おでん屋 ルルやん4


 時は平成、ところは東京下町…
現代社会の片隅に、今日も愉快な仲間が集まる小さなお店がありました。
そのお店の名は…

おでん屋 ルルやん

 年末までは結構暖冬ではないかと思われるくらい暖かかった今シーズンであるが…
年末になった途端に、大陸からの寒波とかで…寒い日が続き、この東京でも雪が降ったりしている。
暖冬ともなると、冬のメニューに数えられるおでんの消費は格段に減ることになる。
あまり売り上げが減ると、ルルーシュの愛する妹、ナナリーが悲しむ…
しかし、流石のルルーシュも暖冬の冬を寒さに打ち震えてどうしようもない冬にすることは出来ない。
―――今シーズンはちょっと売り上げが下がるかな…
などと考えていたところの大寒波…
正直、こんなに寒くなると、却ってお客が減ってしまうかもしれないと思われるほどの寒さになってしまった。
しかし、大寒波が来ても世間の人々は出勤しなければならないと云う現実がある。
これは、ルルーシュの経営している株式会社『黒の騎士団』でも同様だ。
否、暑くても寒くても普段と変わらないサービスをする…と云うことをモットーにしている為に、こんな寒い時には更に頑張らなくてはならない状態である。
まぁ、ルルーシュの経営している会社の方はいい…
困った社員がいることも確かだけれど、右腕となっているジェレミアは中々真面目で優秀な人材で…
おまけにルルーシュを心酔していると云うおまけ付き…
堅過ぎるところが少々気になるが…
それでも、ルルーシュがおでん屋と社長を兼業するようになってからは大いに力を発揮してくれているので有難い。
ルルーシュに対して色々意味不明な反論をする扇専務もこう云う時にはルルーシュの掲げているモットーを第一に考えてくれる。
野郎としていることは…少々痛いこともあるが…
それでも、ジェレミアが牽制してくれているので意外とうまく行っている。
と云うか、扇の間抜けさ加減に、少々、ルルーシュも困って来ているのだけれど…
ただ、会社設立当初からの付き合いだし…
などと云う、経営者としては致命的なことを考えてしまってる。
しかし、その程度ならルルーシュの場合、なんとでもしてしまうからこれまた凄いと云える。
ルルーシュがおでん屋さんになると云った時に…会社の連中はそれこそ猛反対したのだ。
と云うのも、ルルーシュは確かに強引な手も使うが、頭の柔らかさもあって、それを乗り越える器用さも持ち合わせていたし、どう云うわけか、実力者とのパイプも太いのだ。
ルルーシュにとって敵なのか、味方なのかは…ぶっちゃけ、良く解らない相手も多くいるのだけれど… 株式会社『キョウト六家』と協力関係を結んだと聞いた時には、会社全体が度肝を抜いた。
そして、ルルーシュの実力を認めざるを得なくなったのだけれど…
ただ、自分で実力がないことを理解しているつもりらしいのだけれど、それでもルルーシュの下でしたがっていると云うのは、納得できない連中が出て来て…
時々不穏な報告も入って来るのだけれど…
―――いっそ、クーデターでも何でもして俺を社長職から解任してくんねぇかなぁ…
最近、本気でそんなことを考え始めている。
と云うのも、おでん屋をやっていれば、スザクに会える機会が増えるし、現在ではナナリーの方が放浪していて、滅多に帰って来なくなっているので、
―――ナナリーには最高のおでんを食べさせてやりたいからな…
などと、すっかりおでん屋のお兄さんが板について来てしまっていた。

