ルルーシュ達がアッシュフォード学園に入学して、半年ほど経つ頃に…この学園の学園祭が開催される。
中等部も、高等部も同じ敷地内にあり、中等部、高等部合同でこの学園の学園祭は開催される。
ともなると、普通の中学校や高等学校の文化祭よりも遥かに規模の大きなものとなり、準備の段階でも相当な重労働…。
しかし、お祭りの準備となると、人間とは面白いもので、その為に普段から学園に居座っている生徒達が、教師たちもほとほと困る程『学園祭の準備』と称して、学校に居座るのだ。
学校の教師だって、一応労働者だ。
教師が聖職者であり、労働者ではないという戯言はすでに過去のものだ。
そう思っている現役の教師が一体どれほどいるだろうという程である。
独身の教員であればまだいい…。
配偶者、子供のいる教員などは、この時期、非常に頭が痛い事になる。
男性であればまだ良いのだが、女性である場合、とにかく、過密スケジュールになってしまい、全てのクラス、クラブがこの学園祭に向けての準備をする。
その時、担任や顧問が不在と云うのは…流石に放置しておくと、ハイテンションになった生徒達が何をしでかすか解らないし、やんちゃ盛りの年齢だ。
どんな問題が起きるとも解らない。
このあたりは、生徒会でもしっかり目を光らせているのだが…それでも、生徒同士ではなぁなぁになってしまう部分は否定も出来ず…
この学園祭の時期…一応、生徒主体で運営、実行するという事を掲げているが…最後の最後に責任を取るのは、大人である教員たちである。
教師に対する風当たりの強い昨今…一応、自由な校風を売りにしているアッシュフォード学園ではあるが、羽目を外し過ぎればマスコミの格好の餌食になってしまう。
それ故に…この時期は…教師たちも表面上は楽しそうに生徒たちと学園祭の準備をしながらも、職員室や各科目の準備室のゴミ箱には胃薬の包みやら、栄養ドリンク剤の空き瓶などが異常発生する事になる。
これも…ある意味、アッシュフォード学園理事長の祭り好きの影響とも言えるが…現在は、その血を色濃く受け継いでいる孫娘、ミレイが在籍しているという事で更に教師たちの苦労は増していくのである。
そして…今日も保健室には…胃薬を求めて駆け込んでくる教師が後を絶たない。
本来、保健室とは、生徒達の為の場所であるが、アッシュフォード学園は福利厚生の一環として、ストレスの多い教師たちも利用できるようにと…生徒たちの分とは別に、保健室に教師用の薬も常備されていた。
そして、学園祭前になると、胃炎、貧血、睡眠不足等々で駆け込んでくる教師が普段の3倍に膨れ上がる。
いつもの事と解ってはいるのだが…このアッシュフォード学園の保険の先生、ヴィレッタ=ヌゥとしては、この時期、生徒たちは作業中の怪我をする者が普段と比べて2倍から2.5倍増しになるので、生徒達の対応も大変だが…
疲労困憊の教師たちへの対応も仕事の割合として増してくる。
普段なら、基本的に教師に使われる事は殆どない保健室だが…
どうも、この学園祭前の時期だけは利用率が高くなるのだ。
そして…また一人…この保健室に駆け込んでくる教師が一人…
「し…失礼します…」
その声の主は…数学教師の扇要であった。
どうにも、この男、自分のできる事と出来ない事の見分けがあまりつかないらしく、何となく流されて引き受けて…何となくその役目を続けていくのだが…
しかし、あらゆる事に対して言えるのだが、何かを任されるという事は、それに対して責任を持たなければならないという事だ。
それが…最後まで継続できることにだけ『了解』サインを出せばいいものを…
どうにも頼まれたら断れないタイプと言うか、単純にみんなにいい顔をしたいだけなのか…とりあえず、『了解』サインを出しておいて、自分で出来ないと悟った時…逃げに転じる。
ただ…教師と云う職業はそんなに簡単に逃げの許される職業ではない。
否、どんな職業でも一度引き受けたからには最後まで責任を持つ事が要求されるのだ。
それなのに、引き受けるときは引き受け手は見るものの…自分の力量に見合った任されごとなら何とでも出来るのだが、自分のキャパシティを超えてしまうとプッツンしてしまい、全ての者から逃げ出してしまいたいという衝動に駆られるらしい…。
