが楽しそうにそんな事を云っているスザクに呆れ顔で尋ねる。
「うん…今年もルルーシュのお陰で夏休みの宿題…もう殆ど終わっちゃったからね…。運動部の助っ人の帰りに少しずつ準備していたんだ…。お盆時期はどうしても心霊スポットマニアが集まっちゃうから…お盆が過ぎてから準備しているから…相当簡単なものしか出来なかったけどね…」
その表情は…本当に楽しそうだ…
こう言う時のスザクの表情は…本当に見ていて…みている方が幸せになれる様な気がするのだが…
しかし…そんな中…一人だけ…うかない表情をしている人物が一人…

 さっきから話に入ってこない人物が気になったのか…ルルーシュが声をかける。
「カレン?どうした?」
ルルーシュのその一言にカレンがびくっと肩を震わせる。
「え?あ…別に…」
カレンのその様子に…スザクが、何かに気づいたようだった。
「ねぇ…ひょっとして…カレンって…心霊スポットとか…苦手な人???」
その言葉にぎくりと反応を返した。
「べ…別に…」
一生懸命取り繕おうとするカレンの姿に…3人は同じ事を考える…
―――あ…怖いのか…
と…
「大丈夫だって…一人で肝試ししようっていう訳じゃないし…」
「そうですよ…。大丈夫ですよ…。お兄様やスザクさんがいますから…」
「カレンにそんな弱点があったなんてね…」
三人三様…勝手な事を云っているが…
「怖い訳じゃないわよ!別に…子供じゃあるまいし…」
カレンが躍起になってそう怒鳴るが…
逆に、聞いている方は更に確信を持つだけの結果となる。
中々解りやすい女である。
「やめておくか?そんなに怖いなら…」
ルルーシュのこの一言でどうやら、カレンに火をつけてしまったようである。
「バカにしないで!別に怖くなんてないわよ!それに…目的は心霊スポット巡りじゃなくて花火を見に行くんでしょ!行くわよ…」
半ばやけっぱちにも見えるが…それでも、本人が興奮状態とはいえ、行くと云っているのだから、止める理由はない。
ただ…この状況で連れて行って…花火を見ている間はいいが、買える時は大丈夫なのか…少々心配ではあるのだが…
それでも…
「とりあえず、午後7時に現地集合…と云っても、全員一緒に行く事になりそうだけど…。カレンは浴衣に着替えてくる?」
スザクがカレンに尋ねると、話題が変わった事でカレン自身が気を取り戻して普段のカレンに戻る。
「そうね…。着替えたらまた、ここに来るわ…。と云っても着替えてすぐに戻って来る事になりそうだけど…」
「解った…。じゃあ、俺たちも準備して待っているからな…」
カレンの言葉にルルーシュがそう答えると、カレンはルルーシュのマンションを出て行った。
カレンが部屋を出て行ったのを見届けると…
「カレンさん…なんだか、ホントは怖いと思っているように見えましたけれど…」
「確かに…そう云うのを嫌いな人は本当に嫌いだからね…。ナナリーは平気?」
ナナリーの言葉にスザクが尋ねるが…
「私…幽霊さんにお会いした事ないので…一度お会いしてみたいんです…。学校のお友達でも、色んなものが見えるお友達がいて…。でも私には見えなくって…。そのお友達は、なんだか、そう云う心霊現象が起きる場所に行って、そこで幽霊さんを見た後からそう云うものが見えるようになったって…云っていたので…」
目をキラキラさせながらそんな事を話しているのだが…
しかし…その『お友達』とやらが、カレンと同じような人間であれば…そんな能力はナナリーにくれてやりたいと思うだろうし、見えない人間だからそうも思えるのだろう…
「ナナリーなら…誰とでも仲良くなれそうだな…」
そんな風にナナリーに話しかけるルルーシュの方は…出来れば面倒な知人入らないという表情だ…