 かつて、一度だけ、客として訪れたジェレミアとその一派の連中にそんなことをほざいたら…
ジェレミアをはじめとした(扇一派を除いた)重役たちがさめざめと泣き始めて、その後、2時間程、売り上げには貢献していたのだけれど、切々とあの会社にはいかにルルーシュが必要であるかと云うことを説き始めてしまった。
それこそ…閉店過ぎても帰ってくれなくて困ったほど…
それ以来、その本音がばれてしまうことを恐れて一度もそのことを口にした事はない。
一応閉店時間と云うのはその店にとって意味のある時間に閉店となっている。
特に、おでんの様な下準備に必要なメニューの場合、専門店であれば、閉店後もちゃんと店の中では翌日の仕込みをしているのだ。
まして、このお店はナナリーの方針で、年中無休…
従業員なしでかなり無茶振りだとは思うし、労働基準法云々の話も、『個人事業主』と云うことで、あまりうるさく言われることもないのだ。
それ故に、ナナリーの言葉に(ほぼ)絶対服従となってしまっているルルーシュはナナリーの続けて来た経営方針を忠実に守り続けていると云うわけだ。
どう考えても、体力のないルルーシュには無理が来る筈なのだけれど…
流石に無理が祟ってお店が臨時休業になったのは、この1年でまだ、片手ほどもないと云う辺りは、ルルーシュにしては優秀だろう。
それこそ、株式会社『黒の騎士団』の社長と、おでん屋さんの従業員…二足のわらじと云うのは、中々難しいものだ。
そんな毎日を送っている中…
今日、外は雪が降っている。
東京では珍しい程の雪だ。
この寒さのお陰で、輸送費がかかったり、商品が用意できなくて、材料が手に入り難くなって…この不景気に物価高騰と云う、中々素晴らしい状況にあるのだけれど…
そこは、精神的に完全に節約主婦なルルーシュのこと…
仕入れ問屋には相当無理難題を突き付けて普段の値段で売って、きちんともうけが出るように…でも、仕入れ問屋に倒産されては困るので、その辺りはぎりぎりを極めながら値切っている。
因みに、ルルーシュの『萌え♪』な姿を見て、堕ちなかった卸問屋は今のところ皆無だ。
ルルーシュに、その『萌え♪』のよって値切りが成功していると云う自覚があるかどうかは甚だ怪しいところであるが…
それでも、それが成功しているのだから良しとしよう。
値上げなどの言葉に敏感な女性が今のこのおでん屋さんの主なお客様だ。
まぁ、これがサラリーマンであっても、この不景気でお小遣いを減らされているお父さんたちも多いことを考えると、やはり、値上げと云う措置を執るのはルルーシュの中ではあり得ないと考える。
だからこそ、株式会社『黒の騎士団』の専務である扇一派たちは顔をしかめる様な強引なこともしているわけなのだけれど…
扇たちの云っていることはあまりに感情的過ぎて話しにならない。
おまけに、失敗すると云い訳ばかりで更に話にならない。
―――いっそ、皇コンツェルンに武者修行とか称して、押し付けるか…
などと考えることも増えて来てしまったが…
しかし、おでん屋になって、こんな風にルルーシュの経営能力がこれほど役に立つとは思わなかった。
恐らく、扇がこの店に入ってたら、1ヶ月で倒産させていたに違いない。

 外には雪が降っていて…
そんなところに店の暖簾を出して間もなく…
一人目の客が訪れた。
この店の近所の中小企業に通っているサラリーマンだ。
「今晩は…」
中々礼儀正しいお客で、ルルーシュはほっとする。
おでん屋さんと云うのは、夜、お酒を出す商売だから、色々と気をつけなくてはならないことも多いのだ。
人は酒に酔うと性格が変わってしまう人も多い。
口だけで絡んで来るならまだいい…
うるさいだけだから…
暴れる相手とかだと…非常に厄介だ。
時に警察を呼ばなくてはならなくなる。
ナナリーはそう云ったことを心配して、玉城やカレン、スザクにルルーシュの護衛を頼んでいるのだけれど…
玉城の場合、彼自身が酒癖が悪いし、金払いも悪いので、ルルーシュはこうして、経営に頭をひねらなくてはならない時期には出入り禁止にしている。
それに、玉城の場合、護衛の役に立っていない。
いっそ、この店の出入り禁止をしたいと考えたことさえあるが…
それでも、ずっとナナリーのことを心配してくれていたらしいので、今のところはルルーシュも目を瞑っている。
「いらっしゃいませ…。何をご用意いたしましょうか?」
お客が入って来た時点で、ルルーシュはおでん屋さんのお兄さんの仮面を被る。
正直、接客業は絶対に自分に向いていないと思う。
それでも、ナナリーの為…と云うその思いから頑張っている内に、色々と要領を覚えたようだ。
「熱燗とこんにゃく…それから、さつま揚げ…」
時々来ている、ナナリーがこのカウンターに立っていた頃からの常連さんだ。
最近の不景気で自分の小遣いも減らされていると話しているけれど…
それでも、この人は、週末になると早めの時間にここに寄って、熱燗一本とその日に食べたいおでんを2種類、頼んで行く。
ナナリーの話しだと、中々の苦労人らしい。
「バトレーさん…いつも大変そうですね…」
ルルーシュがその中年男性に声をかけながら、お銚子を湯煎にかけながら声をかける。
早い時間で、誰もいないから出来る会話…
玉城が来る時間は早かったり、遅かったりするけれど、週末は大抵、迷惑な程閉店間際にやってくる。
カレンは週末は来たり、来なかったり…だ。
バニーちゃんパブの仕事と云うのは、水商売と云うこともあり、おでん屋のような飲み屋同様、週末が?き入れ時だ。
スザクは…その時々によって、来られたり、来られなかったり…
最近は割と頻繁に来ているけれど…
時間は早かったり、遅かったり…
その辺は自衛官と云う仕事柄仕方ないのかもしれない。
そんな時、こうして、毎週、決まった日の、決まった時間に来てくれる常連さんはルルーシュが少しだけ、ほっと出来る時間だ。
スザクや、カレンがいる…その雰囲気とも違う。
「今はどこも大変さ…。この店だって、きっと、色々と大変だろう?いくら美味しくても、入り易くても…先立つものがないと…ね…」
少しだけ、現在のこの状況を不満に思いつつも、それでも、頑張らなくちゃな…と云う表情でそんなことを云う。
彼のことは詳しくは知らないが…それでも、この店に来る人たちは色々なものを抱えていて…
そして、この店に、おでん以外の何かを求めて来ているのだと…そんな風に感じる。
―――これが…ナナリーが守ってきた店…と云うことか…
ガラにもないことを考えてしまう一瞬が時々訪れるようになっていた。