それでも、『生徒たちに対する情熱は人一倍強い!』と云う自負から、自分の限界を訴える事も出来ず…その内もんもんと考え倒して、胃炎を起こす…と云う、ある意味、社会人としていかがなものか…とも言えるような人物ではあるのだが…
しかし、ヴィレッタにとって、保健室に来た者は、皆同じように手当てなり、応急処置なりをする存在だ。
だからこそ、内心、呆れるというか、時に苛ついて怒鳴り散らしそうになるが、こんなダメンズ教師(普段は結構それなりにい教師なので、一時的なもの)でも、とりあえず、話を聞いてやり、必要なら薬を渡してやるのだが…
今日、既に3回目の保健室訪問のこの教師に対して…どうしてやればいいのか、正直悩むところである。
胃薬と言ったって、飲み過ぎていい代物ではない。
それに、保健室に置いてある薬は、単に応急処置用のものだ。
そんな応急処置の為に一日に何度も保健室に通われたのでは、非常に困る。
だから…今日こそはキチンと言ってやろうと思う…
「扇先生?どうしました?」
とりあえずいつもの口調でその男性教員に声をかける。
「あ…あの…すみません…また…胃が…」
扇の言葉にヴィレッタは『やっぱり…』と思うが、それを表情に出す事はしない。
「扇先生?今日…これで3回目ですよ?明日あたり、きちんと病院へ行って検査して貰って、ちゃんと薬を処方して貰った方がいいですよ?」
正論であり、いくら福利厚生と言ったって、こんなに頻繁に胃薬をあさりに来られてはたまらない。
いくらなんでも回数が多過ぎる…。
「わ…解ってはいるんですけどねぇ…」
ホントに、頭で理解しているのか微妙に怪しいと思ってしまうのだが…
それでも、一応、この学園で勤めている教員に対する権利なので、一応薬は出すのだが…
薬を受け取りつつ、扇自身、なかなかバツが悪い…と言った表情である。
教師と云うのは、国公立の学校であれ、私立の学校であれ、休みを取るのが難しい職業の一つだ。
一クラスに一人の担任、二クラスに一人の副担任…と云うのがある程度定着している。
本当は、一クラスに二人の担任がいてもいいのではないか…
正担任が一人に、副担任一人…と言う形でもいい…。
今のシステムでは、様々な形で複雑化していく学校内に置いて、一人の教師が30人の生徒に目を配る…と云うのは大変難しい事だ。
このアッシュフォード学園でも生徒だけでなく、モンスターペアレンツ…と云う、ここ数年、聞かれるようになったいわゆるクレーマー父兄が増えている。
自分本位のクレームをバンバン突き付けてくるのは普段からだ。
こうした行事になると…さらにそう云ったモンスターペアレンツと云う生き物たちは活動が活発化する。
普段の子供たちの学校生活にもバンバンクレームをつけるネタが転がっているという(少なくとも、モンスターペアレンツと呼ばれる息も二たちはそうなのだ)のに、こうした行事前の準備から始まって、本番、果ては、終わった後にまでクレームをつけてくるのだ。
そんな事では確かに教師の胃にいくつも穴を開ける事になるのはよく解る。
名門であるアッシュフォード学園でも、そういった生き物たちがいるという点ではほかの学校と同じなのだが…
この学園には多くの行事が存在する。
とにかく、理事長のお祭り好きが高じて、生徒達の思いつく面白そうなイベントに関しては次々に予定外の行事が入ったりする。
名門であり、入学試験の偏差値もそれ相応に高いこのアッシュフォード学園に入学した後に、親達が『こんな筈じゃなかったのに!』と…学園にいる間我が子を勉強漬けにしようとして地団太を踏むのである。
しかし…勉強と言っても時間をかければ成績が上がるというものでもない。
要は、要領のよさとどれだけ集中して勉強できるか…それによって、成績が変わってくる…と云う事に気付かない限り、このアッシュフォード学園の素晴らしさを親達が知ることはないのだ。
しかし、そんな現実を踏まえていても、矢面に立つのは現場の教師たちなのだ。
大体、この学園に入学してくる時点で、平均よりもレベルの高い成績なのだ。
その中でトップ争いをしていれば…当然だが、それまで1番だった者が順位を下げてしまうのはある意味仕方がない。
それが競争社会と云うものだ。
成績そのものは下がっていなくても、アッシュフォード学園に来る前よりも順位が下がったという事で、まず、現場の教員たちへと当たり散らしに来るのだ。
『こんなにお祭りばかりやっているからうちの子は成績が下がったんだ!』
と…。
