優しい朝が…訪れるように…


 ルルーシュが今のこの時代のロロを連れて帰ってきて、18年ほどが経っている。
この時代のルルーシュ達が今暮らしている国の、女性の結婚適齢期は25歳±5歳ほど…となっている。
そして…ルルーシュとスザクはここまで3人の子供たちを手元に置いていた。
最初に二人の下に来たシャーリーは既に23歳となり…ちょうど適齢期…
ルルーシュとスザクは極力目立つ事は避けて来ていたが…シャーリー、ユーフェミア、ロロにはそう云った拘束をする事はなかった。
だから、彼女たちが進学をしたいと云えば、彼らの手から離してしたい勉強をさせていたし、出来る限りやりたい事をさせた。
その中に彼らに云い渡した条件は…
『その勉強が…君たちの生きて行く為の糧に出来る事…。それが条件だ…。それに、勉強と云うのは、自分の興味を持つ事をやると同時に、自分の生きる道や術を学ぶことでもあるのだから…』
と云う事だった。
3人とも、その云いつけを守っていた。
とにかく、進路を決めるにあたっては真剣に悩んだし、ルルーシュとスザクに相談も乞うた。
そして、彼女らは真剣に自分の人生を考え、自分の進みべき道を決めていた。 そんな中…
この時代で…最初にルルーシュとスザクの元に来たシャーリーが…彼らの元から巣立つ時が来た…
彼女が『私の大切な人なの…』そう云って一人の男性を連れて来た時には…正直驚いた。
ルルーシュにしてみれば、相当複雑な思いもあるが…それでも、ずっとルルーシュとスザクに縛り付けておいていい訳はなく…
既に…外見の年齢はルルーシュ達よりも大人になってしまっていた彼女…
否、ユーフェミアも既に実年齢はルルーシュ達の止まったままの年齢よりも年上になっている。
あと2年もすれば、ルルーシュより2年遅く『コード』を継承したスザクもロロの実年齢に追いつかれてしまう。
そんな彼らに対して、3人とも何も聞かなかった。
そして、ルルーシュとスザクも何も云わなかった。
互いに、隠し事がある…そんな感覚はないが…でも、他人でなくても決して踏み込んではいけない領域であると…3人がなんとなく察して、何も聞かずにいたのだ。
そして…彼女の結婚式が…3日後に迫っていた…
ルルーシュとスザクが…夜遅くに…現在の住まいである家の庭に立っていた。
月齢が13…満月よりも少し欠けた月の下に…二人が立っている。
流石に月が明るくて…星は見難い空だ…
「ルルーシュ…」
先ほどから黙って月を見上げているルルーシュに横からスザクが声をかける。
シャーリーを自分の手で連れて帰ってきて…22年ちょっと…
二人は…『この時代』でも、大切に育ててきた…
最初の頃は…あの時の『償い』のつもりだった…
しかし、ここ何回かは…自分たちの心のよりどころになっている事に…彼らは気付かぬ振りをしていた…
お互いに…
現在では…既に『償い』と云う云い訳で彼女たちと共にいる…
云い訳にしている自分たちを…認めたくないから…だから、敢えて気付かないふりをし続ける…
あの時の…『人並みの幸せも全て…世界の為に捧げて貰う…永遠に…』と云う言葉…
それが消えない限り、こんな矛盾を抱え続ける事になるのだろうか…

 声をかけてきたスザクの方を…ゆっくり見た…
ルルーシュの表情を真正面から見て、何度目かのこの状況だが…
スザクとしては、こうした状況になかなか慣れる事のないルルーシュに苦笑してしまう。
いつだったか…こうした状態のルルーシュがポロリと零した事があった。
あの時の…シャーリーの最期を見送った時の…ルルーシュとシャーリーの…最期の会話…
ルルーシュがそんな言葉にいつまでも拘っている訳ではないと思うし、そんな事でシャーリーを縛り付ける様な事を考えている訳でもないと思う。
しかし…
何か…寂しさを覚えるのだろうか…
でも、それは、ルルーシュの『心』がまだ、『人』である事の証しだ。
