『ゼロ』の…否、ルルーシュの計画通りに…事が運び…
スザクを救い出した。
誰もが…奇跡だと思った…
いい意味でも、悪い意味でも…。
当然、ブリタニア軍は今回の失態のいいわけなど思いつかないから、今回の件についてはそれこそ、総責任者として、『ゼロ』とスザクを見逃したジェレミアに全てを押し付けたい気分だろう。
実際問題、生中継でジェレミアが彼らを逃がしているシーンが世界に放送された。
そして、エリア11に暮らすブリタニア人たちはこの新たなテロリストの存在に対して、ブリタニアの貴族制度や差別社会、格差社会に不満を抱く者たちは、心の中で淡い期待を抱き、現在のブリタニアの体制を維持したいと考える者たちは、由々しきことと歯噛みする。
そして…エリア11となってから虐げられて来たイレヴンたちの中に…かすかな希望が生み出された瞬間であった。
『ゼロ』に力を貸した、シンジュクゲットーのレジスタンスの二人さえ、あの場では本当に死を覚悟しなければならないと考えた。
実際、御料車を模した張りぼての車を運転していたカレンは本気で死を覚悟した。
『ゼロ』の言葉について来なかったレジスタンスのメンバーたちも、驚愕しながらも『ゼロ』に対して、その実力を認めざるを得なかった。
そうして、彼らの元へ戻った時…
『枢木スザクと二人で話をしたい…』
『ゼロ』が申し出て、彼らから少し離れたところで二人で話すこととなった。
彼らは彼らの姿の見えるところに潜んでいることにしたが…
彼らの会話が聞こえて来る訳でもない。
枢木スザクはイレヴンとはいえ、ブリタニアの軍人だ。
手足を自由にしてしまった時、『ゼロ』のその姿を見て、対等に戦えるようにも見えない。
イレヴンの軍人であれば、ブリタニア軍の中でも過酷な任務に就かされている筈である。
それ故に…彼らは身体能力が高くなければ生き残れない…そう云った現実がある中…
少なくとも枢木スザクは生きているのだ。
拳銃の所持どころか、通信機器の所持も認められていないナンバーズのブリタニア軍人。
そんな中、彼らはテロが起きた時には最前線でブリタニア人の軍人の盾となって戦っているのだ。
そんな過酷な中では、身体能力が足りない者であれば、1ヶ月も持たないと言えよう。
特に…エリア11とは、ブリタニアの植民エリアの中でもテロの頻発する地域としてブリタニアからも相当警戒されている。
実際に、エリア11のゲットーは…シンジュクに限らず、日本全国でテロが頻発していることは事実だ。
そんな過酷な条件の中、枢木スザクは既に『一等兵』となっている。
ナンバーズの昇進はブリタニア人のそれとは比べ物にならない程遅いのだ。
そして、昇進するための条件のハードルも高い。
軍人の一番下の地位は『二等兵』だから…あの若さで『一等兵』と云う地位についていると云うことは、かなりの実力があると考えていいと思われる。
こんな奇跡を起こすような人物を…ここで失うわけにはいかない…と思う者、こんなわけの解らない奴を信じていいのか…と思う者…
様々ではあるが…
ギャラリーとなったレジスタンスたちは固唾を飲んで会話は聞こえないものの、二人の様子を窺っている。
『ゼロ』がスザクと対峙する。
一応、スザクの動きを制限していた拘束はすべて外された。
『相当手荒な扱いを受けたようだな…。奴らのやり口は解っただろう?枢木一等兵…。ブリタニアは腐っている…。君が世界を変えたいのなら…私の仲間になれ…』
「君は…本当に君がクロヴィス殿下を殺したのか?」
『これは戦争だ。敵将を討ち取るのに理由がいるか?』
「毒ガスは?民間人を人質に取って…」
『交渉事にブラフは必要…。結果的には誰も死んでいない…』
「結果?そうか…そう云う考えで…」
『私の元へ来い…。ブリタニアはお前が仕える価値のない国だ…』
二人のやり取り…
二人にしか聞こえない会話…
お互いの中で、お互いの思いが渦巻いている。
「確かに…そうかも知れない…」
『なら…』
スザクの言葉が…少しだけ途切れた時に…『ゼロ』が畳みかけようとする。
しかし、スザクはそれを許さなかった。
そして…その仮面の男を…まるで懐かしむように見つめている…
「僕は…君の元へ行ってもいい…。君が…その仮面を今、ここで脱いで…その仮面の下を見せてくれるなら…」
スザクの切り返しに…流石に驚きを隠せない。
―――一体…何を考えている!
