悲しい事が…起こらないように…


 ルルーシュもスザクも…特に姿を隠す事無く…しかし、引っ越しは頻繁な(とは云っても5〜6年に一度くらい)生活は変わらない状態が続いている。
いつの頃からか…ルルーシュもスザクも顔を晒して歩いても、特に気に止められる事もなくなった。
敢えて言うなら、時代によって彼らの容姿は人々に好かれる事がある。
特に、二人が『コード』を継承する前、した直後辺りの頃、ルルーシュは非常に人に好かれる…好まれる容姿をしていたおかげで可なり目立つ存在ではあったが…
今、彼らの生きる時代、世界では、スザクがとにかくもてる容姿らしい。
世界のどこへ行ってもスザクはその姿形によって追い掛け回されるようになり、現在ではスザクの方が外に出にくい状況にある。
よって、必然的に生活の為に必要な外出はルルーシュが担当するようになった。
ルルーシュは『コード』を継承して、ある事に気づいた…
それは…ルルーシュの『ギアス』によって運命を変えられてしまった者…特に、命を落としてしまった者たちの魂を見分ける事が出来るようになっていた。
そして、その魂を持つ者を見つけては、その者の様子を窺うようになっていた。
中には、孤児となっている者もいた…
古今東西、幼い子供の内に親から引き離される者、親に捨てられる者と云うのは後を絶たないらしい。
そして、ルルーシュは…本来は関わってはいけない…そう思いながら…つい、ルルーシュの知る魂を持つ孤児を見つけると…連れて帰ってくるようになっていた。
今日もまた…買い物袋を片手に、もう片方の手には、小さな赤子が抱えられていた…
時折、ルルーシュがその赤子に見せる眼差しは…それはそれは優しいもので、温かいもので…
かつて(既に数世紀の単位で時間が経っているのだが)、『悪逆皇帝』として、世界からはじき出された人物と、同一人物とは思えない眼差しだ。
そして、今日、ルルーシュの細い腕に抱えられたその赤子は今の住まいに移って既に…3人目となっていた…
現在住んでいる町はずれの一軒家の借家に着いて、もう一人の『コード』継承者が…やれやれと云った表情で、その二人を出迎えた。
「おかえり…ルルーシュ…、今度は男の子?女の子?」
ルルーシュの相棒とも云える、もう一人の『コード』継承者、スザクが呆れ顔でその二人を見ている。
そんなスザクの問いに、ルルーシュは少し切なげに笑いながら…答えた。
「この子は…ロロだ…」
一体、何度…その魂を見つけては手元に置く…そんな事を続けるのだろうか…
スザクはそんな風に思うが…
ただ、ルルーシュは弱い者に対するその慈愛は並々ならない者がある…
勿論、その魂が幸せに生きてさえいれば、ルルーシュも決して邪魔する事はしない。
遠くで見つめながら、幸せを祈り、去って行くのだが…
ただ、こうした形で孤児などになっていると、つい、連れて帰ってきてしまうらしい…
しかし、スザクは呆れながらも、それを咎める事はしない。
ルルーシュがそうやって連れて帰ってくるから…あの時守れなかったユーフェミアを一度は守り、そして、スザクの元から巣立たせている…。

 スザクはルルーシュから買い物袋を受け取り、キッチンへと運び、ルルーシュは現在の住まいの子供部屋になっているところへと向かって行く。
中に入ると…
「あ、ルルさん…」
「あ、赤ちゃん抱いている…」
二人の幼い女の子が遊んでいた手を止めてルルーシュを見るなり駆け寄って来た。
「『おかえり』って云ってくれないのかい?ユフィ、シャーリー…」
いつも大好きなルルーシュの姿を見ると、『おかえり』の挨拶の前にルルーシュの方に駆け寄ってくる方が先になってしまうらしい…
「あ、ごめんなさい…。おかえりなさい…ルルさん…」
「おかえりなさい…ルルさん…」
ルルーシュの言葉にぺこりと頭を下げて二人が誤るとルルーシュは優しく笑いかける。
「今度からはちゃんと云ってくれないと…寂しくなっちゃうからな…。そうだ…ユフィ、シャーリー、この事も遊んでやってくれ…。この子は『ロロ』だ…」
そう云って、ルルーシュは腕の中の赤ん坊を二人に見せる。
このロロも含めて、ユーフェミアもシャーリーもルルーシュは何度目かの親代わりをしている。
本当は…『コード』を持つ自分が…深く関わってはいけないと…解って入るのだが…
でも、あのまま放っておいたら…凍てつく寒さの中に捨てられていた事もあったし、炎天下に放置されていた事もあった…。
確かに気候的には厳しくなくても…放っておいたら、飢えで、乾きでその赤子たちは死んでいったに違いなかった…
ひょっとしたら、ルルーシュが拾う事がなくても、他のやさしい誰かが拾ってくれるかもしれないのに…
でも、ルルーシュは
―――でも…そんな風に思って、誰も拾ってくれなかったら?誰も手を差し伸べてくれなかったら?
