ルルーシュには兄弟がたくさんいる。
とは言っても、父親が同じだが、母親は違うというおまけつきだが…。
父も母も同じなのは一緒に暮らしているナナリーだけだ。
実は、顔も知らない兄弟姉妹がいるのだ。
実際に、今知る、異母兄弟姉妹も基本的には、母、マリアンヌが秘書をしている関係で知り合った女性の子供たちばかりだし、数えきれない兄弟の事を全員把握している者が、ルルーシュ達兄弟の中でいるのかさえ分からない。
それでも、今のところは差し障りがないので、放置…と言った感じだ。
これで、父に何かあった時の相続争いは大変なことだろうとは思う。
ルルーシュとしては、シュナイゼルあたりが次期社長になってくれれば、ルルーシュの就職先も安泰だし、これから先、仲のいい異母兄姉妹たちとは、協力関係が作れるような気がする。
しかし、ルルーシュが仲のいい異母兄姉達は、どうにも、自分はブリタニアグループを継ぐ気がない者ばかりで、彼らの中ではルルーシュにブリタニアグループを…と考えているらしい。
ルルーシュとしては、そんな表舞台に立つ事など絶対に嫌だった。
顔も知らない兄弟姉妹たちから敵意丸出しで命を狙われるとか、逆に、いきなり媚を売りに付きまとう輩が出てくることが想像できるからだ。
確かに、ルルーシュは社長である、シャルルにとって一番のお気に入りの息子らしいが、こっちとしても、そんな理由のために会社の命運をかけるような真似をしないと、心の中で信じていた。
そりゃ、自分の気に入っている子供に継がせたいのは解るが、その子供にそれだけの才能があるかどうかは別の話なのであるから…。
ブリタニアグループは世界でも有数の大企業だ。
金と権力を狙う母親たちの考えの甘さにも呆れ果てるが…それを背負わされる子供の方はたまらない。
末端の関連会社まで含めると、億単位の人間がそのトップの行動によって左右されることにもなるのだから…。
そんな現実を知っているのか、いないのか、金と権力を求めるバカな母親どもは愛する我が子を権力闘争へと導いていく。
ルルーシュの場合、母親が父、シャルルの秘書をやっていたので、そう云う現実をよく知る立場にあった。
だから、ルルーシュ自身、絶対に父親の跡を継ぐなど、断固拒否したかった。
正妻が望むまま、正妻の長男、オデュッセウスが後を継げばいい。
あの凡庸な長男にどこまであの巨大グループを守れるかは知らないが…。
アッシュフォード学園では相変わらずのお祭り騒ぎのような日常が繰り返されていた。
「カレン…なんで、そこまで僕からルルーシュを遠ざけるんだ!」
スザクは天敵のカレンに怒鳴りつけている。
「あんたの場合、ルルーシュと二人きりにしておくとルルーシュに危険が及ぶ事が解っているからよ!あんたの場合、ルルーシュに対する目が何か違うんだもの…」
生徒会室ではスザクとカレンでルルーシュの争奪戦が繰り広げられていた。
当のルルーシュはと言えば、自分で淹れた紅茶をすすりながら、パソコン画面を眺めて生徒会業務に勤しんでいる。
他のメンバーもいつもの事…と言った感じで今日の勝負はどちらに軍配が上がるかをかけていた。
勝敗の決め方は簡単…ルルーシュが立ち上がり、生徒会室から連れ出した方の勝ち…。
この場でルルーシュが手を引いて行った方と、その日は一緒に帰っていくからだ。
ルルーシュも何を考えているかはよく分からないが、二者択一なのに、意外とランダムで見当をつけにくいのだ。
大体、ルルーシュも、本命のカレンと親友のスザク…どちらも大切にしているのは解るのだが、ルルーシュの中でのウェイトがよく解らない。
だからこそ、賭けにもなるのだが…。
そんなとき、いきなり生徒会室のドアがノックされた。
ミレイが驚いて、入口を開けると…
「ルルーシュ!最近、ちっとも会いに来てくれないから…来てしまったよ…」
