ある春の日曜日…。ルルーシュは自分のマンションで大掃除をしていた。
晴れた日には、普段学校へ行っている分、家の事をしたい。
母、マリアンヌは父の仕事について回っている。
頭のいいマリアンヌは多分、父の正妻よりも長い時間、父と一緒にいるだろう。
英雄艶を好むと云うが、自分が考えている以上に自分の兄弟が多いとルルーシュは思っている。
「お兄様…私も手伝います…」
そう云って、後ろから声をかけたのが、妹のナナリーだ。
「いいよ…埃かぶるから…隣の部屋に行っていろ…」
「そんな…大丈夫です。私にも手伝わせて下さい…」
ルルーシュは体の弱い妹、ナナリーを溺愛している。
確かに、母が有能である為、あの父親からの援助もなく、これだけの生活を送ってはいる。
―――ピーンポーン…
いきなり、呼び出し鈴が鳴る。インターフォンを取ると…
「ルルーシュ…パパだよ…♪開けておくれ…」
「あの…恥ずかしいんで…そこで、そんな風に叫ぶのは…やめて下さい…父さん…」
そう云いながら、オートロックを解除して、入れるようにする。
出来れば、あの親バカな父親は招き入れる事には気が引けるが、母、マリアンヌも一緒にいるから、そうもいかない。
「ただいま、ルルーシュ。お留守番、御苦労さま…」
「お帰り…母さん。なんで、また、父さんと一緒なんです?」
少々困惑気味に母親に尋ねる。
「今回は東京の支社に用事で帰国しているから…。久しぶりにルルーシュやナナリーとも会いたかったし…」
部屋の奥では、その父親がナナリーとじゃれあっている。
まぁ、ナナリーがいいならいいのだが、それでもいきなり過ぎだ。
「すみません、ちょっと、大掃除をしようと思っていたので…ちょっと、掃除道具とかが出ていますけど…」
「相変わらずねぇ…ルルーシュは…。ま、掃除道具だけ片づけていらっしゃい。お土産あるから…」
そう云いながら、お土産が入っているであろう荷物を解いている。
今回は、確か、ニューヨークから帰ってきている筈だ。
となると、いろいろ、ブランド物の服とか、アクセサリーなどが主なものだろう。
「わかりました。じゃあ、ちょっと待っていて下さい。」
そう云いながら、モップやバケツを片づけ始める。
帰ってくるのはいつもいきなりだが、せめて、空港から電話くらいしてくれと云いたい。
「そう云えば、食事はまだでしょう?簡単なものでよければ作りますが…」
昼近い時間になって、ルルーシュが声をかけた。
「おお…久しぶりにルルーシュの手作りの料理かぁ…」
父親が豪快に喜んでいる。
この父親は何で、多くの妾を作って全ての子供を認知して、トラブルが起きないのかが不思議だ。
しかも、ルルーシュはかなり、この父親に溺愛されている。
異母兄の中には、
―――ルルーシュがいてくれるから、僕たちが好きな事出来るから、ありがたいよ…
なんて言っている輩もいるくらいだ。
実際に、シュナイゼルなどは、自分で起業して、父親の援助なしにかなりの大きな会社を持っている。
どうやら、父の跡を継ぐ気は毛頭ないらしい。
「父さん、和食ですけど…いいですか?」
「なんだ…ルルーシュ…パパと呼べと云っているだろう?パパはルルーシュの作るものなら何でもおいしく食べるよ…」
17歳にもなって…そんな恥ずかしい事が出来るか…と思いながら、はいはいと手をひらひら振ってキッチンに入っていく。
「お父様、お兄様の茶わん蒸し、とっても美味しいんですよ…」
―――いらぬ事を…
と思いながら、冷蔵庫から卵を出して、作り置きしてあった出汁を用意する。
「そうか…それは楽しみだ…」
豪快な父親には少々疲れるが、この子煩悩な父にマリアンヌが付いているのは、恐らく、父の暴走を止める為だろう。
―――スザクが部の大会で、留守でよかった…