そんな不安でつい、禁忌を犯していると解っていながら連れて帰ってくるのだ。
しかし、一度だって、その子供たちに『コード』の話もした事無いし、『ギアス』の契約もした事なんてない。
スザクもなんだかんだ云いながら、子供たちに愛情を注いでくれている。
最近では、二人とも、過去の償い…ではなく、自分たちがその子供たちの政庁を見届けない…と云う、別の気持ちが生まれてきている。
ルルーシュもスザクも…ここまで『コード』のお陰で不老不死となった…。
ここまで…笑っていられる事の方が少なかった…
泣きたい事の方が…死にたい程辛い事の方が…多分多かった。
それでも、今は…こうしていられる事は…本当は、自分たちには許されない事だと…頭では理解しているけれど…
感じてしまう…
今の自分たちは…『幸福』であると…
あの時ルルーシュが云った…
あの時ルルーシュに云われた…
『人並みの幸せも…全て世界の為に捧げて貰う…永遠に…』
それは…二人にとっての『誓い』だった筈なのに…
これを見たら…あの時に彼らは…なんて思うだろう…
確かに…彼らがその『罪』を背負うと決めたまでの人生はたった、18年、もしくは20年と云う…今では1/30にも満たない時間だ。
そんな短い時間で世界に何をしたと云っても…これだけ長い時間を生きていると…様々な事を悟ってしまう。
今では…二人で決めた『誰とも『ギアス』の契約を交わさない…だから、自分たちは永遠に『コード』を持ち続ける…』そんな誓いの下に、生きている感じだ。

 そんな事をぼんやり考えていると…シャーリーがとてとてとルルーシュの足元に歩いてくる。
「ルルさん…?」
何か考え込んでいるルルーシュが心配になったのか…シャーリーがルルーシュの名を呼んで少し心配げな顔を見せる。
そんなシャーリーの少し後ろではユーフェミアも…
「あ、ごめん…。そうだ…シャーリー、ユフィ…ロロと遊んでやってくれないか?今日からロロは、君たちの弟だ…」
ルルーシュはそう云って、現在では彼女たちのままごと用の人形が寝かされている、赤ん坊用の…彼女たちも使った揺りかごにあるいくつかの人形をよけてその赤子を寝かせた。
そして、それらの人形をシャーリーとユーフェミアに渡しながら
「この揺りかご…暫くはロロに貸してやってくれるか?」
ルルーシュが尋ねると…二人の女の子たちが目を輝かせる。
「この子…わたしたちのおとうと?」
「わたし…やっと、おねえさまになれるのですね?」
シャーリーとユーフェミアがルルーシュに尋ねて来る。
「ああ、そうだ…。シャーリーはユフィとロロのお姉さん、ユフィはロロのお姉さんになったんだ…。可愛がってやってくれるか?」
この時代、世界では…シャーリーもユーフェミアも孤児となっていた。
特に…戦争があったとか云う訳でもない…
どちらかと云えば、平和で、豊かな国だ…
今、ルルーシュとスザクが暮らしているこの国は…
でも…だからなのかもしれない…
豊かさゆえの…平和ゆえの…人の心の歪み…
確かに自然界でも育児放棄する母親もいるが…
それでも、今のこの国ほどひどくはない。
ルルーシュがこうして連れて来ているのは…ルルーシュとスザクが知る…あの頃に彼らが守る事の出来なかった魂の持主だけ…
本当は、他にもたくさんいるのだ。
豊かゆえに…余計な事を考える親が増えた…と云う事か…
生活がギリギリであるのなら…目の前にあるものだけで精一杯である筈なのに…
豊かになったら豊かになったで…戦争がなくなったらなくなったで…様々な問題が起きて来る。
ルルーシュもスザクも、この数百年の間に、様々な時代を生き、歩いてきたが…実際にどんな時代が『人』にとって一番いいのか…幸せなのか…良く解らない。