そこに立っていたのは、このアッシュフォード学園の卒業生、クロヴィスだった。
ルルーシュがげんなりして、パソコンのキーボードを叩いていた手をとめた。
「クロヴィス兄さん、予告なしに、しかも、学園の生徒会室に乗り込んでこないでくださいよ!ある意味、シュナイゼル兄さんよりタチが悪いです!」
本当に、ルルーシュの家族…とりわけ、ルルーシュと親しい間柄にある場合、まるでストーカーの様にルルーシュを追いかけまわしているフシがある。
「ルルーシュ…君が悪いんだよ?食事に誘ってもなかなか来てくれないし、シュナイゼル兄さんが行く時は君がいるのに、僕が君のマンションに行く時はいつもいない…。不公平じゃないか!」
「それは、シュナイゼル兄さんが、どこからか、俺とアッシュフォード学園の行事予定を調べ上げていますから…。クロヴィス兄さんの場合、いつも、俺がいない日を選んだかのような時に来るんですから、仕方ありません。コーネリア姉さんやユーフェミアとは時々会っていますよ?」
周囲がこの兄弟のやり取りを興味深そうに見ている。
この兄弟姉妹たちのルルーシュ争奪戦は、第三者から見ているとこれ以上ないほど楽しい。
気が気でないと思っているのは約二名…。
賭けの対象となっていたカレンとスザクである。
ここで、この兄貴にルルーシュを持っていかれてしまうと、今日は週末の金曜日…。
カレンにとっては、ここで持って行かれてしまうのは一大事なのだ…。
スザクも、最近では、クラブ活動の方が盛んになり、なかなか一緒に暮らしているとはいえ、完全なすれ違い生活なので、真剣である。
「クロヴィスさん?いきなり来て、それはないんじゃないですか?」
「そうですよ…。僕たちだって、殆ど戦いのような状態で、ルルーシュと一緒にいる時間の争奪戦をしているんですから…」
こんなときばかり、この二人は意見が一致して、共同戦線を敷き、第三者の侵入を阻止しようとする。
こうなって来ると、ルルーシュ以外のギャラリーはますます観戦に熱が入る。
しかし、こういう時は、お坊ちゃん育ちのクロヴィスも引かない。
「君たちは、こうして学校でルルーシュと一緒にいるのだろう?なら、たまには僕にも貸して貰えると嬉しいのだけど?僕は彼の兄なんだから…肉親に会いたいと思うのは当然だろう?」
ルルーシュはしばらく放っておいて、生徒会業務を進めようと、再びパソコンのキーボードを叩いている。
とりあえず、この状況で横やりを入れても、余計なとばっちりが来るだけである。
ある程度、話の終止符が打たれるまでは、自分の仕事をしている。
自分がこうして、必要とされるのは良い。
確かに彼らは本当にルルーシュを大切にしてくれている。
しかし、それが、時に、自分の都合だけで動いているフシがあるのだ。
たまには、ルルーシュの都合も考えてほしい…時にルルーシュはそう思うのだ。
ここまで、愛されているのに、贅沢な事を言っているとは思うのだが…。
それでも、ルルーシュだって自分の時間は欲しいし、自分のやるべきことだってあるのだ。
とりあえず、生徒会メンバーも楽しそうに観戦しているようなので、あと、30分くらいは平気かなと思いながら、パソコンのディスプレイの時計を見ながら、再び、仕事を始めた。
相変わらず、白熱した争奪戦が繰り広げられているが、流石に百戦錬磨のカレンとスザクにクロヴィスがだんだん置いて行かれているように見えた。
―――今日はクロヴィスか…
後で、カレンは怒りながら泣きだすだろうし、スザクは帰ってきたら、疲れきっているルルーシュを叩き起こして説教を始めるに違いないが…。
ルルーシュががたっと、その席を立って、パソコンの片づけをはじめ、自分のカバンを手に取った。
「クロヴィス兄さん、行きましょうか…」
