今は…幸せだと思う。
ずっと…片想いだったルルーシュと両想いになれたのだから…
一応肩書が変わったきりで、何があったと云うこともない。
それでも、その肩書が大事なのだと…今は思う。
これで、ルルーシュは他の誰かに盗られる心配をしなくていいのだから…
否、スザク自身、ルルーシュに嫌われない努力はしなくてはならないのだけれど…
と云うか…
―――こんなに心配しているのって…ひょっとして、以前と変わっていない???
などと考えてしまうのだけれど…
確かに、ルルーシュは、男女問わずもてるのだ。
これまでだって、ルルーシュはそれこそ男からだって告白されているところを見て来た。
それでも…ルルーシュは告白される度にその相手を振って来て…
本当は、スザク自身も半ば捨て身だった…。
でも…ルルーシュがスザクに返した答えは…
最初は信じられなくてしばし呆然としていて…その次はルルーシュに『体力バカ』と呼ばれるその怪力で自分の頬を思いっきり抓って…目の前のルルーシュが『こいつ…何を考えている?』と云う視線を送られたことは良く覚えている。
それでもって、その後は…いつものように一緒に帰って…
その時の浮かれ具合に…ルルーシュは相当呆れた顔をしていたけれど…
そんなことも結構幸せで…
天にも昇る気持ちだったのは、覚えているのだけれど…
その後は…一体何か…変わっただろうか…と考えてしまった時…
あんまり変わっていない気もする。
登下校はいつも一緒だし、普段、スザクの昼食は購買部のパンなのが殆どだから…時々、お弁当を作って来てくれるのは…まぁ、多少、回数が増えたかなぁ…とは思うのだけれど…
以前も、お昼休み、ルルーシュを独占しているスザクに対しての生徒たちの冷たい視線は感じていたし、時々、果たし状と呪いの手紙が来るのは、結構あった。(果たし状の内容は少々変わって来ているけれど…)
果たし状の中身は…最近では、『俺(もしくは私)が決闘に勝ったらルルーシュは渡して貰う!』的な内容が増えているのだけれど…
ルルーシュは人間であって、ものではない。
そもそも、そんな下らないことで決闘して、賞品にされているとルルーシュが知ったら…きっと、凄く怒るに違いないことは、容易く予想が出来る。
と云うか、ルルーシュも、そう云ったことで目立つ事を避けたいと考えているので…一応、今のところは二人の口から洩れていない筈なのだけれど…
でも、いつの間にかそう云った情報と云うのは流れて行くものだ。
それこそ、こちらの願いを無視した形で話が大きくなっていて…
噂の中には『スザクがルルーシュの大切に思っている妹を人質にとって脅した』だの、『お金持ちの御子息なスザクが、一般庶民のルルーシュに大金を渡して首根っこを押さえつけている』だの、果ては…『実は法に引っかかるような薬の中毒にさせて云うことを聞かないとその薬が貰えないので、ルルーシュがスザクの云うことを聞いている』だの…
こうした時の人間の想像力と云うのは中々素晴らしいものがあると思われる。
最初の一週間、報道系のクラブから追い回され、大変な目に遭って、今では生徒たちの好き勝手な噂に悩まされる日々が続いている。
確かに、ずっと難攻不落な相手として、ルルーシュはこの学園に君臨していたし、スザクがこの辺りで超有名なお金持ちの御子息であることは事実だし、ルルーシュは妹のナナリーをこよなく愛していることも事実なのだけれど…
―――しかし…法に触れる薬って…一体何なんだか…
スザクはそこまでの想像力にエネルギーを費やすこの学校の生徒たちに、色んな思いを抱く。
恐らく、ルルーシュも同じだろう。
「おはよう…スザク…。ほら、弁当だ…」
「あ、おはよ…。ありがと…ルルーシュ…」
毎朝、スザクの家…と云うか、枢木家のお屋敷の正門の前でルルーシュが待っていてくれる生活が…凄く平和だと思える。
学校に行くと、未だに生徒たちの妄想染みた噂の渦中に巻き込まれていく事になるわけだし、こうした平和な二人の会話が酷く嬉しい。
「スザク…今日は…お前の好きな厚焼き卵をいっぱい入れておいたからな…」
顔を赤らめてそっぽ向きながらそんなことを報告して来るルルーシュを見ていて…
ついうっかり抱きつきたくなる衝動にかられるけれど…
―――でも…頑張れ!僕!今ルルーシュに抱きついたら、そのまま押し倒して、このまま人の往来ででも襲っちゃう自信がある!