結局、どんな時代になっても、どんな世界になっても…確実に不可抗力によって不幸になる者もいるし、理不尽にその命を消されてしまう者もいる。
今、ルルーシュとスザクが存在しているこの時代、世界は、きっと、あの頃の彼らにとってはのどから手が出るほど欲しいと願った時代、世界なのかもしれないと思うが…
しかし…ふたを開けてみると、あの頃に考えていたような理想的な世界ではなかった。
―――結局…『人』は、何かを手に入れると、何かを失う…
最近になって、二人が導き出した答えだった。
それでも、今、こうして彼らと共にいる事は…『幸せ』であると感じている。
そして知った…
―――幸せとは…なるものではなく…感じるもの…なのだな…。俺は今…『幸せ』だと感じている…。多分、こう思える事が…『幸せ』なのだろう…

 ひとまず、ロロを二人の女の子たちに任せる事にして、部屋を出た。
そして、スザクが納戸から色々と持ちだしてきた。
「ルルーシュ…これ…」
それは、赤ん坊用のベッドやら布団やら服やら…
ルルーシュが外に出て、その『魂の持ち主』が孤児になっているのを見つけては連れて来るのをスザクは知っていた。
この時代では変にスザクが出歩くと目立って仕方ないので、現在では、スザクとしては非常に不本意なのだが、スザクの方がインドアになっている。
「とっておいてくれたのか…」
「だって君…絶対に見つけたら連れて帰ってくるだろ?正直、最近僕も欲求不満なんだけど…。子供たちにべったりでさ…」
一体どれほどの時間を共にしているんだ…とルルーシュは思うのだが…
それでも、飽きもせずルルーシュの傍にいるスザクには感謝している。
「済まないな…。でも、ロロはいい子だ…。それに、シャーリーもユフィも…ロロを見て嬉しそうにしていた…。お前だって…ユフィの笑顔を見るのは…嬉しいんだろ?」
なんとなくこんな形でいつも話をはぐらかされている様な気がしているスザクだが…ユーフェミアの名前を出されて手は…スザクとしても納得しない訳にはいかない。
あの時と同じ思いを抱き続けている訳ではないが…やはり、『守れなかった』と云う真実がいつまでもスザクを縛り付けている。
恐らく、『コード』を持ち、この世界で生き続ける限り、スザクはルルーシュがユーフェミアの魂の持主を彼らの下に連れて来る限り、彼女に対する愛情は絶対だろう。
それは…シャーリーよりもロロよりも、他の誰の魂よりも…スザクを縛り付けているから…
未だに、彼女たちが望んだ『優しい世界』とは何なのか…解らない状態が続いているが…
それでも、それが解った時…そして、それが現実となった時…スザクが云ってやりたいと思うのだ…
『ユフィ…君が望んだ…『優しい世界』だよ…』
と…
多分、ルルーシュはそれをナナリーに対して考えているだろう…
しかし、ナナリーはルルーシュの『ギアス』を受けているが、彼女たちほど強い影響がない所為か…中々彼女の魂を見つけ出す事が出来ずにいた。
これが…天が与えたルルーシュへの罰と云うのなら…それはそれで仕方ないだろう。
ルルーシュが選んだ道である事は事実だし、ルルーシュがこうして彼らの魂を知る事が出来るのは、ルルーシュの中で彼らに対する思いが…色々辛いものがあるからだろう。
そして、ルルーシュが彼らの魂を見つける時はいつも…彼らは恵まれていない状況下にある。
だから…ルルーシュはつい、連れて帰ってきてしまう。
ナナリーと出会う時には…ナナリーは恵まれた環境で、笑顔の中を生きている事が多い。
考えてみれば、ナナリーとルルーシュが会う時はいつもナナリーは幸せそうにしている。
そして、シャーリー、ユーフェミア、ロロと出会う時にはいつも…恵まれていない環境にある…