ルルーシュは心底思った。
スザクはルルーシュのマンションに居候をしている。
スザクの両親が地方の企業の経営者である事と、以前、ルルーシュが年に一度、行っていた父の所有の別荘の近所にスザクが住んでいたのだ。
そこで、二人が友達になったのだ。
ところが、スザクとべったりとなっているルルーシュの様子を見て、親バカな父がヤキモチを焼いて、なんとなく、スザクに突っかかるようになっていた。
スザクはスザクで、素直に頭を下げるような性格でもなく…その父親の前でわざとルルーシュに甘えて見せるものだから、ルルーシュとしては、結構大変なのだ。
「ルルーシュ、今日はスザク君は?」
「今日は、剣道の大会とかで…確か、大阪に行っています。帰りは多分、明日になると思いますよ…」
「あら、そう…残念ね…。せっかくスザク君のお土産も持ってきたのに…」
父親とは反対に母親の方はスザクの事を気に入っている。
「ルルーシュ…あんな小僧とまだ仲よくしているのか?」
やや機嫌が悪くなった口調で父親がルルーシュに尋ねる。
「父さん、スザクはいい奴です。単なるジェラシーでそこまで嫌わないで下さいよ。」
「いや、パパはな、ルルーシュを心配して…」
どう考えても、スザクにジェラシーを燃やしているようにしか見えない。
あんまり長くなると、ナナリーが嫌がるし、収拾がつかなくなるので、ルルーシュは奥の手を使う事にした。
本音はあんまり使いたくないのだが…
「スザクはボクにとって、とっても大切な友達なんだ…。だから…パパにも好きになって欲しいよ…。パパが…そんな風に…スザクの事を云うなんて…ボク、悲しいよ…」
ちょっと、目を潤ませて、父親を見ながら云う。
心の底で舌を出しながら、しっかり演技している。
そのルルーシュを見て、父親がギョッとしてルルーシュの華奢な体をぎゅうっと抱き締めて
「ごめん…ごめんよ…ルルーシュ…。パパが悪かった…もう泣かないでおくれ…」
どうにもこうにも、この父親はルルーシュには弱いらしい。
そう云えば、小さい頃から、兄弟たちも父親の事で何かがあると、いつもルルーシュのところに来ていた。
「あなた、ルルーシュは料理中なのよ?暫くはナナリーに遊んで貰って下さい…」
あ…遊んで貰って…って…。流石に、母は強しと云うところか…。
「お父様、お土産の中にゲームがありましたから…一緒に遊びましょう?」
本当に、この家族は父に甘い…ルルーシュはいつも思う。
「ありがとう、母さん…」
こういう時、父の扱いが一番うまいのは母だと思う。
正式には結婚はしていないものの、各、父の婦人たちはこうも上手に父を操っているのだろうか…。
と云うか、こんなにコントローラーがあって何故、こんなに外に女性がいるのだろう…。
それでも、それぞれの兄弟同士は近しい者に関しては仲がいいし、夫人同士が争っている感じでもない。
やっぱり、こんな父でも、凄い人間なのだろうか…。
食事の準備が一通り出来ると、みんな、リビングのテーブルに集まっていた。
「お兄様、今日は、お買い物もしていないのに、ごちそうですね…」
「ああ、スザクがいないからな…食材がそれなりに余っていたんだ…」
兄妹の会話はいつも平和なのだが…父がいらぬ事を話し始めなければいいと願ってしまう。
「ルルーシュ…お前、東京の本宅に来ないか?」
「嫌ですよ。学校もこちらの方が近いですし…」
食事をしながら、この父親は何を言い出すのだか…。
一応、父のお気に入りとはいえ、ルルーシュもナナリーも妾の子である。
シュナイゼルやコーネリアたちならまだしも、他の正妻や愛人たちがそんな事を許す筈もない。
中には、自分の子供を父の持つ、ブリタニアグループの後を継がせたいと思っている女もいるのだ。