 準備を終えたカレンが戻ってきて、全員が揃ったところでスザクが準備した場所へと向かった。
途中…
「あれ?ルルにスザク君…。カレンと…ナナちゃん?」
声をかけてきたのは、ミレイやリヴァル、ニーナと一緒に花火を見に行こうとしていたシャーリーだった。
「こんにちは…ミレイさん、シャーリーさん、リヴァルさん、ニーナさん…」
「やぁ、リヴァル達も花火を見に行くの?」
「ああ…一応、場所取りは出来ているし…お前たちは?」
「スザクが、絶対に人の来ない特等席を用意してくれたんだが…リヴァル達もそっちに来るか?ちょっと虫さされの心配があるから、虫除けの薬は必要だが…」
とくに詳しく話す事はなく、ルルーシュがそう告げると…
「へぇ…そんなところがあるの?どこ?」
「ああ…あの、心霊現象で有名な丘の上の廃屋だよ…」
そこまで云った時…『ひっ』と声を上げたのはリヴァルとニーナだった。
こっちはカレンと違ってそう云った時の反応は素直だったらしい…
「ああ…よしよしニーナ…。私たちは遠慮しとくわ…ニーナはそう云うの苦手だし、リヴァルがこれじゃあ…頼りにならないしね…」
ミレイが二人の反応を見て苦笑しながらそう告げた。
「そっか…カレン…カレンも会長たちとそっちに行くか?」
ルルーシュがリヴァルとニーナの様子を見て、カレンにそう声をかける。
しかし、カレンがそこで素直に『Yes』と答える筈もなく…
「何言ってんのよ…ルルーシュ…。別に怖くないって云ってるでしょ!」
と、怒鳴って、先に歩いて行ってしまった…
このカレンの姿に少し苦笑してしまう…
少なくともアッシュフォード学園で最強の女生徒なのだが…やっぱり人間だから弱点はあるという事だ。
「じゃあ、俺たちはそっちの人の少ないところで見る事にするよ…。ナナリーを人混みの中に連れて行くのは避けたいし…折角スザクが見つけて準備してくれたからな…」
そう云って、今、会った生徒会メンバーたちと別れて、スザクが見つけた場所へと歩いて行く。
丘の上で…心霊スポットが存在するような場所だから…どうしても人の行きにくい場所で…道もそれほどいい訳じゃない。
「あ〜あ…浴衣なんて着て来るんじゃなかった…」
そうぼやくのはカレンだった。
それでも、花火を見に行くならやっぱり浴衣がいいと考えてものだったのだが…
スザクに花火を見る為の場所を聞いた時点で頭の中から浴衣と云う選択肢を切り離すべきだったと思った。
「確かに…道はあんまりよくないな…。大丈夫か?カレン…」
「別に…ちょっと動きにくいだけ…。ルルーシュよりはるかに運動神経はしっかりしているから…」
まだ、やや明るい筈なのだが…この道はどうも暗くて…懐中電灯が必要となっている。
確かに…薄気味悪くて花火を見に行くと云うよりも…心霊スポットに肝試しに行くような気分だが…

 やっと、スザクが準備した特等席についた。
周囲は確かに薄気味悪いが…スザクが相当頑張ったらしくて、花火を見る為の場所にはきちんと簡単なベンチが準備されていた。
そして、そのベンチに腰掛けた時…一発目の花火が上がった…
「わぁ…綺麗ですね…」
その一言をまず口にしたのはナナリーだった。
さっきまでこの薄気味悪い場所に顔をしかめていたカレンも顔をほころばせている。
花火…火薬を使った…空をキャンパスにした火の芸術…
その火薬も…使い方によっては人を殺す恐ろしいものになるが…。
しかし、使い方によってはこんな風に人の心を和ませる芸術となる…
色とりどりの花火が打ち上げられては…消えて行き…
夏の晴れた空を彩っている。
「綺麗だな…。ブリタニアにも花火はあるが…やっぱり日本の花火は違うな…」
「そうだね…。日本の花火職人って…この夏の為に…自分の技術を1年かけて芸術にするって云うし…」
「最近では、色んな形の花火が出来て…不思議よね…」
「日本の夏って…ホントに素敵ですよね…」
各々が花火を見ながらそれぞれの感想を口にする。
この花火大会が終わると…夏休みの終わりが近い事を皆が自覚し始める。
夏…暑い…イヤな季節でもあるけれど…
たくさんの思い出もある季節でもある。
ルルーシュとスザクが初めて会ったのも…子供の頃の夏休み…
「あの頃…俺自身は…こんな風に笑えるなんて…思ってなかったよ…」
スザクの隣でルルーシュがそんな事を呟いた。
ルルーシュの生まれた家の複雑な事情…
多分、スザクがいなければルルーシュは笑えなかった…
ルルーシュはそんな風に思っている。
実際に…スザクは自覚がなくても、ルルーシュ自身、スザクのお陰だと思う事がたくさんある。
「確かに…初めて会った頃は仏頂面ばっかりだったよね…。でも…あの時も花火大会に連れて行ったら…君は笑ってくれた…」
スザクが花火を見たまま、そうルルーシュに云ってやる。
子供の頃、父親の持つ別荘に行った時に…ルルーシュとナナリーはスザクと出会った…
そして…そこで友達になり…その年の後は…必ずその別荘に行くようになっていた…
夏休みが…楽しみだった…
「でも…花火大会が終わると…東京に帰らなくちゃいけなかったからな…。俺も、ナナリーも…楽しみだった反面、夏休みは終わりだと告げられるのが嫌だった…」
「それは僕も一緒だよ…。だから…僕、東京に来ちゃったんじゃないか…。僕、毎日が楽しいよ…こっちに来てから…ずっと…」
スザクが二人で並んで花火を見ているカレンとナナリーの後ろ姿を見ながら笑顔をつくる。
最近ではなくなったけれど…ルルーシュの複雑な事情をこの中で知っているのは…スザクだけだ…
「いいのか?このまま俺と一緒にいると…また、巻き込まれるかもしれないぞ?」
「別に…そんな事は気にしないよ…。そんな事よりも僕が君の傍にいたいんだから…。君のご飯がないと僕、生きていけないし…」
スザクの言葉に…少しだけ泣きそうになって…苦笑する…
「これからも毎年…皆でこの花火を見られると…いいな…」
ルルーシュは…大きく花開いた花火を見ながら…そう口にした…

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