「なぁ…スザク…俺は…シャーリーやユフィやロロと…こうしていられる時間を…『幸せ』だと感じてしまっている…。でも…彼女たちにとっては…これは…」

 ルルーシュが何を云いたいのか…スザクにも解るが…
そして、そう思えてしまう理由も解るのだが…
「あのね…ルルーシュ…。これは僕たちにとっては不可抗力な出来事だ。僕には…彼らの魂は解らないから…だから、君があの子がユフィだって云うなら、それを信じているだけだ…。それでも僕は…彼女たちの…笑顔を見ると…嬉しいよ…。何れ、彼女たちは自分たちがどうしてここにいるかを知る事になるけれど…その時、確かに色々苦しむかもしれないけれど…そんな時は…僕たちがいるって…思って貰いたいし…」
スザクも…ルルーシュが子供を連れて帰ってくるルルーシュに呆れ顔を見せてはいるものの、確かに彼女たちに愛情を抱いている事が解る。
そして…スザクも…その事を…『幸せ』であると感じているのだ。
その時…ルルーシュは思った…
―――確かに…『幸せ』とは…なるものではなくて…感じるもの…なんだ…。別に彼らを『幸せ』にしなくてもいい…。『幸せ』だと感じさせればいいんだ…
「なぁ…スザク…あの子たちに…悲しい事が…起こらないと…いいな…」
ルルーシュがぼそりと呟く。
先ほど、ロロを連れて行って、目を輝かせて喜んでいたあの二人の姿が脳裏に浮かぶ。
あの笑顔が…歪まないように…涙で曇らないように…
「僕は…そうは思わないけど…。生きていれば悲しい事は必ず起きる…。でも、本当に悲しいのは…悲しい事が起きて、それを乗り越える強さがなくて…ただ泣き続ける事…何だと思う…。だから…彼女たちには…悲しい事が起きても…乗り越えられるだけの…ほんの少しの強さが…あって欲しいと…僕は思うよ…」
スザクはそう答える。
そして内心、
―――結局…ルルーシュは抱く愛が大き過ぎて…笑顔しか見たくないんだな…。それはそれで愛情だけれど…でも、それはルルーシュにとっての愛情であって…彼らに対する愛情とはちょっと違う気がする…
と思っている。
その辺りは、両親が揃っていても、両親で子供に対する接し方の違いがあるのと同じ…だと思った。
ルルーシュは本当に自分の連れて帰って来た子供たちから『悲しい事』『辛い事』を遠ざけようとする。
スザクは、その子供たちに対して、乗り越える強さを教えようとする。
どちらも愛だが…きっと、この二人が揃っているからバランスが取れている様にも見える。
どちらか片方だけでも…きっと足りない…
「そう…だな…。俺はどうしても…甘やかしてしまう…。結局、あの時…ナナリーはちゃんと大人になっていたのに…それに気づきもしなかったくらい…だから…」
ルルーシュの複雑そうな表情にスザクが苦笑する。
「だから僕がいるんだろ?僕はシャーリーだろうとユフィだろうと甘やかしたりしないよ?勿論、今日君が連れて来たロロに対しても…。これでバランスが取れるよ…。だから…彼らには『悲しい事』が起きても…きっと乗り越えられる強さと、支え合える優しさを持つよ…」
これはスザクの本心だった…。
そしてその言葉にルルーシュも少しだけほっとしたような表情を見せる。
これまでにも彼らの魂を宿した孤児を連れて帰ってきていたが…
いつもルルーシュは悩んでいる。
でも、そんな状況も…そして、子供に夢中になっているルルーシュを見ているのも…
―――結構幸せな時間なのかもしれない…。ちょっと、ルルーシュ不足にはなるけど…
スザクは素直にそう思っていた…

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