この一言で勝負あり…。
実際にかけているメンバーたちも、この言い争い…もとい、ルルーシュ争奪戦の様子を見ながらでないと、どうにも予想がつかないのだ。
だから、ゴングが鳴る前に賭けるのだ。
その辺はルルーシュも冷静に状況を見ている。
「ルルーシュ…♪」
「「ルルーシュ!?」」
同じ名を呼ぶ3人だが、クロヴィスと敗れた二人の声の表情はまるで違う。
クロヴィスなどは、周りが一瞬でお花畑になったような表情でルルーシュをきらきらした目で見つめている。
ルルーシュはやれやれと言った表情で、二人の方に向き直る。
「すまない、カレン、スザク…。今日は兄さんと食事してくるよ…」
そういって、目をキラキラさせたクロヴィスを連れて、生徒会室を後にした。
そして残された二人…
「クロヴィスの奴…次あったら絶対シメる!」
「ルルーシュの奴…帰ってきたら、一晩中説教だぞ…覚悟してろよ!」
学園の駐車場にはクロヴィスの車が停めてあった。
「クロヴィス兄さん、お願いですから、いきなり学園に乗り込んでくるのはやめてください。いつもだって、前もって連絡いただければ、俺も、出来る限り時間を作りますから…」
どうやら、ルルーシュもクロヴィスのこの唐突な行動には困っているのだ。
いくら卒業生だからと言って、いきなり車で乗り付けて、生徒会室に乗り込んでくるというのはいかがなものかと思う。
卒業生ではあっても、今は在校生ではないのだ。
下手をすると、本当に学園侵入者として、捕らえられても仕方ない行動だ。
「解ったよ…。ごめんよ…ルルーシュ。でも、ぜひ君を連れて行きたい店があってね…。きっと、喜んでくれる…」
嬉しそうに言っているクロヴィスを見ていると、どうしても、憎めなくなってしまう。
今までにも、こうした形で、スザクと遊びに行く約束やカレンとのデートをキャンセルさせられた事が何度もあったが…。
その所為で、あの二人からは恐ろしく邪魔もの扱いされている。
クロヴィスは自分の性格を把握してわざとやっているのか、本当にナチュラルにああなのか…時々、ルルーシュは悩んでいる。
チェスをしても、言い合いをしても、ルルーシュはクロヴィスに負けた事はない。
多分、性格の違いと、得意分野の違いだろう。
ルルーシュも懲りないクロヴィスは嫌いではなかった。
シュナイゼルと一緒の時には、心地いい緊張感を感じる。
クロヴィスと一緒の時には、適度な解放感を感じる。
ルルーシュにとって、この二人の兄は多分、必要な兄たちなのだ。
他にも、異母兄弟はいるが、多分、ルルーシュがこうして、気兼ねなく話せるのは、シュナイゼル、クロヴィス、コーネリア、ユーフェミア、そして、ナナリーだけだろう。
元々、それほど人との付き合いの上手な方ではない上に、あの複雑な家庭環境である。
彼らに対して心を開けたのも、多分、母のおかげだ。
クロヴィスの車に乗り込むと、クロヴィスらしい優しい雰囲気を出している。
クロヴィスは絵や音楽などの芸術関係が得意で、ルルーシュ自身はそう言った事についてはよく解らないが、クロヴィスの作りだす『美』は好きだった。
30分ほど、車を走らせ、一軒の多分、個人で経営しているであろう、小さなイタリアンレストランだった。
「ここが…俺が喜ぶ店?」
「まぁ、入って見てから、評価してくれないかな…」
クロヴィスに促されて、店内に入った。
中は…どうやら、クロヴィスが貸し切りにしたらしい。
「もうすぐ、シュナイゼル兄さん、ユフィやコーネリア姉さんも来る。勿論、ナナリーも…」
「まさか…この為にわざわざ学園の生徒会室まで俺を拉致しに来たんですか?」
ルルーシュは目を丸くして、クロヴィスに尋ねる。
「僕のわがままだったんだけどね…。僕が、初めて、君たちと会った日だから…」
「……」