それに…それはスザクもルルーシュの事は云えない。
ユーフェミアに対しては…何度同じ状況になっても…複雑な気持ちになるのは同じだからだ…
縛り付けてはいけない…そう思いながらも…かつての未練や心残りは…今もなお、自分たちの心に残っている。
「スザク…俺は…いつも…シャーリーの…ユフィの…ロロの為と云いながら…彼女たちがこうして、俺たちの手から離れて行くのを見ると…」
そう…ルルーシュとスザクにとって、彼女たちの巣立ちは、この時代での『別離』を意味する。
シャーリーがこれで、彼らの元から巣立った後、彼らは二度と、シャーリーに会う事はない。
そんな事は、シャーリーにも、ユーフェミアにも、ロロにも云ってはいない。 でも、彼らの中で決めた掟の一つだ。
彼女たちが自分たちの手で幸せを掴んで、そして、その幸せを手放さないだけの強さを持っているのだから…そうなれば、ルルーシュとスザクの役目も…終わるのだ…
「ルルーシュ…そうやって…何かを受け止める時…決してその感情に慣れないところ…僕は好きだよ…。でも…あんまり悩まないで…。迷わないで…。そんな風にしていたら…明日、巣立っていくシャーリーの足かせになっちゃうよ?」
親心…とでも云うのだろうか…
旅立っていく彼女を笑顔で送ろうと決めているのに…それが…うまく出来ない…
確かに、彼女が赤ん坊の頃に捨てられていたのを見つけて、ルルーシュが連れて帰ってきて…ずっと、大切に育ててきたのだから…
「シャーリーは…ちゃんと…幸せになってくれればいい…。そう…思っているんだが…な…。本当に…情けないな…」
苦笑しながらルルーシュはもう一度、月を見上げる。
「大丈夫…。シャーリーはちゃんと幸せになれるよ…。僕たちは…そう云う事を…教えて来た筈だ…」
スザクの言葉に…ルルーシュの目尻から…一粒の雫が落ちた。
スザクは敢えて…それを見ないふりする。
ルルーシュが…自分の連れて帰って来た子供たちを…どれだけ慈しんでいたか…どれ程愛していたかを…知っているから…
こう云う時に寂しさを覚えて当然と云えば当然だ…
「ルルーシュ…朝は…必ず来るよ…」
スザクがその一言を残して、家の中に入って行った…
スザクのその一言に…ルルーシュははっと目を見開いた…

 あれから数百年と云う時が経っているが…決して忘れる事がない…
ルルーシュの『ギアス』によって、ルルーシュの記憶を消したシャーリーの言葉…
『朝は来ますよ…。私…さっきまで…何しにここまで来たのか、解んなくなっていたんですけど…もしかしたら…何か…区切りをつけたかったのかもしれません…。そりゃ、忘れる事なんて、出来っこないし…悲しい事っていっぱいあるけど…でも…朝は来るじゃないですか…。だから…無理して抑え込んでも…』
何故か…その時の言葉を思い出す。
これは…悲しい事ではないし…寧ろ、あの時の様な涙を流させずにすんでいるのだから…そして、彼女自身がルルーシュではなく…幸せを願う事しか出来ないルルーシュではなく、自分の力で見つけた幸せ…それが…彼女の目の前にあると云うのに…
それなのに…
否、これはルルーシュ自身の勝手な思いだ…
恐らく…寂しいとか、手放さなければならないという現実に対する切なさとか…
まるで、自分の可愛い娘が好きな男を見つけて…自分の手元から巣立っていく父親の気分だ…
スザクに云わせると…
『どう考えても僕が父親で、君が母親でしょ?』
などと云われるが…
100年に一度くらい訪れる…こうした状況…
もう、片手を超える回数、こうした状況に遭遇しているが…相変わらずなれる事が出来ずにいる。
今回の3人の中で一番ルルーシュの云う事を素直に聞き入れ、守って来たのはシャーリーだった。
ルルーシュとスザクが喧嘩していて、ユーフェミアとロロがおろおろしている時に、二人を宥めていたのはシャーリーだった。