その時、その親に対応した担任なり、副担任が、いくら、
『成績その者は下がっていません。ただ…他の小学校(もしくは中学校)から来た子の中でお子さんよりも少し、成績の良い子がいただけで…』
と説明はするのだ。
実際に、その子の成績記録まで持ち出して懇切丁寧に説明するのだが…
それでも、なかなか納得して貰えず…定期試験の度に押し掛けてくる。
そして、大きな行事があると、その時にはそれらのモンスターペアレンツはそれこそ…足しげく学園に通い倒すのだ。
そして、一年で一番賑やかにして、大規模な学園祭の時期には…この学園に赴任してきたばかりの教師…特に新卒の教師たちはとにかく右往左往する。
胃に穴をあけ、不眠症と戦い、食欲不振により体力維持が出来なくなるので栄養ドリンク剤を駆使する事になる。
この時期を乗り越えられない教師は基本的に次の年度の異動願い、もしくは退職願を学園長へと提出する事になるのだが…
ヴィレッタは、それなりの年数、この学園で保険の先生をやっているが…基本的のこの時期になるとどれだけベテランの教師でも相当疲れた顔をしている。
それこそ、生徒たちの生き生きした表情とは裏腹に…
生徒たちは、成績そのものは下げていない。
それはひとえに、この学園祭を十分に堪能するために、普段から並々ならぬ努力を重ねているからだ。
それを理解しない親が増えている事に…ヴィレッタ自身、体調を崩しながら頑張る教師たちに対しても同情するが、それ以上にそんな親達から偏った機体を押し付けられている子供たちを哀れに思った。
やがて、学園祭の準備をしている最中にけがをした生徒達が集まってくる。
「先生…ちょっとカッターで手を切っちゃったんですが…見て貰えますか?」
元気な声で男子生徒が入ってきた。
そんなちょっと痛そうな手の傷をヴィレッタに差し出しながら、『今、頑張っているけど…すっげぇ楽しいんですよ!』とその目が物語っている生徒の表情を見ると内心ほっとする。
「とりあえず、そこの水道で、水で傷口を流せ…。流し終わったら言え。ガーゼを渡してやるからそれで水分を拭き取れ…」
そう云って、戸棚から滅菌ガーゼの入ったパッケージを一つ、取り出す。
そして、その生徒が水を流し終えると、ヴィレッタからガーゼを受け取って、その傷の水分を丁寧に拭きとった。
「じゃあ、手をちゃんと見せてみろ…」
そう云いながら、ピンセットで消毒綿をつまんでその傷に軽く押し当ててやる。
「いててて…」
消毒がしみるのか、男子生徒が顔をしかめる。
「このくらい我慢しろ!男だろ!」
「男でも痛いもんは痛いんですよぉ…」
情けない顔をしてみせる男子生徒に…少し、微笑ましい気持ちになる。
先ほどの様に、胃に穴を開けながら保健室へ通ってくる教師も…こんな微笑ましい生徒達の名誉の傷を見れば多少は心が和むだろうに…と思ってしまう。
ただ…それは心の底から教師と云う職業に誇りを持っていなければ出来ない事かも知れないが…
親が多様化しているのであれば、生徒も多様化してくる。
そして、それは教師にも言える事で…
こんなに楽しそうにしている生徒もいれば、そうでない生徒もいるだろう。
それでも、この学園の学園祭は面白い事に…後夜祭の頃には生徒全員が全力で学園祭を楽しんでいるように見える。
学校に通える時間は人生の中でほんの一瞬の間叩きの様な時間だ。
そして、ヴィレッタが勤めている中等部…この時期の時間もあっという間に過ぎる。
だから…こんな風に楽しんでいる生徒たちの顔を見ていると、結構過酷な労働条件ではあるが、やっていて良かったと思えるのだと思う。
「ほら…これでしばらく様子を見ろ…。まぁ、殆ど出血は止まっているが、また、出てくるようならもう一度ここへ来い…」
男子生徒の作業の事も考えて、少し丈夫なばんそうこうを張ってやり、そう、伝えてやる。
すると男子生徒がヴィレッタに向かって
「ありがとうございました!」
そう云って頭を下げた。
恐らく、体育会系のクラブに所属しているのだろうか…それにしても今時珍しいな…と思いながら、その生徒を見送った。
これからの時間…生徒達が怪我をして続々とこの保健室へ訪れる事だろう…
「さぁ…忙しくなるな…」
『幼馴染シリーズ First Love 番外編1』 END
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