ルルーシュと仲のいい異母兄弟姉妹たちはルルーシュに後を継がせても問題はないと考えている連中が多いが、そう云う連中ばかりではない。
ルルーシュなら、自分の身は自分で守れるが、ナナリーまで守る力はないと思っている。
「ルルーシュは…マリアンヌが正妻でない事を気にしているのか?」
「気にならないと云ったらウソになりますが…その事よりも、会った事もない兄弟の事とか、自分の子供に後を継がせたいと思っている母親たちの権力争いに巻き込まれるのは嫌なんですよ。俺も、シュナイゼル兄さんみたいに自分の足で立って歩きたいですから…」
自分の茶わん蒸しを食べながらルルーシュが真面目に答えた。
父の明るさは嫌いではないが、こうした、何も考えずに自分の希望を押し通そうとするところが時折、心配になり、迷惑にも思う。
「お兄様、シュナイゼル兄様は今、コーネリア姉様と一緒に会社を作られたのですよね?」
「ああ、結構大きな会社だよ。俺もあのくらいになれるようになりたいと思っているけど…シュナイゼル兄さん…凄いよな…」
ルルーシュは本当に羨ましいと思う気持ちと尊敬する気持ちの入り混じった顔で話している。
「お兄様なら、スザクさんと一緒に何かやれば、何でも出来そうですね」
柔らかい笑顔でナナリーがそう云う。
それを聞いた父親はと云えば、ちょっと面白くないような顔をしている。
この父親、どうあっても、ルルーシュ離れが出来ないようだ。
「父さん、俺だって、自分の立場をわきまえています。だから、俺自身、ブリタニアグループは継ぐつもりはないですし、ルルーシュ=ランペルージをやめるつもりはありませんよ。」
ルルーシュは母親の姓を名乗っているが、ブリタニア家の中では一応、『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』と云う名前もあるのだ。
「ただ…父さんが、どうしても、俺の力が欲しい時には…及ばずながら、父さんの為に働きたいと思っていますよ。俺が、父さんの正妻の子供として生まれなかったのは、運命だったんですから…。もし、父さんの嫡子であったなら、ちゃんと考えていましたよ…」
一応、これも本音だ。
甘すぎて鬱陶しい父親であるが、母を大事にしてくれているし、妹のナナリーもこの父親になついている。
「さて、そろそろ、本宅に帰るか…」
「…空港からここに直行したんですか?」
「まぁまぁ、私は今日はここに泊まるから…。なんだったら、一緒に寝る?」
にこにこ笑いながら母親が本気なのか、冗談なのか解らない口調でそんな事を云う。
「父さん、俺達は父さんにとっては、血縁であっても、家族…とは言えない位置にいるのですから…ご自身の行動には十分気を付けて下さいよ…。その内、あなたの本妻の関係者に俺達、脅迫とか、拉致とかされますから…」
最近、何となく自分の身の回りがざわざわしている事に気が付いていた。
父、シャルル=ジ=ブリタニアがマリアンヌの子供であるルルーシュを溺愛している事は、ルルーシュと仲が良い、悪いに関係なく、周知の事実として知られている。
子供の頃にも、それなりに危ない目にあっている。
その度に、SPが動いていてくれたが、いつまでも、こんな平穏なままでいられる訳はない。
「ああ、解ったよ…。お前は頭がいいからな…。私がお前を溺愛している事で、色んな事がお前の周りに起きる事は…解ってはいるんだが…」
「なら…」
「なら、強くなりなさい…ルルーシュ…。何も、無理に武道を習えと云う訳じゃなくて…あなたが持つ者を使って、自分の身、ナナリーの身を守りなさい…」
父とルルーシュのやり取りに母、マリアンヌが口を挟んだ。
「あなたが自分で不審者を追い払えるなんて思ってはいないわ…。なら、そんな物理的な力をあなた自身が持たなくても、自分の身を守れる能力を身につけなさい。」