そして、次第に気がついて行った、ルルーシュとスザクの普通と違う部分を一番不思議に思っていながら、それでも、気づいているけれど、決して触れて来なかったのはシャーリーだった。
明るくて、喜怒哀楽がはっきりしていて、少しでも大人っぽくなろうと背伸びしていて…
今回の生まれ変わりでも、一度はルルーシュに恋をしたらしいが…
それでも、ルルーシュ自身、それを受け入れる訳いはいかなかったから…やんわりと遠ざけた。
でも、あの時…『幸せ』だと感じたのは事実だ。(それがばれて後でスザクに相当ヤキモチを妬かれてしまったが)
そんな…今度のシャーリーの生まれ変わりの…ルルーシュと共にいた時間を振り返って、少しだけ…切なかった。
これでもう…彼女とは…この時代、世界では…二度と会う事がないのだから…
―――カサリ…
ルルーシュの後ろに人の気配がする。
この家の敷地に入れるのは…ルルーシュ達以外にいない。
まして、このような…月の出ている時間帯…
ルルーシュが黙って振り返ると…そこには…
「シャーリー…」
ルルーシュはその姿を見てそう名前を口にした。
すっかり大人になったシャーリーの姿…
ルルーシュもスザクも、そんな姿になる事は出来ないから…羨ましいと思わない訳ではないのだが…
でも、彼女にそんな感情をぶつけても仕方がない。
これは…自分たちが選んだ道だし、そんな事を悔やむ権利などないと考える。
ただ…やはり、こうした成長していく彼女たちを見ていると…少しだけ眩しく見えてしまう。

 ルルーシュがその名前を口にすると…彼女はゆっくりとルルーシュの隣まで歩いてきた。
「あの…今…隣…いい…?」
シャーリーが隣まで来てルルーシュに尋ねる。
ルルーシュはそんなシャーリーに黙って頷いた。
そして、
「こんな時間にどうした?こんな夜に出歩いていたら…風邪をひく…。結婚式を控えているのに…風邪でも引いたらどうするんだ?」
ルルーシュが親の仮面を…と、そんな風に告げる。
しかし、シャーリーの方はまるで戻る気はないらしく、その場に陣取った。
それ以上言ったところで、こう云う時にはシャーリーはルルーシュの云う事なんて聞かない。
敢えて言うなら…ルルーシュが困り果て、スザクが助け船を出した時だけ…スザクの云う事を聞く…
これは…スザク云々と云うよりも、スザクがそう云った時にルルーシュに対して助け船を出す時にはルルーシュが本当に困っている時だから…と云う事を知ったからであって、シャーリーとしては、本当はもっと追究したいと考えながら抑え込んでいる事が殆ど…
だから、『絶対に引くもんか!』と云う時にはスザクが決して傍にいない事を確認してからルルーシュに近付いているのだが…
しかし、(シャーリーから見ると)いつでもどこでこいつは覗き見しているんだ?と尋ねたくなるくらいのタイミングでルルーシュとシャーリーの間に割って入って来た。
そして、大抵の場合、ルルーシュは…スザクを追い払う事無く、その助け船に乗っている。
ルルーシュの事を何も知らずに…と云うのが…これまでのシャーリーにとっての不満だった。
「ねぇ…ルルさんの…事…教えて?私、ルルさんの事…知りたいよ…。勿論、スーさんの事も知りたいけど…でも、ルルさんの事は…一番知りたい…」
シャーリーが素直にそう告げる。
シャーリーのその言葉に…少しだけ胸が痛むが…しかし…
「何を云っているんだ?3日後には君は結婚するんだぞ?君の旦那さんに失礼だろ?俺の事なんて気にしていたら…」
はぐらかそうとするが…シャーリーは至って真剣で…
「そうじゃない!ルルさんが…スーさんが…多分、色んな秘密を持っている事には気づいていた…。でも、二人とも、何も教えてくれなかった…。子供の頃から…ずっと知りたかった…。ルルさんとスーさんが…私たちの育ての親である事は感謝しているし、良かったと思ってる…。でも…何も知らないまま…二度と会わないなんて…云わないで…」