 ルルーシュがこのサラリーマンと二人でいる時間は…あっという間に過ぎて行く。
そのサラリーマンが注文したものを全て空にした頃になると、ルルーシュがこのカウンターに立つようになってから圧倒的に増えた女性客たちが集まり始める。
「では、御馳走さま…。お勘定、ここに置いて行くから…」
そう云ってお釣りのいらない金額をその席に置いて、席を立った。
これから、家族の待つ家に帰るのだろう。
サラリーマンと云うのは、中々大変な職業で…
それでも、彼はそんな、大変さを家族に見せたくないと云う思いがあるのだろう。
毎週、週末になって、本当なら早く帰れれば…と云う気持ちもあるのだろうけれど…それでも、一人で色々考えたいと思う気持ちもあると思われる。
そして、まだ誰も来ていないこのおでん屋に来て、一杯だけ飲んで、帰って行く。
ルルーシュの経営している会社に勤めている社員たちも…
こんな風にしているのだろうか…と、最近、時々考える。
株式会社『黒の騎士団』にも、創立してそれなりの月日が経っていて…今ではそれなりの企業だ。
当然、社員も以前と比べて多くなっているし、その中で年齢層も広くなっている。
若い企業だけあって、まだ、定年間近とか、そんな社員はいないけれど…
それでも、結婚をして子供もいて…と云う社員もそれなりにいて…
「毎度、有難う御座います。外はまだ雪が降っているようですし…足元に気をつけて帰って下さいね…」
これは…この店のカウンターに立つ者としての言葉なのか…ルルーシュとしての言葉なのか…正直よく解らないけれど…
でも、彼に対してはいつも、そんな言葉が出て来る。
ルルーシュは経営者の立場にいるけれど…
彼は社員としての立場にいて…
これが物理的にどう云った利益になるかは解らないけれど…
でも、彼と話をしていると、勉強になる…と思うことも結構あるのが不思議だ。
企業は企業が儲ける為に社員を雇う…
このスタンスは今でも変わっていないし、そうでなければ会社の経営など、成り立たない。
確かに、社員達が生きていけない様な労働条件では何の意味もないけれど…
社員が満足してしまう環境にしてしまっても企業として問題だ。
要求を飲んで行けばいくほど…社員の要求は大きなものになって行くのだ。
特に、労働組合なんて許可してしまったお陰で、色々とうるさい。
労働条件としては、『親方日の丸』な公務員や日本政府のひも付き半官半民企業ほど労働者の労働条件を優遇できているとは思わないけれど…
民間の一般企業の中で比べて行けば、平均以上に労働基準法を遵守している企業だと云う自負はある。
特に、先ほどのサラリーマンを見ていれば、恐らく、ルルーシュの会社の方が遥かに労働条件はいいように思える。
「身体に気をつけて下さいね…。なんでも身体が…」
カウンターの外に出て、カウンターに置かれたお金を回収して、サラリーマンを見送りながら、そこまで云っていて…なんだか頭がフワフワした感じがした。
「!ちょっと…大丈夫ですか?しっかり…」
さっきまで一緒に話していたサラリーマンが顔色を変えている様な気がしたけれど…
ルルーシュの記憶は…そんな目に映った事実は…残してはくれなかった…