どんな自信だ!と云うツッコミが入りそうだけれど、スザクの方は至って本気で…
一生懸命そんなツンデレルルーシュに対して可愛いと感動しながらも、自分の理性と本能は頭の中で全面戦争をしている状態だ。
本当は、屋敷から学校まで、車を出すと云っている枢木家の使用人がいるのだけれど…
『この歳で運動不足は困るでしょ?それに、運動不足で20代でメタボなんて御免だよ…。ルルーシュも迎えに来てくれるし、歩いて行くよ…』
と、最後がほぼ100%理由の割合を占めていると思われるが…
一応、ある程度理屈は通っているので、一応、そう云った申し出をして来た使用人が納得してくれたようである。
確かに、昨今、若年でのメタボリックシンドローム発症のニュースが流れているのは事実だし、実際の病院に行くと、その類の病気で通院している本当に若い年齢だと10代とか、極端な話だと小学生くらいの子供もいるとか、いないとか…
まぁ、そんなことはともかく、世間の流れの中でスザクはルルーシュとの徒歩による登下校をGet!したのである。
そして、今日もルルーシュと一緒に歩いて登校しているのだけれど…
二人で、他愛のない話しをしながら通学路を歩いていたのだけれど…
突然…どう見ても、スザクの家と同じような家の人間が乗るような車が目の前に停まった。
「?なんだか…スザクの家の車庫に鎮座している車みたいだな…」
シークレットウィンドウで中の様子は見えないが、どう見ても、ルルーシュの家のような庶民が乗る車には見えない。
すると、パワーウィンドウが下がってきた…
「あ、やっぱりスザクだ!なんで歩いて登校してんの?」
そう声をかけて来たのは…金髪で、確かに車に乗っていて正確な身長は解らないけれど、かなり身長の高そうな少年が…それも、ルルーシュの頭の中のコンピュータの中にもデータのない、少年が…アッシュフォード学園の制服を着ていた。
驚いているルルーシュの隣で…スザクがルルーシュとは別の意味で驚いた顔をした。
「ジ…ジノ!?」
どうやら、スザクの知り合いらしい。
「ひっさしぶりぃ〜〜〜。今日から、スザクの後輩だぞ!」
話しがすっ飛んでいる気がするのだけれど…
その辺りはスルーした方がよさそうだ。
とりあえず、転校生らしいことは解った。
「いつ、ブリタニアから帰って来たの?って云うか…後輩って…」
「ホント、編入試験難しいんだな…。なんでスザクがそこの生徒なんだか…」
完全に人の話しを聞いちゃいない。
そして、この中でルルーシュだけ、話しが見えていない。
どうやら、スザクの家と同じような金持ちの坊ちゃんで、スザクとは知り合いらしいけれど…
―――こうしてみると、ホントにスザクは俺とは生きる世界が違うんだな…
と、ルルーシュは思ってしまう。
ルルーシュ自身、スザクから告白された時にはどう返事しようか悩んだ。
スザクのことは好きなのだけれど…
枢木家の跡取り息子と…一般庶民のルルーシュ…
たとえ、今、両想いになったとしても…
いずれ、住む世界の違いによって、お互いが嫌いになった訳でも、恋人としてやっていけなくなったわけでもない状態で、別離が来ることが頭を過ったのだ。
だから…両想いになったのに…
ルルーシュはスザクに対する態度をあれからあまり変えていない。
それでも、スザクの喜ぶ顔を見たくて…以前よりも『両想いになった』と云う口実が出来たから…スザクにお弁当を作って持ってくる回数は増やしているけれど…
でも、それ以上のことが出来ずにいるのは…
―――俺が…臆病者だからだ…
と、自分を責めていることがある。
別に、ルルーシュが自分で自分を責めるようなことでもないと思われるのだけれど…
でも、やっぱり、色々考え過ぎてしまう自分が悲しくなる。
本当は…スザクともっと一緒にいたいのに…
スザクともっと一緒に笑いたいのに…
それでも、その先に来るかもしれない…と云うよりも、確実に来てしまう現実を考えると…
幸せになり過ぎて…その幸せを手放せなくなることが怖い。