ルルーシュが仮面の下でこのイレギュラーな幼馴染の切り返しについて色々考えるが…
元々、スザクはルルーシュにとってイレギュラーな事ばかりをする相手であったことも事実だ。
予想外のことをあっさりやってのけて…そして…ルルーシュを驚かしていた。
『な…そうやって…私を売ったところで、お前に何の意味が…』
「僕は…君を売るなんて一言も云っていないよ…。それに…君の元へ行ってもいい…って云っただろ?」
本格的にスザクの考えていることが解らない。
いくらなんでも7年間も会わずにいて、先日、再会して…その後、生死も解らない状態で…
スザクがこの黒衣の男に向けているその眼差しは…
自分の命の恩人に対するものでも、憎むべきテロリストに向けてのものでもない。
それは…
何か…懐かしむような…
そして…本当に久しぶりに…会いたい人に会った…と云う、そんな眼差しだった。
『ゼロ』…否、ルルーシュの中で…『まさか』と云う思いが過って行く。
それが…もし本当であるなら…
今、頭を過って行ったその予想が…本当であるのなら…
―――スザクは…俺をどうする?
結局、スザクのその表に出てくる言葉だけでは今一つ、確信を持てないのは…
ルルーシュのこれまでの経験上、仕方のないことなのかもしれない。
「良かった…ちゃんと君が生きていてくれて…。もし、あの時、あのシンジュクゲットーで出会った時…僕だけが助かっていたら…どうしようって…ずっと思っていたんだ…」
仮面の下で…ルルーシュが目を見開く。
―――スザクは…本当に…気付いたのか?本当に?その上で…顔を見せろと…俺の下に来てもいいと…云ってくれているのか?
スザクの言葉は…ストレートだからこそ…ルルーシュには絶大な効果を齎す。
スザクが意識しているのかどうかは…定かではないけれど…
「だから…その仮面の下の顔を…見せて?ルルーシュ…」
スザクの言葉に…
ルルーシュは思考そのものが止まってしまったかのようだった。
その場を動くことも、言葉を口にする事も出来ず…ただ…仮面越しにそのスザクの姿を見つめている。
そして…その姿がぼやけて来たのが解る。
―――この俺が…泣いている…?
正直、こんなイレギュラーは信じられない。
と云うか、認めたくない。
『スザク…』
やっと出てきた言葉は…この仮面を通してでは決してその名前を呼べないと…読んではいけないと思っていた…その名前…
「君ばっかり…僕の顔が見えているなんて…ずるいよ…」
あの時と…口調が変わってしまっているスザクに…
違和感を覚えるのだけれど…
でも、それでも…あの時、ナナリーを笑わせてくれた…ルルーシュを笑わせてくれた…あの時のスザクだ…
『ここでは…』
はっと我に返って、今の状況をもう一度頭の中で整理する。
今は…自分たちから少し離れたところに…シンジュクのレジスタンスたちがいるのだ。
「ひょっとして…彼らも正体を知らないの?」
『云ったらついて来ないだろ?』
「ま、そうかもね…」
短い会話の中で、お互いが理解して…
そして、笑い合った。
ギャラリーの方は不思議そうに会話の聞こえないこの光景を見ているのだけれど…
ただ、これだけ話しこんでいて『ゼロ』に危害を加える様子もないし、悪い雰囲気には見えない。
「じゃあ、彼らと別れたら…ちゃんと、顔、見せてね?」
仮面越しに耳打ちする。
どうせ聞こえてなどいないのだけれど…
『本当に…来てくれるのか?本当に?』
この作戦を立てている時には確実に成功させると心に決めていたくせに…
と云うよりも、失敗するなど考えてもいなかったくせに…
こうして、1対1で話してしまうと…色々と不安になるようだ。
「僕は、君と違って嘘は苦手だからね。大体、君にウソを云ってどうするのさ…。僕だって、今のこのエリア11を…日本を…このままでいいとは思っていないんだ…。でも、一人じゃ…結局何も出来なかった。でも…僕たち二人が力を合わせれば…」
『出来ないことなんてない…』
記憶の中の…二人だけの会話…