シャーリーの言葉に…ルルーシュが息をのむ。
元々、そう云った勘の鋭いところがあった。
それは、3人共通していたが…
でも、本当に触れてはならない…そう判断した事にはこれまで一切、触れて来る事はなかった…
そして…シャーリーは…どこかで気づいていた…
自分が…二人から旅立つ時…二人との…永久の別れになると云う事…
この様子だと…ユーフェミアとロロも気づいている事だろう…
「君は…幸せを掴もうとしているんだ…。俺たちは…それを邪魔出来ない…。それだけだ…。大丈夫…ちゃんと…君の幸せを祈っているから…」

 ルルーシュの言葉にもシャーリーは引く様子はない…
「ルルさん!お願い!ルルさんの事…教えて…。でないと…ずっと、私はその事が気になって…幸せになんてなれないよ…」
こう云う時の必死なシャーリーの姿は…あの頃と変わらない…そう思う。
本当は、自分のエゴで連れて帰ってきてしまった彼女に…こう云う思いを抱かせる事を解っていながら…それでも自分たちの手の中で育ててしまい、こうした形で悲しそうな表情を見せる事になったのは…そう云った自分勝手なエゴの所為だと云うのに…
「シャーリー…教えてもいいけれど…すぐに忘れられないだろう?知ったら、君は…」
「でも!知りたいよ!それに、ルルさんとスーさんの姿が…ずっと変わらない事だって私もユフィもロロも知ってる!その事だけで充分不思議な存在なんだから…今更何を聞かされたって、自分が不幸になっちゃうほど考え込んだりしない…。それに…知らなくちゃ…行けない事なの…私にとって…それは…凄く重要で…大切な…事なの…」
シャーリーの言葉に…ルルーシュは…大きくため息を吐いた…。
云ってはならない…そう思うけれど…きっとシャーリーは…絶対に引かない…
昔から…そう…あの頃からそう云う少女だった…彼女は…
ポツリポツリと…ルルーシュがあの頃の話をする。
流石に驚きの表情を隠せないようだったけれど…最後まで聞き終えた時の彼女は…ただ…
「有難う…話してくれて…」
その一言だけを置いて、家の中へと入って行った…
ルルーシュは彼女が家の中に入って行くのを見送って、再び月に目を向けた。
そして…
「お前…そうやって覗き見するのはやめろ…」
ルルーシュは木の陰に隠れている人物に告げる。
「まったく…君はいつもそう云うところ詰めが甘いよね…。出て行った方が良かった?」
「否…多分、これで納得してくれたのなら…彼女は、きっと…憂いなく、あの男の元へといけるだろう…。多分、ユフィの時にはお前がそうするんだろ?」
ふっと笑いながら…ルルーシュは木の陰に隠れていた人物に告げる。
「そう…なら、僕は…準備を始めるよ…。どうせ、ちゃんと手配は済んでいるんだろう?」
「ああ…。でも、詳細は残すなよ?」
「そんなヘマ…僕はした事無いよ…。君と違って、こう云う時は『ヘタレ』じゃないからね…」
憎まれ口をたたく相方に対して…ムッとなるが…それでも、今の彼の存在は…有難い。
自らまいた種だと云うのに…その花が咲いて、やがて、その花が他人の手に渡る…
それだけなのに…
ギリギリまで、ユーフェミアとロロにさえ秘密にしている…3日後の結婚式の後…
彼らから知られてしまってはシャレにならないから…
「ルルーシュ…大丈夫だよ…。僕は…僕だけは…君から離れたりしないから…。僕は…ずっと君の傍にいる…。だから…」
木の陰から出てきた人物が月を見上げているルルーシュの背中からぎゅっと抱きしめた。
「ユフィの時には…そのセリフ…俺がお前に云ってやる…」
そう悪態づいて、自分を抱きしめているその腕をぎゅっと握った。
そして…呟いた…
「シャーリーに…優しい朝が…訪れますように…」

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