自分自身で手放せないと思っていても、物理的に引き裂かれてしまう結果となったらもっと惨めだ。
自分の気持ちに気づいた時…絶対にスザクにはこの気持ちを伝えない…と思っていたのだけれど…
でも、スザクから本当にストレートな告白をされてしまって…
その言葉に…いつもルルーシュに告白してくる連中と同じように切り捨てることが出来なかった。
それがそもそも、間違いの始まり…だとは思っているのだけれど…
こうして、目の前で済む世界が違うことを…そんな現実を突き付けられてしまうと…
やっぱり自分はバカだと思って、自嘲してしまいそうになる。
仲良さそうに、転校生だと云う金持ちそうな少年と話しているスザクを見ていて…少しだけ胸に、何かが刺さったみたいに痛くなる。
「スザク…俺、先に行くな…」
そう云って、ルルーシュは出来るだけ早足で学校の方へ足を向けて歩き出した。
スザクの驚いた様子には気づいていたけれど…敢えて無視した。
ルルーシュの突然のそんな行動に…スザクが『え?』と思っている内にルルーシュはさっさと歩いて行ってしまう。
「待って…ルルーシュ…」
スザクがルルーシュを追いかけようとすると、その残った方の腕をジノに掴まれた。
「なぁ…スザク…あの美人…誰?スザクの恋人?」
「そうだよ…だから放してよ…ジノ…」
ジノのその行動にあからさまに嫌そうな顔をしてスザクが云い放つけれど…ジノは何か含みのある笑みを浮かべながら、スザクを放そうとしない。
「そっか…あれが…」
ジノのその一言に…スザクはあからさまに怒りの矛先をジノに向ける。
スザクは…どうやらそれほど心の広い恋人にはなれなかったようだ。
ジノのこの行動に対して…そして、ルルーシュが何かを誤解してしまったことに対して…色々と、色んなところに怒りを抱いてしまう。
「ジノ…何を考えているの?」
普段のスザクからは考えられない様な暗い瞳でジノを睨みつけている。
一瞬、ジノはひるんだように見えたけれど、スザクの手首を掴んでいるその手の力は抜けては行かない。
それどころか、そんな怯んだように見えたのは一瞬で、にやにやとスザクを見ている。
「ふぅん…そっかぁ…。スザクの大事な人なんだ…今の…」
そのセリフに更に怒りを煽られたらしく、スザクは更に凍りつきそうな視線をジノに向けている。
「ジノ…何を考えている…。俺は…お前みたいに遊び呆けて、女をとっかえひっかえな奴にルルーシュの視界に入って欲しくないんだよ…」
本当に怒った時にだけ…一人称が『俺』になるスザク…
多分、幼馴染のルルーシュもあまり見たことのない光景だろう…
「別に…とっかえひっかえ…なんて…酷いなぁ…。あ、でも、あの美人さんが俺のものになるなら…他の女なんてどうでもいいよ…」
そのセリフに…スザクは我慢の限界を超えたらしい。
スザクはジノが握っているその手を空いている方の手で叩き落した。
「いってぇ…。本気でやることないだろ…」
「別に…本気なんか出していないよ…。俺が本気だったら、ジノの手首…折れてたよ…」
結構物騒な会話が繰り広げられているが…
「冗談でも…そんなこと云ったら…俺、本気でジノを潰すよ?」
「冗談じゃないんだけどなぁ…。俺、一目惚れって…したことないんだけどさぁ…。あの人には…実は一目ぼれなんだよね…。スザク一人で歩いていたなら、別に声、かけるつもりなかったし…」
ジノがそこまで云った時、それこそ、臨界点を突破したらしく、ウィンドウ部分から中に乗り込んで、ジノの襟首を掴んだ。
流石に、このやり取りを見て、運転手の方も慌てるが、ジノが手で合図して手を出すなと云う意思表示をする。
「ルルーシュに近付いたら…俺がお前を殺す…。覚えておけ!」
「そんなこと…お前が決めちゃっていいの?って云うか、ラッキー…。あの人、ルルーシュって云うんだ…。教えてくれてありがと♪でも、譲るつもりないし、俺、絶対に遠慮しないよ?相手がスザクならなおさら…」