これを覚えているのは…知っているのは…お互いだけだ。
「ひょっとして、あの時のシンジュクでの騒ぎも…君?」
あの時…と云うのは、ルルーシュがテロに巻き込まれた時のことだ。
そして、あの時に初めて見た…白いKMF…
『お前…あの時…どこにいたんだ?と云うか、誰がお前を助けた?』
「今の僕の上司…って云っていいのかな…。死に損なったんだ…あの時…。本当なら…死んでいた筈なんだけど…でも…」
その時、スザクの声が小さくなった。
『どうした?』
スザクの様子の変化が心配になって、声をかける。
でも、スザクはすぐに顔に笑みを張り付けた。
「ううん…父さんが…助けてくれたんだ…。こんな…僕を…」
スザクの言葉に…これ以上、聞いてはいけないと云う感情が芽生えて来た。
実際に、今聞いても、話してはくれないだろう。
『いい…無理に話さなくても…。お前にとって、俺がそこまで信用していいと…そう云う存在になったと思った時に…話してくれ…』
ルルーシュの言葉に…スザクが小さく『有難う』とだけ云った。
『とりあえず、今はあのギャラリーに報告しないとまずいからな…。一緒に来てくれ…』
「ね、ルルーシュ…ちょっと待って…。今、ルルーシュは…」
『例の…あの家にいる…』
それだけで…スザクには解る…ルルーシュの今、いる場所…
「じゃあ…」
『ナナリーも元気だ…。ニュースを聞いて…スザクのことを心配していた。いつか…お前に会わせてやりたい…』
「後もう一つ…」
『なんだ?』
「クロヴィス殿下のことは…」
『本当だ…。済まなかった…スザク…。それでも…来てくれるか?』
「今更…。僕は嘘を吐きたくない…。特に…君に対しては…」
『有難う…』
自分自身の…その罪を…スザクに被せてしまったことへの…罪の意識はある。
それでも…こんな形でスザクが自分の元へ来てくれた…
それが、嬉しいと思ってしまう。
―――俺は…最低だな…。こんな傷だらけの…スザクの姿を見て…そんな風に思ってしまうなんて…
「じゃあ、行こうか…」
『ああ…』
『ゼロ』に連れられて、スザクが今回のシンジュクゲットーのレジスタンスたちの元へと歩いて行く。
そして…彼らは驚きの表情を隠せない様で…
「ほ…本当に…?」
枢木スザクと云えば、日本が一主権国家として存在していた時の…最後の首相の息子だ。
その彼が…『ゼロ』の言葉を…受け入れたと云うことは…
『ああ…。彼は今日から私の味方だ。君たちはどうする?』
『ゼロ』として、レジスタンスたちに尋ねる。
確かに、一度の協力を得ることは出来たが…
それでも、彼らが『ゼロ』をリーダーとして認めるかどうかは別問題だ。
恐らく、スザクを助け出し、味方にした…この功績そのものは認められているだろう。
実際に、扇は自分なら出来ないと断言している。
そして、他のメンバーたちも…それと同じことが出来るなどと思っていない。
「私は…あなたにかけてみるわ…『ゼロ』…」
最初に声を上げたのはカレンだった。
アッシュフォード学園でルルーシュと同じ生徒会のメンバーだ。
日本人とブリタニア人のハーフ…
複雑な思いを抱えながら、今、シンジュクゲットーでレジスタンスとしてブリタニアに対して牙を向けている少女…
恐らく、このレジスタンスグループの中で最前線での切り込み隊長か彼女だろう。
そして…周囲にいる…どう見ても自分たちよりも年上に見える連中は…
恐らく…前線で戦う者、作戦を立てる者、指揮を執る者…と、様々だと思われるが…
それでも、この中でまともについて来られるのは…否、この時点で、『ゼロ』について行くと決められる者が…どれだけいるのだろうか…
実際に、今回、この作戦に乗って来たのは…今、『ゼロ』にかけると云ったカレンと、このレジスタンスグループのリーダーであろう扇だけだ。
「俺も…あんたにかけてみる…。あんな真似…俺にだって出来ない…。否、日本解放戦線だって…あんなこと…出来ないと判断して…今回、枢木を見捨てたんだからな…」