これまでのやわらかな表情から一変したマリアンヌの顔を見る。
マリアンヌの言っている事は、ルルーシュには解る。
「父さん、あなたが俺を父親として大切に思ってくれているのはよく解っています。だから、俺は、自分に力をつけて、必要な時には父さんの為に、身につけた力を父さんの為に発揮したいと考えます。今は、その返事で満足して頂けませんか?」
いつものふざけた雰囲気とは一変して、その場の空気が張り詰めた。
「ルルーシュ、お前も、ちゃんと成長してくれていたんだな…。私は、お前のその成長が嬉しい…。だから、私はお前が私の後継者になる事を望んでいる。お前は、お前の行きたい道を探している。それが、いつか、同じ道になってくれる事を、私は望んでいるよ…」
優しい口調ではあるが、厳しい声音でルルーシュを見る。
ルルーシュには甘々な父が時折見せる、厳しい父親としての顔…。
ルルーシュは、こう云う父親の顔を…本人は認めたくないと思ってはいるが、意外と好きなのだ。
「解っています。俺は…今は、いい仲間に恵まれています。だから、これから、彼らも俺を助けてくれる…。そんな中で、俺も成長出来るように努力します。」
この、凛とした空気は嫌いじゃない…。
―――ピンポーン…
その時、チャイムが鳴った。
―――もう、休日の夕方だ…。いったい誰だろう…
と思いながら、インターフォンを手に取る。
「はい、どちらさま…」
『ルルーシュ…ただ今…』
「え?スザク…?帰りは明日じゃなかったのか?」
『本当はそうだったんだけど…僕、ルルーシュと一緒にいたくて、一足先に帰らせてもらったんだ…』
頭の上で犬耳がピンと立って、しっぽを振っているスザクの姿が目に浮かぶ。
まったく…なんて言うタイミングだ…
「わかった…今開けるが…」
何となく、嫌な予感を抱えながら、ルルーシュはロックを解除する。
「ただ今…ルルーシュ…」
「!!!!????」
その声の主の顔を見た途端に、さっきまで父親らしい顔をしていた父の表情が一変した。
「あ、ルルーシュのお父さん…帰っていらしたのですか…」
ルルーシュに抱きつきながらスザクがけろっとそんな事を云う。
「お…お前…ルルーシュから離れろ!お前の所為で、ルルーシュは…ルルーシュは…」
どうやら、バカ親に戻ってしまったらしい…。
ルルーシュを挟んで、二人がぎゃいぎゃい騒いでいる。
今に始まった事ではないが…
「父さん、本宅に帰るのでしょう?早く帰らないと…あなたの運転手が困ってしまいますよ?」
「で…でも…パパは…ルルーシュと一緒にこんな小僧がいる事が心配で、心配で…」
「ず…随分な言われようですね…。僕はネズミかゴキブリですか?」
「お前みたいな奴なら、ネズミやゴキブリの方がまだかわいいわ!」
やっぱり…バカ親モードに戻っている。
スザク…何故、一日早く帰ってきたのか…
否、いきなり尋ねてきたこの両親に言うべきか…
「父さん、早く本宅に帰って下さいよ…。母さん、何とかして下さい…」
「あらあら…これじゃあ、本宅にも戻れないわね…。解ったわ…どこかホテル取るから、社長、今日はホテルに一緒に泊まりましょう?」
マリアンヌがいじけている父親に言っている。
ただ…いつものマリアンヌの表情ではない。
有無を言わさずに連れて行ってくれるようだ…。
「わ…わかった…」
あのブリタニアグループの社長も、第一秘書のマリアンヌにはどうにも頭が上がらないらしい。
その一言で、両親がマンションから出て行った。
「はぁ…今日は無駄に疲れたな…」
ルルーシュの紛れもない、そして、どんな言葉を選んでもこれ以上ないほどに今の心境を伝える一言だった…。
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