どう考えても喧嘩を売っているようにしか見えないけれど…ジノの目を見れば…本気だと云うことが解る。
スザクは何とか冷静になろうと…一回深呼吸して、ジノの襟首を放した。
「ルルーシュは…俺のルルーシュだ…。誰にも譲るつもりないし、誰にもこの権利を奪わせない…。それが枢木家であってもな…」
そう云い捨てて、スザクはルルーシュの歩いて行った方に走って行った。
ジノはそんな後ろ姿を面白そうだ…と云う気持ちと、こちらも譲る気はないと云った表情で眺めていた。
早速現実を見せつけられて…更にルルーシュはどうするべきか考えていた。
いつも作っているお弁当だって…
―――本当は…スザクには…迷惑だったのかもしれないな…
などと考え始めてしまった。
いつも、張り切ってスザクのお弁当を作っていたけれど…でも、スザクにしてみれば、普段食べ慣れないものばかりで…本当は、もっと、食べ慣れたものを口にしたかったのではないかと…
そこまで考えが至ってしまうと、正直、相当惨めな気分になって来た。
幼馴染だったから、スザクの家にもたまに遊びに行っていたけれど…
考えてみれば、出されるおやつや食事は…ルルーシュの家では見たことのないものばかりだった。
食べてみると…
そう云った高級食材とか、良く解らなくても、それでも、相当高級な、豪華な材料で、一流のシェフなりパティシエが作っているのであろうと予想させられるようなものばかりで…
そもそも、家の中に置いてあるもの自体…別世界のものだった。
そんなことを考えていると…後ろから肩を掴まれる。
後ろを向くと…
「スザク…」
今は正直、きっと嫌な顔をしているので、スザクにだけは見られたくない顔だと…思ってしまう。
スザクに告白されて、浮かれていた自分が…惨めで堪らない…と云った感じだ。
「ルルーシュ…なんで、先に行っちゃったの?僕と一緒に学校へ行くんでしょ?」
「だ…だって…スザクは…さっきの…」
「ああ、ジノ?普通に喧嘩を売られただけだけど?まぁ、あの場にルルーシュを残しておいたら、確実にジノがルルーシュを口説きにかかっていたかもしれないから、あの場を離れたのは正解だけど…なんで僕を置いて行っちゃうのさ…」
「スザクは…俺とは住む世界が…」
さっきまで自分をみじめにしていた気持ちが口から出て来てしまって、はっと口を押さえる。
スザクはそう云ったことを云われるのを嫌っていたし、そんなことを云ってもスザクを困らせるだけだと解っていたのに…
「ルルーシュ…僕、別にルルーシュと違う世界に生きているなんて思ってないんだけど?大体、ホントに違う世界に生きているなら、僕、アッシュフォード学園に入学なんてしてなかったと思うけど…。確かにアッシュフォード学園って、私学だけど、お嬢様とかお坊ちゃんの通う学校じゃないじゃない…」
スザクのその言葉に…まだ、納得できていないようだけれど…
「もう…ルルーシュ…。僕さ、確かに枢木家の跡取りだって云われてるけどさ…。でも、僕、ルルーシュと枢木家と、どっちか選べって云われたら迷わずルルーシュを選ぶよ?」
「そんな、お坊ちゃんの夢物語に付き合っていられる程俺は暇じゃない…」
「そんなことないよ…。僕さ、確かに人からもらったお金だけど…これまでにそれなりの貯金をしていたんだよね…。まぁ、いきなり放り出されてすぐに一人で生活できるとは思えないから、当面の生活費になる程度には…。その間に、ちゃんと生活基盤を作るくらいのことはしてみせるよ?」
呆れるほどさらっと云いのけているけれど…
本当に意味を解って云っているのか、甚だ疑問だ。
それでも…スザクからのそんな言葉が…うっかり嬉しいと思ってしまったルルーシュは、またも、顔を赤くしてそっぽ向く。
「い…今だけはその言葉…信じてやる…」
ルルーシュのその言葉に…スザクはにこりと笑った。
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