ルルーシュもそんな事は覚えていなかった。
クロヴィスはルルーシュよりも頭がいいとはお世辞にも言えない。
ゲームでも、同じ学年の成績にしても、芸術系以外はルルーシュの方がはるかに良かった。
でも…こうした…些細な…でも、大切な事は、多分、クロヴィスの方がよく覚えている。
「僕は、ルルーシュやナナリーのような弟妹が出来て嬉しかった。ナナリーは素直で優しくて、守ってやりたいと思うのに芯は強くて…ルルーシュは気位が高くて、プライドが高くて、でも、その気質にともなった美貌や頭脳も持ち合わせていて…。僕には自慢の弟妹だ…」
そう言って、店内を見回している。
そう言えば、飾られている絵は…クロヴィスのものだ。
ルルーシュにクロヴィスの絵が好きだと言われてからは、本当に絵を描く事が嬉しくて…。
何をやってもルルーシュに敵わなかったクロヴィスにとって、たった一つ、ルルーシュに認められたものだった。
だからこそ、力を入れていた。
そうしているうちに、それなりに名の通った、若手の画家として注目を集めるようになっていた。
「ルルーシュ…僕は君のおかげでここまで絵を好きになる事が出来た。そして、みんなにも認めて貰えるようになった。でも、誰に認めて貰えるよりも、君に認められた事が…僕は誰に褒められるよりもうれしかったんだ…」
飾られている絵の中に、両親とルルーシュ、ナナリーの4人が描かれている絵があった。
みんな、幸せそうに微笑んでいる。
「ルルーシュ…この絵を…貰ってはくれないか?」
家族4人が描かれている絵を指差してクロヴィスが言った。
ルルーシュは迷う事なく、首を縦に振った。
ルルーシュがクロヴィスの絵が好きなのは本当だ。
そして、この指さされた絵は、すごく優しさの込められている絵に見えた。
間もなくして、シュナイゼルとナナリー、コーネリアとユーフェミアが店の中に入ってきた。
「おや、待たせてしまったかね?」
シュナイゼルが微笑みながら二人に問いかけた。
「いえ、大丈夫です。それにしても、クロヴィス兄さんの絵はやっぱり凄いですね…」
他に飾られている絵、一つ一つを丁寧に鑑賞した。
「クロヴィス兄様、最近、凄い活躍ですものね…。フランスへはいつ、お発ちに?」
ユーフェミアの言葉にルルーシュはふっと止まる。
「フランス?」
「え…ええ…。クロヴィス兄様、フランスの偉い画家の方に認められて…勉強しに行かれるって…。今日はその…」
ルルーシュはずっと知らなかった。
確かに、すれ違いな生活で…なかなか合う事もままならなかった。
「兄さん…だから…今日は…」
「そうだよ…。ちょっと無茶をしてしまった…」
「すみません…俺…」
何となく、項垂れてしまった。
「いや、僕も、シュナイゼル兄さんのように、ちゃんと君の行動を分析しながら君と会うべきだった…。やはり僕は頭が悪いね…」
そう言いながら、クロヴィスが笑っている。
「どのくらい、フランスへ行かれるのですか?」
「そうだな…僕が納得できる絵を描いて、自分が完璧だと思えるルルーシュを描ける様になるまで…かな…。ルルーシュは、本当に素晴らしい題材だと思う。君は見ているだけで、引き込まれそうな、強さを持っていて、自然にその姿に現れている…」
クロヴィスのルルーシュの評価にルルーシュは目を丸くして驚く。
クロヴィスにはどんなふうにルルーシュが写っているのだろう…その写っている姿が、否のクロヴィスの絵になるのだろう。
「そうですか…。クロヴィス兄さんの完璧だという俺を、ちゃんと見せてください…」
なんだか、とても優しい気持ちで、クロヴィスに言った。
そして、そのひと月後、クロヴィスはフランスへと飛び立った…
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