 それから…どれ程時間が経ったのかは…良く解らないけれど…
「ん…」
目を開けた時…そこは…ルルーシュの部屋…と云うことに気づくのにしばしの時間がかかった。
何となく、頭がぼんやりしている感じがする。
「気が付いた?ルルーシュ…」
目を開いたルルーシュに気がついて、声をかけて来たのは…
「スザク…あれ?俺…」
少しずつ頭が覚醒しているものの…記憶がうまく繋がっていない。
「倒れたんだよ…。まったく…君は無理し過ぎだよ…。僕、バトレーさんと携帯番号を交換しておいてよかったよ…」
少しだけ、ルルーシュを怒っている様な口調でスザクがそう云った。
それでも、ルルーシュが倒れたと云うことを気遣って、大声を出すことはない。
「さっき、僕の上司のロイドさんに来て貰ったら…過労だって…。ルルーシュ…働き過ぎだよ…」
「スザクの…上司…?」
「うん…。僕の上司、色んな資格を持っていて…何だか…医者の資格もあるんだって…。僕も、訓練の時に怪我したりすると、診て貰うんだ…」
スザクのその説明は何とか、自分の頭の中で噛み砕いて理解するのだけれど…
でも、今、ルルーシュの中で途切れてしまっている記憶の方がなかなかつながらない。
そして…一つ一つ整理していくと…
「あ!店は!」
そう云ってガバッと起き上がると…すぐに強い眩暈を感じてすぐにベッドの枕の上に頭が戻って行く。
「まったく…今起きちゃダメだって…。貧血も酷いみたいだし、ちゃんとご飯食べてる?それに睡眠不足もあるんじゃないかって…」
「あ…年が明けてから…ジェレミア以外、殆ど使いものにならなくなっていたからな…。仕事はそれなりにあったのに…」
目の焦点がイマイチ合っていないような状態でルルーシュがスザクに告げる。
スザクの方は…ルルーシュの司会にちゃんと入っているかどうかは解らないけれど…
顔を引き攣らせて呆れている。
昔から、何でも自分でやろうとして、抱え込む癖があることは知っていたけれど…
確かに、それで無理が祟って倒れたことがあるのは知っているけれど…
それにしたって…
「君…ホントバカだよね…。もう、会社…誰かに任せた方がいいんじゃないの?もしなんだったら、ナナリーに頼んでみるとか…。最近、ナナリー、このおでん屋の売り込みで飛び回っているし…」
「ダメだ…ナナリーにこんなことをさせる訳には…」
「君がそこまで心配しなくても…ナナリーはしっかりしているよ…。君とのお皿洗い勝負の時で証明されているじゃない…」
どこまでもナナリーに甘いルルーシュを見て、スザクはちょっとだけムッとする。
こんなに具合悪くてもルルーシュが心配するのは、ナナリーなのか…と…
それでも、今さっき倒れたルルーシュにそんなことを責めるわけにもいかず…
「否…あんな魑魅魍魎の中にナナリーを放り込む訳にはいかない…。でも、そろそろ限界を感じているからな…。出来るなら、直接経営に関わらない、名誉会長とかになった方が…いいとは思うん…だけれどな…」
ルルーシュのこんな弱気ともとれる言葉なんて…殆ど聞いたことがない。
「ルルーシュ…もう、放り出しちゃいなよ…。大丈夫だって…。あの会社…ジェレミアさんがいれば…」
あまり根拠らしい根拠を示すことが出来ないのだけれど…
スザクはこんなルルーシュを見て…早くルルーシュがこのおでん屋さん一本に絞れる日が来ることを願わずにはいられなかった…

 時は平成、ところは東京下町…
現代社会の片隅に、今日も愉快な仲間が集まる小さなお店がありました。
これは…そんな小さなお店の…ちょっとだけ心温まるお話…

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