扇のその一言に…仮面の下のルルーシュの顔が現在の日本のテロリストたちの脆弱さに置く場を噛み締める。
『ならば…私について来ると決めた者だけ、ここに残れ…。決められない奴はいらない…』
『ゼロ』のその一言に踵を返す者は…いなかった。
実際に、云ったことを実現して見せたのだ。
しかも、今回、参加した二人だけを使って…
おまけにブリタニア軍にいた枢木スザクを…『ゼロ』に従わせている。
そうして、彼らの持つ武器やKMFの情報を手に入れる。
戦力が解らなければ戦いにならないからだ。
『良かろう…。次の指示は追って出す。それまでに全ての戦力を完璧に使えるようにしておけ…』
『ゼロ』がそう云って、スザクを連れて、その場を去って行った。
そして、ゼロの立っていた位置にいくつかの携帯電話が残されていた。
「ひょっとして…これに連絡が入るのかしら…」
「とりあえず…俺たちは彼にかけると決めたんだ…。今のままではブリタニアには勝てない…。ブリタニアに勝てなければ…俺たちは惨めな生活を強いられることになるんだ…」
カレンと扇の言葉に…
その場にいた全員が顔を見合わせた。
確かに…どこか怪しい気がしないでもないけれど…
でも、それでも彼が見せた実力は本物だったから…
スザクと連れている『ゼロ』の方は…
「さ、約束だよ…。僕にも…君の顔を見せて…」
スザクが薄暗いゲットーの通りで『ゼロ』にそう告げる。
辺りには誰もいない。
ルルーシュは立ち止まって、仮面を脱いだ。
仮面越しではない…スザクの顔がそこにある…。
「スザク…」
「ルルーシュ…」
傷だらけの状態のスザクが…ルルーシュの身体を抱きしめて…涙を流した。
ルルーシュの右手に握られていた仮面が…地面に落ちて…
静寂の中、仮面と地面がぶつかる音が鳴り響く。
「会いたかった…ルルーシュ…」
スザクの口から…空気を伝って、ルルーシュの耳に入ってきた言葉…
ルルーシュ自身、張り詰めていた緊張が一気に解けたかのように…
スザクの傷だらけの身体を抱き返した。
「ああ…俺もだ…スザク…」
これまで…
ずっと溜め込んで来た何かが…一気に噴き出て来た様な…そんな感じだ。
戦争によって引き裂かれた…
スザクがブリタニアの軍人になっていたことを知った時には…
ただ、驚愕して…
目の前で撃たれたのを見た時には…
自分の無力さに、腹が立った。
そして、自分を庇ったスザクの行為を『無駄だ』と云わんばかりにルルーシュを殺そうとしたあのブリタニアの軍人たちには…
言葉に表せない程の怒りを抱いた。
でも…今、こうして…二人とも生きていて…お互いの存在を確かめている。
「ルルーシュ…」
昔から泣き虫だったスザクだけれど…
今はルルーシュの名前を呼びながら泣いている。
何を訴えたいのかも解らないけれど…
でも…
7年ぶりに感じる…幼馴染のぬくもりは…温かいと…
ずっと、冷たく…凍りついていた心が溶かされて行くようで…
「スザク…俺たちは…」
「僕たちが…変えて行こう…。君も、ナナリーも、幸せに暮らせる世界に…」
「お前も…一緒じゃないと…意味がないだろう?」
「君が…僕と一緒にいて幸せだと思ってくれるなら…僕も君と一緒にいる。僕は…罪人だから…本当は…こんなことを望んじゃ…行けないんだけれど…」
「なら…それは俺も同じだ…。俺だって罪を犯している。でも…罪を犯してでも…欲しいものが…俺にはあるんだ…。誰を傷つけても、何を犠牲にしても…」
「君は相変わらずだね…。でも…ナナリーを幸せにしたいなら…君も幸せでなくちゃいけない…。そうじゃなければ…ナナリーは幸せになれない…」
「なら、お前も幸せにならなければならないな…。お前が笑っていなければ…俺にとっては意味がないから…」
やっと…出会えた二人に待ち受けている運命は過酷であることは解っている。
でも…それでも…今だけは…
今、二人はそう思ってお互いの存在を確かめあっていた…
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